待たせてごめん「よかった……」
「だな」
戴冠式終了後、アンジュとユエのふたりは飛空都市の中を歩いていた。
先ほど行われたアンジュの戴冠式。そこで突如始まったのはサイラスからの質問。アンジュとユエが恋仲なのではないかという。
『女王は恋をしてはいけない』。その不文律を破ったともいえるふたりにとっては詰問のようにすら感じられた。そして、それに呼応するかのように聖殿には重い空気すら漂った。
だけど、その空気を変えたのは意外なことにサイラスであった。自分たちが恋愛することを肯定してくれ、そのことによってその場にいたものたち全員に自分たちの関係は認められた。
今までは人目を意識しながらの逢瀬。しかし、これからは正々堂々とふたりで歩くことができる。そのことがふたりの心を軽やかにしていた。
そのため、馬車に乗ることはせず、ふたりで夜の飛空都市を歩くことにした。
「ユエ、嬉しそうだね」
「ん? ああ……」
隣にいるユエが今にも鼻唄を歌い出しそうなくらいご機嫌なのがアンジュにも伝わってきた。
そして、ユエの手はいつもの手袋をしておらず、つながれたその手の温かさから彼が安心しきっていることが伝わってきた。
ふとアンジュは夜の風が頬を掠めていくのを感じる。
横を見ると目に入ってくるのは星々の光を反射させている髪。
空に燦然と輝く月を思わせるようなこの眩しい髪の色の持ち主とこうして夜道を歩くのは何度目だろうかとふと思う。そして、過ぎてしまえばあっという間のように感じるが、今日に至るまでの時間の長さを思い返す。
「ごめんね」
「何がだ?」
「待たせちゃって」
想いが通じてそのとき、女王試験を辞退し補佐官となり恋人同士として過ごすという選択を考えなかったわけではない。だけど自分たちが選んだのはもう少しだけ試験を頑張るということ。もちろん恋は諦めずに。先のことはわからないが、ユエの後押しがあるのであれば女王を目指しながら恋も叶えるという新たな道を開ける。そんな期待を抱いていた。
「お前、諦めたくなかったんだろ」
「うん」
「だったらいいんじゃねーか。これからずっと女王を諦めたことを後悔していくくらいなら、たった数十日くらいどうってことなかったぜ」
自分を見つめてくる満面の笑み。
だけどアンジュは知っていた。恋仲になりながらも女王を目指すと話したそのとき、ユエは守護聖としては納得していたものの、ひとりの男性としては自分との関係を明かせず耐える日々が始まっていたことを。
気がつくとふたりは自分が過ごす寮に近づいていた。アンジュはぎゅうっと手を握る。自分の気持ちが少しでも伝わればいいと願いながら。
「ね、このまま私の部屋に来ない?」
「へっ?」
女の自分から言うことではないのかもしれない。
だけど、男だから女だからという時代ではない気もするし、恋と女王の両立を目指すアンジュの気持ちを後押ししてくれたユエに少しでもお返しがしたかった。
「なんかお前って余裕だよな」
少し前に視察に行ったときも似たようなことを言われたことを思い出す。
その言葉にアンジュは首を軽く横に振ることで否定する。余裕なんてどこにもない。ユエだからできる行動。もっともユエ自身はそのことに気がついていないようだが。
歩いているとあっという間にアンジュの部屋の前に着く。
あらためてアンジュはユエに向き合う。口にしているようでしていない言葉を伝えるために。
「ユエ」
「なんだ?」
「今までありがとう」
その言葉をユエはどうとらえたのだろう。礼を言われることは想定外だったのかもしれない。頬が赤くなり、視線が泳ぐ様子を見てアンジュはかわいいと思った。
そんなユエを見ながらあらためて思う。
女王試験の最中に何度も彼の真っ直ぐさと誠実さ、そして公平な姿勢に惹かれた。
そして、自分が女王になる未来を描き、その期待に少しでも添いたいと思った。
彼が導いてくれたからこそ、今自分はこうして恋も女王も諦めることがなかった。
でも、これからは自分も輝き続けたい。叶うなら彼に負けないくらい。そう思うようになった。
先ほどの戴冠式でふたりで新しい時代を切り開くことに成功した。だから今度はユエとの新たな関係に踏み出すとき。
そう決意しアンジュはドアノブに手を掛ける。つながれている手に力が込められたのが印象的だった。