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    rani_noab

    @rani_noab
    夢と腐混ざってます

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    rani_noab

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    鍾離先生とタルタリヤのブロマンス事件簿。導入。
    めっちゃ面白そうじゃない?

    #鍾離
    zhongLi
    #タルタリヤ
    tartaglia

    「公子」タルタリヤは璃月で悪名高き男だ。
    岩王帝君の暗殺に関わったとされ、帝君の死が陰謀ではなかったことが明らかになってなお、その疑惑は根深い。
    あのオセルの復活に加担し、璃月を壊滅させようとしたのは事実でもあるため、タルタリヤは璃月の人々の冷たい視線も特に気になどしていなかった。
    そもそもが闘争を望む人間だ。安寧と真逆の人生を送っている。
    嫌われ者であるならば、より好敵手にも出逢えるだろうと期待をしているのだが、あの事件以来、タルタリヤのもとに舞い込んでくるのは、タルタリヤに預けられた北国銀行の事務仕事とつまらない取り立てばかりである。
    先の事件が刺激的だっただけに、この落差が耐えがたく、タルタリヤは仕事に区切りをつけては街の外の魔物を相手にしてきたり、芝居を見に行ってみたり、釣りに出かけてみたり、果ては秘境を荒らしてきたりと真剣に気晴らしを試してみたのだが、どうにも退屈から逃れられずにいた。
    璃月には武術に長ける人間が、人間どころじゃない者もいるが、手合わせの誘いを今この時期にするほどタルタリヤは浅慮ではない。
    闘争の快楽は整えられてこそ真価を発揮する。
    退屈な仕事、終わりのない研鑽、コンディションを整えるために、食事にも気を遣う。勿論羽目の外し方だって知っていた。タルタリヤのいっそストイックな生活は、すべて最高の戦いを得るためにある。
    だが、そろそろ我慢も限界だった。
    部下に八つ当たりをするなんて無様なことをする性格ではないが、ぴりぴりすることぐらい許してほしい。それだけタルタリヤは切羽詰まりつつあった。

    「公子──様」

    その声は、そんなタルタリヤの背後からかけられた。
    足を止める。殺気も敵意もないが念のために警戒をしていたが戦闘の期待はしていなかった。夜に自分の後を付ける命知らずなどこの璃月ではもうお目にかかれない。それに自分に様をつけて大層に呼ぶのはこの璃月では部下だけだ。だというのに聞き覚えのない声だった。
    「公子様」
    振り向いた先の女は、フードを深く被り俯いていた。服装を見ると璃月の民であるようだ。生地は上等で装飾も多く、指輪は金のようだった。
    ゆっくりと、女が顔を上げる。
    ──美しい、女だった。
    若く、憂いなど知らなさそうなかんばせに浮かんでいる表情は、憂いを通り越して苦し気なものだ。頬を一筋の涙が流れ落ちる。それからはらはらと溺れ落ちていく涙は、まるで女の美しさを引き立てる化粧のようでもあった。
    「どうか、どうかわたくしを、助けてください──」
    公子様。
    縋るように口にした女を眺め、タルタリヤは腕を組んだ。追い払ってしまっても良かったが、泣いてる女を無下にするような性分でもない。
    「俺は便利屋でも探偵でもないんだけど?」
    普段なら話を聞くこともなかっただろう。そういう点では、この女は最高のタイミングでタルタリヤに声をかけたと言える。
    「存じております。無礼は承知の上ですが、頼れる方があなた様しかいないのです」
    「それって、七星や千岩軍じゃまずいってことだよね。だから俺にってことなら、余計に無礼な話だ。何故なら正道で解決できない問題を持ち込もうとしているわけだからね。それを踏まえて親切に言うと、この璃月に稼業人は多く居る。見たところ、良いところのお嬢さんのようだけど、金に都合がつくのなら、その手の輩を頼った方がいいんじゃないかな」
    唇を噛むようにして聞いていた女は、かぶりをふる。
    「いいえ。並大抵の稼業人ではだめなのです。わたくしが公子様にこうして頼んでおりますのは、ひとえにあなた様がたぐいまれなる武人と聞いたから」
    「へえ。それで?俺が武人であることとが、どうして君を救うことになる?」
    女は涙にぬれた瞳でタルタリヤを見つめた。その哀れさを纏う美しい女に、大抵の人間が心動かされるだろう。もっとも、一番興味を抱いているのは武人を出した点だ。
    「探してほしい男がおります」
    助けてときて人探しかと話の内容をいぶかしまれているのに気づいていないのか、女は女は切々と語る。
    「わたくしの恋人です。行方不明になって、二か月が経ちました」
    「恋人?」
    「はい。彼は、璃月の稼業人の中で、最も強いと言われている男でした。そのように言えば何故あなた様にしか頼めないのか、おわかりになるかと思います」
    なるほどね。とタルタリヤは理解を示してそう返事をした。
    「確かに、稼業人じゃあ、正道は頼れないか」
    「あなた様が強敵を探していると聞きました。もし、彼……張偉が生きているのなら、彼を力づくで連れ戻してほしいのです」
    よく知っている。良く調べているようだ。その点には触れずに、女に問いかける。
    「良いのかい?そんなことを言って。戦闘になれば命を落とすことだってあり得る。無傷で帰れはしないだろう」
    「構いません。承知でお願いしております」
    「そう。それじゃあ──」

    「それで、受けたのか」
    「受けたよ。面白そうだったからね」
    そうタルタリヤは笑って自分のさらに取り分けられた水晶蝦を口に運ぶ。向かいに座るのは、同じく稼業人の男である鍾離だ。タルタリヤに言わせれば、璃月にいる稼業人で最強と言えばこの男なのだろうと思うのだが、この男が自分の武芸をひけらかすことがないことも知っている。
    この男の正体を知っている身としては、どうしてこの男が自分が愛した国を転覆させようとした自分と食事をするのか疑問だが、完全に面白がってもいるので、腹の探り合いは成立しようにはなかった。
    「それで何が知りたい」
    「流石先生。話が早くて助かるよ」
    と言いながらも、新月軒での会食をわざわざ手紙で誘えば、その意図はおのずと知れるものだ。
    「その稼業人、張偉(チャンウェイ)について知っていることがあれば教えてもらいたいんだ」
    「知ってることか」
    思案する様子を見せる鍾離の返事をタルタリヤは待つ。ファデュイとて、璃月では嫌われ者だが、情報網はきちんと持っている。張偉の基本的な情報は入手済みだ。張偉は珍しくも神の目を持つ人間だ。神の目を持つことの強みをタルタリヤ自身がよく知っている。タルタリヤが知りたいのは、もっと人格的なことや周囲の評価についてだった。
    「不遜な男だと聞いている。稼業人の間では、彼との仕事を避ける傾向がある。一度、話をしたことがあったが、強い敵意を感じた」
    「まあ先生も神の目を持っていることになっているし、その男の印象からするに、そうなるだろうね」
    ある意味では素直な反応だろう。この分だと周囲ともうまくいってなさそうだ。
    「とはいえ、実力者であることは確かだ。何かを失敗したという話は聞かない。……が、」
    「が?」
    「何らかと騒動を起こしている噂もよく聞く」
    「アハ」
    思わず笑ったタルタリヤに、鍾離は表情を変えずに料理に箸を伸ばす。何につけても整えられている男の所作はいっそ人形じみた印象もある。こうしてみれば人間味が薄いかもしれないなんて何も気づかなかった過去の自分を振り返りながらも、笑えばあっという間に親しみの持てる男に変わるのだから、仕草で見抜くのは無理だっただろう。
    「探し出すにしても、いつどうやって行方不明になったか調べないとね。しばらくは退屈しなさそうだよ」
    「公子」としての仕事の合間、個人的な仕事にはなるが、こういうのも悪くないとタルタリヤはこれからどう調査するかを考える。
    「公子殿」
    呼びかけられて顔を上げる。いわゆる接待中に一人で思考に耽ったことを指摘されるのかと思いきや、鍾離は言った。
    「差し支えなければ、俺も調査に加わっても良いだろうか」
    「え?」
    まさか踏み込んでくるとは思わず、タルタリヤはなんの思惑かと鍾離の表情を見つめる。
    「何、大した話ではないのだが、ここしばらく稼業人の間に奇妙な噂が流れていてな。それにかかわりがあるのかどうかを確かめたい」
    「奇妙な噂?どんな?」
    「確信が得られていない噂を流布するわけにはいかない。すまないがまだ話すことは出来ない」
    差し出された菓子を引っ込められたような気分でタルタリヤは半眼になる。
    「まあいいよ。正直、璃月での調査は俺には向かないのは確かだからね」
    「公子殿は有名人だからな」
    「どうしてか誰かさんの死の黒幕だと思われてるからねえ」
    「ハハ」
    「笑いごとじゃあないんだけど」
    溜息をついてタルタリヤも箸を伸ばした。鍾離もタルタリヤも良く食べるために、テーブルの上には所せましと皿が並んでいる。この箸を使って、おいしいうちに食べきるのは中々の難関だ。
    「俺が知りたいのは噂の真偽までだ。それ以上は公子殿の依頼に踏み込むつもりはない」
    「一応聞くけど書面に起こさなくていいよね。先生の方が情報開示できないっていうならさ」
    「ああ。情報交換を報酬として契約しよう」
    「了解」
    慣れた調子で鍾離と契約を交わす。鍾離から何も付け加えてこないところを見ると、好奇心の範疇なのかもしれない。付け加えてくるときはたいてい何らかの保険をかけているもので、鍾離が何を危惧しているか分かることも多い。
    面白い人物を巻き込めたので、タルタリヤは料理ともどもに満足していた。鍾離が絡んでくるということは厄介事である可能性も高くなったということだが、願ったり叶ったりだ。
    そこまで考えてからタルタリヤは思考をいったんよそに預けると食事に意識を向けることにした。せっかくの料理が冷めてしまってはもったいない。接待だからといって自分が料理を楽しんじゃいけないなんてルールはない。
    「先生、お酒追加する?」
    「ああ。いただこう」
    接待の相手も遠慮がない方が気楽だ。明日の仕事に響かない範囲でも、どちらもそこそこの量を飲めるので代金は嵩むが、璃月でのファデュイの活動をすべて任されているタルタリヤの資金は潤沢だ。何も問題のない遊び方をしている。
    「さて、何が出てくるか……」
    酒の残っていたさかずきの水面を眺めたタルタリヤは、隠されたものを吟味するように見つめると、新しいものが来る前に飲み干した。今日はこれで終わりにしておこうと、給仕から酒瓶を受け取りながら、タルタリヤは酔いすぎないうちにと話し合い、調査は情報の公平性と共有化を考えて二人で行動することになった。情報は聞き手の印象に左右されるからだ。鍾離にはその心配がないようにも思われたが、タルタリヤは全ての情報を話すという契約まではしてない。
    付け加えても良かったが、それならともに行動してしまった方が早いというのがタルタリヤの結論だった。
    となると、問題なのはタルタリヤ自身だ。顔が知られており印象が悪い。特に璃月で荒事までこなす稼業人達に、武力で制しがちなファデュイは余計に印象が悪かった。となると、とタルタリヤは目立つ自分のファデュイの制服を見下ろす。
    「じゃあ先生。合流は明日の夕方5時に万民堂で。俺も話を聞きたい相手をリストアップしておくから、打ち合わせと、調査も始めちゃおう」
    「ああ。では明日の5時に」
    別れてタルタリヤは明日の仕事の予定を考える。出かける用事が一つできたので、どこかで抜け出さなければならない。
    とはいえ、タルタリヤに与えられている自由は多く、本国からの要請や、提出書類の期限に関わらなければ、自分の思う通りに過ごすことが出来る。朝一で行動に出ようとタルタリヤは考えた。
    そして翌日。私用がある日の仕事は身が入る方だ。楽しみがモチベーションになるのはタルタリヤの長所だった。
    鍾離との待ち合わせに行く前に寄り道をし、タルタリヤは少し遅れて万民堂へ入る。
    「ごめん。待たせたね、先生」
    湯呑から顔を上げて自分を見やった鍾離が、なるほどというように笑みを浮かべるのを身ながらタルタリヤは向かいに座る。
    変装、というほどでもないが、タルタリヤは璃月の伝統的な衣装を流行りの形にアレンジした服を身に纏っていた。黒のハイネックに、同じく白の璃月服は右胸と肩を留めるように、三本のふさのある金の飾り紐がついている。袖は筒袖になっており、下は黒のゆったりとしたズボンに霓裳花の金の刺繍が入っていた。そして今、人気のある形のブーツを合わせ、仕上げとばかりに黒縁の眼鏡をかけている。
    「随分が印象が変わるな」
    感心した様子の鍾離に、これならバレないでしょ。とタルタリヤも返す。
    「仕立てに行った店の店員が、客は俺なのにあれこれ着せ替えをさせてくるから大変だったよ。おかげで仕事が押してこの通り遅刻だ」
    「そういう事情があるのなら問題はない。確かに、公子殿は仮面と衣服の印象も強いからな。よほど注意深い者じゃないと気づかないだろう」
    「先生のお墨付きなら安心だね。情報収集で躓くのはごめんだからさ」
    序盤の序盤も良いところだ。依頼を受けたからには真剣に調査するが、暇つぶし以上の時間を取られるつもりもない。
    「はい。これが張偉と関わりのある稼業人のリスト。これくらいの情報なら、情報屋から買えるから苦労はしなかったよ」
    ファデュイにも璃月人の使いがいる。その使いを経由して情報を買ってきてもらった。これ以上は、自分の足で歩いた方が早く正確だ。
    リストを鍾離に渡す。盛況な万民堂で、誰も鍾離たちに意識を向けている者はいない。下手に隠すよりは騒がしい中での会話の方が良いこともある。
    リストを眺めて鍾離は、ふむ、とあごに手を当て思案する仕草をした。
    「リストに載っている人間は、璃月でも稼業人としての経歴が長い者が多いようだ。この皓然(ハオレン)という男とは面識がある。この時間に訪ねても問題はないだろう」
    「なら食べたらすぐに出かけよう。先生を急かさせて申し訳ないけどね」
    「食事をゆっくり摂るのは確かに好きだが、これでも戦争を経験している。時により楽しみ方を変えることぐらいできる」
    「良いね。戦士の答えだ」
    笑ってタルタリヤはちょうどよく運ばれてきた料理に、今日ばかりはとフォークも用意してもらう。
    二人で黙って食べてしまうと、道すがらタルタリヤはその皓然という男の情報を聞いた。
    「皓然は稼業人の中でも武力というよりは策謀に長けた男だ。離すと穏やかに見えるが、自尊心が高い。何かを教えてもらうならば、煽るべきではないな」
    「俺だって時と場合を弁えるよ。先生。忠告はありがたいけど。あえて稼業人をしているような人間には、何かあると考えた方が良いしね。それより先生、その皓然って人の好みを教えてくれないかな。手土産を用意していくからさ」
    「ああ。それならさっき通り過ぎた店がそうだ」
    鍾離の言葉にタルタリヤは足を止める。
    「え?ちょっと先に教えてよ。そもそも、璃月の手土産文化について教えてくれたのは先生だったじゃないか」
    「ああ。だからそのつもりがあるのなら公子殿から話が出るだろうと思っていた」
    二人で道を戻り、鍾離が入った酒屋に入る。
    「ああ、そういうこと。まあ確かに、聞き出す方法って色々あるけど、今後に響かせたくはないし、穏便な方法でいくよ」
    ぐるりと店を見回した。いろいろな種類の璃月酒が、上品に飾られている。値段も高めだ。
    タルタリヤは店主に近づく。
    「店主、この店で一番高い酒はどれ?」
    驚いて目を瞬きながら、店主がこちらです、と棚に案内した瓶を手に取る。
    「普段店に置いてあるものではそれが一番高級で……」
    「ふうん、10万モラね。じゃあこれで、」
    「店主、こちらを貰おう」
    鍾離が割って入ってきた瓶をタルタリヤは見やる。ランクが2つほど下の酒だ。
    「それが好物なの?」
    「いや、だがこの酒は今の時期しか取れない花を原料にしたものだ。価格は下がるが、こちらの方が希少と言える。皓然の性格を考えるのなら、こちらの方が良いだろう」
    「なるほどね。じゃあこれにして店主。贈答用に箱も用意してくれ」
    タルタリヤの要望に頷いて、何者なのだろうかといぶかしむようにしながら店主は酒の手土産を用意してくれた。惜しげなく金を払い、タルタリヤと鍾離は店を出る。
    「せっかく璃月人の恰好をしているんだ。それらしい設定を考えようと思うんだけど」
    「設定?」
    「そう。稼業人仲間の、公子タルタリヤ、じゃあ駄目だから何か偽名を考えないと。と思ったけど、璃月の言葉にはあまりなじみがないからね。先生、何か良さそうな名前ない?」
    「名前か……」
    考えるしぐさをした鍾離に、タルタリヤは続ける。
    「そんなに丁寧に考えなくていいよ。今回しか使わないようなものだと思うし」
    「ならば、深潭はどうだろうか」
    「しんたん?」
    「水の深くの意味がある」
    「へえ。良いね。じゃあしばらく俺は深潭と名乗ることにするよ」
    そこまで決めたところで、鍾離が足を止める。家の連なる道沿いにある年季の入った建物の戸を鍾離は叩いた。
    「こんな時間に誰ですか?」
    扉の向こうから応えがある。落ち着いているが警戒した響きを感じた。
    「夜分に申し訳ないが、皓然殿に相談事があって来た。話を聞いてはもらえないだろうか」
    「私に?」
    警戒した様子で扉を開けた男は、それから鍾離を見て驚いたように目を見張る。
    「鍾離先生じゃないですか!先生が私に相談事?」
    「正確には相談事があるのは、彼、深潭だ。彼も駆け出しだが稼業人だ。訳あって助力を」
    「初めまして、深潭と申します。夜分に申し訳ありませんが、お尋ねしたいことがありまして」
    言いながらタルタリヤは、あの酒屋の名前の入った木箱を男に見せる。
    「出来れば時間をいただきたいのですが、どうでしょうか」
    「勿論構いませんとも。鍾離先生の知り合いならば問題はありません」
    にこやかな様子で男は扉を大きく開ける。鍾離が中に入ったのに続いて、タルタリヤも中に足を踏み入れた。男はタルタリヤを上から下まで眺めたが、特に気になる反応はない。変装で誤魔化せているのだろう。室内は書物がずいぶんと多い印象だが、几帳面に本棚に収められている。綺麗に掃除もされており、男の性格が伺えた。
    「鍾離先生はご存じの通りですが、こちらは仕事場でして。自宅に行けば妻がもてなしてくれるはずですが……」
    「いえ、押しかけておいてもてなしだなんて恐縮です。それに、あまり長い時間をいただくのも申し訳ありませんから……」
    「そうですか。それならば、お話だけ聞きましょう」
    椅子にかけるように言った皓然に鍾離とタルタリヤは座り、皓然もまた椅子に座る。
    「話というのは、張偉という稼業人のことです」
    名前を出した途端、皓然は僅かに表情をこわばらせた。隠そうとして隠しきれなかった表情だ。それに気づかないふりをして、タルタリヤは話を続ける。
    「張偉が行方不明なのはご存じですか?僕の友達が、張偉の行方を探しているのですがその力になりたくて。皓然さんが界隈に詳しいと聞いたので、こうして連れてきてもらったんです」
    「張偉殿が行方不明……?そうなんですか?」
    タルタリヤはじっと皓然の表情を観察する。嘘を言っているか、誤魔化しているように見えた。少なくとも行方不明の事実を知っていた様子ではある。
    「彼がここ最近受けた依頼や、関わった事件などについては?」
    タルタリヤの続けての質問に、皓然は首を横に振る。
    「彼は基本的に仲間を募らず、一人で仕事を受けるタイプの方でしたから、あまり詳しくないのです。お力になれずに申し訳ありません」
    その皓然をじっと見て、タルタリヤは少し考える。
    このままでは口を割りそうにない。こちらの手札も少ない。となると……。
    「なーんだ」
    タルタリヤはわざとらしくがっかりした声を出して、呆れた表情で肩を竦める。
    「鍾離先生に、あんたのように情報に通じた人間なら知ってるかもしれないって聞いて期待してたけど、大した事ないんだね」
    気色ばんだ皓然が立ち上がったのに、タルタリヤも立ち上がりながら、酒の入った木箱をテーブルの上に置く。
    「あんたの好きな酒屋の話を聞いたから、俺が知る数ある酒屋の中でこの店から買ってきたんだけど」
    芝居がかった仕草で箱の蓋を開き、中の酒瓶を皓然に見せる。
    「手土産に、一番高価な酒じゃなく、わざわざこの酒を選んだ理由、策士として有名なあんたなら分かるよね。何か困ってるなら、俺達には話す価値があると思うよ」
    相手を落としてから、上げるのは交渉の常套手段だ。
    知識人を自負する人間は、「知っている」者に価値を見出す。知識がある人間の話に乗る方が安全なのは明らかだ。鍾離が居ることもあり、雑ではあるが、タルタリヤは気迫と相手の自尊心を刺激する台詞を口にした。迷っている男の表情が、こちらに傾いているところに、鍾離が口を開いた。
    「貴殿から聞いたとは一切口外しない。我らの同業者を助ける手助けをしてはくれないだろうか」
    鍾離の言葉に、皓然は歯を噛みしめるようにして迷っていたが、やがて頷いた。
    「わ、分かりました……。確かに、このまま黙っているのも璃月の稼業人のことを考えるのなら、不誠実でしょう。私は稼業人ですが、礼を失した仕事はしません。それで信頼と仕事を得ている」
    「ああ。それで俺は皓然殿ならばと思い、貴殿を訪ねてきた」
    鍾離の後押しをするかのようなフォローの言葉に、へえとタルタリヤは面白く思う。
    動揺している様子の皓然はタルタリヤの様子には気づいてはいないようだ。
    「そうでしたか……。では、お話します。……その前に、お茶を入れさせてください。落ち着きたいので」
    「ああ。それでは馳走になろう」
    璃月の茶は入れるのに作法があり、簡易的なものでも時間がかかる。幸いなことに小さな家のため、台所は見えるところにあった。逃げられる心配もない。お湯を沸かすためにこちらに背を向けている皓然に、タルタリヤはそっと鍾離に囁く。
    「先生が丸め込むような台詞を言うなんて意外だよ」
    「璃月で生活をするには交渉が必須だ。その際に相手が不誠実ならば説得もよくあることだ。今回は俺の目的のために、彼に話してもらう必要があると考えた」
    「なるほどね。確かに璃月はそういう文化の国だ。全く面白いよ」
    やがて熱い茶が運ばれてきて、改めて皓然はタルタリヤたちの前に座る。
    「ここひと月の間、璃月の稼業人が行方不明になる事件が多発しています」
    「多発?」
    タルタリヤの繰り返しに、ええ、と皓然は溜息をつく。
    「私が知るだけでも4人。おそらくもっと多いと考えています。稼業人は犯罪に加担することも多く、千岩軍は稼業人のために動くことはないでしょう。だから事件が何件起こっているのかすら明らかにならないままなんです」
    「その話程度なら、あんなにためらわなくても良かったんじゃない?」
    既に本性がバレたので良いかと、慣れない敬語をやめたタルタリヤを皓然は気にした様子はなかった。気づいてなさそうだ。
    「ためらったのは、私が行方不明になる理由をわずかながら知っているからです」
    「理由?」
    経緯があるんだ、と遠慮なく続きを促すタルタリヤに、ええ、と皓然は落ち着くためか、お茶を口にしてからまた話し出す。
    「高額報酬の依頼の話が、稼業人の間でひそかに出回っているんです」
    息をつく皓然はやけにおびえている様子で、タルタリヤは奇妙に思う。まるで話すことにすら危険があるようだ。
    「その依頼を受けたと思われる稼業人が行方不明になっています。依頼は受けたいと稼業人仲間に話していると、依頼人からやってくるという話です。……私の友人は以来の出どころを確かめてやると調査を開始して、それから姿を見せなくなりました。深入りすると危険だと思い……」
    「なるほどね。壁に耳あり、か……。話してくれて助かったよ。俺も張偉を見つけたいからね」
    奇妙な点はいくつもあるが、皓然が得ている情報があればまた調査は進展する。真偽を確かめるのは明日以降だな、とタルタリヤは思案する。
    「あの、どうされるつもりですか?」
    「どうって?」
    「この後もお二人は調査されるのでしょうか」
    「勿論だよ。何か問題でも?」
    「危険……では……」
    不安げな「あんたの好きな酒屋の話を聞いたから、俺が知る数ある酒屋の中でこの店から買ってきたんだけど」
    芝居がかった仕草で箱の蓋を開き、中の酒瓶を皓然に見せる。
    「手土産に、一番高価な酒じゃなく、わざわざこの酒を選んだ理由、策士として有名なあんたなら分かるよね。何か困ってるなら、俺達には話す価値があると思うよ」
    相手を落としてから、上げるのは交渉の常套手段だ。
    知識人を自負する人間は、「知っている」者に価値を見出す。知識がある人間の話に乗る方が安全なのは明らかだ。鍾離が居ることもあり、雑ではあるが、タルタリヤは気迫と相手の自尊心を刺激する台詞を口にした。迷っている男の表情が、こちらに傾いているところに、鍾離が口を開いた。
    「貴殿から聞いたとは一切口外しない。我らの同業者を助ける手助けをしてはくれないだろうか」
    鍾離の言葉に、皓然は歯を噛みしめるようにして迷っていたが、やがて頷いた。
    「わ、分かりました……。確かに、このまま黙っているのも璃月の稼業人のことを考えるのなら、不誠実でしょう。私は稼業人ですが、礼を失した仕事はしません。それで信頼と仕事を得ている」
    「ああ。それで俺は皓然殿ならばと思い、貴殿を訪ねてきた」
    鍾離の後押しをするかのようなフォローの言葉に、へえとタルタリヤは面白く思う。
    動揺している様子の皓然はタルタリヤの様子には気づいてはいないようだ。
    「そうでしたか……。では、お話します。……その前に、お茶を入れさせてください。落ち着きたいので」
    「ああ。それでは馳走になろう」
    璃月の茶は入れるのに作法があり、簡易的なものでも時間がかかる。幸いなことに小さな家のため、台所は見えるところにあった。逃げられる心配もない。お湯を沸かすためにこちらに背を向けている皓然に、タルタリヤはそっと鍾離に囁く。
    「先生が丸め込むような台詞を言うなんて意外だよ」
    「璃月で生活をするには交渉が必須だ。その際に相手が不誠実ならば説得もよくあることだ。今回は俺の目的のために、彼に話してもらう必要があると考えた」
    「なるほどね。確かに璃月はそういう文化の国だ。全く面白いよ」
    やがて熱い茶が運ばれてきて、改めて皓然はタルタリヤたちの前に座る。
    「ここひと月の間、璃月の稼業人が行方不明になる事件が多発しています」
    「多発?」
    タルタリヤの繰り返しに、ええ、と皓然は溜息をつく。
    「私が知るだけでも4人。おそらくもっと多いと考えています。稼業人は犯罪に加担することも多く、千岩軍は稼業人のために動くことはないでしょう。だから事件が何件起こっているのかすら明らかにならないままなんです」
    「その話程度なら、あんなにためらわなくても良かったんじゃない?」
    既に本性がバレたので良いかと、慣れない敬語をやめたタルタリヤを皓然は気にした様子はなかった。気づいてなさそうだ。
    「ためらったのは、私が行方不明になる理由をわずかながら知っているからです」
    「理由?」
    経緯があるんだ、と遠慮なく続きを促すタルタリヤに、ええ、と皓然は落ち着くためか、お茶を口にしてからまた話し出す。
    「高額報酬の依頼の話が、稼業人の間でひそかに出回っているんです」
    息をつく皓然はやけにおびえている様子で、タルタリヤは奇妙に思う。まるで話すことにすら危険があるようだ。
    「その依頼を受けたと思われる稼業人が行方不明になっています。依頼は受けたいと稼業人仲間に話していると、依頼人からやってくるという話です。……私の友人は以来の出どころを確かめてやると調査を開始して、それから姿を見せなくなりました。私も気になっていろいろと調査をしていたんです。友人が消えてから、これ以上は深入りすると危険だと思い……」
    「なるほどね。壁に耳あり、か……。話してくれて助かったよ。俺も張偉を見つけたいからね」
    奇妙な点はいくつもあるが、皓然が得ている情報があればまた調査は進展する。真偽を確かめるのは明日以降だな、とタルタリヤは思案する。
    「あの、どうされるつもりですか?」
    「どうって?」
    「この後もお二人は調査されるのでしょうか」
    「勿論だよ。何か問題でも?」
    「危険だとは思わないのですか?」
    「あは、心配してくれるのかい?それとも保身かな。稼業人を何人も行方不明にするような相手を引きずりだすなんて、面白そうじゃないか。すごくわくわくするよ」
    タルタリヤの本心からの台詞に皓然は信じがたいという視線をタルタリヤに向ける。
    「彼は危険を好む性格なんだ。気にしないでくれ」
    「先生にフォローされるなんて、組んでみるものだね」
    「あの、もしかしてあなたは、公……」
    言いかけた皓然に、しぃ、とタルタリヤは人差し指を立てる。
    「それ以上は駄目だよ。見過ごすことが出来なくなる。君が望むなら、千岩軍じゃない方法で一時的に君を護衛してあげよう。勿論、姿を隠した状態で、ね」
    「ほ、本当ですか……!それならお願いしたい。実は私には妻子がいるのですが、二人を今、別のところに避難させているんです。私と居ると危害が及ぶかもしれないと思い、顔も見に行けずにいます。私のことは構わないので、妻と子を守っては貰えないでしょうか」
    「実に家族思いだ。分かったよ。君の要求を飲もう」
    「ありがとうございます……!」
    ほっとした様子の皓然に、ファデュイだと分かってて頼んでくるのは、よほど切羽詰まっているのだろうとタルタリヤは考える。おそらく、それだけ消えた稼業人が実力者だということだ。確かに目の前の稼業人は武力に長けているようには見えない。
    「良ければ、また明日いらしてください。私が知っている情報を改めて思い出して、まとめたものをお渡ししたいので」
    「良いのかい?危険だって言ったのは君だよ。余計なことをせずに妻子と一緒に隠れてたら?」
    「いえ、私も仲間のことは案じていました。それに、どちらにしても今までの仕事の書類を片付ける必要がありますから、明日の朝にまた来ていただければ」
    「わかった。じゃあ頼むよ」
    頷いてタルタリヤは冷め始めているお茶を飲み干す。鍾離は話の聞き役になり、すでに飲み終わっているようだ。
    「それじゃあ明日の朝、そうだな。7時頃でいいかい?」
    「ええ、問題ありません」
    「皓然殿、協力に感謝する。貴殿の情報がなければ、途方に暮れていただろう」
    「いえ。こちらこそ、よろしくお願いします。鍾離先生」
    立ち上がって扉まで見送りに来た皓然に、見送りは良いから戸締りを、と言ってタルタリヤは鍾離とともに帰路につく。
    「先生が気になるって言ってたの、稼業人の行方不明事件のこと?」
    「ああ。やはりただの噂ではなかったな。出来ればただの噂であってほしかった」
    「それで、先生はどうするの?って愚問だったか。駄目って言ってもどうせ先生一人で調査するでしょ。じゃあ効率が良い方が良い。先生が良いなら、契約続行しよう」
    「何故俺が一人で調査すると思うんだ?」
    「え?だって先生、璃月が好きでしょ。璃月で困ってる人間が居たら手を貸すよね。皓然はあんたの知り合いだ。彼が困っているなら手を貸す理由になる」
    「契約もないのにか」
    「契約がないと何もできないなら凡人以下だよ」
    そもそも凡人じゃないよね。と言う意味を込めた視線を送ると、はは、と鍾離は笑う。
    「確かに。良いだろう。このまま共に調査させてくれ。どちらにしろ、今回の事件の犯人が気にかかる」
    「じゃあ、また明日の朝だね。俺は北国銀行に寄ってから行くよ。皓然の家の前で待ち合わせよう」
    「承知した」
    鍾離と別れてタルタリヤは璃月に構えた自宅へと帰る。
    翌朝、皓然の家を訪れたタルタリヤは、開け放された扉に嫌な予感がして中に足を踏み入れた。
    「鍾離先生」
    室内にたたずんでいたその背に呼びかけると、鍾離は振り返る。
    なんの変化もない、ただ皓然だけが居ない室内だ。
    「逃げた、訳じゃないよね」
    「ああ。暖炉に燃えかけの紙片が残っていた。昨夜はなかったものだ。書かれている文字は何も判別できないが、おそらく……」
    「連れ去られた、か」
    室内に荒らされた形跡はない。
    大人の男一人だ。小柄なわけじゃなかった。念のため周囲の家に訪ねてみたが、夜に騒ぎなどはなかったという。
    「一体どうやったんだろうね」
    間違いなくタルタリヤたちが訪れたことを知ってての所業だろう。じゃなければ、このタイミングで消えるはずはない。
    「これって俺たち喧嘩売られたよね」
    「そうとも取れる。面白いなどと言える状況ではないが……。後悔はさせてやろう」
    「アハハ、意見が合うね。それじゃあ、先生」
    調査の続きを、始めようか。
    目を細め、タルタリヤはどこにいるとも知れない黒幕を見据えた。

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