Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    rani_noab

    @rani_noab
    夢と腐混ざってます

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 130

    rani_noab

    ☆quiet follow

    攻男主。Subの先生のどむさぶつづき。支部の後の話1万字ほど

    次に琉嘉と会う時までに考えようと思っていたことがある。
    すぐに答えが出ずとも構わないものだ。そしてすぐに答えが出るとも思えない。
    それは自分が琉嘉という男に対して抱く興味についてだった。
    友かと問われたら否と答える。友のようだと思ったこともあったが、彼はそうではない。
    鍾離にとって友とは、その歩みを認める相手だ。助言を与え、過てば苦言を呈し、時には共に歩み、そしてその背を見送る者だ。行く末を見たいと思う相手でもある。この感覚が凡人のものとは差異があるのは自覚しているが、今のところ変えようとは思っていない。
    琉嘉に抱いている感情はそれとは異なっている。彼に対して抱いているのは、どちらかというと赦しの感情だ。平等と契約を物事の礎にしてきた鍾離にとって、赦す、という感情にはあまりなじみがない。契約を破った者に対して、鍾離は赦しではなく、対価を支払わせている。そこには私的な感情は含まれていない。では私(し)としての経験といえば、立場ゆえに、鍾離が友と呼ぶ相手が少なかったのもあるが、その中でも鍾離を怒らせることとなれば、数は少なくなる。友を赦す経験と照らし合わせたとき、これは類似する感情ではあると思えるが、やはり琉嘉を友だとは思っていない自分がいる。
    自分の正体を明かせるほどの繋がりもないからだとも思えるが、やはりしばらく答えは出なさそうだった。
    そんな、ここ10日ほどの思考を思い返して、鍾離は白駒逆旅に入った。
    Subについてもまだ経験が足りない。毎回毎回得られる感覚は新しく、鍾離はSubとしてプレイすることを気に入っていた。Domだったとしたら琉嘉とはすぐには出会えなかっただろう。琉嘉のようなDomの在り方に辿り着くまで少し時間を要したかもしれない。
    鍾離が扉をノックし、部屋へと入って室内の空気に足を止める。
    琉嘉はソファに座っていた。
    不遜に足を組み、にこりともせず背もたれに寄りかかっている。
    「早く扉を閉めなさい」
    その言葉に僅かに込められている命令のcommandに鍾離は、丁寧にドアを閉めると、琉嘉の前まで歩いて行った。視線の動きが重たくけだるそうに見えるが、相手を恐縮させるための演出だと察しがついた。察しがついているのに、琉嘉から目を離せない。危害を加えられると感じている訳ではないのに、大切なものを守る殻を躊躇なく叩き割られるような気がしてしまう。それは鍾離が鍾離でいるために大事なものだ。
    「何を黙ってるんだ?俺に言うことがあるだろう」
    問われて鍾離はいつも通りに、自分の体調について説明した。何の反応も見せず黙ってそれを聞いていた琉嘉は、それから淡々とした声音で言う。
    「今回、何をするか覚えてるか?」
    「ああ。ちゃんと覚えている」
    「セーフワードを確認する。口に出して」
    「玖耀だ」
    視線が重たげに持ち上げられる。そこでようやく琉嘉の口元に笑みが浮かんだ。それが普段の柔らかく甘やかすようなものと真逆に、人を虐げる意図を持ったものであることにぞわりと背筋を何かの感情が這い上がる。
    「いい子だ。忘れるなよ。それがあんたの、蜘蛛の糸だ」
    知らない言い回しだったが、それが鍾離を思うが故の警告だと、意味を問わずとも分かった。
    別に構わない。
    琉嘉は信頼に足る男だ。


    従えない命令を出し、背いたところでglareを使った仕置きをする。その最中に、セーフワードを言わせるのが琉嘉の目的だった。鍾離とてそれに気づいていないはずはない。ロールプレイめいた流れでも構わないのだ。セーフワードを口にすることが重要なのだから。SubはDomをより怒らせるのではないかと、セーフワードを我慢してしまうこともままあるが、セーフワードはDomのcommandと同じく、明確な拒絶をDomに与える。冷静と虚脱、無気力を罰としてDomに与えるのだ。琉嘉がいつもの甘やかす態度を殺しているのは、相手に危機感を覚えさせるためだった。琉嘉が鍾離に甘い分だけ、鍾離は琉嘉に甘いのを良くない傾向だと考えていた。
    仕事としての契約に情を持ち込むべきではない。琉嘉は過去に何度か警察の世話になったことがあった。今思い出しても憂鬱な記憶だ。庇護するべきSubをきちんと庇護できなかった。きちんと躾けられなかったということだ。何度か失敗し、よくあることだと慰められながらも、プロのDomとしての資格を取ったところだった。
    美しい男が目の前で服を脱いでいる。命令したからだ。そして彼は命令に従った。
    上着の釦がゆっくりと外され、脱いだ服は丁寧にたたまれてソファに置かれる。
    裾の長いベストもひとつひとつ落ち着いた素振りで釦が外されて、するりと肩から下ろされた。トパーズで作られたブローチをネクタイから外し、ことりとテーブルの上に置かれる。しゅるりという衣擦れの音と共にネクタイが引き抜かれ、畳まれたベストの上に落とされた。
    鍾離は指輪を外す。厚く、槍を握っても滑らない素材で作られ得た手袋を外すと、普段は隠されていた肌が覗く。綺麗な指先がシャツの釦にかけられた。外されていくと同時に胸元の素肌が露わになっていく。
    その様子を眺めながら、琉嘉は内心で深く溜息をついた。どうしてこうなってしまうんだろうなあ。
    でも予想はしていた。stripくらいでは、鍾離は動じないようだ。
    しっかりとひきしまった上半身が露わになったところで、琉嘉は口を開いた。
    「そこまでで良いよ。おいで、鍾離先生」
    ぽんぽんと膝の上を叩くと、ソファに膝を乗せるようにして素直に膝の上にまたがってくる。この距離感も平気なのも意外だった。人間とは一線を引いていると思っていたのに。
    人一人の重みが膝に加わる。身長が高い男が見下ろしてくる。
    俺が困ってもしょうがないんだがな、なんて思いながら見返す。
    「困った人だな。命令に背いて欲しいのは分かってると思うんだが」
    「そうは言われていないからな。commandに従ったまでだ」
    淡々と返す鍾離が本心だろうとは思ってはいるが、しれっとした態度にも感じてしまう。
    仕方ないか。と琉嘉は鍾離を見上げたまま諦める。stripで駄目ならもう少し踏み込むしかない。
    「先生はそんなに俺が好きか?」
    意識して冷たい微笑。見下ろす鍾離の表情に変化はない。その頬に手を伸ばして琉嘉は言った。
    「キスして。鍾離先生」
    目を見張った鍾離が、言葉に引かれるように身をかがめたのを自制するのが分かった。
    「早く」
    自分からその顔を引き寄せる。作り物みたいに綺麗な顔をしているが、その頬はあたたかい。意志の光が灯る金の瞳がその中でも一番綺麗だ。
    肩を掴んで身をかがめる鍾離が、唇が振れる直前で、その言葉を呟いた。


    一瞬で琉嘉の顔から血の気が引くのを鍾離は見つめていた。
    セーフワードを口にされたDomの反応を見るのは、もちろんこれが初めてだが、鍾離が危惧していた通りに、琉嘉にとってその負担は大きいようだった。
    「good《良く言えました》」
    先ほどの高圧的な態度から一変して琉嘉は微笑む。力なさそうなその表情に労おうとしたところを頬を撫でられる。手を持ち上げるのが億劫そうだったが、琉嘉は極めていつも通りの態度を取ろうとしていた。
    「今日はこれで終わりだ。嫌な思いをしたな。次回はまた十日後だが、気になることがあったら手紙を出してくれ」
    「琉嘉」
    腕を掴まれて膝の上から下ろされる。
    琉嘉の体調を問おうとした瞬間に、強いまなざしが鍾離を捕らえる。
    「良い子だから」
    一つ息を吸う。
    「《帰りなさい》」
    本能がこの場を今すぐに去れと囁く。勝手に琉嘉から二歩ほど体が距離を取った。
    「琉嘉。十日後に必ずだ。違えてくれるな」
    今日はこれ以上の会話は無理だろう。部屋を立ち去った鍾離は、受付で今日の滞在について確認する。
    「珍しくご一泊の予定ですね」
    セーフワードを言われることで体調を崩すことを見越していたらしい。
    確かに鍾離はプレイについて、これから先の人生で不都合がないように一通りを教えてくれと乞うたが、これほどまでに献身的な対応を取られるとは思っていなかった。
    そもそも、プレイの感覚がつかめなかったこともあり、流れをなぞるだけの、理想的なプレイをするのだろうと思っていた。それなのに、琉嘉は自分の体調を崩させてまでセーフワードを言わせることにこだわった。
    やはり、あの男の理不尽な暴力(command)を受けたせいだろうか。確かに、凡人ならセーフワードを使う時を見誤るかもしれない。相手に苦痛を与えると知っていて好んで使うものは少ないだろう。それに自分が我慢すれば良い事だと、Subは相手のcommandに従順になりがちなのも、文献で読んで知っている。
    琉嘉は入れ込まれることを警戒しているのには気づいている。過去に何かあったのかもしれない。
    だが、琉嘉の方こそ入れ込んでいるのではないかとも考えていた。だが今日の琉嘉の様子を見て確信した。あれは鍾離に与えられているものではなく、未熟なSub(圏点)に向けられている庇護だ。彼は必要以上の義務感を持って鍾離を導いている。
    それは少々、気にくわない。
    やはり入れ込んではいるのだろう。長い人生の中で通り過ぎるだけの相手に覚える感情で済ませるには大きくなっている。だが、この感情の分析がまだ出来ない。
    執着を恋と定義するのであれば、それでも構いはしなかった。情は移り行き、名を変えることもあると知っている。ひと時の感情に名を付けたとして、重要なのは、自分が何を望むかだ。
    琉嘉について知りたい。
    それが今のところの欲求だろう。あの男の本性を覗いてみたい。それは凡人となった今だからこそ許される、他人の心への踏み込みだ。
    この好奇心が、実験的であることも自覚している。神として律してきた心をどこまで一個人に砕くか、その境界を探っている。
    ああ、世話をしたかったな。とそれから思った。
    あの顔色の悪い琉嘉を甲斐甲斐しく、何から何までしてやって、元の状態に整えたかった。
    しばらくは琉嘉からの信頼を築くのが良いだろう。
    焦る必要はない。旅はいつか終わるものだ。そしてこの人生はまだ長いのだから。

    そう考えた鍾離はさっそく琉嘉に手紙を書いた。名刺をくれたということは手紙を書いて良いということでもある。内容は感嘆に述べればこうだ。新しく出来た稲妻料理風の店に予約を取った。待ち合わせはこの場所にしておく。待っているから来てくれ。手紙の到着の日付を考え、向こうから断りの手紙を届かせるには間に合わないように調整した。
    予約を入れたのは、前に休日だと言っていた日付と、自分の予約日から推測した。間違っている可能性はあるが、来なければ来ないで仕方のない話だ。
    勝率はそれなりにあるが、負けても別に構わなかった。勝敗の読み切れない賭けをするのも、久しぶりな気がした。思い返してみれば確かに初めてではないが、遥か昔のことだ。それを楽しいと思う。岩王帝君時代には選択しなかった策略だが、結果を待つのは楽しみでもある。
    一方的な約束の当日、鍾離は待ち合わせの場所を訪れて、出くわした相手に驚くこととなる。
    「旅人とパイモン?」
    「あっ、鍾離!待ってたぞ!」
    鍾離を見るなり嬉しそうな笑顔を浮かべたパイモンがどうしてそんな表情をしているのか奇妙に思う。
    「琉嘉に今日は鍾離のおごりだって誘われたんだけど、何か間違ってた?」
    鍾離の反応を疑問に思ったらしい旅人の問いかけに、状況を理解して成程と鍾離は内心で頷く。どうやら琉嘉が勝手に誘ったらしい。確かに誘ったことを鍾離に手紙を出すには時間が足りなかった。それを逆手に取られたのだろう。
    「いや。何も問題はない。だが……」
    「空たちを誘った後にちゃんと席の予約をし直しておいてあるよ」
    鍾離の懸念を晴らしながら訪れたのは琉嘉だった。色のついたガラスの嵌められた眼鏡をしている琉嘉は、どこかひそかに詮索したくなるような魅力がある。簡単な変装と言っても構わないくらい、いつもよりずっと大人しい、璃月のごくごくありふれた服装をしている。
    鍾離を見上げ、旅人が口を開く。
    「今日はお招きありがとう」
    「この店、評判良いんだろ?すっごく楽しみにしていたぞ。でも琉嘉!今日は負けないからな!」
    鍾離にとっては突然宣言したパイモンの台詞に、琉嘉が口元に笑みを浮かべる。それは少々意地が悪いものであるのに、鍾離はその横顔を眺める。
    「この前の水晶蝦、オイラが狙ってるってちゃんと言ったのに」
    不満たっぷりといった様子でそう言ったパイモンが、かわいらしいのは邪気がないからだろう。
    「結局あげただろ。まあ根に持ってるのか?」
    「食べ物の恨みは恐ろしいんだぞ!」
    むう、と腰に手を当てるパイモンに、琉嘉はおかしそうに笑っている。
    「確かに個数限定の水晶蝦だったしな。分かったよ。今日は俺の皿の好きなもの一つ食べて良い」
    「ほんとか!?って、また取り上げるつもりじゃないだろうな……!」
    「そこまでの意地の悪さはないつもりだが」
    琉嘉の返事にぱっと素直に喜び始めたパイモンと琉嘉は、そのままじゃれるような会話を続けている。その様子を鍾離と一緒に眺めていた旅人に、鍾離は言った。
    「仲が良いんだな」
    「うん。琉嘉は素直な人が好きみたいだし、なんだかんだで面倒見が良いから、会うとパイモンを良く構ってるよ。俺のことも良く気遣ってくれるし」
    返事をして旅人は鍾離を見上げる。
    「鍾離先生も、変わらずに元気そうで良かった」
    「ああ、貴殿たちのおかげだ」
    「話聞けた?」
    「いや。機がつかめないでいたが、今の会話でおおよそのことは把握した」
    「そっか」
    「何してんだ?先に注文しちゃうぞ!」
    席に案内されようとしているパイモンに急かされて、鍾離と旅人は後を追いかける。
    席に着き、店員に渡されたメニューをみてみると、なるほど、稲妻風というだけあって聞き馴染みのない料理が多い。
    「おお、ほんとに稲妻で見た料理の名前がある。この"とんこつ"スープっていうのもそうだよな」
    「稲妻風の海鮮茶碗蒸し美味しそうだな」
    ちらりとメニューを見て呟いた琉嘉にパイモンが頷く。海鮮の単語に鍾離の選択肢には入らなさそうではあった。
    「オイラも食べたい!稲妻のって、璃月のとちょっと味付け違うよな。あっ、団子があるぞ!しかも三種類も!でも三本はちょっと入らないかもしれないな……」
    「じゃあ交換するか?」
    琉嘉からの提案にパイモンが目を輝かせる。
    「いいのか?!」
    「好きなものあげるって言っただろ」
    「俺も頼めば、パイモン、三種類食べられるね」
    「空!」
    嬉しそうな声を上げるパイモンに、琉嘉が目を細めている。気心が知れた仲なのが伝わってて、鍾離も知らずに気配を緩ませる。
    料理を注文している琉嘉とパイモンを眺めながら、鍾離は隣の旅人に適仕掛けた。
    「矢張り琉嘉とお前たちは仲が良いな。付き合いが長いのか?」
    「璃月に来てすぐぐらいに出会ったから鍾離先生よりは長いかな。璃月に来たときには、パイモンが行きたいって言うから良く琉嘉の家に遊びに行ってる」
    旅人の言葉を聞きつけたパイモンが、引き継ぐように口を開く。
    「遊びに行くと琉嘉、お菓子焼いてくれるんだ。鍾離も遊びに行ったら食べてみるといいぞ。見たこともない美味しいものばっかりなんだ。お店を出したら絶対売れると思うんだけど……」
    「たまに作るから楽しいんだよ。それに見た目が良くないだろ。パイモン相手だから出せるんだ」
    「それは……褒められてるのか?」
    「勿論褒めてるよ」
    「琉嘉いじわるするときの顔してるぞ!」
    「バレたか」
    くすくすと琉嘉は笑うその顔に鍾離は口を開く。
    「琉嘉が菓子作りが得意なのは知らなかった。機会があればぜひ俺も味わってみたい」
    「鍾離先生に出せるようなものじゃないよ。パイモンがほめすぎなんだ」
    「手ずからふるまわれる料理は、店で注文するものとはまた別のものだ。琉嘉が振るまってくれるというのなら、嬉しく思う」
    「そんな風に言われたら、作らないわけにはいかないだろ……」
    ふう、と困ったように息をついた琉嘉は、それから頷く。
    「パイモンたちが訪れた時に作るから、御馳走する代わりに先生に持って行ってもらうよ」
    「家に呼んではくれないのか?」
    「先生……」
    「はは。冗談だ。契約関係である以上、プライベートな付き合いは避けるべきだと考えているんだろう?貴殿が契約者に対してどのように考えているのかは知っているつもりだ。わがままを言ったな」
    「……旅人たちと一緒なら構わないよ。先生の気に入るもてなしが出来るとは思えないが、それで良かったら来ても良い」
    肯定的な返事が帰ってくるとは思わなかったので、意外だと琉嘉を見ると視線が合う。
    その直後、店員が運んできた料理に、パイモンが歓声を上げ、その話はその場で一度終わりとなった。
    「満足した……」
    お腹いっぱいとばかりに幸せそうな溜息を吐いたパイモンは、先ほどまで鍾離が財布を持っていたことに驚いて感心していたが、眠くなって来たらしく目を擦っている。旅人はその姿を見て少し笑うと、宿に戻ると鍾離たちに手を振って、反対の方向へと去って行った。その背を見送り、琉嘉は鍾離を見やる。
    「少し歩かないか?」
    「ああ」
    その問いかけを待っており、無ければ自分から誘っていたとばかりに頷いた鍾離を待つことなく琉嘉は歩き始める。
    「勝手に旅人たちを誘って悪かったな。あんたが俺とプライベートで話したがっているのは分かってるが、応えることが出来ないから」
    予想していた通りに、琉嘉は怒ってはいないようだ。こんな時でも真摯な琉嘉の新たな表情を見れたことで今回の誘いは十分だったと鍾離は思っている。
    「お前が謝る必要はない。それどころかお前が来てくれたことに感謝する。いささか強引な手を使ったからな」
    「いささか、か?」
    じとりと鍾離を見る琉嘉の表情が、また新鮮だ。
    「はは、お前ならば許容してくれると思っていた」
    「プライベートで甘やかす理由はないんだけどな。……Domの方を困らせるなんて、先生はいけない人だ」
    その声に含まれた甘く咎めるような響きに鍾離は思わず足を止めた。
    ぞわりと背中が震える。琉嘉と行為を始めるときの感覚。こんな道端で、と思いながらも、周囲に人がいないことは意識の端で分かっていた。
    「あなたが気持ちいいなら、契約者としての俺(Dom)はそれで構わないが、こんなことばかりをされるのなら、少し躾をしないとならない」
    琉嘉から鍾離にだけ感じ取らせるような、密やかなDomの気配に心が捕らわれるかのような感覚がある。もっと、と欲しがる鍾離に、眼鏡越しに鍾離を見つめていた琉嘉はあっさりと視線を外した。
    「琉嘉」
    「鍾離先生、しばらくお預けだ。また次の約束の時に、可愛がってあげる」
    ひらりと手を振って歩き去っていく琉嘉を呼び止めることも出来たが、体がそれ以上の咎めを拒否して動かなかった。プレイが始まったときのようなうずきを体に残したまま、琉嘉の姿はやがて見えなくなる。
    あと一週間。どうやらこの状態のまま生活しなければならなさそうだ。まあでも構わない。この程度の我慢なら、苦にはならないだろう。
    そう思ったその後で、鍾離は道端で見かけた焼き菓子を扱う店を通りがかる際に、つい先ほどの琉嘉の話と様子を思い返した。自分を呼ぶ低く穏やかな声。優しく与えられる命令と、惜しげなく与えられる褒め言葉。彼が多忙なのも頷けるというものだ。人により好むことが異なると言っても、琉嘉はそれに対して柔軟に対応しているようでもあるし、Subに好かれるのも道理だろう。釘を刺すとき以外に他のSubの気配を感じたことなどなく、細やかな心遣いが出来る男だとも思っている。だからこそ、彼が隠している嗜虐的嗜好が気になるのだ。
    興味深い他人に抱く興味の平均値を越えていると鍾離は思う。それがDomとSubという第二性による契約関係から来るものなのか、それとも琉嘉という男個人への興味なのか、今のところ判別がついていない。
    そこまで考えて、鍾離は服のオーダーメイドを請け負う店の前で足を止める。琉嘉に仕立てるならどんな服が良いだろうか。無理やり意識を別の方向へ向けていないせいもあるが、与えられた体の疼きは何を見てもすぐに琉嘉を思い起こさせる。ああ成程、確かにこれはお仕置きになる。

    鍾離の生活でこれほど落ち着かない一週間など、存在したかも怪しい。
    一週間後、白駒逆旅のいつもの部屋の扉を叩き、部屋に足を踏み入れると、琉嘉が座ったまま待っていた。
    琉嘉が口を開く前に、鍾離は足を止めて腕を組む。
    「一週間我慢したぞ。褒めてくれるのか?それとも叱ってくれるのか?」
    「しおらしく縋ってくるとはさすがに思っていなかったが、あなたはもう少しSubらしくした方が良いかもしれないな。俺以外とプレイするときは」
    片手を伸ばす琉嘉に誘われて鍾離はその隣に座る。
    「なら今は必要ないということだろう」
    「俺はあなたが問題なくプレイできるように依頼を受けてるから、他の人とも出来るようにならないと依頼達成にならないだろ?」
    「それも問題ない。意識的にもうプレイに入ることが出来るからな」
    「へえ。じゃあ誘ってみてくれ」
    挑発的な琉嘉の台詞に、鍾離は隣の男と視線を合わせる。少し首をかしげるようにして考えた後で口を開いた。
    「お前に意地の悪いことをされたい」
    目を丸くした琉嘉が、それから深々と溜息を吐くとごつん、と強めに頭で額に頭突きをされる。
    「…………」
    額を狙われたので少々痛かった。痛い、と言っても本当に些細な痛みだが、戦闘中のものとこういうじゃれあいの時の痛みの感じ方は違う。
    「鍾離先生。俺はあなたの嫌がることを極力しないように努力しているつもりなんだが」
    その遠回しな抗議に鍾離はわずかに笑みを浮かべた。
    「お前が意地悪だという話をされるのは嫌だったか?」
    「嫌なわけじゃないが、いくら誘われてもあんたの興味を満たすことは出来ないよ。そうだな。酷いことをしたい。という欲求はSub誰にでも感じるものじゃないんだ」
    「つまり俺には感じないと?」
    「そうなるな」
    むう。と眉を寄せると琉嘉が困ったような笑みを浮かべた。この男が困った顔をするときは、困ってはいるが甘やかしてもいる時だと鍾離は気づいている。腹の底を見せない男だ。それだけ警戒し、また余裕があるということでもある。
    「先生だから正直な話をするが、有償の契約相手にはそそられないよ。過去に面倒な思いをたくさんした」
    「契約があるからそそられない、か」
    「そう。分かったならあんたの興味はそこまでだ。俺は十分、契約以上にあんたに心を砕いてると思うよ」
    「ああ、それは──」
    感じていることではある。
    琉嘉が必要以上に自分のケアに力を貸してくれる理由も知りたいところだったが、どうやらこの駆け引きでは教えてもらえそうにない。これ以上彼に踏み込むのであれば、別の方法を探さないとならないだろう。
    「だが」
    琉嘉はそう続けると、少し笑うようにして鍾離を見返す。
    「Subのあんたがそう望むのなら、意地悪してあげるよ」
    伸びてきた手が優しく髪の毛を解いて、くしゃくしゃと鍾離の髪を乱してしまう。
    「ほら、俺の目の前で元通りに綺麗になって」
    commandの意志を込められた言葉に、鍾離は琉嘉が見つめる視線を感じながら、手櫛で髪を整える。乱したと言えど、戻すのはそう難しくはなく、元通りにして鍾離は琉嘉と再び目を合わせる。
    「…………」
    「…………」
    何も言わずに首をかしげる琉嘉に、なるほど意地悪をされている。と鍾離はしぼんでいくSubの褒められたいという期待
    とは真逆に、琉嘉が表に出したくない面を自分に見せていることに、満足を覚えた。尚もじっと琉嘉を見つめていると、琉嘉はくすくすと笑って鍾離の両の頬を包むように手を当てる。
    「本当に態度の大きいSubだな。よしよし、いつも通りの恰好良い先生だ。よく出来ました」
    散々、commandを実行しては褒められずに焦らされる、を繰り返した後で、最後に琉嘉は一日よく頑張りました、と、その焦らしもプレイの一環であり、鍾離にストレスを残さずに綺麗に片づけてしまった。
    「俺に意地悪されて楽しかったか?」
    「ああ。お前は意地の悪い顔も似合う」
    「褒めてるか?」
    「俺には好ましく見えるが」
    「それはSubのフィルターがかかってるんじゃないか?」
    呆れたような視線を向ける琉嘉の血色がいつもより良いように見える。ほんの僅かだが、鍾離の目には確かな変化だった。
    「お前は楽しかったか?」
    「俺はいつも俺も楽しいようにプレイをしているよ。前も言っただろ。俺を気遣う必要はない」
    「対等な契約なら、お互いの満足度も同じくらいでないと釣り合わない」
    「感情をどうやって量る?先生の性格を考えれば、そう考えるのも分からなくはないが、俺たちには必要のないものだよ」
    微笑んで琉嘉は鍾離の頬をひと撫でする。
    「今日はもう時間だ。また十日後に」
    返事をしながらも、思考は琉嘉のことを考えるのに動いたままだ。
    十日の間に、そろそろ決めて置いた方がいいだろう。
    自分が彼をどうしたいのかを。


    Tap to full screen .Repost is prohibited
    💕😭😭😭💞💞💞💞💞💞💞💞💞💖❤❤❤❤💞💞💞💞💞💞💒💒💞💞💕💞💗
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works