それが最善だと信じた「水篠っ!」
「!? トーマスッ!」
思えば、アレを『最善』だと思い込んだ俺が間違っていた。
頻発するレッドゲートの対処に追われ、いくつかのゲート攻略が間に合わずよりにもよってレッドゲートのモンスターがゲート外へと出て来てしまった。
応援を請け駆け付けるとそこには「たまたま近くに用があったから」と言うトーマスがいて、彼の好意に甘えて共闘する事になったまではよかったのだが…。
トーマスならばと背中を任せ、影の軍団を呼び出してモンスターを片していく最中。逃げ遅れた子供に気を取られモンスターを前に隙を晒してしまった。すかさず襲い掛かってくるモンスターに、子供を庇いながらでは回避が間に合わないと判断して一撃を食らう覚悟を決めた。
しかし一向に衝撃が来ない。不思議に思って後ろを振り向く。
そこには俺を庇うトーマスがモンスターが手にする武器で背中を切り付けられ、倒れていく光景が広がっていた。
俺のミスを、トーマスが身を挺して庇ってくれた。そう理解した時に目の前が真っ暗になったような気分になった。
全てを終わらせ慌てて病院へとトーマスを運んだものの、彼の意識が戻ったのはそれから2日後のことだった。
起き上がったトーマスは「これくらい平気だ」と明るく笑うが、同調することは到底できなかった。
「俺が、アンタに頼ったから、アンタはこんな大きな怪我を…俺が…共闘を持ち掛けたせいで」
「それは違う。水篠はなにも悪くない」
「でも…!」
「俺は水篠と戦えて嬉しかった。お前が俺を信頼してくれた事がどれだけ誇らしかったか。次また同じことがあっても俺は同じ行動をすると思うぞ」
トーマスが慰めるようにカラリと笑いながら言った言葉が胸に突き刺さる。
(それはつまり、俺がトーマスを信頼する限り、トーマスは俺の信頼に応えようとしてまた怪我を負いかねない、ってことか…?)
その考えに至った途端、いても立ってもいられなくなった。
トーマスが訝しがるだろう事も無視してストアを開く。
「…水篠?どこを見ているんだ?」
「……トーマス、これを」
ストアから購入して何処からともなく手元に届いた小瓶を渡す。
「これは?」
「トーマスの怪我を治すもの」
「…そんな貴重なものをもらって良いのか?」
「ああ。いいんだ。これが『最善』だと思うから」
「……。そうか、ならばいただこう」
そういってトーマスは疑いもせずにコルクを抜いて一気に小瓶の中味を飲み干した。
「……む、なにやら…眠気、が……」
「おやすみ、トーマス」
「みず……し、の……?」
ものの数秒で眠りに落ちたトーマスの手から小瓶を回収する。
ストアで買ったこの小瓶の中味は『忘却薬』。
彼は、次に目を覚ましたら俺のことを忘れているだろう。
(これで俺のためにトーマスが傷付くことはなくなる。…トーマスとの信頼はゼロになったから)
「もう、俺のために傷付かないでくれ…。俺が間違えたミスをアンタが引き受ける必要はない。……これが、最善だと思うんだ」
眠るトーマスの頬を一撫でして、ソッと唇を指でなぞる。
「最後まで言えなかったが……。俺、アンタの事が好きだった。俺を守ってくれる存在を心強く思っていたんだ。嬉しかった。一人の"人"の様に扱ってくれて…ありがとう」
眠っているトーマスに向かってそう独り言を溢すと、起こさないよう気を付けながらソッと病室を出る。胸を刺す酷い痛みには、気が付かないフリをしながら。