55翌朝起きてから悟の部屋に行ってみたが戻って来た様子はなかった。
戻っていないのだろう。
携帯電話に連絡もなかったが何か緊急の用事でもできたのだろうか。
それとも桜子さんの話しのせいだろうか。
子供じゃないんだから今日は普通に高専に行くだろうし、私も仕事だ。あまり心配しても悟に悪い。
「実さん、学長から内線ですよ~!」
人事の長田さんに呼ばれた。
「はい!ありがとうございます!……学長からなんて……なんでしょうね……?」
雫石さんの方を見たが雫石さんも不思議そうな顔をしている。
『あぁ、仕事中にすまないね』
学長はそう切り出した。
『五条くんが来てないんだけど、今朝は会ったかい?』
「いえ……。夕べから本家には戻っていなくて……。連絡もなかったので任務かと思ってました」
『そうか。ありがとう』
そう言って学長は電話を切った。
「実さん、学長はなんだって?」
「悟くんが出勤してないらしくて……」
「それは珍しいわね……。五条さんはなんだかんだ遅刻してもちゃんと出勤はするのに……」
「ちょっと携帯電話にかけてきてみてもいいですか?」
「いいわよ」
もう間もなくお昼だ。
私の携帯電話に悟からの連絡はない。
私は事務棟の外に出て悟に電話をかける。
呼び出し音は鳴るが出ない。
「どうしちゃったのよ……」
もう一度かけようとした時、見慣れた車が近づいて来た。後ろの座席の窓が開いて悟が顔を出す。
「こんなとこで何サボってるの~?」
「悟くん!誰にも連絡してないでしょ!皆心配してるよ!」
「あはは~!出掛けた先で寝ちゃってさ~!」
「もう!学長からも電話きたから早く行って!」
「はーい!またね~!」
車が走り去る。
桜子さんと一緒だったんだろうか。
桜子さんと一緒だったのなら、昨夜は悟と話をする為に人払いをしたのだからどちらに聞いても教えてはくれないだろう。とりあえず無事なようで良かった。
そろそろ寝ようかという時に悟が部屋にやってきた。
「悟も寝る?」
「うん」
二人で私のベッドに入る。
いつも一緒に寝る時は私が悟に後ろから抱き抱えられる体勢だ。
「実……夕べは連絡もしないで戻らなくてごめん」
「謝ることないよ。何か用事ができたんでしょ?」
「……うん」
「何があったかは聞かないから安心して」
「……助かる……」
「悟、ちょっと下に下がって。足が布団から出ない程度でいいから」
「ん?こんなもん?」
「うん。いいよ」
私は起き上がって悟の方を向いて悟の頭を胸元に抱いた。悟が私の腰に腕を回す。
「大好きよ。おやすみ」
悟の頭にキスをする。
「……俺も大好きだよ。おやすみ」
悟から迷いが感じられた。迷いと、怒りと、悲しみ。
どうか、私の事ではありませんように。
悟の誕生日まであと2週間になった。光は数人の術師と乳母とともに海外に旅立った。いつ戻るかは教えてもらえなかった。
「俺の誕生日会なんだけど」
パパ、悟、私で夕食をとっていた時だった。
「誕生日会……本当にやって欲しかったのね……?」
「やるでしょ。ハタチだよ?」
「パパは構わないよ。悟は何か欲しいものがあるのか?」
「いや、来週いつものホテル予約しておいたからって報告」
「そういえば、私も悟が欲しいものまだ聞いてないんだけど」
「あぁ、それは当日で大丈夫」
「えぇ……?」
「光がいなくて残念だけど三人で美味しいもの食べてお祝いだなっ」
パパが嬉しそうにはしゃぐ。パパはわりとイベント好きなのだな。
悟の誕生日会は本当の誕生日の一週間前だ。
ここまでくるとやはりほんのり緊張してくる。いつ、何が起こるか分からない。桜子さんもいつになるのかわからないが、多分悟のお披露目会頃だろうとだけ言っていた。
私はまたもパパが用意してくれたスーツを着ていた。だからなんでパンプスのサイズまでもがぴったりなのだ。
淡いブルーの上品なタイトスカートのスーツだ。まるで皇族の方々が着ていそうだ。
「……パパ?このスーツ、オーダーメイドじゃないよね……?」
「全部作らせてるよ!」
パパにっこにこ。
「……パパ……ありがとう……」
パパにしてみれば、私はそのうち五条家当主の妻になるのだ。
安っぽい礼装等は許されなくなるのだろう。
パパと悟は今日もばっちりキマってる。
「じゃあ出発しようか」
パパが運転して私と悟は後ろの席に座った。
「ねぇ?ディナーの時間にしては出発早すぎない??」
まだ3時だ。
「ハタチのお誕生日会だからいろいろ準備があるんですよ~」
「えー?自分の誕生日を自分で演出したの?言ってくれれば手伝ったのに……」
「俺がやりたかったの~!」
「参加者を喜ばせるなんて偉いわね……」
「それよりさ。そのスカートもっと小さめでも良かったんじゃない?大きくない?」
悟がスカートの生地を引っ張る。
「ちょっと!引っ張らないでよ!サイズはぴったりです~!」
「実のかわいいお尻が強調されてないんだよ…」
「どこ見てたのよ!!!」
「お尻でしょうが!!!」
「捲らないで!!!!」
「ちょっとくらいいいじゃん!!!」
「あはは。今日も賑やかで平和だねぇ」
パパはいつも通りで何よりです。
ホテルに着くと、パパがトランクからキャリーケースを出した。
「親父、場所分かるよな?」
「大丈夫だよ!先に行って待ってるから!」
「おう。実はこっち」
「パパ泊まるの?ずいぶん大きいキャリーケースだけど……」
「あれも準備だから」
「パパも誕生日会の内容知ってるの?」
「まあまあ、はいこっちね」
エレベーターに乗り込むと最上階のボタンを押す。
最上階は人が行き交うロビーと違ってひっそりとしている。
「ちょっと……ここ入っちゃいけないんじゃないの……?」
「最上階貸し切ってるから」
「……は?!またそういうお金の使い方して!」
「誕生日だよ?好きにさせてよ」
「もー……」
手を引かれてフロアの隅にあるドアの前に立つと悟はノックした。中から「どうぞお入りください」と女性の声がする。
「はい、どうぞ」
悟がドアを開けて私を促す。
「……はい?」
目の前に飛び込んで来たのはウェディングドレスだった。
「じゃ、あとよろしくー」
悟が出て行こうとする。
「ちょっとちょっとちょっとちょっと!!!!」
悟の腕を掴む。
「なに?」
「何じゃなくて!!!場所間違えてない?!」
「間違ってないよ?綺麗にしてもらって?」
「あの、あのドレス……ドレス……」
「実のドレスだよ?」
「えぇ……???」
「実からの俺への誕生日プレゼントは黙って言うこと聞くこと!あれ着て!」
「だってあれ……ウェディングドレスだよ……」
「嫌なの?」
涙が溢れてきた。
「あーほらー泣かないのー。顔が浮腫んだら台無しだよー?」
「お嫁様、お時間がありませんのでこちらへ」
後ろから女性に声をかけられる。
「ほら行って!みなさんよろしくー!」
悟はさっさとドアを閉めた。
目の前に保湿ティッシュの箱を差し出される。
「お嫁様、サプライズというのは本当だったんですね」
着付けやメイクをしてくれるだろう女性のスタッフが三人いる。
「……全然知りませんでした……式は挙げないものだと思ってました……」
「感動と歓びの涙は美しいですが、新郎様の言うとおり、顔が浮腫んで瞼も腫れます。早急に涙を引っ込めてください」
「……はいぃ」
そのあとはメイクを落とし、服を脱がされ紙パンツとバスタオルを渡されベッドに寝かされた。
顔と全身のマッサージとムダ毛の処理もされ、恥ずかしさで涙なんてすぐに引っ込んだ。
こういうところのスタッフさんはみんなそうなんだろうが、めちゃくちゃいろいろ褒められた。肌が綺麗。きめ細かい。髪の毛がさらさら。爪の形が整っていてつやつや等々……。私の気持ちを盛り上げる為だと分かってはいるが、恥ずかしす
ぎて失神するかと思った。
メイク、ヘアセットをしてもらい補正下着のようなビスチェをギリギリ着せられ、ようやくドレスを着せてもらう。袖の無いチューブトップでドレスの裾は広がり過ぎずちょうどいい。ドレス全体にレースが施されていてとても綺麗だ。白いハイヒールを履き、ベールが出てきた。
「マリアベール……」
「人気なんですよ」
密かに憧れていたベールだ。
また泣きそうになる。
「お嫁様、涙はぐっと我慢です!!」
慌てたスタッフさんに止められる。
そこではっと気付く。
「まさかこのドレス……レンタルじゃないやつですか……???」
「はい!全て新郎様のオーダーです!」
朗らかに言われて何も言う気が起きない……。
「新郎様が1人でこちらに通われて数回打ち合わせをさせて頂きましたが、素敵なお嫁様で素敵な新郎様ですね」
「ありがとうございます……」
間違いなく世界一の新郎でしょうがやることがめちゃくちゃです……。
でも、1人で通うのは恥ずかしくなかったのだろうか。いや、相当楽しんでいただろう。
「お時間間に合いました。移動しましょう」
時計を見るともう5時だ。そんなに時間が経っていたのか。
スタッフさんにドレスの裾を持ってもらって移動する。歩く時はドレスのここを持つようにと教えられ、その通りにする。
一旦外に出ると、そこにチャペルがあった。
「チャペルあったんですね……」
「大きくはありませんが、素敵なチャペルですよ。さあ、どうぞ」
生花を使ったかわいいブーケを渡される。
ドアの前にはお父さんがいた。
燕尾服をちゃんと着込んでいる。
素敵だ。
「お父さん!いつ来たの?!」
「実は昨日から来てるんだ。実、ちゃんと見せて」
私は父の前で立ち止まる。
「綺麗だよ……実……おめでとう」
「お父さん……」
「お嫁様!涙は我慢です!」
「はい!!」
父が肘を曲げて促してくれたので父の腕を取る。
チャペルのドアが大きく開かれる。
映画で見たような素敵なチャペルだ。左側に大きなパイプオルガンがある。その脇には聖歌隊がいる。神父さんの後ろには大きなステンドグラス。そして真っ赤なヴァージンロード。
ヴァージンロードの真ん中あたりに悟が立ってこっちを見ている。
タキシード姿で、いつも分け目がない髪はなんとなく分けられて前髪の半分が耳にかけるように流されている。
「悟もキマッてるだろう?」
「悟……かっこいい……惚れ直すわ……」
父と歩きながらボソボソ話す。
悟のところまで来た。
「じゃあ悟、あとは頼むよ」
「はい」
悟が左腕を私に向けたので私は父から手を離し、悟の腕に手を回した。
「実、凄い綺麗だ」
「悟も凄くかっこいいよ」
「知ってる」
「もう……」
ゆっくり歩き出す。
進むうちに祭壇に向かって左側に母がいるのが分かった。右側にはパパともう1人女性が____
私は立ち止まった。
「実。あとでゆっくり話せるから今は我慢して」
「……ママ……!」
私は涙を必死で堪えた。
神父さんの挨拶と聖歌が謳われ、誓いの言葉に進む。
「五条実さん。あなたは今五条悟さんを夫とし 神の導きによって夫婦になろうとしています。健やかなるときも 病めるときも 喜びのときも 悲しみのときも 富めるときも 貧しいときもこれを愛し 敬い 慰め遣え 共に助け合い その命ある限り 真心を尽くすことを誓いますか?」
「……誓います」
命ある限り。
悟にも同じ誓いの言葉を述べる。
「誓います」
悟ははっきりと言葉にする。
「では、誓いのキスを」
悟と向き合う。
「実、まだ泣いちゃダメ」
「……頑張る……」
「その必死な顔も好きだよ」
「……バカ……」
人前でキスをするのは隠し撮りをされたのを除けば初めてだ。
そっと唇が合わさる。
顔が離れると悟は笑っていた。なんて優しい顔をするんだろう。泣きそうだ。
続いて指輪の交換だ。
左手の薬指にシンプルな指輪がはめられる。ピンクゴールド。誕生日に貰った指輪と同じブランドだろうか。私も悟の左手の薬指に指輪をはめる。
神父さんが「神の御名により、二人を夫婦と認めます」というと、聖歌隊がまた歌い始めた。
「悟、ありがとう」
「こちらこそ」
二人でチャペルを出て扉が閉まった瞬間抱き上げられた。
「すっげー綺麗!!」
「スタッフさんいるから!!降ろして!!」
ストンと降ろされ安心したのもつかの間、顔を両手ではさまれてキスされる。
「んんーーーーー!!!」
ぷはっと言って悟の顔が離れる。
「綺麗だよ」
「もう!!!」
悟はいつでも悟だ。
私の、最愛の人。
ありがとう。
愛してる。