無配ペーパー再録 花の話で4本* てのひらの ねがいごと *
「きれいだねえ…」
思わずといった風で隣を歩く灰原から声がこぼれる。
任務の帰りに通りがかった桜並木はちょうど散り時のようで、程よい風に花弁が舞い踊るのに目を奪われる。
よっ、ほっ、えいっ、このっ、と、急に空中に掴みかかる灰原に驚く。
「一体、何を…」
「桜のっ、花びらをっ、地面にっ、着く前にっ、…掴まえられたら願い事が叶うって聞いた事無い?」
途中で一旦あきらめたようで、こちらを振り返りながら灰原がそう言う。
「…初めて聞きましたが…」
「妹が言ってたんだけど…女の子のおまじないとかかなぁ?これだけ桜吹雪が降ってるから、一枚ぐらい掴まえられるかとっ、思ったんっ、だけどっ!」
言いながら途中で目の前に降ってきた花弁に掴みかかりながら灰原が続ける。
だがその風圧に押されて花弁はひらりひらりと逃げていくばかりだ。
「これだけ降ってくるのだから、手を広げてれば落ちてくるのでは?」
言いながら手のひらを広げて、こう、と示しているそばからひらりと舞い落ちる。
「あ」「あ」
そのままはしりと優しく握り込むと、無事手の中に収まった。
それを握りこぶしのまま灰原へと差し出す。
「はい」
「え?」
「願い事、あるんでしょう?」
「あ、いや、…その」
気まずそうな灰原に余計な事をしてしまったのかと眉が寄る。
いらないなら…と言いかけると、被せるように灰原が大声を出す。
「僕が!七海に!あげたかったんだよ!」
あまりの大声と勢いにびっくりした。
「あ、ごめん、怒ったんじゃないよ!」
おろおろと手を振りながら、顔を赤くして言うから怒ったなんて思うはずもないし、こちらもつられて顔に熱がともる。
もう一度、こぶしを灰原へ差し出す。灰原が首をかしげて、どういう事とかと視線で問うのに、
「それじゃ、私の分は灰原が掴まえてください」
そう返して、こぶしを再度軽く振り、これは受け取れと動作で示す。
「あ、はい」
差し出したこぶしをそっと開き、風にさらわれないように手のひらから手のひらへと花弁をそっと移した。
「へへ、ありがとう」
笑う灰原につられないようにしかめ面になるのを自覚した。ただでさえ顔に血が上ってるのに、緩んだ表情なんて見られたくない。かわいくないと自分でも思う。
「こう、かっこよくスマートにあげたかったんだけどなぁ」とぼやくのに、
「じゃあ頑張ってください」と声をかける。
「うん!ちょっと待っててね!」
灰原はそう言うと、また花弁に元気よく飛びかかり始めた。片手は渡した方の花弁で塞がっているから、先程よりも難易度は上がっている。
一体何時になる事やらと、近くにあったベンチに腰掛け、のんびり灰原を眺めながら待つ。
桜並木の続く場所、ある春の日のことだった。
Weekly灰七 お題:春/桜 より
* 君の言の葉 *
「七海、今日もいい天気だよ!」
任務へ向かう為に、二人揃って寮から出たところで、灰原が笑って振り返る。
ああ、まただと七海は想う。
灰原の口からこぼれる言葉はいつも優しく柔らかい。
「雨の日は空気が綺麗だね」「今日もがんばろうね!」「あの犬、頭良さそう!賢い!」「大丈夫です!きっと助けます!」「みてみて!虹久しぶりに見たな!」
たまにケンカしてトゲが生えていたって肌に突き刺さるほどの鋭さはない。
「七海の頑固者」「もう知んない!」「七海のバカ!アホ!」
例えるなら、オナモミのトゲ。先が丸く曲がって刺さるよりも引っかかる。たまにそれ絡まってこじれたりもするけど、決して言葉それ自体で傷つけられた事は無い。
そういえばこないだの任務が山のほうで、道ばたに生えていたオナモミをくっつけられたのを思い出した。まあ、イラっとしたがそれは置いておく。
植物に例えたが、そう、いつも灰原が口を開くと花が咲いたようだと七海は想う。
柔らかく、優しい色と、人のことばかり、前向きで、一生懸命で。
灰原は今日も光が射す花のような言葉を吐いている。
Weekly灰七 お題:花を吐く より
↓ちょっとだけ続き
* 山の方の任務で道ばたに生えていたオナモミをくっつけられてイラッとした七海の話 *
「七海!見て見て!」
そう後ろから灰原に声を掛けられて振り向くと、何かが制服に当たりコロリと地面に落ちていく。
「あれ?おっかしいなぁ」
また二個三個と小さな軽い感触が胴にぽこぽこと当たり、地面へ転がり落ちる。
追加で投げようとしている灰原に溜息をついて問いかける。
「…何やってるんですか」
「オナモミ!久しぶりに見つけたから」
何をやっているか尋ねたにもかかわらず、やっている理由の方を述べられて、七海も追加で溜息をつく。
「小学生か」
「懐かしくない?それよりなんでくっつかないのかな?」
「高専の制服は、こういう藪の中を行ったりする事も考えられて、引っかからないような素材で出来てるんですよ」
言いながら、七海は足下に落ちているオナモミを幾つか拾い上げ、おもむろに灰原の名を呼ぶ。
「…灰原」
「なに?」
呼ばれたので灰原は改めて正面に向き直る。その上着の中のTシャツめがけてオナモミをお返しに投げつける。
「ああ‼」
それは見事に引っかかりくっついて、思わず七海も笑いが漏れる。
「えー!七海ずるくない⁉」
「ずるくないです。こんな山中で前を開けてる灰原が悪い」
「ちぇー、えい!」
灰原はまだ手の中に残っていたオナモミをくっつかないならと全部まとめて七海に放って見せた。先程とは違い投げるでなく上向きに放ったので、放物線を描いたそれらのいくつかは高い位置から七海に降りかかった。
「うわ」
上から振ってくるものを避けるまでではないが、頭を振って振り払おうとしたのが悪かった。
たまたま頭に当たった一つが、振り落とそうとした動きで髪に絡みついたのだ。
「あ!七海ごめん!」
もう髪に絡みつき振っても落ちないオナモミを掴んで取ろうとしたが、頭の上、なんせ視界の外のことで絡まり具合が見えないために外れない。自分の髪になんの思い入れもない七海は、無造作に髪を引きちぎって外そうと引っ張る手に力を込めた。
「七海待った‼」
灰原はその手を握って制止する。
「髪が傷んじゃうから、僕が外すよ!」
せっかくの綺麗な髪が勿体ないと呟きながら、灰原はそのまま正面から絡みついたオナモミに取り組み出した。七海も大人しく少しかがんでそれを待つ。すぐに取れるものかと思っていたが、灰原は苦心しているのかだんだん難しい顔になり、どんどん距離が七海に寄ってくる。
「ちょ、灰原…」
近いと七海は思ったが、それを指摘するもの悪いと思ってしまい、結局口をつぐむ。
「…とれた!」
ぱあっと音がする錯覚を抱くくらいの笑顔を至近距離で浴びて、反射的に眉間に皺が寄ってしまう。つられてどんな顔をしてしまうのか分からないから、つい顰めてしまうのは悪い癖だと七海自身思ってはいた。少し顔が熱い気がするが、きっと気のせいに違いない。
これだけ七海が気にしているにもかかわらず、灰原はこの距離をなんとも思っていない事に、なんだか無性にイラっとした。
ゆえに取れたと差し出された、絡みついていたオナモミを掴んで灰原のシャツへおもむろに投げつけた。さっき投げたものもまだ引っ付きっぱなしなので、ぱっと見で五個くらいが転々とTシャツに飾られている。
「あ⁉…七海酷いよぉ」
しょげた耳が見えるような顔に、少しだけ溜飲を下げながら投げつけた理由付けを捜す。
「…お返しですよ」
「…お返しですか」
これは記念にこのまま持って帰ろうとまた変わらぬ笑顔で告げる灰原に、七海はなんの記念だと突っ込みながら、また少しだけこちらの気も知らないで、と、イラっとしてしまったが、『こちらの気』とは具体的にどういう事か、この時はまだ自覚していなかったのだった。
* 秋の夜歩き *
厳しかった暑さも和らぎ、朝晩は涼しくなった。
七海は時間が遅い単独任務を終え、寮へと帰るところだ。
今日は単独任務だが、体力的にはそれほどきつい任務ではなかった。待機時間が長かった位で、呪霊そのものは捕捉してすぐに祓除できた。
補助監督の迎えもあり、時間も遅いし私も最後の送迎なのでと帰りに適当なお店に入り夕食もちゃんととれた。この店がまた当たりだったのも、少し気分が上がっている原因だ。
つまり、このとき七海はわりと上機嫌であった。
「あ、七海おかえりー」
高専の敷地内に入ってはいるがまだ寮にたどり着くにはもう少し歩くと言うところ。思わぬ場所で灰原の声がした。
「こんな所で何してるんですか?」
「報告書終わったから、ちょっと散歩、かな?」
「こんな時間に散歩ですか?」
「うん、気付いたらどうしても行きたくなって」
気付く?何に?という疑問が顔に出たのか灰原が捕捉する。
「このにおいを辿ってみようかなって。月もこんなに明るいし!」
「におい?」
スンと七海もつられて風を嗅ぐ。
空気に甘さを加える微かな香りがする。
「…金木犀?」
「そう!」
「においっていうな。花なら”香り“では?」
「えー、っと?ああ、そうそう”かおり”だっけ。妹にもいっつも怒られた!『その言い方だと臭そう‼』って」
「あと一人で出かけるとか何なんですか」
実家にいるときは当然親に止められて行けなかったから、今なら行けるじゃんと気付いたら居ても立ってもいられなくなったと灰原は言う。
「七海も行く?ぶらぶら歩くだけだけど、任務あったでしょ?疲れてない?」
「…今日は遠かったから少し遅くなっただけで、別に疲れてないから行きます」
楽しそうな空気を纏った灰原につられて、元々わりと上機嫌だった七海はこの行き先がはっきりと分からない冒険じみた散歩に乗り気になった、が、言うことは言う。
「あと手ぶらとかバカなのか、高専は住宅街じゃないんだぞ、月明かりがあっても懐中電灯くらい持っていけ」
「ごめんごめん」
七海の荷物を置くためにも、行ったん寮へと戻り、軽く明かりなどの装備を調えてから再度出発した。
「風上こっち?」
おなじみの指を舐めて風上を探る灰原に、眉をしかめて後で指拭けよと釘を刺す七海。
そんな二人は薄く黄色い月明かりと懐中電灯を頼りに、高専の敷地内を、香りが濃くなった薄くなったと、あちらこちらをそぞろ歩く。
「それにしても、月が綺麗だね!」
灰原にとって文字通りの意味だろう。含みなど何もないのは七海にも分かっていた。けれどそれに意味を求めてしまうこと、それ自体が七海に取っての灰原に対する気持ちを表している。
「…そうですね。月が綺麗ですね」
月明かりがあっても流石に顔色までは分からない事に七海は安堵した。溜息をつきながら、七海は自分の気持ちを同意に見せかけて、そっと含める。
「あ!あれじゃない⁉」
まだ少し距離はあったが道筋から地面に絨毯を広げたように、明るい色が拡がっているのが見えた。近付くごとに濃くなる甘い香りにむせ返るようだ。
「すごい、ですね…」
「うっわぁ!おっきい‼」
住宅地の庭に植えられているような金木犀とは一線を画するような大きさの樹木だった。おそらくは二階の屋根に達する程の高さと、かなりの太さの幹に長くここで年月を重ねてきたことが伺えた。道から見える位置で開けた場所。
「…誰かが植えたんでしょうね」
近付いて幹に触れる。
「キンモクセイって漢字に『犀』って入ってるんだけど、この幹が犀の皮膚みたいだからなんだって」
「そんな事よく知ってましたね」
皺が入ってガサガサした樹皮になるほどと感心しながら、疑問に思う。
「妹がそう言ってた!」
「ああ、なるほど」
そんな遣り取りをしていると、いつの間にか夜も更けている事に気付く。楽しい時間はいつもあっという間だ。任務がある関係で門限などないに等しい寮ではあるが、日をまたいでしまうのは不味いだろう。
「そろそろ戻りましょうか」
「もうこんな時間なんだ?面白かったね‼」
「ええ」
「また来年も来ようね!今度は先輩達も声かけよっか?」
「あの人達が捜すのを見てるのも面白そうですね」
「乗ってくれたら面白そう」
「ですね」
「じゃあ、来年!七海覚えておいてね!」
「灰原が自分で言え」
「僕忘れちゃいそうだけど」
「香りがしたら思い出すでしょう」
「それもそっか」
帰り道、来年は先輩達を巻き込む気まんまんで笑い合いながら、秋の散歩は幕を閉じた。