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    いぬさんです。

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    いぬさんです。

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    33話目です。

    33両家へともに報告が済んだので、私たちはまた離れて生活をしていた。

    相変わらずの状況で、まだ私は安全と言いきれないからと、護衛の人はまだいる。
    電話もできないし、手紙も出せない。寂しいと思う事はもちろんあったが、これまで会えなかったシチュエーションとは違い、私は安定していた。

    大学に通い、在学中に取れる資格や検定は現役取得を目指して頑張った。初めての一人暮らしにも慣れ、料理のレパートリーも少しずつ増えたが、私は意外と飽き性であることが判明し、無理せず自炊をする事にした。

    札幌は住みやすかった。真冬に雪が溶けないどころか分厚い氷になるのと、日中氷点下になるのは流石に辛かったが、冬が長い分、春はとても美しかった。初めて聞く鈴が鳴るようなセミの声も心地よかった。秋はあってないようなものだった。



    私が大学3年生、悟が高専の3年生の夏の終わりだった。
    短い秋が来たら、あっという間に冬がくる。

    講義が終わってアパートに戻ると、アパートの脇に悟が立っていた。

    「悟?来るなら連絡くれれば良かったのに!」

    「あぁ、ごめん。思い付きで来ちゃって」

    思い付きで飛行機に乗った?
    そんなわけない。

    「いつから待ってたのよ~!ほら、入ろう!」

    部屋に入っても、悟はぼんやりしていてほとんど喋らなかった。今聞いてもきっと話してくれないだろう。

    「一年ぶり。来てくれて嬉しいよ」

    私は悟の頭を抱いた。

    「また少し背が伸びた?どこまで伸びるのかしらね?」

    「……分かんね……」

    悟は私を抱き返すこともせず、じっとしている。

    あぁ、これは悲しみの感情だ。
    悲しみと、迷い、か。

    「何かあったら声かけてね」

    私は悟から離れ、いつも通りに過ごすことにした。悟は今「悟の日常」から離れたいのだ。

    いつも課題をする時にはソファーでやるが、今日は悟がいるので折り畳み式の椅子を出してキッチンにノートを広げた。課題が終わると小一時間くらいたっていて驚いた。随分集中してやっていたみたいだ。その間悟は全く動かなかったということか。
    悟の様子を窺うと、本当に動いていなかった。

    「晩御飯どうしようか?悟が突然来たから食材なんもないよー?」

    返事なし。

    悟に近づいてみる。

    「悟?食欲ないかもしれないけど何かは食べよ?スーパー行って来ていい?」

    悟がさっと私の腕を掴んだ。

    「でかけないで」

    「分かった」

    何がそんなに悟を悲しませているのか、迷わせているのか。
    私の事で何かあったのだろうか?
    任務で何かあったのだろうか?

    私は買い物に行かず、ご飯を炊いておにぎりを作った。悟が食べたいと言ったら卵焼きとインスタントのお味噌汁くらいはすぐ準備できると思ったからだ。

    悟は食べなかった。
    水も飲まなかった。
    ただソファーに座っていて、時々私の問いに答えただけだった。

    隣に座って悟を見ていた。
    悟はこ憎たらしいほど綺麗だった。
    白くて柔らかな髪の毛に触れた。
    私がケガをした時、悟は食べず眠らず引きこもったと凪さんが言っていた。その時もこんな感じだったのか。

    「俺……最強になったらしいよ」

    突然悟が言った。

    「そう……なんだ……?」

    それが何故こんなに悟を憔悴させるのか。

    「最強になるって、こんなに何かを犠牲にしなきゃダメなのかな……?」

    「なにがあったの?」
    私はたまらず聞いた。

    「……去年、守らなきゃいけない女の子を死なせて、ついこの間親友が去っていった……」

    「悟……」

    「最強になるのと引き換えに、失うものでかすぎない?」

    悟が笑った。

    「なんであいつが苦しんでるのに気付いてやれなかったのかなぁ?俺の目ってなんでも見えるんじゃなかったのかなぁ?」

    私の目の前で悲しんでいるのは「悟」であって、「最強の呪術師」ではない。

    「悟、悲しい時は笑わなくていいよ。ちゃんと悲しんで」

    私は悟を抱きしめた。


    私は悟が「最強の呪術師」と言われても言われなくてもどっちでも良かった。ただ傍に居いだけだ。


    「実の顔を見たら俺がこんなんでどーするって思えたよ。ありがと」

    小さく言うと、悟はようやく抱き返してくれた。


    翌朝起きると悟はいなかった。
    冷蔵庫を開けると、おにぎりがなくなっていたので少し安心した。

    呪術師をしていれば、これからも辛い出来事や決断は出てくるだろう。
    私は何もしてあげられないけど、いつでも悟が「帰りたい」と思える存在でありたい。



    それから悟がふらっと現れることはなかった。
    翌年は悟が高専を卒業し、呪術師として任務を行っている、元気でやっていると、捕まえた護衛の人に聞いた。
    私はあと一年大学があるので、就職の事を考える時期になっていた。
    卒業したら東京に戻ることになるので、札幌で就職活動しても意味がない。就職氷河期が続いている昨今、札幌東京間を何度も往復して就活をするのも気が進まなかった。
    両親に相談すると、向こうに行ってから就活すればいいとあっさり言われた。私はもう子供ではないので、働かずに置いてもらうのは気が引ける、というと、パパに相談してみたら?と言われた。
    自分達は札幌が気に入ったので、ここを終いの住み処にすると宣言されて驚いた。あなたの人生は、あなたのしたいように、後悔しないようにと言われ、少し涙が出た。

    久しぶりにパパに電話をした。
    パパは「元気か?困っている事はないか?」と私からの連絡に声を弾ませて喜んでくれた。
    事情を話すと「気にしなくていいからおいで」と言ってくれた。「なんならずっと働かなくてもいいんだよ?悟は実がびっくりするくらい給料もらってるはずだから」と言われた。
    悟がどんなにお給料をもらっていても、それは悟が任務をこなして頂いた悟のお金だから、と言うと、「そうかい?ずっと家にいてもらえると私も嬉しいんだが……」と前置きして、どこか雇ってもらえるところがないか、自分も声をかけてみるよ、と言ってくれた。私が在学中に取った資格や検定、また取得できるだろうものを伝え、悟や光の近況や世間話をしてその日は電話を終えた。

    卒業も近くなり、ほとんど大学には行かなくなり、ネットで就職先を探していた頃にパパから連絡があった。
    「実の仕事先の事なんだけど。簿記1級取れたよね?経理担当を探してるところがあったから今度一緒に話を聞きに行かないかい?あ、ちなみに車の免許はとったかい?そこ、車でないと通勤大変かもしれないからさ」
    私は札幌で免許をとっていたので行くと答えた。


    パパは私との再会をとても喜んでくれた。悟は任務で地方に行っているとの事で会えずに残念だったが、幼稚園に通っているという光には会えた。
    驚いたことに、光は私を覚えていた。
    「みのるちゃん!」
    といって抱きついてきたのだ。
    「光は悟と同じくらい勘が良くて記憶力もいいんだよ」
    とパパが笑っていた。
    そういえば、悟は凪さんのお腹にいる時から記憶があると言っていた。
    光は間違いなく五條家の次期当主になるだろう。

    翌日、リクルートスーツに身を包んだ私を見てパパは感慨深そうだった。
    「実も大人になったんだね」
    としんみりしていた。



    パパが運転する高級輸入車で30分は走っただろうか。山道を走っている。
    「ここだよ」
    と言われて到着したのは呪術高専だった。
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