天からの貢ぎ物「演奏会、無事に終わってよかったですね」
「ええ。始まる時は長く感じ、合わせているときは本番の目処がつかず絶望しているのに、終わればあっという間ですね」
札幌での演奏会も無事終わり、参加したメンバーは片付けが終わった者から順に隣のホテルに向かっていく。
スターライトオーケストラのコンサートミストレスである朝日奈唯は一ノ瀬銀河とともに関係各所に挨拶をするため、会場を出るのが遅くなる。
しかし、そんなことを見越していたのだろうか。出口には御門浮葉が何食わぬ顔で待っており、ホテルまでの僅かな距離をともに歩くことにした。
「雪の上を歩くのも、明日で終わりですね」
「そうですね。『雪だるま作るんだ』と張り切ったものの、北海道の雪はパウダースノーのため、雪が固まらず南くんや赤羽くんたちが落ち込んだのも懐かしいですね」
雪に覆われているからであろうか。
同じ日本国内でありながらどこか異国にいるような錯覚を覚え、時には雪のせいかこの世界にはふたりしかいないような感覚にも陥った街、札幌。
この街ともお別れだと思うと寂しいものがある。
マイナスの気温は数字が示すほど寒さを感じず、室内は半袖で過ごせるほど温かいのもきっといつか想い出になるだろう。
唯がそう感慨深くなっていたとき、ピューッと一陣の風が吹く。
「くしゅん」
思わずくしゃみをしてしまう。
そんな唯を浮葉がおやおやと言いながら見つめる。
「おや。思ったほど寒くはないとはいえ、やはり外は冷えますね」
そう言ったかと思うと、唯のコートの上に何か掛けられるのを感じる。
触れると柔らかく滑らかな生地のもの。
浮葉の方を見つめると、彼は儚げな笑みを浮かべながら唯を見つめてくる。
「ストールです。何度渡しても毎回返されますが…… でも、今回は聖なる日のプレゼントとして受け取っていただけないでしょうか?」
言われて気がつく。
初めて出会ったときは生地の高級さのあまりストールをわざわざ返しにいった。
その後も暖を取るためにストールを掛けてくれたが、やはり自分には不相応だと思い彼に返してしまっていた。
しかし、そんな恐縮する自分の気持ちを見透かしたのであろうか。
今、肩に掛けられているものは確かに安っぽさはないが、唯が普段使いできそうなデザインや生地となっている。
「飛行機に乗ってしまえば、また別の拠点で活動することとなりますが、せめて私の代わりだと思っていただければ……」
そう言われて唯は、夢から覚め現実に戻る時間が迫っているのを実感する。
そう、ふたりが活動しているオーケストラは浮葉の事情もあり、別のところとなっている。
今回のようにともに演奏するのはまれで、時にはライバルとして立ちはだかることすらある。
お互い、オーケストラ以外の活動もあり、会うのもままならない。
だけど、せめて春が来て、暖かい風が吹くまではこのストールが自分を守ってくれる。そんな気がした。
「ありがとうございます」
そう言った瞬間見えてきたのは打ち上げ会場のあるホテル。入り口には何人かのスタオケのメンバーが手を振りながら待っている。
帰らなきゃ、スタオケに。
だけど、心は浮葉さんと一緒だから。いつまでも。
そう思いながら唯はストールをぎゅうっと握り締めた。