アルハイゼンと付き合うことになってから2週間ほどが経った。
変わったことといえば、お互い合いそうな時間に殿堂で会うことだけだ。といっても学生の俺はレポートに追われているし、アルハイゼンもその間ずっと足を組んででかい態度で本を読んでいる。俺も素の時は積極的に会話を弾ませようとするタイプではないし、静かな時間を過ごして解散する。この間、他の人間は何を考えてか、このテーブルに近寄りもしないので、それはよかった。
「アルハイゼン、楽しいか?」
問い掛ければ、アルハイゼンはああ、と視線を上げもせずに相槌を打つ。
「これは砂漠での遺跡発掘の際に発見された言語を発掘の進展と共に記録してある。この言語は、」
「違う。あんたにはここで俺と会う意味があるのか?って聞いているんだ。俺はレポートにかかりきりで話す訳でもないし、あんたは退屈じゃないのか?」
「学生の君が俺のために限りのある時間を割いている。そのことに優越を覚えこそすれ、退屈を感じる筈がないだろう」
「つまり楽しいのか?」
「ああ。君が俺に一定以上の好意を持っていないことは知っているが、俺にとっては充足の時間だ」
「確かに、顔が好きって言ってたな」
その割には俺の顔を眺めるわけでもなかった。アルハイゼンは俺が別に恋人として好きなわけじゃないことを知っているので、それに言及されることは別に良いのだが、アルハイゼンがそれで良いのかとも思う。
「充足ってどれくらい?ストレスの軽減になる?」
「ああ」
躊躇いなく返事をしたアルハイゼンに、俺はようやく終わりが見えてきたレポートを見下ろした。
「それいいな」
そこで初めてアルハイゼンが顔を上げる。
翠の瞳の中に混じる赤の色が、どうにも俺を落ち着かない気持ちにさせる。
「せっかく付き合ってるんだ。俺もメリットが欲しい」
言い方は下手をすれば怒らせるものだと自覚しているが、アルハイゼンなら大丈夫だろう。
「お前が頼んでくるのであれば、勉強を見てやるんだが」
「絶対嫌だ」
「だろうな。簡単に人に頼るような性格ならここまで気に入っていない」
俺はアルハイゼンをじっくり眺める。容姿は好きだ。冷静な物腰も嫌いじゃない。言動には今だに腹を立てるが、以前ほどではなくなった。
「お前を好きになるにはどうしたら良いと思う?」
「俺は初めて見た時、君の容姿が好みだと思った。最初の頃は君を追おうとは考えていなかったが、君の噂を知ってから興味が湧いた」
噂というと『優等生』のメルレイン、だろう。
「実際に優等生なのかを確かめようとして君の本質を知った。それからは伝えた通りだ」
淡々とした告白に、照れるべきなのかすらも悩む。
「あんたの経験って参考になるか?」
「事例の検証は初歩的なプロセスのはずだが」
「そうだけど。……他に好意を感じる部分は?」
「そうだな。君の論破された時の不服な表情を見たい」
「悪趣味」
「君も以前俺の驚いた顔は悪くないと言っていなかったか?」
「…………」
俺は話を変えようとこれまで聞いた恋人に至る事例を思い返す。
「一目惚れ、趣味の一致、共同研究からの進展、あとは、体の関係から、というのも聞いたことがある」
俺は身を乗り出してアルハイゼンに顔を近づける。
「恋人らしくキスでもすれば、あんたのことが気になるかな」
アルハイゼンは俺を見返すと、俺の腕を掴んだ。
「え?」
「プライベートな話をこれ以上続けるのであれば、ここを出よう」
規則の重視というよりは、余計な噂に仕事が邪魔されないようにするのだと流石に理解している。情緒がないやつ。と思いながら、俺たちは教令院をでた。
出て人気のないところで足を止めたアルハイゼンに、俺は持ち出していた本を右手で開く。
見られないように広げた本で顔を隠して、アルハイゼンの服の裾を掴んだ。
抵抗はない。その瞳が俺をずっと見つめている。唇が触れても、お互い目を瞑ることはなかった。
驚かすことは出来なかったな、と残念に思って離れようとすると、本を開いた手を掴まれる。さっきよりも深く重ねられた唇に驚いた。
「そろそろ時間だ。また明日」
何事もなかったように身を離すと、アルハイゼンはあっさりと去って行った。