自我ありキースのパンツ、正妻争いをする〜コンテンポラリーラップ戦〜「キース、そろそろ起きないと一日が終わっちゃうぞ!って、うわ。どうしたんだよこれ」
「……あ?」
ディノが驚いた理由はキースが眠るベッドの周囲の惨状だった。なぜか、キースのパンツが散乱していたのだ。
「キース。昨日夜中にお酒でも飲んでたのか?こんなにパンツを散らかしておくなんて」
「はあ?んな訳ねぇだろ……」
キースは重たい瞼を擦りながらあくびをし、むくりと起き上がった。そして、ベッド下の惨状を目にすると訝しげに眉を顰めた。
「……まさか、夢じゃなかったのか?」
「どう言う意味?」
「いや……」
キースは真剣な瞳でパンツを見つめる。先程まで見ていた夢は、夢ではなかったのかという疑問が頭の中を駆け巡った。お徳用三枚セットで買った緑色の縞々パンツ──まさかそれらが、夢の中でコンテンポラリーダンスをしながらラップバトルをしていただなんてディノは信じてくれるのだろうか?
「ディノ。オレは多分、すごく変な夢を見てたんだと思う」
「突然どうしたんだ?」
「あ〜上手く言えねぇわ」
「その夢が、このパンツと何か関係があるのか?」
「あるかもしれねぇし、ないかもしれねぇ」
額に手をあてながら頭を降るキースを、ディノは心配そうに覗き込んだ。
「とりあえず、話は聞くよ?」
ディノの言葉に頷きながら、キースはベッドの中で身を起こし昨夜の不思議な夢の話を始めた。
深夜のテレビショッピングが終わり、完全に静寂が訪れた時のことだった。キースの服が収められている場所が、不思議な光に包まれた。
「よいしょっと。は〜久しぶりに自我が芽生えたぞ!」
中から姿を現したのは、キースが愛用しているお徳用パンツの中の一枚だった。以前サブスタンスの影響を受け、自我を持ったりディノのパンツと恋仲になったりした後、成仏したあのパンツである。
「まさかまた自我が芽生えるなんてな……!ディノのパンツも、自我が芽生えてるのか?早く探さないと」
そう言いながら、キースのパンツが意気揚々とディノの衣服がしまわれている場所へ行こうとした時だった。
「おい、待てよ」
「!まさか、またオレ以外にも自我があるパンツがいるのか⁉おっす、オレはキースのパンツだ!」
「奇遇だな。オレもキース・マックスのパンツだ」
「え」
その言葉に、キースのお徳用パンツは驚いた。まさか自分以外のキースのパンツに自我が芽生えるなんて!と。
「まあ、同じキースのパンツと言ってもオレの方が有名だけどな」
「どう言う意味だよ」
どこから聞こえてくるのかわからない声に、お徳用パンツは戸惑いを隠せなかった。
「オレは一番キースに履かれているパンツなんだよ。何度か公衆の面前にパンツ姿を晒されてるから、結構有名なんだぞ」
「そんなの言ったら、オレだって……!おい、姿を見せてくれよ。せっかくだし、柄を見ながら話し合いたい」
「そこまで言うなら仕方がないな」
そう言ったかと思うと、突然眠っているキース・マックスの下半身が不自然にモゾモゾと動き出した。この動きは、キース・マックスとディノ・アルバーニが同じベッドで眠っていた時に見たことがあるとお徳用パンツは思い返した。しかし、今回は状況が違うようだ。突如下半身のところがヘタリとなったかと思うと、布団の隙間から一枚のパンツが滑り落ちてきたのだ。
「ふう。抜けるまでに時間がかかったな……オレが一番キースに履かれているパンツだ」
そう言ったパンツの柄を見て、お徳用パンツは驚きを隠せなかった。なぜなら、全く同じ柄だったからだ。
「お、お前……!兄弟じゃないか」
「は?そんなわけ……本当だ」
そう、このパンツたちは三枚お徳用セットとして販売されていたのだ。当然兄弟がいることになる。それが彼らだったのだ。今夜履かれていた方のパンツは、驚きに後退りしつつも、強気な姿勢を崩さなかった。
「まあ、お徳用パンツの一枚だったとしてもキースの一番のパンツはオレだ」
「そんな訳ないだろ!キース・マックス……というか、この施設では毎日洗濯が繰り返し行われている。それにものぐさなキース・マックスはわざわざパンツを入れ替えたりしていないだろ?要するに、オレたちは毎日交代しながら一日おきに履かれているんだ!」
「なっ……だとしても、オレがキースの一番のパンツであることに間違いはない!」
その時だった。
「っくしょん!あ〜寒ぃ……」
声の主はキースだった。
「あ、キースが起きたぞ」
「おい、キース・マックス!オレの方が、お前の一番のパンツだよな⁉︎って、オレたちの声は聞こえないか……」
パンツたちが少し落ち込みかけたときだ。
「ん?何か聞こえたか……?」
まさかの展開に、パンツたちは布同士を見つめ合わせた。
「おい、キース!聞こえてるなら、ベッドの下を見てくれ!」
「そうだぞ、キース・マックス!」
まさかパンツたちが話しているとは夢にも思わないキースは、寝ぼけ眼のまま導かれるようにしてベッドの下を見やった。
「……?」
「よっ!目があったな、キース・マックス」
「こうして話すのは初めてだな、キース」
「……夢か」
一人納得したように呟くと、キースは再び眠りの世界に戻ろうとした。するとパンツたちは慌てたようにキースを呼び起こした。
「おいおい!聞こえてるんだろ⁉︎無視しないでくれよ!ほら、起きろって!」
「そうだぞ!オレはさっきまでお前が履いてたパンツなんだぞ⁉︎」
「……」
キースは頭から布団を被り、必死に眠りの世界に戻ろうと目を瞑っていた。きっと今聞こえている声は幻聴だ、日頃の疲れが溜まったせいで脳がおかしなことになっているんだと心の中で何度も唱えた。しかし、その声の存在を無視しようとすればするほど、訴えが切実になってくる。
「なあキース!オレたちはちゃんと話してる!幻聴だとか思ってるんだろうけど、幻じゃないぞ!」
「そうだそうだ!嘘だと思うなら自分の下半身を見てみろよ。今何も履いてないぞ!」
幻聴を間に受けるわけではない。しかし、物は試しと言うか何と言うか。キースはちらりと視線を自身の下半身に移した。すると驚くことに、本当に何も履いていなかったのだ。
「なっ……」
勢いよく起き上がったものの、眠っているディノを気遣っているからか声は抑えられていた。しかしキースの驚きや動揺はパンツたちにもよく伝わってきた。
「ようやく信じたか」
「まったく。やれやれって感じだな。これだからディノのことしか頭にない男は困る」
「いや、信じてねぇしこれは夢だ。それに今ディノは関係ねぇ。……まあ、夢であることを前提に聞くが、これは何だ?」
「だから夢じゃないって……まあそれはひとまずおいておいて」
「おいておくな。説明しろ」
小さな声でもしっかり熱は込められている。しかし、どんなに凄んだところで今のキースはノーパンなのだ。怖いと思うことはパンツたちには何もなかった。
「キース、ヒーローなら知ってるだろ?サブスタンスの影響ってやつだよ」
「は?」
「オレたちは、何かしらのサブスタンスの影響で自我が芽生えた。前にもこんなことはあったんだけど、キースにオレたちの声が聞こえるようになったのは初めてだな……まあ多分、それもサブスタンスの影響だろ」
「……何でもアリだな」
パンツたちはようやく存在が認められたことに安心しつつ、会話を戻し始めた。
「ところでキース。お前にとって一番のパンツはどっちだ?」
「いや、急だな……どっちって言われても、お前ら同じじゃねぇか。三枚セットで買ってるんだから優劣なんてねぇよ」
いまだ半信半疑ながらも、キースはじょじょにこの不思議な状況に慣れ始めていた。おそらく深夜に目が覚めたせいで、まだ脳が覚醒しきっていない影響もあるのだろう。
「キース、そういうのほ優しさって言わないんだぞ。知ってたか?」
「パンツに説教されたくねぇよ……つーか、マジで何なんだよ」
「オレたちは今、お前のパンツであることなら誇りをかけて、一番争いをしてるんだよ」
「いや、知らねぇよ⁉︎」
「まったく……これだからキースは」
「仕方ない。キースじゃ当てにならないから、ここはオレたちで勝負をして一番を決めよう」
「そうだな」
「いや、マジで待ってくれよ。一番って何だ?勝負って何するつもりだよ」
少しずつ声が抑えられなくなってきているキースだったが、ツッコミをいれられるだけの余裕はあるようだ。
「簡単さ。オレたちで今から何か勝負をするから、キースが勝者を選んでくれ」
「はあ?」
「よし、それじゃあ何をするか決めるか。互いの特技を組み合わせて勝負にすれば、公平だよな?」
「そうだな。オレはコンテンポラリーダンスが得意だけど、そっちは?」
「オレはラップだな」
順調に進んでいく会話に、キースはすでに置いていかれていた。何がどうなっているのか、さっぱり分からないし分かりたいとも思えなかった。そもそもパンツにダンスが踊れるのかとか、ラップなんてできるのかなど、湧き上がる疑問は後を尽きない。そんなことを考えている間にも、パンツたちの話し合いはまとまり、勝負が始まろうとしていた。
「よし、それじゃあ始めるか」
「受けて立つさ」
ついに始まってしまったパンツたちの勝負を、キースはただただ黙って見守る他なくなってしまった。
先攻はキースが履いていたほうのパンツだった。コンテンポラリーダンスが得意だと言っていたが、キースから見ればその動きはただ布がヒラヒラとしているだけのように見受けられた。曲はないが、フィーリングでやるということだろうか。
「オレがキースの正妻パンツ
所詮お前は敵対ナンセンス
観衆の元、煌めく縞パン
そもそも生まれが才めくチアマン」
よく分からない独特なリズムに乗りながら、リリックが紡ぎ出された。それに合わせて、何の感情を表現しているのか一ミリも伝わってこないコンテンポラリーダンスが終わる。
「なっ……やるじゃないか」
「は?今のどこが良かったんだよ⁉︎つーか、もう終わりなのか⁉︎」
思わぬパンツの反応に、キースは堪らずツッコミを入れる。本来ラップバトルといえば、何バースかやり合うものではないのだろうか。キースはラップの知識が全くもってない。そのため、このリリックが本当に良いものなのか、そもそもこのワンターンのみで終わらせることが正解なのかも分からなかったのだ。
「キース、これはオレたちパンツの誇りをかけた戦いなんだ。深く考えることなく、感じることが大事なんだ」
「それっぽく言ってるけど、結局はお前も何もわかってないってことだよな?」
確認するようにそう問いかけるが、キースは無視された。
「よし、次はお前の番だ」
「ああ」
後攻のパンツが深呼吸をするように裾をひらつかせた。
「お前が正妻?今すぐ制裁
同じフェイス 素材に質感
違いはエース 弱みを実感
キースが酒に飲まれて裸
ネオンが煌めき輝く仲間
そうさオレらは徳用兄弟」
こちらのパンツはラップが得意だと言うだけあって、長さだけはしっかりあった。しかし、そのリリックが技術的に優れているのかどうかキースにはさっぱりわからなかった。心に響きもしなければ、印象に残ると言うわけでもない。コンテンポラリーダンスについても同様だ。こちらはただただリズムに乗せて布を左右に揺らしていただけにしか見えなかった。しかし、先攻のパンツはいたく感動した様子を見せていた。
「お前……そんな熱いハートを持っていたなんて、さすがは兄弟だな」
「まあな。ひとまずオレたちの戦いはここまでだ。勝負の行方はキースに委ねよう」
「そうだな」
突然勝負の行方を委ねられたキースは、嫌そうに眉を顰めた。
「いや、普通に考えてドローだろ」
「は?思考を放棄するなよ!それでもヒーローか⁉︎」
「いや、ヒーローであることと、お前たちの勝敗を決めることに何も関係ないだろ⁉︎そもそもここで優劣を決めたとしても、オレはお前たちを一日おきに履くことに変わりはねぇんだけど」
面倒そうにキースが告げると、パンツたちは動きを完全に止めた。
「……キースはまったく分かってない」
「本当だよな。結局それってどっちもそこまで大事じゃないってことだよな」
「オレたちは、ここぞという日にあえてこの二枚のうちどちらかを履くならこっちだ!みたいな感じの、そういう気持ち的なところの一番を……言うなれば正妻を決めて欲しいって言ってるんだよ。何でこの繊細なパンツ心が分からないかな」
突然の呆れと逆ギレに、キースは最早お手上げ状態だった。
「繊細なパンツ心って何だよ⁉︎」
「……お前たち、うるさいぞ」
不意に聞こえてきたのは、第三の声だった。
「お前は……」
「まさか」
突然二枚のパンツたちは震えを見せ始めた。小刻みに布の端が揺れているから、多分震えているのは間違い無いだろう。怯えている二枚を横目に、キースはまた新たに増えそうな存在に頭が痛くなりそうな予感がした。
「こっちはゆっくり寝てたっていうのによ〜」
キースの服が収納されている場所から、モゾモゾと出てきたのは、三枚目のお徳用パンツだった。一番使い込まれていたのか、他の二枚と比較してややみすぼらしい。
「まさか、お前……まだ生きていたのか!」
「こんな場所で出会うとは……」
とにかく二枚の動揺が激しい。
「何なんだよ、お前ら全員兄弟なんじゃなかったのかよ」
なげやりにキースが尋ねれば、三枚目のパンツがため息を吐きながら語り出した。
「キースは覚えていないかもしれないが、オレはお前にとって一番のパンツだったんだ」
「は?」
「お前がディノをタワーに連れ戻したときも、ディノに殺されかけた時に履いていたのも全部オレだ。あと、初めてディノと寝た夜とかな」
「……要するに!こいつは今まで、キースの勝負所と言える日に必ず履かれていたパンツなんだ」
「いや、知らねぇけど」
いつになったらこの茶番は終わるのだろうかとキースは考えながら、三枚目のパンツを見つめていた。時間も良い頃で、眠気も限界まで来ていた。
「つーかさ、オレもう寝ていいか?お前らのことはこれからもローテーションして履くし、一番とかねぇから」
「え、ちょ!キース!」
「ほら、早く寝ろ〜」
そう言うと、キースは能力を使って床にパンツたちをひれ伏せさせたのだった。
「……というわけなんだ」
「あはは!っと、笑ったらかわいそうか。ていうか、今キースはノーパンってこと?冷えるから早く履いた方がいいぞ」
「この話を聞いて、よくすぐにパンツ履けって言えるな……今ここでオレがどれか一枚を選んだら、そいつの勝利が確定されちまうだろ」
「うーん、それもそうか……三枚一気に全部履くとか?」
真面目な顔で提案してくるディノに、キースは思わず力が抜けた。
「それはそれでヤベェだろ」
「あ、じゃあさ。この前俺が通販で買ったピザのパンツ履くか?今日の俺とお揃いだぞ」
「それもそれで浮気だとか言われそうだしな……」
「キースって、何だかんだ優しいよな」
「そうか?」
キースは再び大きなあくびをしながら頭を掻いた。
「そもそも、キースってこのパンツしか持ってないわけじゃないんだろ?とりあえず今日のところは三枚とも洗濯しちゃって、別のを履くって言うのも手なんじゃないか?」
「それもそうだな」
キースはのっそりとベッドから抜け出し、上はスウェット姿、下はノーパン姿のまま新たなパンツを出しに行った。その間に、ディノはキースのパンツを拾い集め洗濯にすぐ出せるようひとまとめにする。
「……いつもどんな時も、キースと一緒にいてくれてありがとうな」
小声でそっとディノが話しかけると、それに応えるようにちょっとだけパンツが動いた──ように感じられたのは、ディノだけが知る秘密なのだった。