サブクエスト:禁足地におけるギギネブラの生態調査ハンターの仕事といえば多くの者が狩猟と答えるだろう。ギルドの承認を受け、自分の背丈ほどの得物を携えてモンスターと対峙する。実に華々しい世界を想像する。しかしハンターの役割はそれだけに在らず。未開の地があれば拠点を確保し、そこに住まう動植物の調査から地質の研究、時には現地の人々から情報を集めて歴史を紐解く。最終的に各専門分野の職員がデータの取り纏めを行うものの、危険なモンスターの闊歩する大自然の中の調査は基本ハンターが請け負う。実際、この部分の業務が半分以上を占めることすらある。狩猟はあくまでも生態系のバランスを保つための行為であり、けっして利己的なものではない。このように地道な働きを求められるのが人々の夢見るハンターという職業なのだ。
そして今日も1人のハンターが現地調査に駆り出された。
「禁足地にギギネブラねぇ...オレこっち来てから見たことないんだけど」
「氷霧の断崖の地質調査に向かった学者達からネルスキュラの卵蛸とは異なる形状の殻の報告が上がってきたんだ。特徴から推察するににおそらくギギネブラ。大陸にも生息しているゲリョスやババコンガも禁足地で確認出来ているし、居ても不思議はないかな」
鳥の隊のハンターとエリックという珍しい組み合わせ。本来ならオリヴィアが付き添うはずが、別件の狩猟に駆り出されてしまい白羽の矢が立ったのが鳥の隊のハンター。エリックが待てと言って待てる人物ならよかったのだが、興味を抱いた事象に対して堪え性がない。ならばと同隊のアルマに話を通し現在にいたる。セクレトの背で揺られること数十分、一行は目的地へと辿り着いた。
「わぁ...! 報告通りだ! ネルスキュラなら天井に卵蛸を産むけどこれは壁面。それも泡状の卵塊。場所も寒冷地の暗所。ギギネブラの生息の可能性が高まってきたね!!」
見るものが見れば卒倒しそうな光景が広がっていた。壁一面にびっしりと植え付けられた卵蛸を前に生物学者のエリックは幼児のように目を輝かせている。一方のハンターは黙って松明を取り出し火を灯した。
「準備いいなぁ、君」
「こちとら散々な目にあってるんだなぁ、これが...」
「過去に何かあったのかな? その話是非聞きたいんだけどそれは後日時間を取ろう。知ってるとは思うけど松明の熱源を嫌うのは幼体だけだよ。成体には逆効果」
「分かってますよ〜先生ェ。オレ外見てくる」
「さすが歴戦のハンター! 頼りにしてるよ!」
エリックの側に松明を置いたハンターはオトモアイルーを連れて周辺の警戒にあたる。あれがギギネブラの卵と仮定すれば、卵の中身は幼体のギィギ。ギィギは火を嫌い、貧弱で軽く殴れば逃げ出す個体が殆どで一般人でも対処ができる。ところが成体のギギネブラは熱源で獲物の位置を察知し捕食しようとする。ギィギの対策に熱源を用意すると成体が寄って来てしまう。しかも成体の行動範囲は他のモンスターに比べてかなり狭い。オリヴィアがエリック一人での探索を許可しなかった理由である。
「相棒がギギネブラに詳しいって意外ですニャア」
「片手に松明掲げてピッケル振ってただけあるだろ」
「そんなに怖いニャ?」
「出血と毒のダブルスリップダメージは恐怖」
「地味にイヤな組み合わせですニャァ...」
昔を思い出したハンターの顔色がみるみる暗くなっていく。相当なトラウマだった模様。しまいにハンターの腹部からはきゅるきゅると鳴ってはいけない音がしだした。
「嫌なこと思い出したら腹痛くなってきた」
「大丈夫ですニャ?」
「ちょっとこやし玉ひり出してくる」
いうやいなや、その場で腰から下の装備を緩めて屈む。どう見てもこの場で垂れ流す気らしい。
「あの、ご主人様」
「なんだねオトモアイルー君、オレは今いっとう忙しいんだ、いうなれば緊急事態だ」
「何でエリアのど真ん中で下半身丸出しなんですニャア!?」
「こやし玉を生産しながらオレも縄張り争いにエントリーしてやんだよ! 我ながら天才的閃き! ドドブランゴに大っきい顔させてたまるか!!」
「やめてほしいニャア!! 人としての尊厳を持ってご主人様!!」
「何を言う!! モンスターも人も関係ない!!その地に生きとし生けるもの全てがその生態系の一部!! 何も恥じる事はない!! オレが狩人だ!!」
「野蛮人の間違いニャア!!」
「ごめんもう無理。もう止まらんよ、流れ出したエネルギーと同じだ」
「もうヤダこのご主人」
至近距離でこやし玉(自家製)の香りを嗅ぎたくなかったオトモアイルーはできるだけ主から距離をとった。そのタイミングで天井から滴る水滴に気がつく。見上げた先にはギギネブラが卵を産みつけようと排卵口を開いているところだった。
「え」
「ニャァ...」
ギギネブラの卵蛸は落下地点にいたハンターに直撃した。見た目以上に粘っこい卵に包まれたハンターは下半身丸出しの情けない姿のままにっちもさっちもいかなくなってしまった。しかも最悪なことにギィギが防具の隙間をぬって衣類の中に侵入してくる。
「何!? オレもしかしてエロ同人誌みたいな目に合うの!? アッやだそこ触らないで!! ああ! ダメ! そこはまだ誰も受け入れてないのッ!! いつか両思いになった人に捧げるって決めてんの!!」
「うっせぇニャア!!! ちょっと待ってろニャァー!!」
このままでは主人の(社会的な)死が確定する。これを主人とするオトモアイルーとして、とても容認できる話ではない。決死の思いでエリックの元まで駆けていった。
オトモアイルーの一報を受けてエリックが現場に急行する。
「これは...!
ギギネブラの幼体のギィギで間違いない!!ネルスキュラと違って苗床を作る性質はないけど近縁種のフルフルにはその性質がある。元祖返りの個体、もしくは禁足地特有の進化の可能性も...珍しい事象に変わりはない!!気になるなぁ!!」
エリックの斜め上の反応にオトモアイルーの目が点になる。他にもっということあるだろう、と。
「あ、あの、救難お願いできますかニャア...?」
「おっと、失礼」
オトモアイルーが不安そうにエリックを見上げる。はっと気が付いたらように左腕のスリンガーに救難信号弾をはめ込み上空に向かってそれを放つ。空高く打ち上がった弾は激しく発光しながら緩やかに放物線を描いて自由落下していった。
「これで良し、と」
光が細くなり煙だけになったのを確認したエリックは背負っていたバックパックから使い古されたスケッチブックと筆記用具を手に取った。手頃な岩に予備の上着をクッション代わりに敷くとそれに腰掛ける。
「悔しいけど僕一人では彼を助けられない。僕は今出来ることを精一杯果たすよ」
ぱらぱらとスケッチブックを捲り、真新しい頁にペンを走らせる。猛烈な勢いでスケッチの概要が書き上がっていく。生物学者にするには勿体無いほどの精密な描写で、瞬く間にギギネブラの苗床(with 鳥の隊ハンターの丸出しの下半身)が描かれた。
「...それっぽい台詞で誤魔化さニャいでほしいのニャア!!」
「えへへ、ごめんごめん。でもこんな機会またとないよ!!彼も元気そうだし取れるデータをありったけ集めないと!!」
エリックの言う通り、ハンターは恍惚の表情を浮かべいる。所謂アヘ顔。多分全然余裕である。
エリアの真ん中で下半身露出という最悪から始まった今回の騒動は最悪の底を絶賛更新中だ。オトモアイルーの生気だけがゴリゴリ削れていた。
「うっ...やだぁ、見ないで...嘘、エリックにならガン見されてもいい...ケツ毛までじっくり観察して...」
「もう黙ってご主人様」
「産まれる...!!オレとエリックの愛の結晶が!!」
「産まれるのはギィギですニャア、現実から目を逸らすニャ」
生命の誕生は神秘のはずなのだが。オトモアイルーの目にはご主人のケツからギィギが放り出されるこの世の地獄が映っていた。真横のエリックは「ねぇ見た!?生物の体内からギィギが産まれる瞬間!!早く報告書にしたためたいなぁ〜!!」と歓声をあげ、ハンターは何かを成し遂げた顔をしていた。ここまでの騒ぎになると親のギギネブラにも察知されてしまい今まさにハンターに襲いかからんとしていた。
「ボク、このまま消えてなくなりたいニャア...」
全てを諦めたオトモアイルーであったが、どうも今日はその日ではないらしい。
「無事か!!ハンター!!」
鬼気迫る様子のオリヴィアがすっ飛んで来たのも同時。
「エリック!!」
「オリヴィア! ギルドの要請によりギギネブラの討伐を許可する!!」
「任された!!」
オリヴィアの獅子奮迅の働きにより、鳥の隊のハンターは生還する。この時の狩猟タイムは闘技場Sランク相当のスコアだった。
氷霧の断崖のベースキャンプに戻ってすぐ、鳥の隊のハンターは精密検査にかけられた。一応短い期間であるがモンスターの苗床になったのだ。結果後遺症も何もなく任務を続行できることにはなった。ただしお咎めなしとはならなかった。
「二人とも、今回の件で申開きはあるか?」
「ありません!」
「ないです!」
目の笑っていないファビウス卿にこってり半日は絞られた。
「エリック。このデータは学会には持っていけない、理由は説明しなくても分かってくれるな?」
「申し訳ありません、先生...」
「それとハンター。君はギルド公認のハンターとしての立ち振る舞いには気をつけたまえ」
「すみませんでした...」
「では事故報告書を明日昼までに上げてもらおう。返事は?」
「「はい!! 了解しました!!」」
クエスト報酬
・400文字詰 原稿用紙 × 10枚
・エリック直筆スケッチブック
クエスト報奨金
・0z(−10000z)