君の視界に、入りたいなぁ 客室の窓辺は、少女のお気に入りの場所の一つだ。
あたたかな陽射しは言わずもがな、急に夜になったとしてもすぐに照明を灯せるし、何より銃弾が飛び交わない閉鎖世界であることも大きい。誰に邪魔されることもなく、とりわけ読書に没頭するには最高の、ほんの片隅。
「なあアリス」
「……うん」
少女の瞳は真っ直ぐに文字を追い続ける。主人公が犯人を追跡する、疾走感を伴うその展開とちょうど重なるように。文字として二次元的に敷かれたレールの上で、結末を乗せて加速しはじめたトロッコを決して逃すまいと一心不乱に追い掛ける。
剣の手入れを終えて手持ち無沙汰になったエースは、彼女の生返事に気を悪くするでもなくごろりと床に寝転がった。
「続編の巻見て誰が消えるか教えようか」
「うん」
「ペーターさんの耳って嘘つくと伸びるの知ってる?」
「そう」
邪魔するな、と返って来ないあたり、なかなかの集中力で読み進めていることが伺える。彼女と世界との間に一枚壁を隔てている状態。こうなってしまうと、アリスのほうからこちらの世界に意識を戻さない限り外側から強引に割って入るのは難しい。
エースは両手を組んで頭の下に敷く。静寂に、自身の針の音だけが耳の奥で鳴っていた。
「――――、」
言葉を。
彼は、微かな吐息にごく少量、混ぜた。
窓の向こうには白い雲が泳いでいる。無味乾燥な、透明な世界。それと一体化していたはずのエースが床から見上げれば。カウチに掛けたアリスは、その一瞬の間に本の世界から帰還していた。
疑問符と動揺が、炭酸の泡のように瞳に浮かんでは消え。開いた瞳孔の端では、白い頬に朱色がよく映えている。
「……もう一回、言おうか?」
エースが問い掛けるも、目が合ったのはその、ほんの僅かな時間で。二人の間は再び、アリスの手によって固い背表紙に遮られた。