[14/30] 30話後、次元を超えるエースとアリス 寝返りを打つと同時に、ぐうと腹の虫が鳴く。寝付けなかったのはこのせいか、と瞼を上げ、エースは上体を起こした。暗闇で目を凝らし、ランプの火を灯す。何かすぐに食べられそうなものはあっただろうかと荷物を漁ると、とっておきの携行食が姿を現した。アリスに貰った、プレーンスコーンの残りだ。
リボンを解いて袋から出し、上下に割る。クリームやジャムの類は持ち合わせていないため、そのまま大口でかぶりついた。乾燥によって多少表面はパサついているが、それでも尚、中はふかふかでバターの芳醇な香りも消えていない。
味覚と嗅覚は、記憶に直結する。
同じレシピを参照したのかもしれない。同じ人に教わって作ったのかもしれない。それでも。
「うん。相変わらず美味い」
以前とは異なる「個」の存在として接しているにも関わらず。たった一口で、彼の知る「アリス」が作ったものと、味も香りもぴたりと重なってしまった。
「……美味しくて、困る」
包みを縛っていたリボンを捨てようとした右手は、意志を持ったように思いとどまり、胸ポケットへと静かに導かれていった。