バンカラな彼と突撃お姫さま────────
「ん〜、今日もいい天気ですねぇ〜」
あたたかな陽射しが心地良く、口にくわえた葉もそよぐ穏やかな風吹く川沿いの土手。
羽織ってた学ランを背に敷くように、ここに寝転んでのんびりするのがオレのお気に入りだ。
流れる雲を眺めて、昼飯は何にしようかな、最近仲良くなったあの野良猫はどこにいるだろうか…なんてことない日常をどうしようか考えて過ごす。
(そういえばサクラくん、今日は見かけませんでしたねぇ。一人もいいけど、やっぱり誰か居ないとつまらないっていうか…)
名の通り、桜色の髪の友人を思い出す。
たまにこの場で共に過ごしてくれるのだが、今日は姿すら見ていないのは珍しかった。
学校でも大体一緒だから、少し物足りなさを覚える。
「あ〜、なんか面白いことでも起きねえかなぁ」
ぼやいて上体を起こす。髪についた葉を払って、一度背を伸ばす。
「……ぁぁああぁ…!」
「───ん…?」
ふと、この長閑な風景に似つかわしくない声が聞こえてくる。何やら叫び声のようなもので、それがどんどん近付いてきている気がする。
聞こえる方に土手から顔を出してみた。
「わああぁぁ!!何で全然止まらなっ……えっ、ちょっと君!?あぶな……もう駄目だね!!」
「は?なっ…何で自転車!?てか、待て待て待て!止まっ…うおおおあ!?」
叫び声と共に土手にガタガタ揺らしながら猛スピードで突っ込んできたのは、ブレーキをかけてない暴走自転車だった。
*
直前できいたらしいブレーキの、勢い余って投げ出されたその人を思わず受け止めた。
(ヤバい、落ちる…!)
咄嗟の判断にしては良くやったと自分に言いたいけれど、もちろん上手いこと留まれず重心が後ろにぐらりと傾く。
その人の頭と体をきつく抱き締め、一緒に土手を転がり落ちた。
「いっ……てぇ〜!」
ようやく止まった時には、打ち付けてしまった体や、転げて擦れた部分に痛みが走る。
幸い打ちどころは悪くなかったみたいで、オレはすぐ体を起こそうとして──
「あんた、大丈夫で……ゔっ!」
「ああっ、やっと止まれたね!でも信じられないくらい身体が痛い!あちこち痛いね!悪い日和!」
怪我がないか確かめようとしたら腕の中でじたばた騒ぎ始めるもんだから、一発鳩尾あたりにいいものを貰ってしまった。
「わっ…悪い日和になったのはこっちですよぉ!つうか、こんなところで自転車暴走させてんじゃねぇ!こちとら死ぬかと思ったんですけどねぇ!?」
そのせいで心配とかが全部吹き飛んで、初対面の人間に対して文句しか出てこない。
そんなオレを見て目の前の奴は、こんな状況じゃなかったら見惚れてしまいそうに綺麗な菫色の瞳をまん丸に、若草色の髪をふわり揺らし、きょとんと可愛らしく首を傾げる。
「何を怒ってるの?咄嗟の判断でぼくのことを守ったきみは、世界を守ったも同然なんだからね!誇るべきことをしたんだから、怒るよりも胸を張るといいね!」
態度は全く可愛らしくなかった。
ふふん!と笑って、自信満々なのは何なんだ?
ころころ変わる表情と態度に圧倒されながらも、一瞬でも目を離したらという危なっかしさを感じる。
確かにこの人の言うように、オレが居なかったらこの人は、視界の端で虚しくタイヤを空に向けて回している歪んだ自転車より悲惨なことになっていたかもしれない。
だからこれほど人を助けたんだと実感することもないが、まあ、それはそれとして。
「──礼のひとつも言えねえのか、お坊っちゃんってのは!」
「お坊っちゃんじゃないね!ぼくには巴日和っていう、素晴らしい名前があるね!」
「知るかぁ!」
上等な召し物を身に纏い、仕草だっていちいち上品なくせに振り回すのが得意で。
漫画のお姫さまくらいに嘘みたいに綺麗なこの人──巴日和との物理的に衝撃的な出会いが、オレの運命を大きく変えることになる。
なんてこの時、オレは夢にも思わなかった。
「きみのことはジュンくんって呼ぶね」
「な、何でオレの名前を…!?」
「その襟の裏に名前が刺繍されてるのが見えたからね。きみ、見た目に似合わず結構可愛いことするんだね?」
「これはおふくろがっ……って、別にこれはいいでしょうが!怪我もねえなら早く退いてくれませんかねぇ〜!?」
「やだね!ぼくはもう歩けないし歩きたくないし、体だって痛いから、責任もってきみがぼくを家まで送り届けるといいね!」
「ふ…ふざけんな!このっ…我が儘姫!」
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