42次の日曜に悟は「都内だから今日中に戻る」と言って出掛けた。
私は光が縄跳びの練習をするのを手伝っていた。運動神経抜群というわけではない私も、縄跳びくらいなら多少はできる。
しかし、光は恐ろしい程運動神経が良かった。まずは自分でやってみて、出来なければ私が一度だけお手本を見せれば次はちゃんとできた。悟ほどではないが目がいいのだろう。だまってじっと私が飛ぶのを見ている光の眼差しは悟にそっくりだ。
携帯電話が震える。
悟から電話だ。
「もしもし?今任務中じゃないの?」
『そーだよー。ところで今日は対馬さん休みでしょ?』
「うん。お孫さんのお誕生日会だって」
『夕飯なんだけど、あ!ちょっと待って!帳下ろすから!あぁ、実?どうする?』
同行している人と話しながら電話するな。
「今日はみんなの分私が何か作ろうと思ってたけど。ダメだった?」
『何作るの?もーちょい下がっててー!』
「誰と喋ってるのよ。終わってから電話かければいいじゃない」
『電話かけたら忙しくなった。で、何作る?』
「そうね……。チーズハンバーグだったら光も喜んでくれると思うんだよね」
『分かった!絶対食べるから取っておいて!』
「何時くらいになりそう?」
『8時か9時くらいかな?』
「了解ー。じゃあ頑張ってね~!」
『一人残ってどーすんの!一緒に行くの!あ、実またあとで!』
切れた。
あんなんで大丈夫なのかな?と心配になる。
「実ちゃん、今日チーズハンバーグ?」
光が満面の笑顔だ。
「そうだよ。光も手伝ってくれる?」
「手伝うよ!」
女の子ってかわいい。悟はこんなんじゃなかった……。
夕方、光とキッチンで料理を始めた。
包丁を持たせるのはドキドキしたので包丁を使わない作業をお願いした。
悟の分だけタネの状態で残しておいて、私、パパ、光の分は焼いた。
パパが「美味しい」を連発するので、光は「私もお手伝いしたんだよ!」と誇らしげだった。それを聞いてまたパパは「美味しい」を連発した。
「2人の娘がパパの為にハンバーグを作ってくれた」と、またうるうるしていた。パパは最近涙腺が弱くなった気がする。
夕飯後に光がお風呂に行ったので私はリビングでテレビを見ていた。特に見たい番組があったわけではないが、屋敷が広いので静かすぎるのだ。
メールが届いた音がした。メールアドレスを知っているのは悟だけだ。なんなら私も知らない。
『予定より遅くなるから寝てていいよ。帰ったらハンバーグ食べるから冷蔵庫に入れといて!』
私が寝た後に帰って来るとなると12時を過ぎるのだろうか。そんなに遅くなるなんて大丈夫なんだろうか。危険な任務なのだろうか。相変わらず私は悟が普段どんな任務をこなしているのか知らない。今度聞いてみよう。
とりあえず光がお風呂から出たら私もゆっくり入ろう。
家族だけが使うお風呂は広めのユニットバスだが
最新の設備だ。誰が要望したのか湯船は七色に光る。「ラブホテルってこんな感じなのかな?」と悟がスイッチを入れて遊んでいた。私は悟しか知らないし、未遂があったとはいえ悟も多分私しか知らない。なので二人ともラブホテルには行った事がない。行ってみたいという好奇心はあるが、私たちが出かける時は必ず護衛の人が遠くから見守ってるのでラブホテルに入るところを見られたくないし見せたら申し訳なくて無理だ。悟に行ってみたいと言った事すらない。
ポチっと電飾のスイッチを押す。暗いバスルームが光りだす。なんだかおかしかった。
「……実」
呼ばれた?
「……実?風邪引くよ」
悟?
「起きろ実!風邪引く!」
「ううん!?」
「あ、起きた。寝るならリビングのソファーじゃなくてベッドで寝ろよ」
「お帰りなさい?今何時??」
「ただいま。今夜中の2時。寝てていいってメールしたの見た?」
「見たよ……お風呂入ってリビングでテレビ見ながら寝落ちしちゃったみたい……」
「もしかして帰るの待ってた?」
「うん……寝ちゃったけど……」
ふっと悟が笑う。
「はい、実ちゃんヨダレ拭きましょうねー」
悟の袖で口元を拭かれる。
「えぇ……うっそヨダレ??」
「うっそー」
「もう!」
「着替えてくるからハンバーグ温めておいてもらっていい?」
「本当に食べるの?みんなと食べて来なかったの?」
「みんなは何か食べに行ったけど、俺はハンバーグ食べるって実に言ってたし」
「りょーかい。じゃあすぐ焼く!」
「は?焼いてなかったの?」
「私は仕事お休みだったけど、悟はこんな時間までお仕事だったでしょう?せめて焼きたて食べさせてあげたいと思ったんだけど……余計な事だった?」
「ちょっとだけハグさせて」
「うん?」
そういうと悟は両手を広げた。
おずおずと腕の中に収まる。
「待っててくれて嬉しい」
悟はボソッと言った。
「実、大好き」
「え"」
「え"ってなんだよ」
「いや、ちょっとそういう不意打ちは卑怯じゃないかなぁ~……って」
「どうひねくれたら卑怯なんて発想になるわけ?」
「急に言われたらドキっというかビクッというか……なるじゃない?」
「ビクッもひどくない?じゃあもう一回言うよ?実の事大好き」
「アリガトウゴザイマス……」
「実は?!俺の事好き?!」
「そういうのって聞いちゃいけないヤツじゃないの??」
「どうなの?!」
「大好き……」
ぎゅーーーーーーっとされる。
「痛い痛い痛い痛い!!」
「あ、ごめん。じゃ、ハンバーグよろしく!」
バタバタと部屋に向かう悟。
一体なんだったんだ……。
ダイニングで隣に座って悟はハンバーグを食べ、私はコーヒーを飲んだ。
「うまい。焼きたてうまい」
もりもり食べてくれる。良かった。
「待っててくれたのも焼きたてを食べさせてくれるのも嬉しいけど、『寝てていい』って言われたら寝ててね?任務が長引いて朝帰りの時もあるから。てか実は明日っていうか数時間後には仕事だろ?」
そうだった。明日は仕事だ。
「俺は遅くなったから今日は昼出勤でオッケーだから」
「起きれるかなぁ」
もうすぐ3時だ。お弁当を作るのも考えてギリギリ6時までは寝れるか。
「寝なきゃいいんじゃない?今まで寝てたんだよね?」
「まぁ寝てたといえば寝てたけど。やっぱりベッドで寝たいかも」
「俺が寝かせないでやるよ?」
「いや、何も聞かずに遠慮しておくわ」
「せめてどうするのか聞けよ」
「嫌な予感しかしないから聞かない」
「なんでだよ!!」
「だって絶対なんかたくらんでるでしょ?!」
「あぁ、そう。実は俺の事そんな風に見てるんだ?」
「日頃の行いでしょう?!」
「……ごちそうさま。風呂行ってくる」
ものすごく不機嫌な顔をして悟はお風呂に向かった。あらま。怒らせたかな。
とりあえずまずは片付けだ。明日の朝対馬さんが使う前に片付けからさせてしまう事になる。
ついでに明日の朝のお弁当の中身を冷蔵庫と相談して、お米もといでタイマーかけておくとしよう。
全て終わっていい加減部屋に戻ろうとしたら悟がお風呂からあがってきた。
「あれ。まだ起きてたの?」
「うん。片付けと明日のお弁当の準備とか」
「ふうん?寝るなら早く寝ろよ」
「悟、さっきの怒ってる?」
「ちょっとね」
「ごめんなさい。遅くまで仕事してきた悟に対して言いすぎた。」
「ん」
「じゃあ寝るね?お休みなさ____」
おやすみなさいを言い終わる前に抱き上げられた。お姫様抱っこだ。
「はいつかまえたー」
「なにしてんのよ!!」
「お姫様抱っこ~。ベッドまでお連れしますよ~!」
「歩けるから!降ろして!重いでしょ!」
「実の体重なんて45~46キロくらいでしょ?軽いもんよ」
「なんで知ってるのよ!?」
「抱っこすればなんとなく分かるけど」
「はぁーーーーー?!なにそれ?!」
「はいはい。お姫様、お静かに~」
くっ……。
捕まってしまったからには逃げられない。こういう時体格差がありすぎると辛い。
普通に悟の部屋に連れて行かれる。
ベッドに降ろされて、軽くキスをされた。
「俺寝ないから寝ていいよ。何時に起こして欲しい?」
「寝ないの?大丈夫?」
「実が起きたら寝る。間接照明だけつけておくから」
「じゃあ、6時にお願いします……」
「オッケーおやすみー」
悟が部屋の電気を消して間接照明をつけた。
机に書類を広げている。
私は悟のベッドに横になる。
悟の匂いがする____。
「悟……?」
「照明まぶしい?」
「一緒に横になったら寝ちゃう?」
「寝ちゃうかも?」
「じゃあいい。おやすみ」
もぞもぞと布団に潜り込む。
「はい、ちょっと失礼しますねー」
悟がベッドに来た。
「ちょっと手前に来て。ベッドに座って仕事する」
私の瞼は既に限界を越えて重い。
悟の為に壁際のスペースを空ける。
悟が伸ばした足に腕を絡ませて私は眠った。
翌朝目覚めると悟は隣ですやすや寝ていてしかも6時半だった。慌ててベットから出て身支度を整えるとキッチンから対馬さんが声をかけてきた。
「これ、今日のお弁当と、車の中で食べられるようにおにぎり作ったので持って行ってください」
「ありがとうございます……!」
私はありがたく受けとると、車まで走った。
対馬さんをお嫁さんに欲しいと思った。
ん?私はいつ悟のお嫁さんになるんだろうか?