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    maybe_MARRON

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    maybe_MARRON

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    左馬一
    ひらブー用に書いたので途中まで供養
    いつか完成させたいなぁと思いつつ記憶喪失か否かすら決まらないので…どっちがおいしいかな…

    アムネシアの駆け引き この地が再び『横浜』と表記されるようになってから三年。表記だけは変わったものの変わらず横浜警察署組織犯罪対策部に勤める入間銃兎は、変わらず自身の目的のために今日も業務に勤しんでいた。
    「なぁ入間」
    「はい?」
    「知ってるか? 近くに美味い喫茶店ができたんだよ。今日の昼、そこでどうだ?」
    「……あなた、喫茶店の量で足りるような胃ではありませんよね?」
     昼を告げるチャイムと共に声を掛けてきた同僚の膨れた腹を見ながら答えれば、いやいやと男は得意げにかぶりを振る。
    「喫茶店なんだけどよ、男飯っつーかお袋の味っつーか……まあ、食堂みてぇな料理を出すんだ。ただあくまでもメインはコーヒーだから喫茶店名乗ってんだと。夜は酒も出してるみてぇだし、あとこのご時世に喫煙OKなんだぜ」
    「へえ……」
    「この前フォローしてもらった礼に奢るからよ。どうだ?」
     あれの礼が昼飯程度かよと一瞬思ったものの、特に断る理由もなかったので承諾して立ち上がる。その店に特別惹かれたわけではなかったのだが、喫煙可の喫茶店は知っておいて損はない。近場となればなおさらだった。
     署を出て十分と経たない場所に、その店はあった。ビルが並ぶ大きな通りも、一本中に入ってしまえば個人経営の飲食店などいくらでもある。時間がない時やパトロール帰りに、この辺りの店にさっと入って胃を満たすことは度々あった。
     連れてこられたその店は、新しくできたという割にどこか懐かしさを感じる造りをしていた。建物自体が古いせいもあってか、ところどころ塗装の剥がれもある。ドアにはシンプルな『営業中』の看板のみが掲げられており、チョークボードにはメニューがいくつか記されていた。小さな窓からは中の様子もいまいちわからず、人気がある店なのかもわからない。正直、おすすめされなければ特に立ち寄るきっかけなどなかったであろう、特別目を引くもののない店だった。
    「よくこんなところ見つけましたね」
    「……ちょっと、噂があってな」
    「噂?」
    「ああ」
     カラン、とドアベルが鳴る。カウンター越しに、店員とおぼしき男性が顔を上げた。いらっしゃいませ、と落ち着きと張りのある声が耳に馴染む。
    「……『そっくり』だろ?」
     同僚は声を顰めた。が、店員から目を離せず、その問いかけには返事ができない。
    「お好きな席へどうぞ」
     艶のある黒髪に、左目の下のほくろ。瞳の色は左右同じ灰色だったが、それでも、銃兎はその男を『山田一郎本人』だと認識していた。
     
       ◇
       
    「噂ぁ? ンなもんとっくに知ってるに決まってんだろ」
    『じゃあなんで黙ってた』
    「行方不明だって騒がれてから一年以上経っても消息も何も掴めねぇポリ公に今更何言えっつーんだよ。無駄だろうが」
     深夜、突然かかってきた電話に何事かと応じれば、銃兎はようやく噂の人物に辿り着いたようだった。場所を考えれば警察の方が先に知っていてもおかしくなかったにも関わらず、左馬刻がその噂と店を突き止めたのは三ヶ月以上前である。やっぱサツは使えねぇなと零しながら、おもむろに煙草に火をつけた。話は長くなりそうだ。
    『…………お前、何か知ってんのか』
    「……」
     銃兎は単刀直入に尋ねた。その問いかけにどう答えるべきか。吐き出した煙が消えていく姿を見つめながら考える。
     警察は使えずとも銃兎は仲間だ。H歴が終わりチームは自然と必要性がなくなって、元、にはなってしまったが。とはいえ今でもこうしてすぐに連絡をくれるくらいの交流はあり、そして一郎との関係を気にかけてくれている。
    「……アイツ、何か言ってたか?」
    『いや……同僚といたのもあって、そもそも特に話しかけていない』
    「そうか」
     細く長く息を吐く。ゆらゆらとたなびく紫煙に、ぼんやりと思い出したのは灰色の瞳だった。宝石のようなオッドアイを隠すのは、男の父親が宿していた色の瞳だ。それが偶然なのかはまだわからないが、もしも偶然だとすればあまりにも皮肉だった。
    「……アイツは一郎本人で間違いねぇ。カラコン入れてるっつってたからな」
    『カラコン?』
    「ああ。見た目で目立ちたくないらしいぜ。客商売だから味で勝負するんだと」
    『…………』
    「だからよォ、あそこに一郎がいんのは黙っといてくれや。似てる男がいるっつーのも。それ以外でサツが何か動く必要もねぇ」
    『お前……サツが使えねぇんじゃなくて、テメェが噂を消して回ってたな?』
    「そういうこった。だからまあ、余計なことすんじゃねーぞ」
     電話の向こうからは曖昧な気配だけがしている。当然だ。話はまったく進んでいない。
    『山田一郎は……いや、お前と彼は、何をしている?』
     最初よりもさらに核心を突く問いかけに、左馬刻はニヤリと口角を上げた。
    「勝負してんだよ」
    『勝負?』
    「ああ」
     三ヶ月と少し前。火貂組の部下から、山田一郎とよく似た人物が横浜に現れたという噂を聞いた。その時の激情は今でもはっきりと思い出せる。なにしろ、一郎とはもう三年も連絡をとっておらず、それどころかここ一年程は行方不明との話まで出ていたのだ。一郎だけでなく三兄弟揃っていなくなったため捜索願も出されておらず、警察が大々的に動くことはなかった。しかし何の前触れもなく長期休業に入った萬屋と、池袋の住人ですら誰も見かけない三兄弟に、ネット上では行方不明を越えて死亡説まで唱える者もいたくらいである。
     そんな中で、突然の噂だったのだ。事実かどうか、自ら確かめに行く以外の選択肢はない。左馬刻はついてこようとする部下を引き剥がし、一人でその喫茶店へと赴いた。
     ――いらっしゃいませ、と。
     その一言だけで、男が『本物の山田一郎』だとわかった。
     そして男も、自分を『火貂組若頭の碧棺左馬刻』だとすぐに認識したらしい。
     横浜に店出すんだから、そりゃいろいろ下調べはしましたよ、と。呆然と立ち尽くす左馬刻に、一郎は端的に告げた。碧棺左馬刻に対して、今現在の地位しか知らないのだと。過去の経歴も、二人の間にあった関係も、何も。
    「……記憶喪失なんだと」
    『は……?』
     火貂組若頭として接することしか許されなくなった左馬刻は、案内されるがままカウンター席に掛け、おすすめだというコーヒーを注文した。
     一郎が淹れるコーヒーを、その日初めて飲んだ。深い青色の陶器のカップに注がれたコーヒーは、よほどこだわり抜いた豆なのか淹れ方を練習したのか、素直に美味かった。
     しかし、左馬刻が知っている一郎はコーラが好きな男で、そもそもコーヒーは飲んですらいない。淹れるなんて以ての外だ。何も知らないふりをして尋ねれば、一郎は柔らかく瞳を細めて言う。
    『俺、記憶喪失なんですよ。ただ……横浜で、美味いコーヒー淹れたいって思ってたことだけ覚えてて……それで、先日ようやく店出せたんです』
     穏やかな微笑みだった。その分、ざわついたのは左馬刻の方だ。
     すべてを忘れた一郎が、なぜかこの地で喫茶店を経営している。弟たちはどうしたのか。なぜ記憶喪失になったのか。尋ねたいことは山ほどあるのに、その穏やかな表情は何も聞くなと強く線を引いていた。
    「本当に記憶喪失だと思うか?」
    『……』
    「ま、どっちでもいいわ。記憶喪失なのかそれとも全部忘れたフリしてやり直そうとしてんのか知らねぇが……どっちが先に折れるか勝負してんだよ」
     まだ長さのある煙草を力一杯灰皿に押し付ける。煙の匂いは、あの日の小さな喫茶店を思い出させた。
     ここ三年の一郎の動向くらい、記憶喪失が事実かどうかも含めて、調べようと思えばいくらでも調べられる。だが、今の一郎を見てその気が失せた。
     ――こんなにも都合のいい、まるで運命のような記憶喪失があってたまるか。
    「アイツは俺様のために店出したんだろ。何がしてぇのかはっきりするまで足繁く通ってやんよ。そんで……」
     三年間、連絡一つしなかったのは、ヤクザとして生きる自分の人生に巻き込まないためだった。しかし存在を忘れたことなど一度もない。馬鹿みたいに元気に兄弟と笑って生きていればそれでいいと思っていた。幸せを願っていた。
     それなのに、とんでもない形で目の前に戻ってきたのだ。そこにはどういう意味であれ、一郎なりの未練がある。だとすれば、今度こそ徹底的に付き合ってやらなければならない。この三年間を埋めるためにも。
     一通り左馬刻の言い分を聞いた銃兎は、やれやれと言わんばかりに盛大なため息を吐き出した。『迷推理にならなきゃいいがな』とただ一言、面倒な男たちの行く末を想いながら。
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