Recent Search
    Create an account to secretly follow the author.
    Sign Up, Sign In

    nmrapis

    ニキマヨとひめ(要)巽。
    どうしようもなくいかがわしいもの、女体化、パロ。
    自己解釈、捏造過多につき何に殴られてもいい方だけどうぞ。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 6

    nmrapis

    ☆quiet follow

    聖人野郎を恨む彼と、そんな彼を密かに慕う聖人野郎がセフレになるおはなし前編。いかがわしい展開一歩手前くらい。
    何もかもうやむやのまま爛れた関係になる二人が書きたかったなどと申しており。HiMERUが完全に無自覚なのでかろうじて執着以上両片想い未満みたいな関係。諸々自己解釈が含まれます。色々と好き勝手書いてますので閲覧は自己責任。格好いい完璧なHiMERUなんて弊社にはいませんご留意ください。

    #ひめ巽
    southeast

    It's all my fault.① ──その日は朝から厄災の連続だった。
     人身事故が原因で、乗車予定だった新幹線が遅延。やっと乗れたかと思えば、ドラマの共演女優が仕事のブッキングで急遽合流できなくなったと連絡があった。せっかく長ゼリフを昨夜一晩かけて完璧に覚えてきたというのに、だ。
     代わりに次の五話のゲストの子、来れるよう頼めたからよろしく〜😆変更になった撮影シーンの台本原稿添付で送っといたから確認しといてね!
     秋空に浮かぶひつじ雲よりもふわふわと軽い、監督からの二文メール。握り締めすぎてミシミシと軋むスマホを鞄の上に放り、車窓に映る自分の顰め面へ嘆息を吐き捨てた。
     四時間弱程揺られ、ロケ地に到着した。送られてきた台本は、どうにか頭に入れ直した。せっかく広島くんだりまで赴いたところで、撮影シーンが潰れればすぐさま帰される。駆け出しのアイドル相手に、代わりの撮影シーンが用意されただけマシだろう。そう自分を言い聞かせるように、指定された展望台へ向かうと──
    「おはようございます、HiMERUさん」
     翡翠の髪をヘアメイクスタッフに撫でつけられながら、その男はにこりと親しげに笑った。
    「………おはようございます」
     フリーズしきった頭が、どうにかその一言を捻り出してくれた。その隣にいたもう一人のメイクスタッフに呼ばれてしまい、自分のアルカイックスマイルが引き攣るのがわかる。
     今撮影している刑事ドラマは、業界でも当たりドラマだと言われている。昨年放送されたシリーズものの続編で、俺は今期から登場する新入り刑事の役だ。Crazy:Bの印象からか、若干軽薄な役ではあるけれど、世間の評判は上々。
     次の回の撮影で、バディである先輩の女刑事に恨みのある男が出てくるとは聞いていた。それが、今朝ディレクターがメールで記していた“ゲストの子”である事もなんとなく察していた。けれど、それがあの風早巽だなんて、流石に想定していなかった。
    「ドラマの現場をご一緒するのは初めてですな」
     妙に嬉しそうな声で、巽がなおも話しかけてくる。そうですね、と適当に返事を返した。スタッフにファンデーションを叩(はた)かれていたから、顔を向けなくて済むのが不幸中の幸いだろうか。
    「すみません、同じESの仲間ですし本来なら共演前に挨拶くらいしておきたかったのですが……再来週からの参加の筈が急遽早まってしまったので」
     困惑を読み取られてしまったのか、巽が若干申し訳なさそうに言った。“俺”の感情を殺せなかった事に舌打ちしたい気分で、口角を上げてみせる。
    「そうなのですか。では大変だったでしょう? HiMERUも台本を今朝見たばかりですが、巽は第五話の主要人物である分かなりセリフの量もありましたし」
     ええ、と、巽の声音に苦笑が入り交じるのを感じた。
    「主は乗り越えられない試練は与えません……とは言うものの、ドラマでの演技はかなりブランクもありますし、やはり緊張は拭えませんな」
     巽が絡む女刑事は、シリーズでも初期から登場する人気の人物だ。その女刑事と過去因縁があった、爆弾魔の男を演じる。ゲスト出演とはいえ、重要な人物なだけあって重要性は高く、激しい怨恨の演技を求められる分かなりの難役だ。昔取った杵柄かは知らないが、よく選ばれたものだと思う。しかも、慣れない現場の中の急なスケジュール変更。このプレッシャーは並大抵ではないだろう。
    「分かりますよ。今朝の一件で察したでしょうが、あの監督は無茶ぶりも多いですから。けれど、演出家としてはかなり評判で、高いレベルの演技を要求をされます」
     だからこそ、俺はこのドラマで“HiMERU”の名を上げようと血の滲む努力を重ねてきた。過去作を全て見返し、念入に世界観を研究した。『真夜中のBUTLERS』で培った現場感覚を活かし、一切の妥協なく求められる演技を追求した。
     それを、こんなことで水疱に帰すわけにはいかない。
    「お互い苦労するでしょうが、ESの名を汚さぬよう共に頑張りましょう。今日はよろしくお願いします、巽」
     互いを鼓舞し合うかのような言葉を選びながら圧をかけ、表情を繕う。付け焼き刃でどうにかできる程、この現場は甘くない。精々、恥を晒してしまえばいい。
    「こちらこそよろしくお願いします。今日はHiMERUさんがいらっしゃるので、安心して胸を借りさせて頂こうと思います」
     白々しい社交辞令だ。鼻で笑いたくなるのを堪え、お綺麗な笑顔に同等の微笑みを返した。



     そして、撮影が始まった。
    『もう逃げられないぜ? 観念しろよ、爆弾魔』
     夕陽が降り注ぐ山頂の展望台。その東屋の下で、犯人役の巽を見上げる。階段の上で朱い陽を返り血のように浴び、巽がゆっくりと俺を振り返った。
    『……なんだ、あの女じゃないんですか』
    『先輩じゃなくて悪かったな』
     色を失くした声音と表情は、普段の巽からは考えられないような異様さを放っていた。まるで残虐な人殺しそのものだ。
     想定していた以上には仕上げてきたみたいだな、と、気圧されてしまいそうな自分を誤魔化すように役の仮面を着けたまま薄笑う。
    『追い詰められてるって〜のに随分余裕だな』
    『ええ、まぁ……部下のあんたを見殺しにしたとなれば、あの女の責任になるでしょうしね』
     巽が、そう言ってポケットからナイフを取り出した。突きつけてくるその手からは、明確な殺意が滲んでいる。
     巽の演技は、“玲明学園の革命児”時代にごまんと見てきた。どんな役でもそつなくこなし、“聖人”さまにお似合いな品のいい演技ばかりを求められてはそれに応えていた。だからこそ、怨恨渦巻く復讐者の演技なんてこの男には無理だろうと、高をくくっていた。
    『普通に謎なんだけどさ、なんで先輩にそこまで執着してんの? あんな清廉潔白な人が』
    『あっははは、清廉潔白ゥ?』
     ぞわり、と、総毛立った。喉の奥から絞り出すかのような低い嗤い声。射殺すように血走ったバイオレットの虹彩。階段を降りる巽が、カン、カン、と足音を鳴らす度に、自然と後ずさってしまう。
    『……あの女が捜査一課に伸し上がる為にどんな薄汚い手を使ったか、あんたは知らないからそんなことが言えるんですよ』
     こんな風早巽など想定していなかった。背筋に冷えた汗が伝い、身震いする。恋人を喪った男の獰猛な激情が襲いかかってくるようだ。
     こんな筈じゃなかった。風早巽が、臓腑が燃えるような憤怒の感情など表現できるわけがない。流す涙さえ枯れ果てた、あの耐え難い苦痛を理解できる筈がない。そう思っていた。思いこんでいた。だって──おまえがこんな顔をする資格はないじゃないか。
    『先輩が? どうせおまえの逆恨みなん』
    『黙れ!』
     衣装のシャツが千切れんばかりに胸倉を掴まれる。鬼気迫る、感情をすべて地底に落としてしまったような人でなしの顔だ。
    『この世で一番大事な人間をなくした気持ちが、おまえに分かるのかよ!』
     吐き捨てるかのようなそのセリフが、鼓膜から全身を揺さぶってくる。
     なんで、おまえがそんなセリフをそんな顔で言えるんだ。なんで、“俺”が誰よりも吐き捨てたかった呪詛を、おまえが──
    「はい、カ〜〜ット!!」
     監督の声で、はっと我に返った。凍りきっていた身体が徐々に融解していくように、血が巡っていく。
    「どうしたの〜HiMERUくん、今セリフ飛んでなかった?」
     拡声器を片手に監督が歩み寄ってくる。そう言われてから、俺は自分が──“HiMERU”が、事もあろうに全く役に入れていなかった事に気が付いた。
    「……すみません」
    「いや〜、でも分かる分かる。風早くんすごい気迫だったもんね! 風早く〜ん、次もその調子でお願い!」
     ありがとうございます、と、眼前の男はいつもの“聖人”らしいたおやかな微笑みを浮かべた。ギリ、と、歯が軋む程に食いしばる。
     こんな屈辱があるか。頭を冷やす為に一旦目を閉じ、深く、深く息をついた。こんな風に無様に食われたまま、撮影を終わらせるわけにいかない。セリフと流れを再度脳内で反芻して、拳に爪を食い込ませる。次は呑まれたりしない。いや、こちらが丸呑みにするくらいの演技をしてみせる。
    「よし、それじゃテイク2いってみよっか〜!」
     監督が叫んだのを聞いて、気合の一歩を歩み出した──その時だった。頬に、ぽつんと一滴の雫が落ちてくる。空を見仰いだ途端、雨粒がぽつんぼつんばつんと礫のように降り注いだ。いつの間にか、空は重苦しい鉛色へと変わっていた。
    「……嘘だろ」
     ざああ、と盛大に降ってきた雨の中、思わず小さく声が洩れる。突然のゲリラ豪雨に、スタッフ達も大慌てだ。機材にビニールを被せ、ADがタオルを配りながら誘導してくれる。撮影の中断が余儀なくされ、撮影チーム全員がロケバスに詰め込まれた。
    「残念だけど、今日はここまでだね〜」
     バスに入ってきた監督が、ずぶ濡れの腕を振って雨水を散らしながら言った。雨があがるのを待ったところで、撮り直そうにも半日は地面が濡れたままだ。どうしても明日以降撮影するシーンと噛み合わなくなってしまう。現場監督の判断としてはとても健全で、賢明だ。
    「災難でしたな」
     渡されたタオルで髪を拭きながら、前に座っていた巽が声を掛けてくる。感情の逃し場を失った俺は、もはやぎこちなく苦笑を返すことしかできなかった。


     撮影が早めに切り上がったのもあり、今日宿泊するホテルの宴会場でこじんまりとした中打ち上げが開かれた。名目的には、ドラマの初回視聴率が目標値の15%を越えたことに対する祝宴らしいけれど。大人たちが、丁度空いた隙間時間で酒を飲める口実にしていることはなんとなく察した。
     しかも、今日はうってつけな酒の肴がいる。
    「いや〜、風早くんすごかったね!」
    「ほんと! 私見てて鳥肌立っちゃった!」
    「さっき、監督が脚本家にまた登場させれないか打診するって言ってたよ〜」
     聖人野郎を持ち上げる共演者やスタッフ達。ちやほやと囲まれ、巽は恐縮だと言わんばかりの困り眉で微笑んだ。
    「俺は性格上怒りを表に出すのが苦手なので……どう表現するか苦心しました」
     既に酔っ払った赤い顔の大人達が「えらい!」「謙虚で素敵ね〜」などと言いながら巽のグラスにジョッキを合わせる。巽はその度、律儀にお礼を言ってウーロン茶を口に傾けた。
    「恐れ多い言葉ばかり頂いて幸甚の至りですが、俺もまだまだ修行の身。演技の道の一歩を踏み出せたと思い、精進します」
     ストイックだなんだとまた更にもてはやされ、巽は頬を掻きながら謙遜めいた言葉を返し続けていた。相手が変わっては、褒め殺しと謙遜の無限ループ。
     胸糞悪い。やけ酒でもするように、コーラの入ったグラスを呷る。雑音をシャットアウトし、ビュッフェテーブルの方へと足を向けた。食欲など微塵も湧いてこないが、ぐだぐだと続く生産性のない話を聞き続けるよりはマシだ。
     振り返れば振り返る程、今日は呪われているとしか思えない最悪の日だった。ストレスはアイドルの基礎となる美容と健康の大敵。そして、ストレスを緩和する最も効率的な脳の休息は睡眠だ。こんな日は、泥のように寝るに限る。本当は今すぐ部屋へ直行したいところだけれど、閉鎖的な芸能界において、こういったコミュニケーションの場がどれ程の意味を持つかを知っている。
    「HiMERUくん、こっちのカルパッチョ食べた? おいしいよ〜」
     ビュッフェテーブルには、ところ狭しと数々の料理が並んでいた。共演者のベテラン俳優に声をかけられ、にこりと笑顔を返す。
    「あぁ、お気遣いありがとうございます。それでは少しだけ頂きますね」
     場の空気を損なわない程度に話を合わせ、顔を売る事も仕事の一環だ。さすがに夜も深まる前には一次会も終わるだろう。疲弊しきった身体にそう言い聞かせ、なんとかその場をしのいだ。
     ──そして、厄災とやらが本格的に牙を向いたのは、それから一時間後のことだった。

    「……ッ!?」
     突如、ぐらりと視界が回った。いや、もしかしたら前兆はあったのかもしれない。先刻から妙に身体が怠く、浮遊感を感じてはいた。どうにかテーブルに手をつき、転倒するのは避けられた。
    「え? HiMERUくん?」
     共に話していたプロデューサーの中年男性らしい脂ぎった顔が二つにも三つにも重なって見える。力の入らない肘がグラスに当たり、テーブルに黄金色の小さな湖ができている。
    「どうしたんですか……って、HiMERUくん!? 大丈夫!?」
     鼓膜の中で反響するような、誰かの声がわんわんと響いた。おそらく、先程まで近くで話していたカメラマンだろう。ふらつく俺に気付き、身体を支えてくれた。
    「ちょっと、もしかしてそれビールじゃないの!?」
     カメラマンと話していた先輩女優が、グラスから零れている液体を指差して叫んだ。初めに飲んだ時は、ノンアルコールビールだと聞かされていた。少なくとも、最初に注いできたディレクターはそう言っていた筈だ。こういう時は雰囲気だけでも周りに合わせたものを飲んでみようとかなんとか言われて。万が一を考えて瓶のラベルはチェックしていたし、抜かりはないと思いこんでいた。
    「まずいですって……この子まだ高校生なんですから」
    「えっ、そうなの!? グラスにビール入ってたから勝手に注ぎ足しちゃったよ〜」
     ぼやけ始めた視界の中、プロデューサーを相手にカメラマンが焦り声で窘めているのがわかった。途中で合流してきた局のお偉方だ。HiMERUを売り込もうと肩に力が入りすぎていたのか、堆積していた心労からか、途中からチェックを怠っていたらしい。HiMERUらしからぬ、あまりに迂闊な失態だ。
    「いや〜、僕はてっきりHiMERUくん成人してるもんだと……ほら、この子大人っぽいでしょ?」
     能天気なプロデューサーに、周囲が呆れている。ここで醜態を晒すわけにはいかない。いつでも毅然と、完璧な“HiMERU”でいなくては。そう思い、「HiMERUなら大丈夫です」と言いながらふらつく身体を立ち上がらせる。けれど、笑った膝が身体を支えきれず、再びテーブルに倒れ込んでしまった。
    「ありゃりゃ、潰れちゃったかな」
    「潰れちゃったかなじゃないですよ〜! HiMERUくん、大丈夫?」
    「だい、じょうぶです……気にならさないで、ください。プロデューサーも悪気があった……わけではありませんし……」
     そう。起因が誰にあるかなど、然して問題ではない。俺が今“HiMERU”の姿で、無様な状況を周囲に晒してしまっている。どんな厄災が振りかかろうと、これは苛立ちと疲労から犯してしまった俺のミスだ。この世に神も仏もいないことを知っている俺は、これも主の与える試練だなんて諦念で誤魔化したりしない。苦味走る口内で、ギリ、と歯を軋ませる。
     冷静になろう。今この状況で怒りに呑まれてもどうにもならない。そうだ、考えようによってはこれはこれでちょうどいい。部屋に向かえる口実になるじゃないか。
     どうにかテーブルに手をつきながら、よろりと立ってみせた。やいやい騒ぎ立てている周りに微笑み、青白い顔を見せつける。
    「ご心配を……おかけして、すみません……HiMERUは部屋に……」
    「どうしたんですか?」
     その時、この世で最も聞きたくない声が俺の言葉を遮った。
    「あ、風早くん! ちょうどよかった、実はね……」
     白い膜が覆ったような視界の中で、厭わしい姿だけがはっきりと判別できてしまうのが余計憎たらしい。いつの間にか集まってきた監督たちスタッフも交え、風早巽は何やら深刻そうに話をしている。
    「ちょっと心配だし、風早くん今晩ついててくれる? 風早くんなら年も近いし、同じESのアイドルだから気楽でしょ? 今二人部屋取り直してもらってるから」
     その中で、監督が放った聞き捨てならない言葉が聞こえた。二人部屋……二人部屋!?
     目眩が余計酷くなりそうな単語を、脳が受け付けきらない。二人部屋。誰と、誰が泊まる部屋だって?
    「もちろん俺は構いませんが……」
     巽が、俺を窺うようにちらりと眼を向けた。冗談じゃない、と今にも叫び出したいのをぐっと堪える。先程からどうにか逃げ口上を模索していたけれど、アルコールで鈍った頭ではこれを躱す上手い言い訳が出てきそうになかった。
     何より、向こうは純粋に俺を心配してくれているのだ。駄々をこね、スタッフの厚意を無碍にするなんて“HiMERU”のすることではない。
    「……HiMERUも、それで構わないですよ」
     どうにかゆっくりと話して呂律を回し、数多の不満と共に酸味のある唾液を飲み込んだ。


    「そこ、段差です。足元気をつけてください」
     ふらつく足取りを心配され、巽に支えられながら廊下を歩く。こいつの肩を借りるなんて屈辱以外の何物でもないが、絨毯を踏む足取りが情けない程に覚束ない俺に拒む権利などなかった。千鳥足とはこういうものか、と、まさか自分自身で理解する事になろうとは。
    「部屋は6階だそうです」
     そう言って巽がボタンを押すと、エレベーターの扉が開き、乗り込んだ。密室にこいつと二人きりというだけでも気分が悪いのに、上がっていくエレベーターの浮遊感が吐き気を助長させる。
    「HiMERUさん、大丈夫ですか? もうすぐ部屋に着きますからね」
     心配そうな巽に、無言で頷いた。前頭葉が全く働いてくれず、どんな嫌味を放ってしまうかも分からない。剥き出しにした言葉の棘を後でスタッフにでも吹聴されてしまえば、HiMERUの立場が危ない。ここは黙っておくが吉、と踏んだ。
     6の数字が点灯し、エレベーターを降りて部屋へと向かう。巽がポケットからあらかじめ渡されていたらしいカードキーを取り出し、612、と声をあげた。
    「ここです、HiMERUさん。着きましたよ」
     カードキーを差した巽にドアを開けてもらい、部屋へと入る。ホテルらしい消臭剤の無機質な匂いが鼻をつく。足元にスリッパが用意されていたが、ぼやけてどこがアッパーか中敷かも分からず、履くのは諦めて足を進めた。
     とにかく、一刻も早く横になりたい。この体調なら、どうせベッドに入ればすぐに眠りにつく筈だ。寝てしまえば、一晩こいつと部屋で一緒だろうと関係ない。不快なのは今だけだ、今だけ──
    「…………は?」
     重い瞼が一気に開き、ぱちりと目を瞬かせた。定まらない視界の中、枕が二つ並んだ大きなベッドが視界に飛び込んでくる。酔いからの見間違いだろうと目を擦る。だが何度見返しても、その洋室に大きく鎮座しているのはダブルベッドだった。
    「ツインの部屋はもう満室だそうで……二人部屋はダブルしか空いていなかったと説明されました」
     俺の動揺を察したのか、巽が苦笑しながら説明する。そんな大事なことはもっと早く言ってほしかった。いや、説明されたのかもしれないが、朦朧とする意識の中、この憎たらしい男と一晩同室で過ごさねばならないショックで聞こえていなかった。
    「大丈夫ですか?」
     これが大丈夫なように見えるのか、と唾を吐いてやりたい。さすがにそんな八つ当たりのような真似は出来ず、ええ、と掠れ声をどうにか返した。
     巽は俺をベッドへと降ろし、何やらごそごそと物を漁っている。ぐたりとベッドの上で項垂れた俺は、この現状を把握することで精一杯だった。腰が深く沈む、デュベカバーの布団が掛けられたダブルベッド。広々とはしているが、大の男二人が寝るには明らかに狭い。並んで就寝する距離感を想像し、頭痛が悪化するのを感じた。
    「どうぞ」
     不意に話しかけられ、目の前にコップを差し出される。備え付けだろうメラミンカップに、透明な液体が入っていた。
    「冷蔵庫にあったミネラルウォーターです。アルコールを分解するには水分を取るのが大事だと聞きましたので」
     巽の言葉に、ありがとうございます、とカップに手を伸ばした。カップに触れた瞬間、指先が痺れるように冷たくて。
    『この世で一番大事な人間を失くした気持ちが、おまえに分かるのかよ!』
     不意に、撮影中巽が演じた台詞が、吐き捨てるような表情が、脳裏を過ぎった。血管の中を溶けた真っ赤な金属が巡るような感覚。気付けば、俺は巽の持っていたカップを思いきり手で払っていた。ばしゃん、と、ひっくり返った水が盛大に巽にかかる。
    「え……あっ……」
     何が起こったのか──いや、何をしでかしたのか、自分でも分からなかった。巽のセーターが大きな染みをつくり、顔にまで掛かったのか、翡翠色の前髪からぽたぽたと水滴が垂れ落ちている。
    「…………すみません。思考が覚束ないからか、動転してしまったようで」
    「大丈夫ですよ。どうかお気になさらず」
     どこまでも“聖人”らしい微笑みでそう言って、巽はカップをサイドボードへと置いた。直後、眼前でずぶ濡れのセーターを脱ぎ始めた。その拍子に、濡れて引っ付いたシャツが共に捲りあがる。ルームライトの白々しい光の下、水滴で艶めいた白い肌。ギクリ、と、身が竦んでしまう。なんだか妙にいたたまれず、目を背けた。
     水をたっぷりと含んだセーターを抱えると「すみません、ちょっと失礼しますね」と言い残し、巽はその場から足早に離れた。遠ざかる足音と、ドアの開閉音。おそらくシャワールームにでも入ったのだろう。やがて、衣擦れの音がドア越しに聞こえてくる。濡れてチャコールグレーに色を変えたチェック柄のボトムの下は、生々しい傷痕が残っているのだろう。
     心臓がやけに五月蝿い。酔いと罪悪感からか、喉がカラカラに乾いてたまらない。全てはアルコールのせいだと自分に言い聞かせ、薄っぺらく香料くさい布団を被り、横たわる。シャワーの水音が耳につく中、熱をもった身体が鉛のように重く、意識ごとベッドに沈んでいった。

    次→
    Tap to full screen .Repost is prohibited
    🙏🙏🙏👍💋🌋🌋🌋🇱🇴🇻🇪㊙♦🙏💫💙💚👥✝💞💕👏🇱🇴🇻🇪😭😭😭🙏🙏🙏😭🙏🙏👏👏☺👏☺👏☺🙌☺👏👏👏👏
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    nmrapis

    MAIKING聖人野郎を恨む彼と、そんな彼を密かに慕う聖人野郎がセフレになるおはなし前編。いかがわしい展開一歩手前くらい。
    何もかもうやむやのまま爛れた関係になる二人が書きたかったなどと申しており。HiMERUが完全に無自覚なのでかろうじて執着以上両片想い未満みたいな関係。諸々自己解釈が含まれます。色々と好き勝手書いてますので閲覧は自己責任。格好いい完璧なHiMERUなんて弊社にはいませんご留意ください。
    It's all my fault.① ──その日は朝から厄災の連続だった。
     人身事故が原因で、乗車予定だった新幹線が遅延。やっと乗れたかと思えば、ドラマの共演女優が仕事のブッキングで急遽合流できなくなったと連絡があった。せっかく長ゼリフを昨夜一晩かけて完璧に覚えてきたというのに、だ。
     代わりに次の五話のゲストの子、来れるよう頼めたからよろしく〜😆変更になった撮影シーンの台本原稿添付で送っといたから確認しといてね!
     秋空に浮かぶひつじ雲よりもふわふわと軽い、監督からの二文メール。握り締めすぎてミシミシと軋むスマホを鞄の上に放り、車窓に映る自分の顰め面へ嘆息を吐き捨てた。
     四時間弱程揺られ、ロケ地に到着した。送られてきた台本は、どうにか頭に入れ直した。せっかく広島くんだりまで赴いたところで、撮影シーンが潰れればすぐさま帰される。駆け出しのアイドル相手に、代わりの撮影シーンが用意されただけマシだろう。そう自分を言い聞かせるように、指定された展望台へ向かうと──
    8992

    related works

    recommended works

    nmrapis

    MAIKING聖人野郎を恨む彼と、そんな彼を密かに慕う聖人野郎がセフレになるおはなし前編。いかがわしい展開一歩手前くらい。
    何もかもうやむやのまま爛れた関係になる二人が書きたかったなどと申しており。HiMERUが完全に無自覚なのでかろうじて執着以上両片想い未満みたいな関係。諸々自己解釈が含まれます。色々と好き勝手書いてますので閲覧は自己責任。格好いい完璧なHiMERUなんて弊社にはいませんご留意ください。
    It's all my fault.① ──その日は朝から厄災の連続だった。
     人身事故が原因で、乗車予定だった新幹線が遅延。やっと乗れたかと思えば、ドラマの共演女優が仕事のブッキングで急遽合流できなくなったと連絡があった。せっかく長ゼリフを昨夜一晩かけて完璧に覚えてきたというのに、だ。
     代わりに次の五話のゲストの子、来れるよう頼めたからよろしく〜😆変更になった撮影シーンの台本原稿添付で送っといたから確認しといてね!
     秋空に浮かぶひつじ雲よりもふわふわと軽い、監督からの二文メール。握り締めすぎてミシミシと軋むスマホを鞄の上に放り、車窓に映る自分の顰め面へ嘆息を吐き捨てた。
     四時間弱程揺られ、ロケ地に到着した。送られてきた台本は、どうにか頭に入れ直した。せっかく広島くんだりまで赴いたところで、撮影シーンが潰れればすぐさま帰される。駆け出しのアイドル相手に、代わりの撮影シーンが用意されただけマシだろう。そう自分を言い聞かせるように、指定された展望台へ向かうと──
    8992