「こっ、こ、こ、これ……!!!」
並んでいた本を一冊手に取る。そこに書かれているタイトル……!
あの『雷電将軍に転生したら、天下無敵になった』じゃん!?すげえ書籍版だ……ホンモノ……!
感動で震える手でそっとページをめくってみる。するとなろーやハーメロンで当たりの作品を読んだ時のようなわくわくした導入が書かれていた。
あっ、これ青春ラブコメ本!あっちは璃月任侠本!さ、サイコー!!俺、八重堂に住むわ!!!
「今日みなに集まって貰ったのは、ここ最近の八重堂小説のクオリティが落ちてるようからじゃ。妾が求めているのは面白さであって、流行の焼き付けなんて退屈なものじゃないぞ」
八重神子がそう口を開いたのに、集まっている編集者っぽいお兄さんとお姉さんは緊張した面持ち、というか若干青い顔で正座している。空気読まずにはしゃいじゃった…………ショタなので許されるかな……。
「作家の想像力を手助けするのも編集の仕事。今一度人気の小説を読んで、面白さとは何かを考えるのが今回の議題じゃ」
八重神子の話を続けて聞いていると、どうやら定期的にこの集まりは開かれているらしい。ってか月曜日の本誌更新後のツイッテヤじゃん。なんて印象を持つ。
俺は注目されていないことに、雷電将軍転生シリーズを読み耽る。人の感想も聞きたいけどまずは全部読んでから!
そういえば俺もこの夢ネタ書いたらハーメロンで人気作家になるんじゃね?おもしれー夢!
そんなことを考えながら夢中で読み漁っていると、背後から誰かが覗き込んできた気配がして振り返る。
「うわあ!」
直近に八重神子の顔があって俺は飛び上がった。
「いい反応じゃ。妾の気配に気づかないとは、余程その小説が気に入ったようじゃな」
「めちゃくちゃ面白いです」
そして気配に気づくほどすごくないです。
「そうじゃろうそうじゃろう。その作品をきっかけに、稲妻では転生を題材にした作品が多く生まれるようになったのじゃ」
なにそれ全部読みたい。
「汝は八重堂小説が好きか?」
「好き。面白い」
即答はしたけど、残念なことに語彙はなかった。くそ、俺に語彙力があれば稲妻のたったいま推しになった作家を応援できたのに……!
「どんなところが?」
「知らない世界に俺も一緒に行けるところ」
俺が原神を好きなのもそういうとこだ。そんなことを言うと、八重神子は面白そうに唇に笑みを浮かべた。
周りで編集の人たちがうんうんと頷いているのが見える。
「そろそろ烏有亭に戻るぞ、ハル」
このまま本の話をするのかと思いきや、八重神子はそう話を締めてしまった。八重堂に来る途中で、烏有亭にウミレイシを預けてきたんだけど、ってことはそろそろ料理が出来たんだろうか。
「編集の人はいいの?」
「聞きたいことは聞けたからのう。あとは妾が居なくとも問題ないじゃろう」
なんだかやっぱり八重堂小説の面白さとは、なんて白熱しはじめた編集たちを見遣り、俺は読み終わってない本を名残おしく感じながら、立ち上がる。
「時間はたっぷりある。好きなだけ読めるぞ」
「うん」
返事をして俺は八重神子のあとを追いかけた。
「さて、ハル。そろそろ汝がどうやって稲妻まで辿りついたのか、聞かせてもらうぞ」
「えーっと……」
油揚げとウミレイシの和物をつつきながら、八重神子は俺を眺めてそんなことを言う。
どう話したらいいんだ?週ボス報酬だったなんてどう説明したらいい?ってか説明していいのか?
困惑する俺に、八重神子の視線の圧が強い。微笑を浮かべているだけでなんでこんなに追い詰められてる気分になるのか。でも八重神子って強キャラだもんな……。
まあ夢だし、なんかうまく行くだろ!そう思って俺は正直にこれまでの経緯を八重神子に説明した。
その結果。
「追憶の秘境の報酬!」
俺の話を聞いた八重神子は肩を震わせるほどに笑っている。大ウケだった。
「こんな童が報酬とは、その秘境もケチったものじゃのう」
涙を浮かべてそれを拭いながら、八重神子の言葉に、いや!空君の報酬がショボいみたいじゃん!?流石にお荷物だけじゃないとアピールしないと!
「一応回復能力があるんです!」
「ほう?なら、戦闘能力もあるかもしれんのう」
「え」
八重神子はつるつると油揚げを食べてしまうと、さて、と立ち上がる。
「確かめに行くぞ」
「いや!無理!武器も持ってないから!」
「妾のを貸してやろう」
えっっっっっっ。
八重神子の武器!?寝落ちる前は稲妻の三幕が実装されたばかりで、八重神子はまだ実装されたなかったんだよな。俺のイマジネーションの限界に挑戦か?八重神子の武器を貸してもらえるというわくわく感と、夢だしどうにでもなるだろの精神で俺は連れられるままに稲妻の城下町から降りて……。
えっ、ちょっと待って俺何と戦うの!?稲妻城下町って野伏衆とかしかいなくね!?
「ほれ」
紫色の何かを渡されてびっくりする。なに!?ソフトクリーム!?…………なんだこれ!?
鈴がいっぱいついてる武器はなんか巫女さんとかが持っててそうなやつだ!名前分からん!握るところがついているので握る。よくわかんないけどかっけえ!!紫色に光ってる!
暗くなってきたので周囲の様子がわからず、きょろきょろとしたところで、ぽん、と背中を押されてととと、と何歩か前に出る。
「ん?」
「え?」
ばちり、と野伏のおっさんたちと目があった。
め、めがあった!?!?!?!?!?
「う、うわーーーーー!!!」
三人だらだらしていたおっさんは、俺を見て立ち上がるとこっちにしか寄ってくる。
「なんだこのガキ。なんでこんなとこにいる?」
「いい格好してんじゃねえか……。金持ちのぼっちゃんか?」
格好気にするのどう言う意味!?服剥いで売るってこと!?空君が買ってくれた服を!?
そんなわけにはいかないと俺は武器を握る。試しに振ってみるとシャンシャンという高そうな澄んだ鈴の音がした。でも何も起こる様子はない。…………ですよね!?
「やっぱ無理!八重神子ーーーっ!!!!」
「なんじゃ、つまらん。もう少し根性を見せるかと思ったんじゃが、まあ汝のような小童なら無理もないのう」
めちゃくちゃ興醒めしましたみたいな声音で、後から八重神子がやってきて俺から武器を取り上げる。その間に野伏衆三人は俺たちをぐるっと囲っていた。
「や、やえみこ……」
目つきが鋭すぎるし鬼気迫る表情のおっさんに俺はビビり倒す。流石に八重神子の後に隠れたりはしないが、正直隠れたかった。だって八重神子はつよつよだもんね!知らんけど!
「それ」
そう言って八重神子はひらひらとした菱形が連なった紙のついた棒を振り……武器どこいった!?
神主さんが使っていたのをかろうじて覚えているようなそのひらひらを無造作に振ると、紫色の光が放たれ、野伏衆を攻撃する。なんか狐っぽいものでてる!すげえ!
野伏衆が刀を抜く暇もなく、八重神子が優雅(適当)にひらひらを振るだけで、あっという間にぼこぼこバチバチにされて地面に伏すのを、俺は興奮して観戦した。
「八重神子!すごい!かっこいい!」
「そうじゃろうそうじゃろう。この程度の雑輩など、妾の敵ではないぞ」
俺の素直な賞賛に、八重神子はそう返事をする。ちょっと適当な相槌感があったが、なんか別のことでも考えているんだろうか。
「お主からは元素力を感じるが……ふむ」
「えっ」
感じるの!?俺戦える!?さっき何の感覚もなかったけど!っていうか神の目持ってないけど!?
「ハル」
混乱しながらも、呼ばれて素直に後を追いかけた。てててと横に追いついた俺を見下ろし、八重神子はなんでか分からないけど面白そうに笑む。
「ど、どこに行くの?」
やばい展開じゃないよな?と思って聞いてみる。
「地脈の花、と呼ばれるものがこの近くに出ているようじゃ。試しに一つ二つ潰してみようかと思ってのう」
「どうして?」
「追憶の秘境は地脈に刻まれた記憶が繰り返されていることは知っておるな?汝がその秘境から力を得ているのだとすれば、地脈の花も汝に力を与える可能性があるじゃろう」
な、なるほど……?
地脈で俺アプデしているのは確かにそうっぽいし、八重神子が手伝ってくれるなら心強いというか、むしろアプデ成功しないと怖そう!プレッシャー感じる!
でもついていかないわけにもいかず、歩き始めたところで、不意に眠気を感じてあくびをする。八重神子が足を止めた。
「やめじゃ」
「え?」
「そういえば小童だったのう」
何のことかと顔を見上げると、八重神子は俺の襟首を掴んで持ち上げた。いやそんな猫みたいな扱い!
「鳴神大社に戻るぞ」
言いながら一歩踏み出した八重神子に、俺はこのまま帰って眠るんだと思って気が抜ける。
あれ、そういえば、俺がリアルにいた時、武器どころか八重神子自体も実装されてなかったような……?なんで知ってるんだっけ……。いや実装されてたっけ?
眠いせいかぐらぐらする頭でなんとか思い出そうとしても、記憶はつかみ取れない。
そのうちに、眠気に負けて、俺は八重神子に猫のように吊り下げられたまま眠ってしまった。
「うー……ん……」
ぱっと目が覚めると知らない天井が見えて俺は目を瞬き、それから起き上がる。
昨日八重神子に連れられるまま眠ってしまった俺だったので、大社かどこかだろうか。
「お目覚めになられましたか?」
ふいに涼やかな聞き覚えのある声がして俺はびしりと固まった。そのままゆっくりと顔を声の方に向けて……。
「あっ……」
綾華!!!!!!!!!!
少し首を傾げるようにして俺の方を伺うのはっ、神里綾華……!えっ…………め、ちゃくちゃかわいい……………。俺は夢を見ているかもしれない。
「昨日、帰り道で眠ってしまったとお聞きしましたが、どこか具合が悪いところなどありませんか?」
俺は首を横にぶんぶんと振って大丈夫だと綾華に伝える。
いやでもなんで!?ここどこ!?
「申し遅れました。私は神里綾華と申します。八重宮司から、あなたのことはお聞きしています。私用があるので、しばらく神里の屋敷に滞在させるように、と」
「えっ」
八重神子!?俺を地脈の花に連れて行ってくれるんじゃなかったの!?
俺の内心の驚きを不安と受け取ったのか、綾華は微笑んで安心さえるように自分の胸に手を当てた。
「見知らぬ場所で心細いかとは思いますが、ここは安全です。八重神子に、ハルさんに稲妻を案内するようにと言われてますので、私も一緒におります」
綾華は、いやっ、現実と同じような綾華呼びよくない!この場合綾華おねえちゃ、うっっっっっ、大人の俺に綾華お姉ちゃんはきっっっっつ!!!!!香菱お姉ちゃんの健康的な感じとなんか違くない?!俺がお姉ちゃん呼びしても大丈夫!?お嬢の方が呼びやすいがそれはショタが呼ぶシチュエーションとしてきつかった。
「えっと、ハル……です。綾華お姉ちゃん……?」
恐る恐る口に出すと、綾華は目を見張ってからちょっと嬉しそうにはにかむ。
「はい、なんでしょうか」
可愛すぎて死にそう。八重神子ありがとう…………!実際に口に出されたらバチバチにされそうなので心の中だけでお礼は言うね!!!
このまま綾人にも会ってみたかったが、なんか余計なボロを出しそうで怖かったので出会わないことを祈る方向にした。
「八重神子はしばらく会えないの?」
「詳しい予定をお聞きできなかったので、お答えできなくて申し訳ありません。ですが、八重宮司がお客様を放っておくことはないと思いますよ」
「お客様?」
「はい。大事な友人だから丁重に、と言われておりますので、安心してください」
「大丈夫。ありがとう綾華お姉ちゃん」
「はい。どういたしまして」
ふふ、と笑う綾華が可愛すぎる。これは小さい少年たちの初恋だよなあ、と思いつつ、綾華が大人たちに囲まれている生活を送っていることを思い出してちょっと残念に思った。空君とお祭りに行く綾華が年相応で可愛かったんだよな。
お姉ちゃん呼びを喜んでたような反応から、マジモンのショタじゃなくてごめん……。と思いつつ、でも綾華が頼りなのは本当だ。結局体はショタでしかないし、一日中歩き回っていられるほどの体力まではないみたいだった。
「でも、綾華お姉ちゃん、忙しいんでしょ?俺、大丈夫だよ。大人しくしてるから」
八重堂で本貸して貰えばよかったなあ、と思ってからふと気がつく。そういえば俺空君にお小遣いもらってたんだった!推し作家に金が払えるじゃん!
「お気遣いありがとうございます。ですが、八重宮司に頼まれたことですから、ハルさんのことはしっかりとおもてなしいたします」
いやでもめちゃくちゃ忙しいはずだよな?八重神子の気遣いというか意図がわからないけど、俺が邪魔しないでいられる方法はなんかないだろうか。
「あのね、俺、八重神子に力をつけるようにって言われたんだけど……、武術を習いたいんだ」
「武術、ですか?」
目を瞬く綾華に俺は頷く。
「俺の中に元素力を感じるんだって。武術を教えてくれる人がいたら、その人と稽古したい」
綾華は軽く腕を重ねるようにして考え込む。
「八重宮司がそう言ったのなら、お手伝いできると思います。私の師にお願いしてみましょう」
「ありがとう!あと、八重神子は綾華お姉ちゃんが俺につきっきりじゃなくても気にしないと思う。俺、綾華お姉ちゃんの邪魔したくないよ。綾華お姉ちゃんがすごい人だって、八重神子に聞いたから」
「まあ、八重宮司が?」
本当は言ってないけどこれくらいは許されたい。
「分かりました。でも、護衛はつけさせてください。窮屈かもしれませんが、ハルさんの安全のためですから」
「うん、わかった。ありがとう、綾華お姉ちゃん」
にぱ、と笑顔を浮かべると、綾華ははい、と頷いた。これでよし。目狩り令で大変な時だし、魔神任務ストーリーを邪魔するわけにはいかないもんな。
俺は屋敷の入っていいところと入っちゃダメなところを丁寧に教わり、お世話をしてくれる女中さんと挨拶をし、それから稽古をする庭に連れて来られる。
綾華の師匠という人が到着したらしい。
「お前がハルか」
白髪の怖い顔つきのおじいちゃんがいて俺は初見でビビった。
綾華は丁寧に胸に手を当てて、おじいちゃんに礼をとる。や、やっぱりこの人が……。
「槐先生。よろしくお願いします」
「心得ました。綾華お嬢様の推薦とあらば、しっかりと稽古をつけさせていただきます」
推薦!?!?えっ、ちょっとまってこのおじいちゃん強者感めっちゃあるけど!?俺、ゆるゆるな部活しか経験ないけど大丈夫!?
「さて、まずは武器を決めましょうかな」
そう言ったおじいちゃんの背後に見た覚えのある武器が並んでる。こ、これ鍛刀シリーズじゃん!
興奮して両手を握った俺に、綾華が微笑ましそうな顔で俺を見る。
「では、ハルさん。私は少し席を外しますね」
申し訳なさそうな綾華に俺は大丈夫!とにこっと笑ってみせた。この大変な時期に綾華の邪魔はできねえ!頑張れ俺!
おじいちゃんが腕を組んでふむ、と俺を見下ろす。威圧感すげえ!やっぱいかないで綾華!行ってほしいけど行かないで!このおじいちゃん眼光鋭すぎる!
一体俺、どうなっちゃうの〜〜〜〜〜!?(2週間ぶり2度目)
俺はおじいちゃんに言われるままに、武器を初めて握るのだった。ここが現実だったら初めての武器タグつけて写真アップしてたに違いなかった。
厳しい修行パート開始かと思ってスポ根とは漫画でも縁のない俺は戦々恐々としていたが、なんでか今はじーちゃんに、にこにこと見守られながら竹刀を振っている。
じーちゃんとは神里兄妹の師匠である槐先生という人だ。俺くらいの孫がいるらしく、じーちゃんと呼んでくれというので呼んだら喜んだ。じーちゃん、孫馬鹿なんだね……。どうやら璃月にいるせいで、ここ何年も会えなくて寂しいらしい。じーちゃん……空君たちがなんとかしてくれるからな……!
昨日もそうだったけど、今日も朝起きてご飯を食べて、一日稽古をしている。
主人公補正なのか、俺は型も覚えてきちんと再現できてるらしく、褒められるのだがどうも手応えがない。嘘……俺の力……弱すぎ!?いくら振っても筋肉痛にもならないし、鍛えられてる感じがしないので、やっぱり地脈の花をしばかないと俺は突破できないのかもしれない。ちゃんと段階を踏んで強くなるのが好きだからといって主人公補正が地味すぎるよ俺〜〜〜〜〜!
「頑張っていますね。ハルさん」
「おお、綾華お嬢様」
「綾華お姉ちゃん!」
綾華じきじきにお盆にお茶と三色団子を乗せて持ってきてくれた姿に、俺は一気にテンションが上がる。これこれこれ!これなんかのアニメで見た!!サイコー!!俺の脳やるじゃん!
縁側に駆け寄って座ると、綾華が準備をしてくれたので、俺はいただきます。と言って団子に手をつける。
「綾華お姉ちゃんもすごく強いんだよね?」
「強い……と断言するにはまだ未熟ですが、心得があります」
「見たいって言ったら嫌?」
なんか、ただで技術を見せてもらうのが申し訳ないような気がする。推しを応援したいオタクなので……。
「いいえ。ハルさんの参考になるのなら、ぜひお手伝いさせてください」
ふわりと地面に降り立って、綾華が呼吸を整える。ふわりと現れた紫色の刀に、めちゃくちゃ反応してしまう俺!霧切じゃん!!!!!!!やっぱ俺の夢ワットつええ!!!課金の音が聞こえる。
一通りの戦闘モーションを見せてくれた後に、俺のリクエストで重撃をしてくれた。
めちゃくちゃ速くて全然見えないけどめちゃくちゃ優雅なのなに!?すげえ!あっ、これ「そうやればよかったんだ!」(無理!!)だ!!
今ならハル、未来の旅人、ってデイリータイトルが見えそうだった。
「ハルさんはどうですか?先生」
「この子はまず、力をつけることが先でしょうなあ。筋肉を鍛えることと、体力をつけること。刀の技術の前に、そちらが先かもしれません。筋は良いですよ。飲み込みが早い」
じーちゃんに褒められた!ハル!褒めてくれる指導者すき!
綾華も自分のことのように嬉しそうに笑ってくれたのでグッジョブ俺!とアガってくる。
忙しいみたいで綾華が仕事に戻ってしまい、じーちゃんも今日は用事がある、というので俺は手を振ってじーちゃんを見送った。
ふりをして!俺は神里屋敷を抜け出したのである!でも誰も見咎めてないのである!なぜならじーちゃんの後についていってる体で出たからである!誰も見咎めてないのである!
やったー!稲妻探索だー!
町中なら大丈夫だろ!と俺は桜がゆったりと散る中を、記憶を頼りに城下町の方へと向かう。3時間くらいで戻るから!と思いながら、俺はざあ、と風が吹いて桜の花びらが散っている光景に足を止めた。
「わあ……」
日本人で良かったわ。って思うのってこういう時だよな。
上を見上げて揺れる枝から散る花びらの中を歩きながら、ふと顔を上げる。
そのさきに、稲妻の風体とは違う、濃茶の装いに身を包んだ男が佇んでいるのが見えた。ゆっくりと歩いていた俺の足が、すぐに駆け出す。
桜を見上げていた先生は、それから駆け寄った俺を見下ろして笑みを浮かべた。
「久しいな。ハル。無事でなによりだ」
なんでここにいるの?とか、空君は?とか、色々言いたいことがあったけど。
その表情が安堵と再会の嬉しさを浮かべているように見えて、俺もなんだかすごくほっとしてしまった。
「うん。俺も鍾離先生とまた会えて嬉しい」
先生が目を細める。
桜吹雪の中にいる先生は淡いピンクのせいか見慣れないけど、でもなんだか良いな。と思った。
俺、先生たちと旅してる。