いつかきみをつれて私は犯罪を犯した。カムラの里の子を攫ってきてしまった。集会所で給仕の手伝いをしていた子。小さくて、白くて、従順そうな男の子。時折微笑みかけてくる儚げな姿に、虜になってしまった。
今は馬車の中ですやすやと眠っているが、目が覚めた時には驚くことだろう。けれどもう遅い。気がついた時には里から遠く離れた地なのだから。
暫くは騒がしい日が続くだろう。けれどこの子は賢い子だから、泣いても喚いても無駄であると悟って、私に従ってくれるに違いない。
この子は親御さんがもうこの世に居ないそうだから、今日からは私が親代わりだ。
入念に準備をして、何度も計画を練った。この子を里から連れ出すには苦労したが、その分これからの生活への期待もふくらんだ。これから2人の生活が始まると思うと、興奮してきた。
里から遠く離れた地点までやってきた。これならもう心配ないだろう。完璧だ。
「✕✕✕殿、ダメですよ。里のもの勝手に持ち出しては」
計画を完遂できた高揚感に包まれていたら、背中に冷水をかけるような声が聞こえた。
「だれだ」
「里のものです。この子を返してもらいに来ました」
後ろを振り返ると、暗闇の中でふたつの目がこちらを見ていた。仮面を被っているため顔は分からない。しかし装備からしてハンターであることは想像がついた。
「なぜここが分かった、この子は私のものだ」
計画は完璧だったはずなのに、なぜ。と言おうとしたが、声が出なかった。視界が、回っ て、からだが、なく なっ
たよう に
かる
く
里から幼子を連れ出そうとした不届き者を処理した。今際の際に計画が露呈したことに戸惑っていたようだった。
「そんなの、俺も考えたからに決まってるじゃないか」
仮面を脱いで幼子の様子を確認する。何事もなくすやすやと眠り込んでいる。今の出来事も、俺の声も、聞こえていない。良かった。
「こんなこと、今の君には聞かせられないものね、セツ」
今まで手綱を握っていた主人はもういないが、俺が操ってやればそう時間はかからずに里に戻れるだろう。
「今度は君と2人で、ここに来ようね、セツ」
何も知らず眠り続ける愛しい子を見つめ、俺は馬車を里へと向かわせた。