見掛け倒しゴールデンボーイ似合わない色の服を着てみた。
「金髪にリクルートスーツって、就活バカにしてんのか」
「しょうがないじゃん! そんなのさぁ」
獪岳が漏らしたのは感想なのか、哀れみなのか、その時はよく分からなかった。
「……まだこっちのが似合うだろ。着てみろ」
リクルートスーツなど、俺には全部同じ量産型にしか見えないのだが、その黒い商品の山のなかから、獪岳は探してきた一着を俺に押し付け、今着ていたほうを戻しに行った。
ことの発端は、そろそろ就活始まるからアンタが使ってたスーツ貸して、と頼み込んだことに由来する。
自分より2年早く社会に巣立った兄貴は、毎日パリッと糊の効いたジャケットとパンツで朝早くから夜遅くまで働いている。
もうリクルートスーツを着る年でもないから、譲って貰えないかと思ったのだ。
彼は彼らしく、誰の期待も裏切らず、ソツなく就職を決めたので、それにあやかりたいと、げん担ぎの気持ちがないでもなかった。
休日、一週間分の仕事の疲れを自室のベッドに吸い込ませて、昼過ぎにようやく起きてきた兄貴にその件を頼んだら、「そんなもんとっくに捨てた」とのことだった。
しかし面倒くさそうにしながらも、なんとスーツ選びを手伝ってくれたのである。
「自分で買えよな」
「わーかってるよ! そこまで図々しくないわ!」
「あと晩飯は奢れよ」
「……お財布に優しいとこでお願いします」
「焼肉が食いてぇ」
「……」
会計に向かう前に、財布の中身を確かめた。なかなか値が張る買い物になった。経費含め。
それでも、初めて手に入れたスーツを抱えてひとつ大人になったような、誇らしいような気持ちになったのだ。その時は。
それから新品だったスーツは、だんだんとくたびれてくるほどに使い倒した。
なのになかなか芳しい結果はこない。
「たぁんじろぉ〜……全然就職決まらないよぉ……どぉして〜……」
実家のパン屋を継いだ炭治郎に愚痴るために、混雑しない時間を選んで店に押しかけた。
「どうしてだろうな。善逸はいいやつなのにな」
「いいやつなだけじゃ社会に通用しないのよぉ…」
「これ、もらってくれ。ウチの人気パンだ。元気だせ。善逸ならできる」
「ありがとぉ〜……」
「似合ってるぞ、そのスーツ姿も」
炭治郎は屈託なく微笑んで励ましてくれる。しかし彼の背になじんだ、白いシャツとエプロンのほうがずっとまばゆく見える。
炭治郎には、リクルートスーツのちょっとよれた生地さえも美点に見えてしまうのかもしれない。
店を出て振り返ると、新しい客に忙しく接客している炭治郎がいる。その背中がやけに遠く見えた。
「あれ? 誰だろ」
スマホの画面に気づかなかった通知があり、見ると就活で仲良くなった女の子からメッセージが来ていた。
『この間は相談に乗ってくれてありがとうございました! おかげで内定出ました!』
晴れやかなメッセージに、すぐに返信するのをためらってしまって、見なかったつもりでスマホをしまう。
『あっ、海外の方? 英語とか得意ですか? 採用に有利そう〜』
その子との、初対面での会話を今更思い出した。就活の場でも金髪でいると、外国人かと間違われる。しかし血筋を問われても何とも言えないのだ。わからないのだから。
ちなみに英語のスキルは彼女のほうが全然高かった。グループ面接で彼女がTOEICの点数をアピールしたあと、その次に俺を見た面接官の目がちょっと痛かった、気がする。
イヤなことを思い出していたら、ポツポツと雨まで降ってきてしまった。
「ヤダー!! 雨? 聞いてないよ! 傘ないし!!」
またスマホの通知が鳴る。
反射的に確認してしまったら、『この度、ご縁がなかったことに』という丁寧な不採用メールだった。
「……んもー!! なんなの!! なんでこうなの俺はさ! 頑張ってるのにさ! 全然報われないわけ! 雨は降るしさ!!」
走って帰ろうとするも、雨の勢いは急に激しくなっていく。
炭治郎にもらったパンを胸に抱えて、肘笠雨の中を急いでいると、足元にあった段差に気づかずつんのめって転んだ。
しかもそのあと車が丁寧に泥水をぶちまけて行った。
「………もぉやだぁ…………」
自分が今世界で一番間抜けで不幸な気がしている。
なんでこんなに、自分は何をやっても空回りなのだろうか。なんでみんなソツなくこなしていくのだろうか。
頭もスーツももらったパンも泥にまみれてしまった。
いっそ泥まみれのほうが自分にはお似合いなのだ。
今だけはこう思ってしまう。きっと自分以外の人間には、世界は限りなく優しい。
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「ただいまぁ……」
「なんじゃ善逸、びしょ濡れで」
「うわ、きったね。早く風呂は入れ」
風呂から上がると、じいちゃんと、珍しく定時の兄貴が夕飯を用意してくれていた。
スマホを覗くと、炭治郎から連絡が来ていた。
やっぱり、俺の世界は限りなく優しい。
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⚡🍑さんには「似合わない色の服を着てみた」で始まり、「君の背中がやけに遠く見えた」がどこかに入って、「世界は限りなく優しい」で終わる物語を書いて欲しいです。