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    みつるさん

    【フォロワー限定のはR18なので注意!】
    そんなにかわらんと思いますが、恥ずかしくなってきたのでえっちなやつフォロワさん限定にしました。どんなもんじゃ?と一度フォロして見たあと外すのでも構わんです! @cid_higell

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    みつるさん

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    執事要さんとお坊ちゃん巽のパロ。
    小説ではなく巽目線の文字の羅列。
    ひめ巽要巽。
    パパとかママとか出てきちゃいます。
    捏造たくさん。

    #ひめ巽
    southeast
    #要巽
    toSundance

    執事要さんと小さな巽さんおれの家には、執事さんと呼ばれるお手伝いさん達がいます。
    学校の友達の家にはいないそうです。
    お父様には、あまり外で喋らない方がいいと教えられました。
    なのでこれはおれの大事な秘密の1つです。

    ある1人の執事さん…十条要さんへの気持ちも、おれだけの大事な秘密です。



    おれはまだ10歳です。
    まだ、というのが正しいのかはわかりませんが。
    お父様や要さんがお話ししている内容が解らなかったりするので、なので「まだ」だとおもっています。

    要さんは17歳で、もう既に大学を卒業されているとの事でした。
    とても頭が良いのだそうです。
    でもまだお若いので、働く場所が見つからず…お父様がおれの家庭教師も兼ねて、とうちで雇うことになりました。
    しかも泊まり掛けで。ほぼ家族のようなものです。

    お仕事をされている時も常に無駄がなく、おれに勉強を教えてくれる時も、解りやすく理解するまで教えてくれます。
    お顔もとても整っていて、クラスの女の子たちが見たら、きっと要さんのファンになってしまうんでしょうね。

    かくいうおれはもうとっくに要さんのファンになっているのだと思います。
    お仕事をされる姿を目で追ってしまったり。
    庭で仕事をしているのを見つけて、側で見ていたいと、おれも庭にいってこっそり覗いてしまったり。
    お勉強を教えてくださる時、髪をかきあげたときがとてもかっこいいな、と思って見つめてしまったり。
    眠るときに、眠るまで側にいてほしいと思ってしまったり。

    クラスの女の子たちは、アイドルや漫画にでてくるキャラクターと結婚したい、お付き合いしたい、とよく盛り上がっています。
    おれは話についていけなくて、こっそり聴いてるだけなのですが…
    おれが要さんに感じている想いって、お付き合いしたい、というものなのでしょうか?

    そして、とある日。
    いつものようにお仕事をされている要さんを目で追っていました。
    要さんが書庫に入られたのでおれもそれを追って中に入り、本棚と本棚の間を探している時に、要さんに見つかってしまったのです。
    「巽さま、俺に何か御用でしたか?」
    「ひゃっ」
    急に声をかけられた事、追っていたのがバレていた事におれはびっくりしてその場で転んでしまいました。
    要さんは微笑みながら、おれを抱っこするように持ち上げて立たせてくれます。
    「失礼しました巽さま。驚かせてしまいましたね」
    お怪我はないですか?と、ちょっとだけ乱れてしまったおれの髪をなおしながら顔を覗かれて、要さんは少し顔を強ばらせました。
    「巽さま、もしかして体調が優れませんか?」
    「えっ?」
    要さんはおれの額に手をあてて、今度は何か考えているような顔になりました。
    「熱は…ないようですけれど」
    「あの、要さん、おれ元気です」
    先程抱き上げられた時、そして顔を覗かれたとき胸の辺りがざわざわしましたけれども。
    「お顔がいつもより赤い感じがしたので風邪でも召されたのかと思いました。杞憂であれば良いのですが…念のため」
    「えっ 要さ…わっ」
    要さんは、再度おれを抱上げ、そして腕に座らせました。
    幼い子どもが親にだっこをせがんだような、そんな抱きかたです。
    「万が一の事があってはいけません。お部屋に帰って休みましょう」
    抱っこされながらこちらを向くのでとても顔が近くて、おれはまた、胸のあたりがざわざわしました。
    「ほら、やはり顔が赤いですよ巽さま」
    「あの、えと、これは……」
    顔を見られている事がとても恥ずかしくなってきて、思わず手で顔を覆ってしまいました。
    要さんはそんな俺を見て「かわいらしい」と言うのでした。

    そのままおれのお部屋に連れて行かれます。
    お部屋の扉を要さんがおれを抱っこしたまま器用に開きました。
    抱っこされていた間、要さんの顔がずっと近くて。やはり要さんはかっこよくて、それでいてきれいです。
    思わずおれは「要さんは顔がきれいですね」と言ってしまいました。自分で発した言葉にドキドキしていると、要さんは優しい表情のままこちらを向いて、こう言いました。
    「ありがとうございます巽さま。まあ、生まれたときから親にいただいたものではありますが…こちらでも、何不自由ない生活をさせていただいてます。そのお陰ですね。それに」
    要さんは更におれに顔を近付けて、
    「巽さまも、今はかわいらしいですが俺くらいの歳になればとても美しく…かっこよくなりますよ。それに…きれいな俺が、側にいるんですから。色々と教えてあげます」
    おれはまた、自分の顔が赤くなったのではないかと思いました。

    おれのベッドに近付くと、要さんの顔を近くで見られるのも終わりなのだと、残念な気持ちになりました。
    おれは思わず、抱っこされながら要さんに回していた腕をきゅっと強めてしまいます。
    「巽さま、どうなさいましたか?」
    要さんがおれを心配そうに見つめてきます。
    「要さん、ずっと、いてくれるんですよね?」
    「ええまあ、働くことを許される限りは、ですが」
    「じゃあ、おれが要さんくらいの年齢になるまでもいてくれるんですね?」
    「巽さま…?」
    要さんの顔が思っていたよりも近い距離にあった事に気がついて、おれはまた恥ずかしくて今度は要さんからパッと離れました。

    おれが突然離れたので、バランスを崩し、近くにあったふかふかのベッドに背中から飛び込んでしまって、それから
    「巽さま、急に動かれたので支えきれず申し訳ございません」
    一緒にバランスを崩して、要さんがおれに被さるようにしてベッドに一緒に沈んでしまいました。
    からだがぴったりくっついていて、おれのどきどきが要さんに気づかれてしまう、そう思っていた時。
    「巽さま、ご無礼ながら申し上げます。先程から俺はわざと、巽さまに近付いていましたが気づかれていましたか?」
    「えっ?」
    おれのどきどきがもっと大きくなった気がしました。
    「巽さまが俺をずっと見ていたり追ってきたり…その、とても可愛らしかったのでちょっとからかってしまったのですが…気を悪くされたら申し訳ございません」
    いつもよりとても近い位置に要さんがいて、胸がざわざわしてどきどきして、本当に風邪でもひいてしまったのではないかと思うくらい顔が熱くって。
    こういう時、どうするんでしたっけ?
    たまたま目にした、お母様が夜観られていたテレビドラマで、恋する主人公は確かこう…

    「…巽…さま?」
    おれが要さんの両頬に触れて、そのまま自分のほうに引き寄せました。おれの唇が、柔らかいものに触れたのは感じたのですが、緊張しすぎてそれがなんだったのか、目をつぶっていてわかりませんでした。
    少し長く感じるくらい、唇で柔らかい感触を感じました。
    要さんは黙って、おれがしていることを受け入れてくれています。
    「…ふっ、はぁっ、はぁっ」
    そのうちおれは呼吸をしていなかった事に気がついて、慌てて要さんの頬を離しました。
    「…巽さま、大丈夫、ですか?」
    要さんはちょっと驚いたような顔をしながら、おれを抱き起こして、背中をさすってくれました。
    「はっ、はっ…ふう…すいません、おれ、急に」
    「いえ…」
    要さんはおれが落ち着いたのを見て、おれの上体を起こしてベッドに座らせてくれます。
    「…巽さま、今の行為は、そのまま受け取っても?」
    「ご、ごめんなさい!おれ、要さんの顔みてたら、手が勝手に動いちゃって…!」
    要さんはそんな勝手に動くおれの手を優しく包んでくれました。
    「好意的に思ってくれているとはわかってました。でも、まさか恋人のように扱っていただけるなんて」
    「こいびと」
    自分で口にして、更に顔が熱くなって。でも熱くなったのは顔だけじゃなくて、体全体が熱くなった気がしました。
    「巽さま?」
    「ごめんなさい!ごめんなさい!おれ変ですよね、お母様が観ていたドラマの真似したりとか…」
    「巽さま」
    やってしまったことにとても後悔と恥ずかしさがこみあげてきました。でも、要さんの瞳は真っ直ぐにおれを見つめてきます。
    「巽さま、謝らないでください。素直に、俺に気持ちを伝えてくれませんか?」

    素直に、気持ちを。
    要さんは、まだおれの瞳を見つめたまま。
    捕まってしまった。逃げられない。
    手も握られたままだ。
    要さんの蜂蜜色の瞳に怯えた自分が映っている。
    嫌われたらどうしよう。
    気持ち悪いって思われたらどうしよう。
    怖くて怖くて、でも自分がしてしまったことに嘘はつけなくて。

    「お、おれ、要さんが好きです…」

    要さんの瞳をしっかり見つめて、生まれてはじめての愛の告白。
    そしておれが秘密にしていたことを、はじめて誰かに知られてしまいました。

    要さんは、とても素敵な笑顔で
    「ありがとうございます」
    と答えてくださいました。

    おれは、その一言だけでももう心臓がうるさくて苦しいくらいなのに。
    要さんはとても冷静で、多分、おれの告白なんて幼い子供の言葉としてうけとっているのでしょう。

    おれが、要さんくらいの年齢になったら。
    要さんも同じく歳はとってしまうけれど。

    「要、さん。ずっと、ずっとここにいてくれるんですよね?」
    先程確認した事をもう一度口にしてしまう。
    要さんはふんわりと笑って、
    「ええ、先程もお伝えしたとおり。ずっと、お側に仕えさせていただきます。巽さまの健やかな成長が俺の楽しみであり、幸せになるのですよ」
    ああ、きれいな人だな。
    誰かに、とられてしまったら嫌だという気持ちが、じわじわ生まれてくるのがわかりました。
    だから、ずるいと思いつつもおれはこんなことを言うのです。

    「おれが、今の要さんと同じ年齢になったら、また告白して良いですか?」

    7年後。
    おれが17歳になって、背も伸びて。
    かっこよくなれるかはわからないけれど、もう少し要さんと同じくらいの目線になれたら。
    要さんも少しは意識してくれるでしょうか?
    子供の言う、マンガやドラマの雰囲気に重ねたような言葉ではない、おれの心からの気持ちであることに。
    そしておれも、もう少し気持ちの整理がつく。
    もしかしたらおれから、間違いに気づいてしまう可能性もあるけれど。

    「…はい、お待ちしています」

    要さんはそう返してくれました。
    ごめんなさい。ずるいですよね。だって、要さんは執事さんだから、そう答えるしかできないんです。
    いつか、他のお返事がもらえたらいい。
    断られたっていい。

    要さんの心からのお返事をいただくにはまだ、おれには足りないものがたくさんある。

    やはり「まだ」なんです。


    ****************⌚️***************



    それから、1年、2年、3年と時間はとても、ゆっくり過ぎていきました。
    要さんも二十歳。
    お父様が、二十歳すぎると時間の流れがあっという間に感じられると仰っていた事を思い出します。

    学校に通うのは楽しい。
    要さんと一緒にいられる時間もとても幸せ。
    でも、早く17歳になりたい。

    要さんに告白したあの日から、ずっとカレンダーの自分の誕生日に印をつけています。
    お父様やお母様や他の執事さん達からは誕生日に印をつけている、可愛らしいとからかわれましたが、俺にとっては歳を重ねるのはとても大切な意味があるのです。

    あれから、背も伸びました。
    お母様は小柄だけどお父様はとても背が高いので、きっと同じようになるだろう、と家の皆はそう言います。
    要さんも少しだけ背が伸びたようです。でも人はやがて成長が止まってしまうものだと小柄なお母様は言っていました。
    要さんだけそのままで、俺だけ成長できればいいのに。

    3年たった今も、要さんへの想いは変わりません。
    でもそんな俺の気持ちとは無関係に、生まれてきた環境は段々と変化をもたらすのでした。


    「…許嫁、ですか?」
    ある晩の食事。
    大きなテーブルに対して数こそ控えめだけれども、きれいに盛り付けられた料理を前に、お父様は俺にそんな話を始めました。

    許嫁。
    まだ結婚は遠い話だけれども、俺はいつかこの家を継ぐ必要がある。
    家業を継ぎ、生活を支え、そして子を作り繋いでいく。

    未だに、女の子を家に誘ってきたこともない息子を心配したのか、お父様は今から他のお家のお嬢さんを紹介すべきなのかと俺に話しました。

    俺は背後に控える要さんを意識しながら、
    「お父様、俺にはまだ早すぎます。学校もそろそろ1年たとうとしてはいますが、まだ勉強にも慣れませんし。今は学業を優先したいんです。」
    と笑顔で答えました。

    お母様も、巽にはまだ早い、と俺の心の奥底に抱える気持ちを知っているのか知らないのか助け舟を出してくれました。
    本音と嘘。俺はこんな嘘をつけるようになっていたのかと、食事をもくもくと続けながら自分の確かな成長を感じていました。



    「巽さまは、勉強は問題ないかと」
    部屋に戻り、本日の分の宿題を済ませて本棚にある参考書を開いていると、椅子に座り本を読んでいた要さんに後から声をかけられました。

    あの日から、俺が積極的に声をかけるようになったこともあって、少しだけ距離が縮まっていました。
    執事さん達の中で一番俺と年齢が近い事、元々家庭教師として招いていたこと、そして俺が懐いている事に気が付いたお父様が、俺専属のお付きにしてくれたのです。

    俺が部屋で勉強をしている時、解らないことなどあれば教えてもらっていました。
    ただ、要さんがいうには「巽さまは充分お勉強ができるので俺は部屋の掃除しか仕事がありません」ということでした。
    なので今日も、部屋には居ますが書庫から選んできた本を読んで時間を潰してもらっている、といった状況です。

    要さんが側にいてくれることが嬉しい。
    側にいてほしいから、自分が今学校で習っている事よりも先に進んだ学習内容にも手をつけ始めました。
    自分で読み解き解釈し、不明点が出たり考えは合っているか、等確認する為に声をかける。
    要さんはその時は本を読む手を止めて、俺の側に寄ってくれるんです。

    「…そうでしょうか?まだまだ自分には足りないと感じているところが山ほどあります」
    「巽さまはご友人が少ないのでわからないかと思いますが、同級生の皆さんは高校の勉強までしませんよ?」
    この3年で、要さんも俺に対してだけ本性を見せ始めた気がします。
    他人を蔑む、とまではいかないんですが皮肉を言ったり小馬鹿にするような言い回しをするようになりました。
    そんな、少しづつ変化を見せてくれるのも嬉しいです。

    参考書を開いてから一時間程経過したあたり。
    キリの良いところだったで体を伸ばし、勉強の手を止めました。
    長年側に仕えていた事もあって、要さんは無言でこの後俺がする事の支度を始めます。


    「要さんも一緒に、お風呂にはいりませんか?」
    俺の入浴のための準備をしていた要さんの手が止まります。
    そしてこちらを振り返り一言
    「風呂、ですか…流石に仕える身としては…」
    時間は違えど使用している風呂は同じで、俺達家族と執事さん達は共有できる場所は共有して使っています。
    なので、ここで要さんが問題だと感じているのは、同じ湯船に浸かることでしょうか?
    できるだけ要さんの側にいたいから、という気持ちもあるけれど、俺には他にも理由がありました。
    「お父様やお母様も気にされないと思いますよ?」
    「それは、そうでしょうけど」
    「俺の背中を流してほしいんですが」
    「普段ご自身でされてますよね?」
    なかなか思いは重ならず平行線。

    要さんが何故頑なに拒むのか疑問に感じていると、要さんはこんなことを尋ねてきました。
    「巽さまはそんなに俺の裸を見たいのですか?」
    「えっ」
    要さんが、少し恥じらったように言うので俺も動揺して、自分自身の顔が赤くなっていることにも気付きました。
    「ち、ち、違います!!俺、そんな…」
    しかし言われると意識してしまいます。
    年の離れた同性の身体。
    お父様とも、小学校に入ってからは風呂を共にしたことがない。
    俺とそんなにかわらないとは思うけれど、未知ではあります。
    顔が熱い。まだ風呂に入っていないのに、このまま入ったらのぼせてしまうのではないでしょうか?
    赤くなった顔を両手で隠し、自分が口にした事に後悔していると要さんはそんな俺の手を掴み、顔から引き剥がしたかと思えば両手で包んでくれました。
    「ふふ、久しぶりに可愛らしい姿を見ました。冗談ですよ。他に何か理由が、あったんですよね?」
    またからかわれた。と気付くも、要さんの優しく微笑む顔が目の前にあって。
    まだちょっと顔は熱いけれど、俺が要さんを風呂に誘った理由を説明しました。
    「…俺、要さんが言うように友達がいません。クラスメイト達が、お泊まり会というのをしていると聞いて」
    「巽さまは、それを俺と一緒にしてみたかった、と?」
    「はい、お風呂もですが、お布団で一緒に寝るところまでお願いしたかったのですけれど」
    ようやく気持ちが落ち着いてきて。要さんの目を見て、今度は俺が要さんの手を包み返しました。
    「…俺のワガママですけれども、良いですか?」

    念のためお父様に、要さんと一緒の入浴等を確認しました。
    すると「もうとっくにしていると思っていたよ。巽は奥手なんだな?」とお父様にもお母様にも笑われてしまいました。そしてお父様は「お父さんとも久々に風呂に一緒に入るか?」とも訊いてきたので、それは丁重に断りました。

    許可を得た後、風呂に向かいます。
    脱衣所にいた要さんは既にいつものスーツ姿から、肌着の姿になっていました。お父様が許可を出すことをわかっていたんですね。俺もいそいそと服を脱いで、洗濯しない服を丁寧に畳みました。
    要さんも同じくスーツ等をきれいに畳んで、風呂から上がった後の部屋着等を俺に渡してくれます。
    要さんも自分の部屋着を用意してて。
    要さんの、スーツ以外の姿を見るのは初めてではないでしょうか?見れば、要さんは服を全て脱ぎ、タオルを腰に巻いています。
    そういえば、他人と風呂に入るというのも久しぶりでした。
    1人の時は不要ですが、俺も要さんと同じように腰にタオルを巻きました。

    そしてもう一度チラっと要さんを見ると。
    鍛えられていて、余計な脂肪などはついてなさそうな綺麗な身体。良くないこととわかりつつも爪先からそのまま視線を上に流しながら要さんの身体を眺めてしまいました。

    爪も整えてらっしゃるんだ。
    あんなに俊敏なのに脚はとても細いんですね。
    腹筋が割れてます…!

    そしてそのまま顔を見ると、こちらを見て微笑まれて…。
    見てるのバレてました…!!!
    「巽さま、俺の身体、やはり見たかったんですね?」
    「ご、ごめんなさい!!きれいだな、って思って…」
    「もっと、…みますか?」
    要さんがタオルを外す仕草をされたので、あわててその手を掴みました。
    「だだだだだめです!!!17歳になってから…!!」
    17歳になったら。
    告白して、もし、要さんが応えてくれたら、俺は要さんの一糸纏わぬ姿を見るんですか??どうして??
    また、自分が発言した事で顔が真っ赤になりました。
    これは「自爆」というらしいです。
    「巽さま、風呂に入る前にのぼせておりますよ?湯船に浸かる前にお体を洗いましょう。さ、こちらへ」
    要さんはとても良い笑顔で慌てる俺の手を取り、浴室に脚を踏み入れました。

    うちのお風呂は広いそうです。
    執事さん達がお掃除した後に、自分の家の風呂は脚さえ伸ばせない。1人しか入れないと仰ってたのを思い出しました。
    泊まりがけの執事さん達はこのお風呂を一緒に使っていますが、帰られる執事さん達はとても残念そうにされていたのも覚えています。

    お父様のお父様の趣味で、家の中は洋風だけどお風呂だけ檜を使ったお風呂です。
    10人くらいなら脚を伸ばして入れそうな広さなので、俺は1人で入っていた時、たまに水泳のバタ足を練習したり、ぷかぷか浮いたりこっそり遊んでいました。

    「巽さま、こちらへお座りください」
    要さんに促されて、用意された椅子に座ります。要さんも同じように、俺の後で椅子に座りました。
    「ホントに体、洗ってくれるんですね」
    「お泊まり会みたいな事をしたいのでしょう?終わったら俺の体もお願いしますね」
    俺は嬉しいような恥ずかしいような、思わず顔がニヤけてしまいました。

    要さんは石鹸を泡立てながら、俺に話しかけてきます。
    「後からの姿ではありますが、やはり大きくなられましたね。今となってはもう巽さまを持ち上げることも難しいかもしれません」
    「ふふ。お家の皆様が大事に育ててくれたお陰です。でもまだ途中ですから…いつか、俺が逆に要さんを持上げて差し上げますね」
    背中にフワッと泡が乗せられて、優しく撫でるように要さんの手が動いています。俺が1人で体を洗うときは、垢すりでゴシゴシ洗うのですが、もしかして肌を痛めていたのでしょうか?

    「巽さま。…17歳になったら、また俺に告白をしてくださるんですよね?」
    要さんが俺の背中をなで洗いしながら、静かに尋ねてきました。
    「はい、覚えていてくれて嬉しいです。俺はまだ子供ですから…これから色々学んで、あなたに告白しても何も問題がない事も解ったら、伝えます」
    要さんが、追加で石鹸を泡立てながら、更に声のトーンを落としてお話を続けました。
    「…失礼ながら申し上げますと、俺は3年前、初めて気持ちを伝えられた日。巽さまはドラマ等の影響を受けて、俺に告白をしたのだと思っておりました。数日過ぎれば、何か別のものに気を惹かれるのではないかと」
    背中に泡を追加されて、要さんの手がまた俺の背中を撫ではじめました。
    「ごめんなさい、3年も続けてしまいました。多分あの日、ちゃんと口に出してしまったせいですね。要さんがもっと好きになってしまったんです…これからも、もっと好きになりたいです」

    そこまで俺が喋ると、要さんはぴた、と手を止めました。
    何か気に障る事を言ってしまったかと後を向くと、要さんがとても辛そうにされているのに気付きました。
    「要さん…?」
    「…巽さま、今日旦那さま…お父様とお話しされていた『許嫁』の件なのですが、やはり、俺がいるから断られたんですよね?」
    「…そう、ですね。こんな中途半端な時に、俺の計画を終わらせたくなかったので」
    「家業を継ぐことは、出来ると思います。ただ、やはり巽さまはこの家の長男、一人息子ですから…世継ぎが必要になるかと。それに」
    要さんは泡が付いた両手で、するっと俺のわき腹を通って、そして胸、お腹の下あたりを撫ではじめました。
    「…俺が巽さまの気持ちに応えて、あなたを愛したら。このように、貴方より大きな身体の俺が、手が、貴方を汚してしまいます。世継ぎを作ることは出来なくても、愛を確かめたくて、俺は貴方に酷い事をします」
    要さんの手が、離れました。
    俺は椅子に座ったまま体を要さんの方へ向けて、要さんの瞳を真っ直ぐ見つめます。
    「…世継ぎの件は、今はすぐ答えは出せません。けれど、要さんに身体を触られる事に関しては答えられます」
    要さんの行き場に困っている手を俺のそれぞれの手で握ります。泡がついているので、滑らないように。
    「俺は、要さんに好きにされたいです。今、こんなに身体に差があるのにまったく怖くありません。それに身体の大きさの差については、俺も大きくなりますから、問題はまったくないです」
    要さんが、俺から少し目を反らしたのがわかりました。
    浴室内の熱さからか、ほんのり顔が赤くなっている感じも。
    きっと俺の顔も同じようになっています。
    「…怖い、と言って急に泣かれたら俺は嫌なんです」
    「怖がる理由がありませんよ要さん」
    「俺も、待つと言うことは他の誘惑を避けて、もしかしたら今より幸せな時間を掴めていたのかもしれないのに。それらを手離す事になる」
    「俺がもっと幸せにさせます。勿論その時は、執事と主人という関係ではありません」

    要さんも、不安に思っている事があったのだと気付きました。
    俺が17歳の時に告白することを、待っててくれると言ってくれた要さん。
    でも俺が途中でそれらを捨ててしまったら。
    逆に、要さんの事を考えすぎて、家業を継ぐことに支障をきたしてしまったら。

    全て、壊れてしまう。
    10歳の俺の言葉は、当時の俺からは想像できないくらい重みがあったのです。

    俺は椅子から降りて、要さんの背中に手を回して、ぎゅっと抱きしめました。浴室の熱でだいぶ体が熱くなっていました。
    「3年間、俺のわがままに付き合わせてしまって…ありがとうございました。必ず幸せにします。だから、俺が大人になるまでもうちょっと、待ってていただけますか?」
    あと4年。
    俺からの告白を待って、要さんはたくさん、俺との未来と他の幸せを天秤にかける。
    「俺はもう心に決めました。要さん、あなたを絶対幸せにします」

    要さんと、結ばれることは間違いである。
    要さんを愛するのは、問題である。

    俺の心はもう決まっているから、そんな不安は捨てる。
    だって俺が持っていたら、要さんが不安になってしまう。

    要さんの表情がみたくて、体を離しました。
    要さんは俺をまっすぐに見て、困ったような、怒ったような不思議な表情をされていました。そして、今度は要さんが俺に抱きついてきて言いました。
    「…生意気なんだよ。ガキの癖に…大人を振り回しやがって」
    聞かされたことのない、荒々しい言葉。
    でもその言葉と反比例するように、抱きしめる力は強まっていくのを感じました。
    「待ちますよ、これからもずっと。もし裏切られたら、一生恨みます。その覚悟で俺を愛しなさい」
    肌と肌が密着しているのに、ドキドキするよりも、その言葉が貰えたことが嬉しくて。
    俺も要さんを抱きしめました。

    その後は、お互い背中を流しあって。
    要さんには丁寧な体の洗い方、肌や髪をきれいに保つ方法を教えてもらって。
    湯船では要さんの学生時代の話も伺うことができました。

    部屋着に着替えた要さんはとてもラフなお姿で、今日だけで色々な新しい要さんを見ることができたと一緒にもぐる布団のなかで笑顔で伝えると、要さんは不意に、俺の耳元でこう囁きました。

    「これからも色々な俺を見ていてくださいね。…巽」

    いつも呼ばれているのに、特別な呼ばれ方をした用で、俺はとても恥ずかしくなってそのまま布団に深く潜りました。
    要さんはそんな俺を見て、布団ごと抱き寄せて子供を寝かせるように、背中をぽんぽんと叩いてくれました。

    今、この瞬間の幸せをずっと感じていたい。

    それには、俺の今後の努力が必要。
    明日からもっと頑張りますから、今日は甘えて良いですよね…

    布団の中でもぞもぞと移動して、要さんにぴったりとくっついて。
    柔らかい体温を感じながら、俺は幸せな眠りについたのでした。




    ****************⌚️***************




    また時は流れて、俺は16歳になりました。
    大学にも進むつもりでいたので有名な進学校に通っています。

    体も大分大きくなりました。
    要さんと比べると少し足りないけれど、見上げることはもうありません。

    かっこよくなったのかは自分ではわかりませんが、話したことのないクラスメイトの女子や他校の女子から、お出掛けのお誘いを受けることがあります。
    大変申し訳ないのですが俺にはやることがあるので…お誘いは全て断らせていただいているのですが。

    要さんも、いまでも俺の専属の執事です。
    あの日の夜から、2人でいるときだけ、親しみを込めて呼び捨てで呼んでくれます。
    俺はその「特別」がとても嬉しいのです。

    また、お父様の家業も少しずつですがお手伝いを始めました。そのせいもあるのか、俺の喋り方がお父様が取引相手とお話しする時の喋り方に似てきていると要さんは言うのです。

    「そんなに、おかしいですかな…?」
    あっ、と俺は思わず口をふさぎました。
    要さんは思わず吹き出します。
    学校が終わって、食事が始まる前の数時間。決まって、予習、復習、そしてお父様の仕事に関する資料を部屋で読む、という流れを、要さんが煎れてくれる紅茶を楽しみながら続けています。
    勿論要さんも一緒です。
    俺が勉強をしている時は俺のベッドでくつろいで。
    終わったあとの紅茶は一緒にいただいて、お喋りしながら一緒にお父様の仕事を覚えてくれています。
    ベッドでくつろいでいる要さんを見たら、きっとお父様もお母様も驚くのでしょうね。


    そして食事の合図のノックが届いて、要さんと一緒にお父様達の待つダイニングへと向かいます。
    最近では、食事を要さんを始め、執事の方々も一緒にとることになりました。
    はじめは俺が要さんと食事を一緒にしたい、と言い出したのがきっかけなのですが。
    お父様は、ではどうせなら、と広いテーブルを活かしてみんなで食事をしようと提案したのです。
    お陰で最近の食事はとても賑やかで楽しいです。
    要さんも皆さんの前でよく笑うようになりました。

    こんな、皆が幸せに笑える生活をずっと続けていきたい。
    その為には俺が、お父様と一緒に。
    そしていつか俺がそれを継いでいかなくてはならない。
    その時は要さんも、横にいて俺を支えてほしいです。

    食事を終えて、また数時間勉強した後にお風呂に入る。
    お風呂も、今までは泊まりがけだった執事さん達しか使えなかったのですが、執事さん達の家族も呼んで自由に使って貰うようになりました。
    お風呂で1人で遊ぶのも好きでしたが、執事さんのご家族とお話ししたり、小さなお子さんの世話をしながら入るお風呂も楽しいです。

    賑やかな夜の時間が終わって、部屋に戻ると、また要さんと2人きりの時間がやってきます。
    流石にあれから毎日同じ布団で眠るのは、要さんの時間を俺に使いすぎるのも申し訳ないので、月に一度くらいに留めておきました。
    手をつないで、同じ夢が見られたらいいと願って。朝はいつしか俺の方が早く起きるようになっていました。
    庭の1ヵ所だけ俺だけの花壇。そこで野菜を育てはじめたので、朝早く水を与えにいったり、涼しいうちに雑草を抜いたりするためです。

    要さんは、寝顔がとても可愛らしいんです。きっとこれは俺しか知りません。
    起きないようにこっそり、髪を撫でているのも俺だけの秘密です。
    そしてたまに、要さんの部屋に泊まることもありました。
    持ち物を最小限に留めている要さんは、泊まりがけの執事さん達の中で一番小さい部屋を使っています。
    ベッドで殆ど埋まった部屋は、要さんの匂いがしました。
    俺のベッドよりも小さいので必然的に体を寄せあって眠ります。

    あと1年。
    誕生日がきたら、要さんにもう一度、告白をする。
    毎日一緒にいるのに想いは募る一方で。
    要さんはどうなのでしょう?
    飽きられてないと良いのですが。




    梅雨が続く、初夏。
    要さんの誕生日。
    要さんは自分の事をあまり人に話さないので、要さんの誕生日は俺しか知りません。
    お父様もお母様も、大体今くらいの時期だろう、としか知らないようです。要さんの食事に、このくらいの時期になると特別にケーキが添えられるのを知っています。

    毎年その日だけ、勉強を休みました。
    夕飯の時お腹がいっぱいになって食べられなくなってはいけないと、学校から帰ってきてすぐ、おやつの時間に要さんの誕生日をお祝いをするためです。
    場所は要さんの部屋。ベッドに座りながら、小さなテーブルに誕生日をお祝いするケーキとおやつのクッキー。そして2人分の紅茶。
    この日だけ俺が全て準備します。
    紅茶も大分美味しくいれられるようになりました。
    2人だけのお誕生会は俺が誕生日を祝う歌をうたって、1本だけ立てたろうそくについた火を消して貰って、あとはケーキやクッキーを食べながらの談笑です。
    つまりはいつもと変わらないのですが、歳をひとつ重ねた要さんと一緒に過ごすということが、俺にとっては特別だと感じているのです。

    でも今年は、少し雰囲気が異なりました。
    ケーキを食べ終えて、紅茶も美味しくいただいて、要さんは静かに、俺の肩に腕を回して体を引き寄せます。
    「…長かった、ですね」
    ぽつりと要さんが呟きました。
    俺は黙って首を縦に振ります。
    「あと半年もありませんね。…今まで、ずっと愛してくれてありがとうございます。巽」
    「…これからも、です。そこで終わりではありません。ずっとずっと、俺は要さんの隣にいます」
    要さんが俺を抱く力を込めた事に気がつきました。

    「今、ここで、ではダメなのですか?」
    ふと、要さんの顔を見ると、頬を染められて、困ったような表情をされていることに気がつきました。
    今、ここで。
    告白をしてほしいと、言うことでしょうか?
    こんな事を言ってくるのです。要さんと俺はとっくに両想いで。ただ、俺が17歳になったら告白をするという思いがあったから、今の今までお互い一線をこえないようにしてきたんです。
    要さんが、空いていた方の腕で、俺を包むように抱きしめました。
    「俺は、巽が好きですよ。巽は、どうですか?」
    そんなことを言われてしまったら返事を返さなくてはならない。でも、ここでは返事だけです。
    「勿論です。俺も貴方を大切に思っていますよ」
    要さんの表情に対して、俺の表情は落ち着いていました。

    俺は頑固です。
    一度決めたことをなかなか変えようとしません。
    そうでなければ、俺は定めた目標を勝手に縮めてしまって本当の達成感を得ることが出来ない人間になってしまいそうだったから。
    だから、ごめんなさい。
    「ちゃんとした告白は、俺の誕生日に伝えます。用意したいものもあります」
    微笑んで伝えると、要さんは更に困ったような表情をしました。
    「本当に頑固、ですね」

    要さんが、俺の両肩を掴みました。そのままベッドに押し倒されて、俺の視界には要さんしか映らないくらい、要さんの顔が近づいています。
    「要さ、」
    要さんの顔が急に迫ってきたと思えば俺の唇に、要さんの唇が触れました。
    俺が驚いて身動きできないでいると、要さんは角度を変えて、俺の唇を数回啄むようにして触れてきます。
    要さんが顔を紅潮させながら何度も俺の唇を奪う姿を見て、可愛らしいと感じる反面、どうして突然、このような行為を始めたのか不思議でなりませんでした。
    「要さん、どうされたんですか?」
    俺の言葉が届いているのかいないのか、要さんは俺の制服のシャツに手をかけ、ボタンをひとつひとつ外し、俺の肌着を捲り上げると、大きな手で俺の身体を撫で始めました。
    「要さん…!?」
    あまりにも性急に事が進むので俺はどうしたらいいのかわからず、ただ要さんの手に全て委ねている状態です。
    「…!!!」
    触れていただけのキスだったのに、急に口内に要さんの舌が入ってきました。俺の逃げる舌を追うように口内をまさぐられて、今まで経験したことのない、官能的な気持ちが刺激されてくるのを感じます。
    その間にも要さんの大きな手が俺の胸、腹、そして、ベルトを外された下半身へ伸びて行きました。
    一体何をされるのか。期待もあり、そのまま自分が、流されてしまうのではないかという不安が押し寄せてきて、俺の目からは涙が溢れていました。

    その涙に気付いたのか、要さんがその手を止めて、俺の口から離れます。
    「…たつみ、怖くない、のではなかったのですか?」
    初めて一緒にお風呂に入ったあの日。
    触れらていた時間こそ短かったけれど、怖くはありませんでした。
    もっと触っていて欲しかったとも思うくらい、俺は貴方に焦がれていたから。
    今もそれは同じで、触れられることは怖くない。
    恐れているのは、自分自身が欲に溺れて歯止めがきかなくなってしまうのでは、という事。心の準備がまだ出来ていないんです。
    「こわく、ないです。でも、まだ」
    要さんの不安そうな顔が申し訳なくて、おれは涙を止めることができませんでした。
    「大丈夫ですよ、巽。これは練習です。本番は、あなたが17歳になった日にしましょう」
    「練習…?」
    涙で視界が更に滲んで、要さんがどんな表情をしているのかわからない。
    表情がわからない要さんの手が俺の下半身に伸びて、そこにある俺の中心を撫で始めました。
    練習といっても俺にとって、もしかしたら要さんにとっても初めて行うことには変わりなくて。
    ぐるぐると考えていた脳裏に、要さんが急いでいるのではないか、という考えが色濃くなってきたのです。

    何故…?




    「要くん、何をしているんですか…?」

    不意にここに居ないはずの声が聞こえて、バチンと頭のなかでスイッチが切り替わる音がしました。
    涙を拭って要さんを見上げると、俺ではなく部屋の扉を凝視しています。それにならって俺も、扉の方に首ごと向けました。先程の声で、誰かが来たというのは解っていたのです。
    解ってはいたのですが、信じたくなかった。
    でも、確認してしまった。
    扉の側で、信じられないものを見て固まっている、お父様。
    その手には何か書類が握られていました。
    恐らく要さんと話をするためにここに来たのだろう。
    「ノックも、したんですが…返事がなかったから入らせてもらいました。まさか、君が」
    気付けば小さなテーブルに置いていたマグカップは割れてはいませんでしたが、床に落ちていました。
    そんな音を、お父様のノックも気付かないくらい要さんに夢中になっていたんですね…勿論、要さんも。
    今の状況だと、要さんの立ち位置が危ないとすぐにわかりました。
    仕えるべき年下の俺の服を脱がして、ベッドに押し倒し、そして運悪く泣いていた自分。

    俺ははだけていた前を直すと起き上がり、お父様に言いました。
    「お父様、ごめんなさい!俺が、俺が要さんに無理を言って、んむ」
    途中で謝罪を遮られました。、要さんが、俺の口をその口で塞いだのです。
    お父様の前で、口内に舌を入れられて、苦しくて要さんの胸を押しました。
    頭ごと耳も塞がれていて、口内で響く音が脳内に響いていて。俺は要さんに解放された時には全身に力が入らなくて、ベッドにうつ伏せで倒れ込んでしまいました。

    顔だけ上げると、お父様が心配して俺を抱き上げながら要さんにもう一度問いました。
    「要くん、君は私の大事な一人息子に何をしていたんですか?」
    要さんは、真っ直ぐにお父様を見つめてこう語りました。


    「大切な巽さまと、最後の思い出を作りたかったんです。巽さまには、無茶をさせました。謝っても許されない事だとわかっています」


    お父様に抱かれながら、俺は要さんから目が離せませんでした。
    最後?最後って何ですか?

    呼吸を数回。息を整えて要さんに伝えます。
    「要さん、最後の思い出、なんて言わないで。俺達はこれからもずっと一緒です。これからもずっと側に、いてください」
    お父様が、俺を抱く力を強めました。
    その表情はとても辛そうでした。

    「巽、そうか、これはお前も同意の上の事だったんだな。じゃあ要くんばかりを責めてはいけないね」
    そう言うとお父様は、俺をベッドの上に座らせて、俺の頬を軽く叩きました。
    初めて、叩かれましたが「可愛い巽の頬を強く叩けないな」と、お父様が言うように、痛くありませんでした。
    力がまったくこもってないのにも関わらず、お父様は叩いた俺の頬を撫でながらこう言うのです。

    「巽、辛い思いを、させてしまうかもしれない。…要くんはね、そろそろ、他の屋敷に移ってもらう事になったんだ」



    その後の俺は、ただただずっと泣いていました。
    俺がもう、家庭教師もいらないくらい勉強ができていることはお父様は知っていました。
    俺はまだまだ知りたいことがある、と言っても、お父様は十分だと言うんです。
    そして、要さんにはここよりももっと大きな屋敷に移ってもらう話が進んでいました。
    そもそも要さんがうちで働いていたのは若すぎて働き口が見つからなかったからで、今ならもっと良い仕事に巡りあえるとの事でした。

    要さんも、それを知っていて。
    もう俺と、会えなくなってしまうから。
    だから、あと約半年たつ前に、俺と気持ちと身体を繋げたかったんでしょうか。

    でも、そこで愛を確かめあったって、離ればなれになってしまうのでは、どちらにせよ辛いだけですよね。


    その日の夕食は、俺と大切な話がしたいからと、久しぶりにお父様とお母様、3人でとりました。
    また、広いテーブルに少量の料理が並んでいます。
    でも泣きすぎて目の周りを真っ赤にした俺は食事をとる気になれません。
    事情を知ったお母様は、スープだけでも、と言って勧めてくれました。一口だけすするととても温かくて。
    気を遣ってくれた優しさで、また俺は泣き出していました。

    お母様は食事の手を止めて、俺を優しく抱きしめてくれました。そのままお父様がお話を始めます。
    「巽ももう高校生になって、お父さんの仕事まで手伝ってくれて、巽はお父さんの仕事を引き継いでくれるんだと思って嬉しかった。それは間違いじゃないね?」
    俺は頷きました。
    「…お父さんは酷いことをきくよ。巽が仕事を引き継げても、その先はどうするのかな?世継ぎがいないと、そこで我が家は終わってしまう。お父さんや、お父さんのお父さんが頑張って繋いできたものを、巽はどうするんだ?」
    俺はまだ、そこまでは考えていませんでした。
    要さんと恋人になって、幸せになって。家業も継げたら、その後考えようとして先延ばしにしすぎていたのかもしれないと、後悔しました。

    参考書にも載っていない。お父様の仕事の資料にも、勿論載っていません。
    俺が1から考えなくてはならないこと。

    でも、頑張って考えても、要さんは居なくなってしまうのですから、もう考えたって意味はないです。


    結局食事はスープを1口啜っただけで、俺はそのまま風呂へ向かいました。
    要さんは部屋に居るのでしょうか。

    体が温まるより先に、俺は風呂を出て部屋の布団に潜りました。
    寝る前までずっと一緒にいてくれた要さん。そしてたまに、一緒に手を繋いで眠ってくれた要さん。
    楽しくて長かった幸せの終わり。

    涙を流しても拭ってくれる人はいません。

    いつしか梅雨があけず不安定だった空も泣き出して。
    俺も静かに涙を流しながら眠りについたのでした。

    その日以降は、要さんに部屋で会うこともなく屋敷でもあまり見かけることはありませんでした。
    おそらく移動する次の勤め先の準備を行っているのでしょう。
    そして、恐らく要さんは俺にもう会わないつもりでいる。
    別れが決まっているのに今まで通りずっと一緒にいたらお互い辛いから、ですよね。

    他の執事と要さんが話す会話から、いつここを出発するのかを知りました。
    俺はどうやら涙もろくなってしまったようで、その日を知ってまた部屋で1人泣くのでした。




    そして、お別れの日。
    せめて最後くらい、お見送りをしたいとお父様に許可をとって、お父様と2人でお見送りすることにしました。

    ちゃんと最後は、要さんに心配かけないように笑顔でお別れできるように。朝は洗面台の前で笑う練習もしました。
    練習もしたのですが。

    玄関で少ない荷物を持ち、いつもの執事服ではない、スーツを身につけた要さんを見た瞬間。


    また新しい貴方を見てしまった。

    幼い頃、初めて会った時の一目惚れのような感覚。

    俺をからかって、急に近づけてきた美しい顔。

    仕事をこなす無駄のない動き。

    勉強を、わかりやすいように教えくれた。

    お風呂で初めて裸を見たときの胸の高鳴り。

    俺だけに見せてくれた、少しだらしない姿。

    そして、きっとあれは大人の口づけ。


    7年間の思い出が走馬灯のように脳裏に写り込んで。

    10歳の俺の言葉を優しく信じてくれたあの日から、俺は貴方に恋焦がれて。貴方の事をいつでも考えていた。
    貴方に想われていたという事を知って、毎日幸せだった。


    ああ、ダメです。
    やはり笑ってお見送りなんかできません。

    ここで、行かせてしまったらおれはずっとずっと後悔する。
    気付けば俺は、止めるお父様の言葉も聞かず要さんに抱きついていた。
    「要さん、行かないで…!行かないで、ください…」
    涙はもう彼果てたかと思っていたのに。
    また、止めどなく俺の頬を濡らしていました。
    「俺、やっぱりあなたが居ない生活なんて耐えられません…!俺、あなたが大好きです。愛しています!だから」
    「…巽…」
    要さんも、そんな俺を見て困惑しているようでした。

    泣いて泣いて、要さんから離れようとしない俺を見て、お父様は他の執事を呼びました。
    少し遅れて、お父様に命じられた執事達が俺を要さんから引き離します。
    「や、やめてください!要さんが、行ってしまう…!離して!!」
    執事達は怯みましたが、優しく宥めながら、俺の部屋の中へ俺を引き戻しました。
    要さんが離れていく。最後に見た顔があんなに悲しそうな顔になってしまうなんて。

    頑張ってきた7年間が無駄になる。
    俺の胸がからっぽになる。

    部屋を出ようとしても、部屋の外にいる執事達が通してくれませんでした。
    お父様も、執事の皆さんも俺を心配してくれているんです。けして意地悪なんかじゃない。
    わかっていても、俺は要さんから離れたくなくて。
    どうして、1人の愛した人と一緒に居ることだけ許されないのか。
    扉に背中をもたれながら、ズルズルとその場にしゃがみこみ、俺は声を上げて泣きました。

    泣いて、数分くらいたったでしょうか。
    背中の扉に耳をそばだてて外の様子を伺いました。
    静かな屋敷の中で、話し声が聞こえます。
    これは、要さんとお母様の話し声。
    まだ間に合うのではないか、と扉を静かに開けると、お父様の言いつけをしっかり守った執事の姿。

    ここからは出られない。
    そんな俺の目に飛び込んできたのは、部屋の大きな窓。
    俺の部屋は2階。飛び降りることが出来たなら、ここから出られます。要さんに、会えます。

    俺は外の執事に悟られないよう静かに部屋の窓を開けました。
    俺が窓の桟に腰かけて、まさに飛び降りようとした時に要さんやお父様が家から出てきたところでした。

    そして俺が飛び降りたのと同時に、要さんがこちらに視線を送って、驚いた顔にかわったのを見ました。

    ああ、そういえば。
    俺は高いところに上ったり、飛び降りたりして遊んだことがありませんでしたね。

    「巽!!!!」
    要さんの声が聴こえたのと同時に、体に強い衝撃が走りました。







    目を開いた俺が見たものは、横で俺の手を握りながら眠るお母様の姿。
    左足に巻かれた白い包帯。それらが固定されていて、(あ、これよくドラマとかで見る、骨折した人だ)と冷静に自分を見てしまいます。
    そして長らく目覚めなかったのか、点滴も見えました。
    ぐるりと首を動かして、ここは病院の中で、1人の個室部屋であることがわかりました。

    しばらくぼーっと薄く目を開けていると、点滴を変える為に看護師さんが部屋に部屋に入ってきました。
    「…おはようございます」
    とても久しぶりに口を開いたのか、声が小さくなってしまいましたが、看護師さんは俺の声に気付いて、やっと目覚めた、とお医者様を呼びに行きました。
    「…巽?」
    看護師がバタバタと立ち去った音でお母様が目を覚まします。
    俺は小さなお母様の手を包んで「おはようございます」と挨拶しました。
    お母様は、泣いてしまわれました。



    俺はどうやら数日間、入院していたようです。
    高いところから飛び降りて、足を骨折し、体を強く打った衝撃から意識を失っていたとのことでした。
    その後も1ヶ月程病院で過ごして、自宅療養になり何年かぶりにお父様におんぶされてベッドに運んでもらいました。
    ここで要さんがこの役にあてがわれないあたり、やはり彼は行ってしまったのですね。

    要さんを止めることも出来ず大ケガをして周りを心配させて、残った脚の痛みのせいでもう遠くまで1人で行くことはできない。
    どこかにいってしまった要さんを探しに行くこともできなくなりました。

    お父様は俺をベッドへ運んだあと、俺の部屋を色々観察し始めました。普段は忙しくて、俺の部屋をじっくり見ることがなかったからです。
    壁にかけれた時計の針の音だけが響きます。

    ベッド近くに置かれたサイドテーブルの上、本棚を見てお父様は言いました。
    「巽は、こういう本を読むんだね」
    といって取り出したのは推理小説。
    ハードボイルドな内容のもので、若い俺には不釣り合いなものでした。
    でもそれは、俺の本ではなくて。
    俺が、その本を見た瞬間瞳に涙をためて、うつむいたのをお父様は見逃しませんでした。
    お父様は本を棚に戻し、ベッドに座る俺に近づき、俺を力強く抱きしめます。
    俺は瞳に溜めた涙を一筋こぼしただけで、泣きはしませんでした。
    「巽と要くんは、お父さんが思ってた以上に仲が良かったんだね?」
    俺は黙って頷きました。
    「巽が頑なに許嫁を必要としなかったりしたのも、要くんがいたからだったんだね…いつから、2人はお付き合いしていたんだ?」
    「…俺が10歳の頃に要さんに告白しました。…でも相手にされてないと思って、その時の要さんの歳、17歳になったらもう一度告白して、ちゃんとしたお返事をもらいたいって約束しまんです」
    お父様が俺の頭を撫でながら静かに相づちをうちました。
    「要さんも、初めは俺をからかっていたのですけれども…俺が中学生になったあたりで、ちゃんと意識してくれるようになって。多分、そこから、要さんと距離が縮まって」
    「…あの時みたいに、酷いことはされなかった?」
    お父様が、答えづらい事をきいたね、と優しく付け加えてくれました。
    「はい。要さんが俺に、あのようにされたのはあの日一度だけです。きっとあの日も、俺と別れることを知っていたから、急がれていたのかと」
    「お父さん、邪魔しちゃったかな」
    お父様が苦笑いをしました。
    「邪魔だなんて、そんな。驚きはしましたけど、俺は自分がきめていた17歳になるまでは関係を進めないって決めていましたから」
    自分が口にした言葉で、また瞳に涙が浮かんできました。
    「17歳に、なるまでは、我慢したんです」
    今度はどうも止めることはできそうにありません。
    「17、さいになったら、って…ずっと、決めてたんです。あと半年、だったんです…なんで、どうして…うっ」
    また俺は声を上げて泣きました。
    「かなめさん、あいたいです…かなめさん…!!」
    お父様は更に、俺を強く抱きしめてくれて。
    その目にも、光るものがあったのです。

    その後は2人で泣いて、お母様が心配してきてくれて。
    泣きつかれた俺は優しいお父様とお母様に抱かれながら眠りました。
    こんなに優しい両親に愛されている。
    それなのにまだ、俺は要さんを諦めきれないのでした。



    「要くんもね、ずっと、他の屋敷に移ることを拒んでたんだよ。でもお父さんが、要くんを雇った事をずっと恩に感じてくれてたみたいで、最後はお父さんの提案を受け入れてくれた。
    でもね、礼は言うのにちっとも嬉しくなさそうだった。巽と離れたくなかったんだね」

    朝。風呂に入れない俺の体を暖かいタオルで拭うお父様。
    涙がかわいてかぴかぴになった顔も、きれいに拭いてくれました。
    俺の知らない要さんのお話しをしてくださる、その優しさが嬉しいです。

    「それにね、巽が怪我をした日も、ずっと側を離れなかったんだよ。本当に巽達は、お互い愛し合っていたんだってわかって、お父さんもとても後悔した」

    要さんの事を思って薦めた、ここよりも要さんの為になれるお仕事先であれば、きっと長い目でみたらそっちのほうが良かったってなりますよ。


    3人での食事も、動けない俺のために俺の部屋でとりました。
    「お父様も、あなたが怪我をして要くんがまったく離れないのを見て、とてもオロオロして、新しい仕事先になかったことにできないか相談しようとしたのよ。」

    お父様が席を少し離した瞬間に、お母様も俺に、俺が知らない要さんの事を教えてくださいました。

    「でも、それは要くんが止めたわ。要くんが巽を怪我させたって言うの。そんなこと、ないのにね?…どうして男の人って他人の幸せの為、とかいって相手の気持ちを考えもしないで事を進めるのかしら」


    その後も俺は学校を休み、家でリハビリとお父様のお仕事のお手伝いをしました。
    大学の事も勿論忘れていません。勉学も怠りませんでした。

    季節は夏が終わって、秋。そして冬へ。
    木々の葉の色がグラデーションのように変わっていき、散っていきます。
    俺の心も、じわじわと要さんを忘れることができたら良かったのでしょうか。
    でも7年間、恋に焦がれていた日々は忘れることはできません。
    しかしどのような幸せにも必ず終わりはやってきます。
    俺はきっと他の方々よりも幸せなのに、自分だけの幸せを求めすぎていたんでしょうね。そしてそれを得るのも失うのも早すぎた。
    この脚の痛みはそんな俺に与えた罰なのでしょう。

    要さんがいない日々は、一週間であってもとても長く感じられて。彼がいなくなった喪失感が、食欲不振に、睡眠不足にも繋がり日に日に自分が弱っていくのもわかりました。
    お父様もお母様も心配されている。
    俺は大丈夫だと、一生懸命笑顔を作るのですが、それですら両親を心配させてしまいます。

    そういえば。
    俺、要さんと別れる事が決まってから、1度も心から笑っていない事に気が付きました。
    きっと要さんは心の整理がついて、新しい仕事を新しい環境で頑張っているのに。
    俺だけがまだ、幸せな過去に囚われていて。
    あの強い衝撃を受けたその時に、本やドラマで読んだような、記憶喪失になっていれば、この苦しみから逃れられたのに。



    年末になるにつれて、お父様もお仕事が忙しくなります。
    最近では常に携帯電話を持ち歩いて、気付けばお仕事相手の方とお話しをしていました。
    そして年末といえば俺の誕生日もあります。
    お母様も、パーティーの招待状を執事さん達と準備したり、提供する料理等の打ち合わせに大忙しです。
    今年はプレゼントになにが欲しいか、というのを訊かれませんでした。俺が欲しいものなんて2人とも知っているし、叶えることができないのをわかっているから。

    俺は体に力が入らない日が続き、ベッドで参考書を読んだり、本を読んだりしてとてもゆっくり感じる日々を過ごします。
    お父様もお母様も、要さんの話をしなくなりました。
    もう忘れてしまったのか、俺に思い出させない為の気遣いなのか。
    あんなに家族のように過ごしていたのに、大人になると心の整理がつけやすくなるのでしょうか。
    俺はまだまだ子供なんですね。
    いつになったら、この真っ暗な世界から抜け出せるのかわからないのです。



    そしてついに、12月28日。俺の誕生日。
    俺は17歳になりました。

    寒い季節ということもあり、パーティーだというのに昨日から猛吹雪が続いています。
    パーティーは夕方から夜にかけて。
    毎年、お父様やお母様の友人、親族、執事さんたちの家族が集まって、豪勢な料理や、演奏、その他様々な演目をみんなで楽しみます。
    毎年俺が簡単なスピーチもしていましたが、流石にこの状態だったためお父様に代理をお願いしました。

    今日もお父様の携帯電話や家の電話がよく鳴りました。
    電車が止まってしまった、とか開始時間に間に合いそうもないとか、お仕事の内容よりもパーティーの内容が殆どです。
    無理に来て事故にあってしまっても申し訳ないので、お気持ちだけで充分、とお返事してもらうようお父様に伝えました。
    執事さん達の家族は家が近いので、お昼過ぎから客間で寛いでもらっていますし、パーティーをするなら充分な人数も集まっています。
    何より俺が、笑える自信がなくて。
    折角来てもらっても心から感謝を伝えられそうもなかったのです。


    それでも夕方になるにつれ、続々と俺の家には参加者が集まってきました。みなさん素敵なお召し物を着ているのに、雪にまみれてしまって何だか申し訳ない気持ちになりました。
    俺は玄関でお父様と2人でお客様を出迎えました。
    俺はずっと立っている事が困難だったため、椅子に座ったままの出迎えです。
    「こんな格好でのお迎えで申し訳ございません。どうぞ今夜はごゆっくり、楽しんでいってくださいね」
    俺はちゃんと笑っていたでしょうか。

    俺もお父様も、パーティー開始のギリギリまで玄関での来客を待ちました。
    大広間から賑やかな声が聞こえてきます。
    「巽、もうそろそろ行こうか?ここは冷えるし、これから来るお客様は執事さん達が案内してくれるよ」
    「もう少しだけ、待ってます」
    お父様も、俺が誰を待っているのか気付いています。
    来るはずのないあの人が来てくれるのではないかと。いつまでも開くことのない扉の前で俺は待ち続けました。

    パーティーが始まって数分後、主役が会場に居ないのも不自然と感じて、お父様の手を借りつつ、会場に入ると皆さんが拍手で迎えてくれました。
    俺はなんだか照れくさくて、軽く会釈をしただけで、後は会場の隅の椅子に座り、皆さんを遠目で眺めます。
    皆さんからの優しさを素直に受け止められない自分に腹が立つ。気持ちを、切り替えなくてはいけないと思うけれど、そのたびに要さんの顔が浮かんできて、忘れることなんてできない、と振り出しに戻ってしまいます。
    「…要さん、会いたいです…」
    俺は誰に聞こえるでもなく、静かに呟きました。

    美しい演奏とそれに合わせて踊る小さな子供達。
    久しぶりに集まったと、談笑する大人達。
    きれいに盛り付けられた、美食の数々。
    手品師が小さな帽子からハトを出したり、ポンと燃やした名刺がバラに変わって差し出された時は素直に驚きました。
    いつしか外の吹雪は止んで、大粒の雪がしんしんと、静かに降るだけになりました。

    そろそろパーティーも終演となる頃、大広間からはお父様が声を張って、お客様に帰りの車を用意した旨を説明されています。
    俺はこっそり会場から抜け出して、その声を要さんが昔使っていた部屋から聞いていました。
    その部屋は、家主が居ない今もきれいに掃除されていて、ハンガーにかかった執事さん用の服もそのままです。
    松葉杖をついてやっとたどり着き、疲れきった体をベッドに預けました。
    大広間からぞろぞろと移動する足音、話し声が聴こえます。
    続いて車が雪を踏みしめる音。
    お母様とご友人の別れの挨拶も聴こえてきました。
    やがて、屋敷の中は執事達が会場の後片付けを始める音へ変わっていきました。

    あと半刻で、日付が変わろうとしています。
    「要さん、俺17歳になりました。…あなたの事、忘れられません。ずっと、ずっと愛しています」
    約束の告白はあの人に伝えられず、暗い部屋の中に消えていきました。


    「巽、ここにいたのか」
    数分後、お父様が要さんの部屋に来ました。
    肩で息をされていたので、俺をずっと探されていたのでしょう。
    俺はのろのろとベッドから頭を上げます。
    「パーティー会場、勝手に抜け出してすみません…」
    「良いんだよ巽。参加することも辛かったんだろう?」
    お父様が俺の隣に座り、暖房のない部屋にいたためかすっかり冷えてしまった俺を肩にかけていたブランケットで包んでくれました。
    「巽、お誕生日おめでとう。ここまで大きくなってくれてお父さんは本当に嬉しい。…でも、要くんが居なくなった後の巽をみているととても辛かった」
    「ごめんなさい、ご迷惑おかけして…」
    「お父さんが要くんの為だと思って張り切ってしまった結果だよ…本当に謝るのはお父さんだ」
    ごめんな、と言って頭を撫でてくださいました。
    「…巽が生まれたときの事は今でも覚えているよ。こんな風に雪が降っていてね。寒かったのか、お母さんのお腹の中がとても居心地がよかったのか全然出てきてくれなかった。…あと、数分後になる」
    時計を見ると、ほんの数分で日付が変わろうとしていました。
    生まれるときも迷惑をかけていたんですね。と言うと、お父様は微笑みました。

    「巽、間に合うかわからなかったから言えなくてごめんな。プレゼントと言っていいかわからないけれど」
    その時、玄関のチャイムが鳴って、聴こえた声。


    「ごめん下さい。こんな真夜中に失礼します」


    「…え?」
    聞き間違いではない。
    これはあの人の。
    俺はお父様の顔を見た。その目にはうっすら涙の膜が張っていた。
    「来たみたいだね」

    玄関で聴こえるお母様と、その人の声。
    そして、こちらの部屋へ急いで向かってくる足音。
    俺が自由に歩くことができたら、俺もそちらに行けるのに。
    お父様は静かに部屋を出ていき、部屋の外にいる人物に「ここだよ」と微笑んで伝えました。


    お父様が立ち去って、替わりに部屋に入ってきたのは

    「…かなめ、さん…?」

    コートは雪まみれ。
    細身のスラックスも足元から濡れていて、髪も大分乱れていました。
    鼻のてっぺんも、頬も、耳も寒さで赤くなっています。
    またこの人は、俺が見たことのない姿で現れるんですね。

    「巽!」
    俺はベッドに座ったまま、要さんの熱い抱擁を受けました。
    要さんの声、要さんの匂い、ずっと求めていた温かさ。
    雪のついたコートは冷たかったけれど、それでも、また逢えたことが嬉しくて、心が温かくて。
    「…要さん…!要さん…!ずっと、ずっと逢いたかった…逢いたかったです…!」
    要さんの顔をしっかり見たいのに、瞳から溢れる涙が邪魔をします。もう悲しくないのに。どうしてこんなに涙が止まらないんでしょう…?
    要さんが、俺の瞳に口づけて涙をすくってくれました。
    要さんの顔を見ると、要さんの瞳からも涙が溢れていて。
    俺も真似をして、瞳に口づけようとしましたが要さんに頭を掴まれて、変わりに唇へ誘導されました。

    今までの時間を埋めるような長い口づけ。
    部屋の時計が、カチリと音を鳴らします。

    要さんはそっと唇を離し、俺を見つめて言いました。
    「…誕生日、おめでとうございます巽」
    「ふふ。もう日付変わりましたよ…ありがとうございます。要さん」

    そしてもう一度、今度は目の前にいる人に伝えるように。
    微笑んで。

    「愛しています、要さん。」

    要さんはそっと、ベッドに俺を押し倒して、「俺も愛していますよ、巽」と優しく笑いながら返してくれました。



    その後は何をするでもなく、そのまま要さんのベッドで眠りました。
    コートを着たまま眠る要さんに驚いたお父様が、起こさないようにと要さんのコートを脱がせて俺たちに布団を被せて行ったというのは後日聞いた話です。


    「ふぅ、生き返りますね…やはり巽の家のお風呂は最高なのです」
    「そうですね…気持ちいいです」
    次の日は、2人で朝っぱらから風呂に入りました。
    要さんは先日あの雪の中、長時間歩いてたどり着いたとの事です。うちの風呂に入りたくて仕方なかったと言うので、風呂に入る流れになりました。
    俺もゆっくり要さんとお話しをしたかったので、ご一緒させていただくことにしました。

    「俺はあちらをクビになってしまったのです」

    湯船に入り、お互いに温まってきたあたりで、要さんから口を開きました。
    驚きです。あんな完璧な要さんが仕事を辞めさせられてしまうなんて。
    すると要さんは俺の手を握って
    「巽の事を毎日考えていたら、仕事に手が付かなくて、失敗ばかりしたのです。そこで、巽のお父様から連絡が入って…貴方が俺の事で辛い思いをしている事を聞いて、あちらの主人にそれを話したら、巽の元へ戻るように言われたのです。…今の主人がいるのに前の主人のためを思うなんて、きっと愛想を付かされたに決まってます」
    それはクビではない気がしますが…?
    俺は、まだ見たことのない人までも俺を心配してくれたことを知って、胸が熱くなりました。
    すぐにでもお礼を言わなくてはなりませんね。

    「出戻りのようにはなりますが…また暫く、いえ、これからずっと。あなたに仕えさせていただきます」
    俺は要さんの目を見て、首を横に振りました。
    「要さん。もうその関係ではありません。今後は俺を、お父様を支えて下さい。下からではなく、同じ目線で、隣から。…ええと、これってつまりどういう関係になるのですかな…?」
    俺から否定したのにどうもしまりませんでした。
    要さんはクスクスと笑います。
    「おや、俺は巽のお嫁さんになるという事ですね?結婚式にはきれいなドレスを着れば良いでしょうか?」
    「け、結婚…!?!?あ、でもそういうことに…?」
    「そういえば告白の時に何か準備すると言ってましたが、何をいただけるのですか?」
    本当は、お揃いの指輪を用意したかったんです。
    婚約等とは異なった意味で、記念の意味で。
    でも買いに行けなくなってしまって。
    「ごめんなさい、準備、できませんでした。今度一緒にお出掛けした時に買いに行きませんか…?」
    「そのお誘いも断りませんが、俺はすぐにでも欲しいものがあるのですよ」
    要さんの顔が急に近付きました。
    「な、なんでしょうか?準備できるものであればすぐ」
    ああまた、俺の顔が赤くなってきたじゃないですか。
    耳元で要さんの声が囁かれました。

    「巽の可愛い姿、声、表情、その身体。全部欲しいです」



    その後は要さんの部屋に2人で戻って…
    とても口では言えないことを、たくさんしました。
    俺がもう少し知識をつけていれば、要さんをもっと気持ち良くさせられたのでしょうけれども。
    それはまた、次の機会に。

    昼頃に、要さんに支えられながら2人でお父様とお母様に挨拶に行きました。
    要さんを戻してくれたことのお礼。
    今後の事。
    世継ぎの事。

    でもお父様は一言
    「巽の元気な姿が見られたから、今はそれで充分だよ」
    と言ってくれました。
    お母様も
    「結婚式はどっちがドレスを着るのかしら?」
    とその場を和ませる冗談を言ってくださいました。
    …冗談ですよね?




    厳しい寒さの冬が終わって、木々がまた、葉を付けていきます。
    庭には色とりどりの花が咲き乱れて。
    俺の隣には大好きな人がいて、手を伸ばせばすぐにその手をとってくれます。

    きっとまた、とても辛いことがこの先待ち受けているんでしょうけれども。
    愛した人と2人なら、どんな苦難も乗り越えてみせます。



    10歳だった俺。
    勇気を出して、想いを伝えてくれてありがとう。

    今俺は、とても幸せです。
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