ジュンまこ 風が、ひとすじ流れる。
凪いでいた心を震わせて、波紋が幾つにも連なって。薔薇色と藍色を交互に溶かして、混ぜて。そうして再び、水面には平穏が訪れる。
まさに、漣。
名は体を表すとは良く言ったものだ。まあ苗字だけれども、と苦笑した真は、静まりかえった胸に手を当て瞳を閉じた。
最初に思い返すのは、指先から伝う温度。レッスン室で水を手渡した際に触れた小指が、じわりと熱くて。
「どうも」
「あ、うん!」
勘違いだったろうか、と自分のボトルを手に取って真は指先を冷やす。首を傾げる彼の後方で、ジュンは小指から順に、丁寧に掌を握り込んだ。
次に浮かぶのは、背中から伝う温度。
ルームメイトに迷惑をかけないよう、共有ルームでゲームの続きをしていた夜。カチャ、と控え目な音と共に開かれたドアの向こうには、虚ろな瞳のジュンが立っていた。
「漣くん。今帰り?」
時刻は深夜を回っている。仕事柄珍しいことではないが、基礎体力のあるジュンが言葉も出ない程に憔悴しきっている姿は初めて見た。
「……漣くん?」
挨拶すら返す余裕が無いジュンはしかし、ソファーの傍らに灯ったライトに――真に。吸い寄せられるようにふらふらと歩を進める。
「遊木さん。ゲーム、続けてて貰っていいッスから」
背もたれ越しに真の後ろから両腕を回したジュンは、そのまま少しだけ体重をかけた。
「すんません……ちょっと、充電」
眠気のピークを迎えた人間特有のあたたかさで肩を包まれ、真は当惑して唇を開いては閉じる。
薄明かりにゲームのポーズ画面が、ちかちかと繰り返し明滅していた。
風が吹く。
振り仰げば、ビルの一番良い場所に貼られた新曲のポスターの中、獰猛な眼差しを向けるジュンと目が合った。
風が、流れる。身体の内側にまで流れ込んで、一瞬にして波紋が幾重にも広がる。
「……この波になら、呑まれたっていいと思ってるんだけどなあ」
ざわざわと心を揺らした波はまた、何事も無かったかのように静寂をもたらした。