亡霊騎士の話誰かが言っていた。「今日はハズレだ」と。
そもそもデミゴッドのお膝元であるストームヴィル城に侵入する時点でハイリスクであるし安全などないのだが、それでも確かに当たりの日はあった。
関所を超えてすぐの城門前。あそこに忌み鬼が不在の時がある。
ゴドリックの兵ではないものの、大ルーンを狙う者を良しとしていないようで命知らずの褪せ人が挑んでは返り討ちにあっている。
リムグレイブで接敵する輩はゴドリックの軍勢を除けばほぼ亜人である。下手に墓地に近づかなければ亡者との遭遇率も低い。複数に囲まれないよう気をつけて立ち回れば苦戦を強いられることもない。
そんな戦いの心得があり自信をつけてきた褪せ人の鼻っ面をへし折っているのが忌み鬼なのだ。
亡霊騎士が現れる前まではここが難所とされていた。
正面を切って挑む気概のない連中の中には浅知恵を巡らせる者もいる。
わざとゴドリック兵に捕まり接木の材料として生きたまま城内への侵入を試みた人間もいた。しかし生きてはいるが手足をもがれて『蛹』となって帰って来る事はなかった。
頭の痛い状況であるのに、現在はストームヴィル内を彷徨う亡霊騎士もいるのだ。
褪せ人達が取れる択は2つ。
忌み鬼を倒して城内の亡霊に見つからないよう願いながら潜入する。
または忌み鬼不在のタイミングで騒ぎを起こさず、隠密行動を徹底する。
最早対個人での亡霊騎士の討伐は不可能と考えられていた。そしてロジェールは後者を選択した。
この尖り帽を身に付けた異端の魔術師は初めから大ルーンには興味がない。王になろうなど、そんな野心はないのだからお目こぼししてほしいとぼやきたいくらいだった。
時刻は深夜、天候は雨、風は強い。身を隠すにはもってこいの状況。
ただでさえ夜の闇で視界が悪い上に荒れた天気は足音を消し去る。決して練度が高くない城内の一般兵を撒くには好条件である。
城自体も先の戦争の爪痕が色濃く残っており補強が間に合っていない。壁に大きく空いた穴から勢いよく雨風が吹き込んでおり廊下の奥まで轟音が木霊しているようだった。
ロジェールはツール鞄から虹色石を一つ手に取るとそのまま室内に投げ込む。心許ない光だが薄い灯りに照らされた室内に人影は見当ず。床に落ちた際の音にも反応を示す者もおらず、予想通り見張りも近くにはいない。第一の難関は越えたらしい。
安堵の息を吐き、つばの大きな尖り帽が風に拐われないよう片手で押えつつ城内へと足を踏み入れた。
急ぎ足で積み上げられた木箱の影に身を潜め通路を覗き込んだが、不気味なほど静かな暗がりが続いているだけだった。
目が暗闇に慣れた頃、ロジェールは更に廊下の奥へと進む。ここまで来ると壁に大きな穴はなく辛うじて隙間風程度で済んでいるものの、頭上の二階部分にあたる廊下は所々崩落しているのが確認できた。
上の階の探索時には気を付けよう、と観察しているとふと何か柔らかい物を踏んだ感触がした。視線を足下に映すとそこにあったものは綿のような物だった。
ロジェールはそれを屈んで摘み上げる。
「これはふんわり綿?」
所持している製法書の中に覚えがあった。狭間の地のいたる処に自生しているロアの実を加工して作られたこの綿は弾力性と消音性に優れた道具である。靴底に仕込めばある程度の高さから飛び降りても落下の衝撃を和らげる事もできる。
何故こんなものがここに、と脳裏をよぎるのと同時にしまったとロジェールは舌打ちした。
わざわざ階段や梯子を使わずに飛び降りたり足音を消し去る必要はゴドリックの配下には必要ない。
つまりこれを使う理由がある者は
そこまで思考を巡らせたところで頭部に強い衝撃が走る。急速に意識が落ちていく最中、何者かの足を視界に捉えた。
「...っ」
目が覚めるとそこは見覚えのないボロ屋だった。既に太陽は真上にあり半日過ぎた事を示していた。
外に出て辺りを見渡せば、どうやらここは関所とストームヴィル城の中間であるらしい土地だと見当がつく。
捨てられるまでに無くした荷物もなく、殴られた後頭部に残る鈍痛が昨晩の出来事は夢ではなかったという証明になっていた。
「あれが亡霊騎士...」
随分と厄介な者が棲みついた、とロジェールは再潜入の作戦を練り直しはじめた。