璃月について二週間ほど経ち、生活サイクルも出来てきた。
家はすべてタルタリヤが決めた。というか俺の意見もこまごまと聞かれたが、z寝室を別にすること以外にこだわりはなかった。
タルタリヤは大金の使い方に慣れているようで、璃月にどれくらいい居るかもわからないのに、元からあった家をリフォームし、上等な内装を急がせて作らせた。
今はそこで生活しているが、タルタリヤは朝はなるべく俺と一緒に取ろうとしていて、なんだか不思議な感覚だった。
家族ともそろって食事なんかしなかったので俺には分からないが、タルタリヤみたいな大家族出身だと食事の時には人恋しいのかもしれない。
モラで雇われていることもあり、出来るだけタルタリヤの意に添うようにはしている。
タルタリヤは嫌なことがあったら嫌と言ってくれよ。なんていうので言ってます。と返しておいた。
璃月に駐在しているファデュイ達はタルタリヤの振る舞いに振り回されているようだったが、すぐにタルタリヤの部下として馴染んだらしい。あれでも求心力があり、気前のいい男でもあるので、上司としての尊敬を集めるのには苦労しなかったようだ。
俺はといえば、黙々と仕事をしているが、初日の凝光様との件が一目置かれたらしく、やっかんで来る輩もいなかった。
まさか、スネージナヤに居た時はタルタリヤに関わるとは全く思っていなかったが、璃月にまで連れてこられたとなると考えないとならないことがある。
聞いてみれば迎仙儀式は三か月後らしい。旅人の噂はまだないが、この世界が俺が知っているゲームのストーリー通りに進むのなら、この後タルタリヤは鍾離先生に出し抜かれて、ファデュイ内での評判を落とすことになる。
それは部下として何とかしたいかと聞かれると、全くそんなつもりはなかった。
原作に関わるつもりなんてないし、タルタリヤは当然のことながら自分の任務については俺に話していない。
俺の仕事じゃないし、別にタルタリヤの立場がどうなろうと俺には関わりのないことだ。
給料が減るのだとしたら少々困るが、この給与額が三か月続くのだとしたら問題ないだろう。
仕事をしながら逃亡先を考えないとならない。
風魔龍の事件が終わったならモンドでのんびりするのもいいなあ。他の国に比べて不穏さが低かった気がする。
「手が遅くなってるよ」
指摘されて顔を上げた。すると頬杖をついてじっと俺を見ている公子様の姿。
「公子様も手が止まっているようですが」
仕事を進めてるだけ褒めてほしい。今日は書類に追われてほとんど立ち上がってない。
まだ腰が痛くなったことはないが、近いうちに経験することになりそうだった。
もともと、俺にも執務室が用意されようとしていたのだが、何故かずっとタルタリヤと同じ執務室に居る。というか机を用意されてしまった。同じ部屋に居てファトゥスの極秘書類なんて間違ってでも目にしたくなかったが、タルタリヤはそういうことに関して卒がないことも分かってはいるので、頼むぞタルタリヤ……。と思いながらタルタリヤの右手側に90度、少し離れたところの机で仕事をしている。
「考え事をしているんだ。君の事とかね」
まるで恋人に言い訳をするようなタルタリヤのセリフにたため息をつく。
「仕事と関係なさそうですね」
「関係あるさ。この前、君が声を掛けられてい鍾離という男の話なんだけど」
思いがけない流れに、完全に手を止めて俺はタルタリヤに顔を向ける。
するとなぜかタルタリヤは不服そうな表情をした。
「……鍾離って男の話をすると君は興味を持つよね」
「只者じゃなさそうだったので、気にはなってます」
あまりに俺の事を聞きたがるので、弱点を探しているのだろうかと最近思い始めた。
一応有能な部下ではあると思うので、反逆とかを警戒されてるんだろうか?いやでもそれだとタルタリヤ歓迎しそうだ。じゃあなんのために弱点を探しているのかと考えてみると、手綱を握るため、としか考えられない。とはいえ、たとえ手合わせをすることになってもタルタリヤは好みじゃないので、タルタリヤは弱点にはならないと思う。今後どんなことがあっても絶対に。
「そう。その通り、どうやら『界隈』で有名な『知識人』らしい。璃月の風習や儀式、歴史に関して、彼以上に詳しい者はいないそうだ。芝居や陶器などの芸術の造詣もさることながら、宝石の鑑定眼もすごいらしいよ。文化を混ぜて凍らせたような人……、いや璃月だから岩にした、ってところかな?」
あーね。雑にそんな返事をしそうになったが、俺はそうなんですね。と表情を浮かべないまま相槌を打った。
するとタルタリヤは腕を組む。
「彼とお近づきになりたいんだよね」
そうだろうな。とは思ったが、タルタリヤの任務も知らない筈の俺がここで納得するのはおかしい。
どうも、俺にとって転生知識はどちらかというと邪魔なものに近いようだ。強くなるのには役に立ったし、璃月でも採集知識はいかせるだろうけど、それは冒険者だったら有効活用できただろう。
そんなことを考えながら、不審に思われないように問いかける。
「どうしてですか?」
「彼は歴史に詳しいんだろ?俺はモラクス……岩王帝君に興味があるんだ。一年に一回しか民の前に姿を現さないもったいぶり方は好みじゃないけど、武神だと聞くしね」
任務の内容をそう言いかえるわけか。上手いな。感心をしながら俺は口を開く。
「往生堂の客卿をしていると言っていましたよ」
「うん。ちゃんと調べたよ。往生堂は璃月一古い葬儀屋らしい。式と名の付くものなら往生堂に行けというくらいだろうだ。結婚式ならやめとけって言われたよ。葬式の予約までさせられるからって。面白い葬儀屋だよね。俺は死まで共に誓いあうなんてロマンがあると思うよ」
ロマンと言えばロマンかもしれない。共に生きるということは、死まで添い遂げるということなのだから。俺にはわからないことだが。
「死が二人を分かつまで……か」
「それは?」
声に出して呟いてしまっていたらしい。
「ああ、ええと……昔読んだ話なんですが、結婚式で「死が二人を分かつまで、相手を愛することを誓いますか」と問われる風習があるらしいのでそれを思い返していました」
「へえ。悪くないね。実に現実的だ」
その言い方にタルタリヤは少し違った受け取り方をしていることに気づく。
「死んだあとは別の人間を愛しても良い。という意味じゃないと思いますよ」
「分かってるよ。でも、ファデュイなんかやってると、死は間近だろう?君だって遺書くらい書いたことがあるはずだ。生きてる人間は、死人に縛られるべきじゃないと思うよ」
あっさりとしたタルタリヤに、家族の情は深いと思っていたので戸惑う。
「「公子」様は、例えば恋人にずっと自分を想っててほしいとか思わないんですか?」
「それとこれとは話が別さ。リオはそう思うのかい?」
「思いません」
そもそも誰かを愛するなんて予定がない。一気に気分が重たくなる。余計なことを呟いてしまった。
タルタリヤがじっと俺を眺めているのに、余計な自我が出た、と俺は咳ばらいをした。
「話を戻しましょう。鍾離先生にお近づきになりたいのであれば、適当な骨董品や芸術品を鑑定してもらうのはどうでしょう?北国銀行にはモラの代わりに収められたよくわからない骨董品がありますよね」
「ああ、あのガラクタ……に見える宝の山か。丁度処分も出来そうだね。よし、それで行こう。リオ、鍾離先生に約束を取り付けてくれ」
「え?俺ですか?」
にこりとタルタリヤは頷く。
「事務仕事ばっかりじゃなく、外の空気を吸いたいだろ?」
その俺って気が利く上司だよね。みたいな雰囲気を出すのはやめてほしい。鍾離先生に会いに行くくらいならば事務仕事で腰が死んだほうがましだった。
だがタルタリヤの中ではもう決まっていることらしく、行かないの?と言った表情で首を傾げられる。
「…………行ってきます」
「いってらっしゃい」
機嫌の良いタルタリヤの声を背に、執務室を後にした。
鍾離先生は、来る者は拒まない印象だ。
正当な契約をし、きちんと対価を払うのならば、その矛先が俺を向くことはないだろう。
喧嘩を売りに行くわけではなく、お願いをしに行くのだからそれほどむずかしくはないだろうし、確かストーリーではタルタリヤと鍾離先生は知り合いだったはずだから、ここで断られてもどこかで繋がりはできるはずだ。
と、思ったのだが。
「鍾離さん?留守だよ。鍾離さんは仕事がない時は散策してることが多いから」
思い出せないが往生堂の前にはなんとかって女の人がいたはずだ。でも今日いたのは、まさかの胡桃だった。入口で何か考え事をしている様子だった。璃月の主要キャラの、それも女の子に出会えるなんて運がいい。というか……可愛い。
「あなたはファデュイの人だね。ああ!大丈夫。私たちはお客さんを選り好みしないよ。ファデュイなら冒険者と同じくらい、私たちにとって重要なお客さんだから。ちゃんと予約も受けるし、突然の依頼にも真摯に応えるから安心して」
あの調子で勧誘が始まってちょっと笑ってしまった。
「まだ死ぬ気は無いんだ。悪いな」
ちょっと胡桃の喜ぶところが見たいと思ったが、そんな軽々しい動機で予約を取ることは出来なかった。俺の反応に胡桃はちょっと目をぱちっとさせたあと、にんまり笑って後ろで自分の指を絡めるようにする。
「それは残念。気が変わったらいつでも言って。団体割引もするから」
「俺としてはそんな事態にならないことを祈ってるけど」
まあ、その時は手厚くお願いするよ。なんて社交辞令を口にすると、胡桃はぜひともご贔屓に、と面白そうに笑った。
「ああ、そうそう。鍾離さんだったよね。これも残念だけど、私は鍾離さんがどこにいるかはわからないよ。璃月港にはいると思う」
「随分と範囲が広いな。でもありがとう。軽策荘まで探しに行かなくて済みそうだ」
「鍾離さん、おじいちゃんっぽい割にどこでもあっさり歩いていっちゃうから。会えると良いね」
「ありがとう」
「あ、お客さん、名前教えて。覚えておくから」
そんなことを言われて驚いてしまった。
「リオだ。でも、名乗ったことは内緒にしてくれ。一介のファデュイは、みんな女皇の只の配下でしかないからな」
「ふぅん。あなたは贔屓にしてくれそうだし、それくらいのサービスならするよ」
じゃあ、また。と手を振って歩き出して行ってしまった胡桃を見送り、俺はまた、の言葉が生きてる俺にかけられたものなのかをちょっと考える。
まあ、スネージナヤに戻されるのはちょっと嫌だから、往生堂で契約しても良いかもしれない。ただしばらく死ぬ予定がないけど。