野良犬疾走日和/1-3まだ日も登らないがACの格納ハンガーではにわかに人が動き出している。整備班は作戦投入予定の機体の最終チェックの為にタブレット内の検査項目と睨めっこしている。
一方本作戦にアサインされているパイロット達はというと寝起きに『野良犬』の世話をする羽目になっていた。
レッドガン部隊隊員との不要な軋轢を生まないようG13を拝命したレイヴンとの顔合わせの予定はなかった。しかし、ミシガンの言いつけをはなから守るつもりのなかったイグアスはヴォルタを捕まえるなり「素性の知らない奴となんか組めるか、挨拶くらいしねぇとな」と言い出したのだ。ヴォルタも興味がないと言えば嘘であり、イグアスのストッパー役として同行するという名目で新しい後輩に会いに来た。
腕の立つ独立傭兵と聞き及んでいた二人はてっきりミシガンやナイルのような大男と想像していたのだが、待機場所に佇んでいたのは小柄な女性、いや女子だった。格納ハンガーにも暖房はあるが外よりマシ程度の室温で過ごし易いとは言い難い。恐らく戦場以外では目立たないように振る舞えとハンドラーから命令されたであろう621は、格納庫の隅っこで寒さを凌ごうと膝を抱えて丸まっていた。
「本当に野良犬じゃねぇか」
気に食わなかったらその面に拳の一発でもお見舞いしてやるつもりだったイグアスの気持ちはみるみる萎んでいった。ヴォルタはそのまま放っておくほど冷徹になれず防寒性に優れた己のロングコート内側で一時保護することとなった。コートの隙間から首だけを出している621の様は不良に保護された子犬のよう。イグアスにはいつぞやに本社の食堂で垂れ流されていたディスカバリーチャンネルで見たペンギンの親子に映っていた。
「ありがと」
「...おう」
「何で俺ら野良犬の世話してんだ?」
「お前が見に行くって言い出したんだろうが」
素直に感謝を口にする621に先輩方はレッドガン流の可愛がりをする気力はすっかり削がれた。それと同時に解放戦線相手とはいえこんな弱々しい奴が闘えるのか一抹の不安を覚え始める。
「子守りなんてやりたかねぇぞ」
そうイグアスが愚痴をこぼし始めた頃、この場に来るはずのない人物の声がした。
「こちらに居ましたか」
「あん?」
「五先生?」
それは本日の作戦には何一つ関わりない五花海だった。アサインすらていないどころかオペレーター役でもない。突然の来訪者に驚く二人をスルーして五花海は621にジャケットをを差し出す。
「すみませんねぇ、うちの格納庫暖房費節約しているので寒かったでしょう?仮のナンバーとはいえ貴女もレッドガンの一員、本日は使い回しで申し訳ありませんがこちらの上着をお貸ししますね」
それは確かにレッドガン部隊に支給されるものなのだがどう見ても女性用サイズではなく男性用、しかも手入れは行き届いているが明らかに使用感があり、とどのつまり五花海の私物だった。イグアスが「うっわ...」と引いているのをジロリと目で制す。ほんの僅かに間があったが621はその上着を受け取る。袖を通すとだいぶオーバーサイズであり捲らなければ手も出ない。しかし指先まで隠れる大きさの上着は手袋を着用しているような暖かさがありかえって都合が良い。
「背中側に使い捨ての懐炉もつけておきました」
「それ別途料金請求され、むぐ」
やたらと621を甘やかす五花海の言動に水を差したがるイグアスの口をヴォルタが片手で覆い、続けてどうぞと目配せする。
「協働作戦前に体調を崩すのは望む所ではないでしょう?私も貴女のレッドガン部隊としての初陣の成果が良きものであるよう願っています」
耳障りのいい言葉を並べてさも頼れる先輩面をしているが、内情を知る者たちはいつもの舌先三寸だと察する。少しずつ接点を増やしていく心算であろう。丁重な扱いはその準備段階だ。野良犬も来て早々厄介な野郎に目をつけられてんな、とイグアスは鼻で笑っていた。
あと数十分で輸送機に乗り込むというタイミングでヴォルタは五花海に呼び止められた。
「ヴォルタは彼女のここにあるものに心当たりはありますね」
頸のあたりを指さす仕草に、ああ、ヴォルタは頷く。先ほど621の暖をとっている最中、見下ろした先にあった背部のコネクタ。とても真っ当な医者が施したとは思えぬほど引き攣った皮膚、そして感情が希薄な様となれば答えは簡単。
「強化人間の手術痕ですか。たぶんアレ、イグアスのと同じ型っすよね、五先生」
ヴォルタの返答に満足した五花海は目を細めて笑った。厄介ごとの気配がすると直感が告げている。
「ご明察、理解が早くて助かります。説明も必要なさそうですし結論から。あの子を引き抜いてうちの所属にしたい」
言外に「手伝ってくれますよね?」という圧を感じる。
「体のいい使い捨ての間違いじゃ」
「私、物持ちはいいので大事にしますよぉ?それに本社に使い潰されるか私に使い潰されるかの違いでしか」
「先生」
「...ふふ、失言でした。忘れてくださいな」
五花海の話を遮りはしたが間違いではないとヴォルタも分かっている。ルビコンという僻地に派遣された時点で本社がレッドガン部隊をどうしたいかは薄々気がついていた。いくら考えても暗い気持ちが晴れる事はなく、出撃で気を紛らわせてはいたがそれもしていられないらしい。脱落する隊員達も少しずつ現れ、それに比例して競合企業のアーキバスとの接触も増えてきている。遠くない未来に血生臭いコーラルの奪い合いが起こるのは避けようがない。だからこそ自戦力を温存していきたい。ヴォルタの目には五花海なりのやり方で自分の、ひいては自分達の居場所を守る為に奔走しているように写っていた。
「戦力があるに越したことはないですが、親父達に睨まれるような事はしないで下さいよ」
ヴォルタ自身が手助けできるものはたかが知れているだろうが断る理由もない。その言葉に五花海の顔がパッと明るくなる。その笑顔は禄でもない話を切り出す前触れだ。
「その件でヴォルタにお願いしておきたい事がありまして...彼女が部隊員たちと仲違いしないようフォローお願いしますね。特にイグアスのメンタルケア」
案の定厄介ごとだ。五花海が内々に持ってくる話を迂闊に了承するものではない。
「何で来たのかと思ったらそういう...!仕事を増やすんじゃねぇ!」
「私がやってもいいんですけど新人のG13のフォローで手一杯ですし?そもそも私、イグアスに好かれてないので。適材適所というやつです」
そりゃアンタがイグアスを面白半分で揶揄っているからでしょうよ、という言葉を飲み込む。言ったところで改善するような男でもあるまい。
「...はぁ、やれるだけやりますが上手くいかなくとも文句はつけんで下さい」
「大丈夫ですよ。貴方が思う以上に私は貴方を信頼してますんで」
「素直に喜べねぇ」
「ということで諸々お願いしますね〜」
初めての独立傭兵との協働作戦成功とイグアスのメンタルケアを仰せつかったヴォルタはただただ頭が痛くなった。