「空君たちは元気?」
空君たちなら大丈夫だとわかっているけど、心配なものは心配だ。
「ああ、彼らは今、離島でバアルに会うために奔走しているところだ。俺は一足先にお前に会いに来た」
「えっ、先生それ……」
なんか本島に入るのに、身分証みたいなものいらなかったっけ?うろ覚えのきおくを頼りに、じっと見上げていると、ははっと先生は笑う。
「そう心配するな。捕まるようなことはない」
じっと見上げている俺を先生は微笑を浮かべて見下ろしている。いや、まあ先生がそう言うなら良いけど……。
「旅人たちが動いている間、この鎖国している稲妻をお前とみて回ろうと思って迎えに来た」
「えっ?でも俺、今……」
「お前が今、社奉行の神里家に預けられているのは知っている。八重宮司から手紙を預かった。お前を連れ出して良いと書かれている」
えっっっ先生八重神子に会ったの!?!?!?!?!?すっっっごい見たかった!!!!!!
先生は、狐の時の八重神子に会ったことあるんかな……。バアル、というか雷電眞と会ったことがあるはずだから、面識があるかもしれない。どんな会話したんだろう。いや、ちょっと待って、俺の脳じゃ再現できなかった気がする。夢が破綻して目覚めたりしなくて良かったわ。危なかった……。
あれ?というか先生俺に対してバアルって言ってるけど、俺がバアルが誰かを知ってると思ってるのかな?うわ……俺の脳内設定ががたがたなのがわかるな……。
俺の脳……頑張ってくれ……!
「では、神里屋敷へ向かおう。ハル。案内してくれないか」
「うん。こっちだよ先生」
頷いて先生より先に歩き出す。あっ、先生の道案内するってめちゃくちゃ楽しいな!?こんな機会絶対ないじゃん。
俺が先生を連れて神里屋敷に行くと、は、ハルさん!?どうして外に!?なんてビビられて申し訳ない気持ちになる。そういえば街が見たくて脱走してたわ。
「ハル殿を保護してくださったんですか?ありがとうございます」
居候の俺を大事にしてくれる神里屋敷の人たちにちょっとじん……とした。
迷子を保護した外国人だと思われていてちょっと面白いが、先生の丁寧で礼を尽くした話し方に、警戒を解いたのをみて、すげえ……と感心して先生を見あげる。
身分証を一切出すような展開にはならず、八重神子の手紙を渡すに漕ぎつけた先生は、屋敷の中に案内されるのを丁寧に断った。
「稲妻の情勢は聞いている。俺のような外の者がおいそれと神里の屋敷に入るわけにはいかないだろう」
その先生の言葉に、見張りの人たちはますます感心したようだった。いや、先生、つよ……。
「また明日迎えに来よう。その時に挨拶させてもらいたい」
「分かりました。お気遣いに感謝いたします。鍾離殿」
「では、ハル。また」
「うん、先生またね」
手を振ると、先生は何か思うように俺を見下ろし、それから頷いた。悠然とした足取りで去っていく先生を見送る。
「ただならぬ雰囲気のお方だったな……。さすが八重神子様のお知り合い……」
同じく鍾離先生を見送りながら、見張りの人がそう言ったのがちょっと面白かった。
「ハルさんは、あの旅人さんと一緒に旅をされている方だったんですね」
夜に会った綾華と話をすると、綾華は俺が訳ありだと思って何も聞かないでいたらしい。八重神子の手紙を受け取り、ってあ!八重神子が居なかったの、鍾離先生と会うためか!?そうだったとしたら、突然俺を放り出すのもわかる。
今、空君たちはトーマと一緒に色々な問題を解決しようとしているところだと思うから、綾華もトーマの報告を聞いているだろう。
俺が不法入国したことに気づいているかもしれないが、綾華は何も気づいていないような様子で、何も言わなかった。こういうとこ、物事を察することに長けた上の立場の人って感じで格好いい。
でも、俺は綾華には話して良いような気がする。というか、空君たちのことを知っているなら知っておいてほしい気がするし、お世話になっているから黙っているのも嫌だった。綾華には火力ともども絶大な信頼をしている。いつもありがとう綾華……。
「綾華お姉ちゃん、話したいことがあるんだけど……」
「はい。なんでしょうか?」
「実は……、綾華お姉ちゃんは気づいているかもしれないけど、」
説明が下手くそすぎて心が死にそうになったが、聞き上手の綾華のおかげで、空君たちと一緒に旅をしていること、稲妻に流れ着いたこと。八重神子に拾われたことを、話してよさそうなところだけ話した。
「なるほど……。そういう経緯だったんですね」
「黙っててごめんなさい」
「いいえ、八重宮司があなたを神里家に預けると決めたのですから、ハルさんが謝ることではありません。話してくださり、ありがとうございます」
うう〜〜〜良い子!!!
こう言う時はお兄さんに戻りたいが、綾華の頭を撫でたりしたら色々なところから攻撃が来そうだった。
「綾華お姉ちゃん、もし空君たちが城下町にこれたら、俺にも教えてくれる?」
「はい。ハルさんの話から、旅人さんがハルさんにとって大切な方だと言うこともよく分かりました。私にできることでしたら、協力いたします」
「ありがとう……!」
俺は綾華と連絡は冒険者協会で取り合うことを決めると、綾華は上品な様子でそわそわしたような気配をさせた後、口を開いた。
「旅人さんは、どんな方なんですか?」
その問いかけに俺は誇らしく胸を張った。
「空君はね、ヒーローだよ」
「ヒーロー?」
あまり聞き馴染みのない単語だったのか、綾華は目を瞬いて俺を見る。
「どんな困難な状況も、打ち破ってくれる」
だから、稲妻は大丈夫になるよ。心配しないで。
そう言いたかったけど、それはここで言っちゃダメなことだ。
俺は胸に拳を当てて、綾華をじっと見返した。
「すごい方なのですね……。会う機会があるとしたら、楽しみです」
何かに思いを馳せるような顔をしながら、綾華はそんなことを言った。トーマともう出会ってるだろうから空君たちのことは聞いてるはずだ。
俺もなんか力になれたら良いんだけど。
ふと俺は、これが夢であることがちょっと残念になった。こんなに生きているような彼らと、感情を感じる世界が、起きたらなくなっちゃうということが、なんだか寂しい。きっと起きたらあんまり覚えてないんだろうな、なんて、思った。
「八重宮司の手紙を確認しました。ハルさんとお別れするのは寂しいですね」
「でも俺、鍾離先生と稲妻を見て回ると思う。こんな時だけど……」
すると綾華は嬉しそうに笑う。
「ええ。何かあったら、また神里屋敷を訪れてください。こんな時だからこそ、稲妻の良さを楽しんでくださる方がいると思うと、稲妻の民として嬉しいです」
「ありがとう……綾華お姉ちゃん」
綾華といると励まされるというか元気になるな。
しかし八重神子の手紙には何が書いてあったかめちゃくちゃ気になる。
「あっ、じーちゃんにも言わないと……明日の早朝に来るって言ってたから、その時に伝える」
「はい。そのほうが良いでしょう」
「じーちゃん怒るかな……」
「いえ、槐先生もハルさんが客人であることは知っていましたし、大丈夫ですよ」
「そっか。じゃあ、明日の朝ちょっと見てもらおう」
握り方と振り方の基礎(型とか言ってた。かっけえ)しか教わらないうちに終わっちゃったな……。でも本当に戦えるかもって思えてわくわくした。
それに、ストーリーに登場しない人物と関わると、俺もなんだか本当にテイワットにいるような気がして楽しい。璃月にいたときは、長い間起きてられなかったからほぼ空君たちとだけ関わっていたけど、死兆星号の乗組員の人と喋るのも面白かったな。
俺の意気込みに微笑ましそうにふふ、と笑った綾華を見上げて、俺はその肩に背負っている神里や稲妻や社奉行やその他色々のものの重さを想像する。
俺は手伝えないけど、でも早く綾華と空君が会えるといいな、と俺は思った。
翌朝、綾華に話を聞いていたのか、じーちゃんは黙って真剣に俺の刀を見てくれた後、俺の頭を撫でてくれた。
「じーちゃん俺強くなれると思う?」
好奇心で聞いてみる。いや、俺の夢だし強くなれるとか言ってもらえるのでは?
「分からん」
分からんかあ。
「お前にはまだ武術の前に足りないものがあるように感じる」
「足りないもの?」
なんだそれ、修行中の主人公っぽい!と内心で興奮した俺が首を傾げるとじーちゃんは俺をじっと見た。
「八重神子様がお前を連れてきたそうだが、案外それと関係があるかもしれないな」
「どういうこと?」
「確信がないものを教える事はできない。それがお前のような子供ならな。自分で答えを見つける方が良いじゃろう。もし何か困ったことがあったら、わしを頼っておいで。戦うことにおいてなら、多少の力にはなれるだろう」
「うん。ありがとうじーちゃん」
俺、お礼いってばっかりだな。俺もなんか返せると良いんだけど。
「なあに。わしの子供と孫は璃月に商売に行ったまま、この鎖国で戻ってこれずにいる。きっとお前くらいの年じゃろう。孫代わりに可愛がれて、わしもお前のおかげで楽しい数日じゃった」
「そっか……」
じーちゃん、鎖国はもうちょっとで終わるから。そういえないことがもどかしい。
俺に出来ることってなんだろうな。じーちゃんは楽しかったって言ってくれたし、綾華も笑ってくれてたけど、でも俺自身は誰かの好意の上で生きている。
やっぱり強くなろ、と俺は刀を握りしめた。
綾華やじーちゃん、神里家に仕える人たちが俺を見送りに門まで来てくれる。現れた先生を見て、じーちゃんはちょっと息を飲んだようだった。
「じーちゃん?」
「……なるほど。安心じゃな」
えっ、何が分かったんですか!?やっぱり先生の武人レベルぱっと見てわかるくらい高いんだ!?
「鍾離先生」
俺は先生に駆け寄ると、先生は頷いた。綾華たちを振り返る。
「お世話になりました!」
しっかり背を伸ばして胸に手を当てる。
「また来るよ!綾華お姉ちゃん!じーちゃん!」
「ああ。強くなったところを見せに来てくれると、嬉しいよ」
「世話になった。このお礼は何らかの形でさせてもらうつもりだ」
「いいえ。八重宮司からのお願いですから、お気にならさらずに。私も……」
綾華は胸に手を当てて俺を見る。
「ハルさんに、稲妻を見て回りたいと言ってくださって、とても嬉しかったのです。何かありましたらお力になれることもあるかと思います」
「貴殿の心遣いに感謝する。俺も白鷺の姫君と会う機会を得たこと、光栄だ」
綾華と鍾離先生が話しているのに、俺は密かに感動していた。俺のパーティで防御の低いアタッカーを出す時は鍾離先生にいてもらうことも多いんだけど、綾華と鍾離先生もよく一緒のパーティに入れてたなあ。
「またね」
「はい。また」
頷いた綾華に手を振って、俺は先生と神里屋敷を後にする。
「良い縁に恵まれたようだ」
「うん。八重神子が拾ってくれて。あ、先生、八重神子にどれくらい話を聞いた?」
「経緯は聞いた。そして懐かしい話をした。共通の知り合いもいるからな」
雷電将軍のことか。バアルゼブルは先生たちと面識があまりないと言っていたような気がしたけど、八重神子と雷電将軍のどんな話をしたのか気になるな。
「俺は稲妻のことは文献でしか読んだことがない。探してみたが、観光ガイドなどもこの状況下では扱いがないようだった。お前が見たいものがあれば、行ってみようと思うが、どうだろうか」
「俺の行きたいところでいいの?」
「ああ。お前の行きたいところで良い」
そう頷いた先生に、何だか不思議な感じがしたが、俺はじゃあ、と考える。
「気になってるのは、団子牛乳っていうのが売ってる屋台なんだけど」
「味が想像が出来ない名だな。飲み物か?」
「うーん多分」
飲み物に分類されると思う。いやどうなんだ?あと五目ミルクティーだっけ。それも気になる。ティーだからこっちは飲み物か。
どこで売ってたかうろ覚えなので、探すついでに稲妻の町を散策出来る。
「あと八重堂に行きたい。面白い本がいっぱいあるし、読み途中のものがあるから」
「ああ。行こう。時間はたくさんあるからな」
先生が言うように、まだ夢が覚めませんように!せめて八重神子推薦の八重堂小説を読み終わるまでは!
そんなことを言いながら、上品な上着の裾を揺らして歩く先生の隣を歩いた。
「せ、先生……」
俺は牛乳団子の屋台の前で微笑んで腕を組む鍾離先生を見上げた。
「ま、マジで財布持ってないの?」
「忘れたようだ」
「嘘ぉ!修学旅行の小学生でも忘れないよ!?」
首を傾げた先生が修学旅行という概念がテイワットにはないのかどうかは分からなかったけど、俺ははっと懐の小袋を取り出した。
「俺が払うよ!」
言えたーー!!!原神リアルに言ってみたい台詞の一つがさらっと言えた!!いやさらっとではなかったな。勢いよかった。
「空君が持たせてくれてたんだ。何かの時用って」
空君が払うところは散々みてきたけど、モラを使うのは初めてで俺はちょっと緊張しながらお兄さんにモラを支払う。俺では危ないと思ったのか、先生に瓶が二つ渡された。
「しっかりした子ですね」
「はは。色々と教わることもある。良い友人だ」
友人、という表現にお兄さんは特に変に思った様子もなく、良いですね、と頷いた。先生に何かを教えられるようなことはないけど、財布を忘れるなということは教えられたかもしれない。
蓋を閉じている紙を剥いて、2人で瓶に口をつける。
とろりとした食感の、あまい牛乳が流れ込んできて、俺は目を丸くした。
「おいしい」
「成程」
感想がお互いそれっぽかった。
「独特の食感だ。団子という名称の通り、団子粉を混ぜているようだが、売るに相応しい飲み心地だ」
「ああ、分かります?そこが一番のこだわりなんです。この滑らかさになるために随分試作しました」
嬉しそうなお兄さんに、まともなレビューが出来そうにない俺は2人の会話を聞きながらちびちびと飲む。結構好きな味だった。ただ、結構お腹がいっぱいになりそうだ。
「あなたは外の人ですよね。今の稲妻で外の人を見るのは珍しいので、飲んで感想をいただけて良かったです。璃月の方ですか?」
「ああ。璃月の往生堂で客卿をしている。分かりやすく仕事の内容を言うと、先日の送仙儀式を行うためにいくつかの助言させてもらった」
「あの送仙儀式の?!稲妻では考えられないことが起こったとは噂に聞いていましたが、その儀式に助言とは……高名な方なのですね」
「それほどでもない。俺自身はただの凡人に過ぎない。今回は稲妻に見聞を広げるために訪れた。美しい国だな」
「ええ、そうでしょう?外の人にそう言っていただけると、嬉しいですね」
一連の会話を聞きながら、これが勝利先生の凡人話術……!と俺は内心で感心する。いや送仙儀式手伝ったっていったら、稲妻で闊歩出来るだけの人間だって思うよな。うん。心の中でええー?ほんとにござるかぁ?と別の侍が煽ってきたが、気づかないことにした。
瓶を返却して、嬉しそうに見送ってくれたお兄さんに手を振る。
稲妻の人、こう言う状況で苦しいんだろうけど、でも稲妻のことが好きなんだな。
「ねえ先生」
「ん?」
俺の呼びかけに先生は俺を見下ろす。
「お願いがあるんだけど……」
八重神子が言ってたことを、試してみるべきかもしれない。