硝煙の煙は深海へとつづいてるどこまでも深く青く波打つ海はどこまでも深く、自分の悩みなんて忘れさせるようにそこに存在するのが武道は好きだった。深く深蒼な海に武道は目を瞑ると、その母なる大自然を感じながら浜辺に座るのだった。
真一郎はバイクを流し海まで来ていた。風を感じたく堤防の脇を走ると、そこには見慣れた金髪がいて、バイクを止め近寄るが何故か胸の騒めきが酷く、何かが変わる気がしていた。武道の横顔が見え、その顔はどこか大人びて妖艶な色気を誘い、どこか深海に居るような気持ちに駆り立てられる。煙草を吹かす横顔が高校生に見えなく、大人の顔にいつもの明るく周りを照らす姿は成りを潜め、海を見つめる姿に胸が酷く騒めき背筋に電流のような痺れがゾクゾク走る。武道の横顔はそれだけ男を誘う横顔だった。
「よ!不良少年!」
武道は驚いたように隣に来ていた真一郎を見ると、今気づいた顔をして煙草を落としそうになり慌てて挟むとヘラリと笑った。
「真一郎君」
「よお、学校サボり煙草か武道」
武道は曖昧に笑うと、はははと笑い海を眺めた。真一郎も隣に座り海を眺めると、武道が呟くように語り出す。
「海を見てると不安や迷い、焦燥感がどうでも良くなるんです。洗い流されるんですかね、この海に比べたら俺の不安は小さいんだな〜て」
武道が背負う大きな物があるとは真一郎は理解していた。彼が救った者達は多く、真一郎もその一人だった彼に命を救われたのだ。返しても返しきれない恩に、真一郎は武道を弟のように過保護に構っていた。武道の周りも過保護な者が多く、皆何かしら救われたのだ。そんな武道が背負う物の強大さは理解できないが、彼はまだ人を救うのだろうかと真一郎は思った。
「俺は、俺のやりたいように動いて皆良いようにしてくれる。俺のわがままなのに」
煙草を吐き出すと、それから無言で海を眺めた。
武道も真一郎もこの無言は嫌ではなく、心地の良い時間が流れて行き、先に真一郎が立つと武道に手を伸ばす。
「帰るぞ」
真一郎の言葉に武道は立ち上がると、バイクに向い歩く真一郎を追う。
何かが変わる予感がする気が真一郎と武道の胸には残っていた。
この時を境目に運命の歯車は動き出す。
それから真一郎仕事場には時々武道が来て、お互い無言で時々言葉を交わす時がある。その無言の時間は嫌では無く、安心感さえある。時々近況を話し終わると無言になる。真一郎にとってその時間はかけがえの無い時間だった。
一週間振りに武道が顔を出し、携帯を弄りながら煙草を吸う。真一郎が進めた自分が吸う銘柄を武道は気に入り吸い始め、武道から香る同じ煙草の香りと、少しの太陽の香りに真一郎は暗い独占欲が積もるのを感じていた。
今日も武道は色気を纏い煙草を吸い、時々真一郎の作業を見ながら、携帯を弄り時には漫画を読む。心地よい空間にずっとこの瞬間が続けばいいと思った真一郎は、胸から零れた想いを口にしていた。
「一緒に住まないか」
武道が通い始め三ヶ月、高校生3年卒業間近の寒い冬の日だった。
武道と親の許可も貰いその一ヶ月後、バイク屋の移住スペースへと武道は移り住んでいた。真一郎との生活は、朝の6時に起き、高校行く準備をする武道が朝食を作り、送って貰うのに7時に真一郎を起こし、食べて貰い7時20分にバイクで高校付近の道で下ろしてもらい、千冬と登校する。武道が真一郎に送って貰う事を知る者は多く、今日も旦那と来たのかた武道のクラスメイトが揶揄うのに、武道は否定するが内心多分そうなのだろうと思っていた。武道の心境的には真一郎に恋心があり、毎日一緒に暮らす中で愛を見つける、真一郎は分からないが、武道に愛があったら良いと思っている。
放課後真一郎は高校近くの道で武道が来るのを待っていると、通りかかる学生から「お疲れ様旦那」やら「今日も嫁のお迎えですか」と声を掛けられ適当に返すが、真一郎は武道を嫁にする気しか無く、いつ告白を伝えるか毎日思いながら、今の同棲は穏やかで幸せであり、毎日同じ布団で抱きしめ合い温もりを分け眠るのは幸せであり、浅い眠りで不眠気味の真一郎は、もう武道が居ないと眠れないだろうと思っていた。
毎日が穏やかに過ぎ幸せで、そんな日々を続けられたら良いと思った。真一郎は暗くドロドロとした降り積る独占欲が弾ける出来事があった。武道の卒業一ヶ月前の出来事だった。
真一郎が買い出しに行くと、武道が知らない男に話しかけられていた。道を聞かれたナンパのようで困ってる武道に動けなく、自分の武道に話し掛け触る奴を消してやりたいと思い、武道に触ろうとして避ける武道に真一郎は武道が取られる事を想像して、暗く重い感情が覆う。
自分の物を半身を奪われる苦しみ、感情がコントロール出来なくなる。その場を後にすると、武道にメールを送り、今日は帰らず実家に泊まってくれと送り、万次郎に『絶対今武道を家に近ずけるな』と伝え電気も付けずに部屋に籠り、胸に暴れ回る激情に耐えるのに必死だった。
学校の帰宅時、その日は厚い雲が空を隠す日で、何か一日警報を鳴らす頭に嫌な予感がしていた。真一郎が迎えにも来なく嫌な予感は消えること無く、仕方なく徒歩で帰っていた。こんな日は初めてだった。
家に帰ると店は休業で明かりも無く、二階に上がると扉の向こうも真っ暗で、明かりを付けようとしながら少し歩くと、煙草の灯りが見え、暗い曇天の空を見つめシーツを被り虚空を見つめる真一郎に、武道は嫌な予感が当たったのだと理解した。
「真一郎」
名前を呼ぶと、こちらを向いた真一郎の瞳はいつもの瞳では無く、暗く渦巻く闇が広がり深淵を除くような瞳だった。
真一郎が武道の腕を掴み無理矢理引くものだから、武道は一気に崩れ座る体制になり真一郎の不安そうな表情を見つめる。
「真一郎……どう……」
「武道は俺の物だよな……どこにも行かないよな」
煙草のフィルターを噛み締め、嘆く言葉に武道は目を開き動けないでいた。
「お前がどこかに行きそうに見えて……」
真一郎は辛く消えそうだと言葉を噛み締める。胸の激情がドロドロと溢れ出しもう塞き止める事は出来ない。
武道は泣きそうな真一郎の背中に腕を回し包み込み抱きしめた。背中をトントンと子供を落ち着けるように優しくすると、真一郎が強く軋むほど武道を抱きしめる。
「俺はどこにも行かないよ真一郎」
武道が浮かべる微笑みに、聖母がいたら武道の形をしているのだろうと真一郎は思うほど、綺麗に慈悲の笑みをしていたのに、最後の砦が崩れる。強く強く抱きしめ伝える。
「…………好きだ……」
少しの無言、永遠にも思えるその時間を武道の一言が破る。
「……好きだよ真一郎」
辛く苦しむように出された告白が伝わり、真一郎は静かに涙を流す。武道の肩が濡れるのに知らないふりをした。
卒業し、武道は真一郎の店を手伝いながらフリーターとしてまたあのレンタルビデオ店で働き、休みの日真一郎の家を手伝だっていた。帳簿や店番は武道の担当だ。
そして周りの理解も得て真一郎と結婚し、薬指には指輪が光り、告白してから真一郎にほぼ毎日武道は抱かれ、体に跡を沢山残された、見えるギリギリの所に付けられ、職場では隠してくださいと今回も頼もしい同僚の元部下であり元上司に言われ、真一郎には見える所には付けるなと言っているが、守られてるようで矢張ギリギリに付けるのに早々諦めている。
真一郎はあれから独占欲を隠す事無く、甘い蜜を溶かしたような重い愛を毎日注ぎ溺れてしまいそうになるが、その愛も心地いいと武道は思っている。
毎日が穏やかで幸せで、真一郎の膝に座り抱きしめられる体制が武道は好きだった。
平凡でちょっとお互いに愛が重いが、幸せで穏やかなに愛を注ぎ合いながら送る日々に幸せを感じる。
今日は2人だけの結婚式を挙げる日である。
結婚式は挙げてなく、真一郎が武道の誕生日まで待つと言い、そして迎えた今日お互い付ける指輪を交換する。
「汝妻武道を生涯支え愛することを誓いますか」
「誓う」
真一郎は神父の言葉に永遠に誓う事を決意する。
「汝夫武道を支え愛し生涯途絶えない愛を誓いますか」
「誓います」
武道は答えるまでもなく、真一郎の愛は一生途切れないだろうと思っていた。
「誓のキスを」
タキシードの武道が被るベールを捲るとあの海でと同じ顔の武道に、真一郎は安心し微笑むと触れるだけのキスをした。
協会のステンドグラスから入る光が祝福し、永遠のようなキスは離れお互い笑い合う。
二人の幸せな世界に光が注ぎ明日を照らす。
永遠に二人でいよう。
明日も明後日も幸せな未来が待っている。