────────
その日はとても優しく撫でられた。
何の連絡も無しに来るなんて珍しかったけれど、顔を見るにまた何かストレスでも溜まっていたのだろう。言わずもがな、好きに触れさせてあげようと頭を預けた。
しかし添えられた茨の手は髪を結うために細やかに動くわけではなく、頭頂部から毛先にかけて何度も何度もゆっくりと撫でるだけ。時折手櫛で梳いて指通りを良くし、また撫でる。
心地良くて暫くされるままにしていたが、こんなことをされたのは初めてだ、どうしたのかと尋ねようと少し後ろを振り返る。と、私は目を丸くした。
茨の表情は私のもとへ来た時に見た険しいものではなく、撫でる手と同じくらいに穏やかなものだったから。
目を細め、ふと口元を綻ばせて。
ゆっくり、ゆっくり。丁寧に、私の髪を梳く。
まさか、あの茨の、そんな顔が見れるなんて。
(……微笑むことができたんだ)
他の人に言えば失礼に当たるのだろうけど、茨にはこう思わざるを得なかった。普段の様子とあまりに違いすぎるものだから。
それから、つい見つめていたのはどれくらいの時間だったか。私の視線に気付いた茨が慌てて離れる。
「───し、失礼致しました!すみません、自分はこれで!」
ばつが悪そうな顔をして、軽く敬礼をして去っていってしまった。見つめていたことで、何か勘違いさせてしまったのだろうか。
だとしたら、悪いことをしたかな…あれほど落ち着いた雰囲気の茨が珍しかっただけで、咎めるつもりは一切無いのだけど。
先程まで茨が触れてくれていた髪を一束持ち、見遣る。
「……自分で触っても、何がいいのか分からないな…」
ぽつりと呟く。
たまにある行動の理由は聞いていても上手く理解はしていない。でも、私の髪を結うことで気分が落ち着くというのなら好きにしてくれて構わない。
悪巧みする顔だろうがなんだろうが、茨が笑っているとかわいいなと思うから、そうあってくれるために必要なことならと許している。
「……今度、私も触らせてもらおう」
茨が私にするように、私も茨にしてみたら何か分かるかもしれない。
ふとした時に私の目を惹く暗紅の髪を撫でて、梳いて、指に絡めてみたら。私はどう思うのだろう。
茨はどんな顔をするのだろう。笑ってくれるのかな。拒まれたら、少し悲しいな。
─────────