「なあ、どうするんだ?起こしちゃうのか?」
遠くで声が聞こえる。
「疲れてるみたいだから、寝かせておいてあげたいけど」
「でもせっかく捕まえて来たんだから見せたいよな、オニカブトムシ」
「オニカブトムシ!!!」
そういえば楽しみにしてたんだった!
飛び起きて俺はパイモンとぶつかりそうになり、うわあ!と二人で声を上げる。
「何やってるの?」
呆れた空君の声に、あっやっぱ俺、空君のその半眼好きっすわ!!蛍ちゃんのも可愛いんだよなその表情。
旅人の二人はちょっと大人びているというか、見た目よりも落ち着いているところがあるの良いんだよなあ、と何度かめの推しポイントにしみじみする。
「じゃじゃーん!見ろハル!これがオイラが捕まえたオニカブトムシだ!」
「でっっっっか!!!!」
すげええかっこいい!!でっっっっっか!!!!!!
デカすぎねえ!?こんなん浪漫じゃん!俺も虫取りに行きてえ!木にこいつがしがみついているのを想像すると結構な迫力だった。タイミングあったら連れてってもらお、と思いつつ、小学生の時の合宿所が田舎だったので管理人のおじちゃんと一緒に蜜塗ったことを思い出した。いっぱい取って怒られたんだよな……。
「んー……」
なんかちょっと疲れが残ってるような、と思いながら用意してもらったお味噌汁を食べる。ご飯は貴重らしけど、昨日のご褒美に小さなおにぎりをもらった。塩にぎりめちゃくちゃ美味い。
空君とパイモンはこのまま訓練営に行くらしく俺もついていくことにした。
先生は近くを散歩しに行ったらしい。すごいマイペースだ、あれ?ってか先生岩王帝君なのに、抵抗軍に入ってて良いのか?大丈夫?俺なんかあっても責任取れないよ!?と思って青ざめたけど、いや落ち着けこれは夢だ。
先生もまずいと思ってあんまり軍営に近寄らないようにしているのかもしれない。夢に辻褄合わせを求められたらやばそうなふわふわ具合だった。
弓の練習をしているのは、シナリオ通りだったけど、空君は兵士たちに頼まれて弓を……えっっっっっ空君弓持ってる!?射れるの!?!?!?!?俺得すぎねえ!?!?!?!
綺麗なフォームで矢を放って全部命中させた空君に、俺はわっと声を上げる。
「空君すげー!かっこいい!」
ふふん、と言わんばかりに腰に手を当てる空君、いい…………。
やっぱ推しの活躍は健康に良い。そのうち全ての病に効くようになるわ。
「ハルもやってみる?」
「えっっっっ」
弓がでっかいのでちょっと苦労して持ってみたけど、空君が教えてくれた通りに構えて射ってみてもなにこれ!全然当たらねえ!的結構でかいのに!!
空君が若干肩を震わせているのに、いやこれ難しくない!?
「坊主はもうちょっと大きくなってからだなあ」
「いや、刀は持てるんだけど……」
「おかげで元気出てきたよ。ありがとな、坊主」
俺が下手すぎて元気出たって……コト!?
いや元気になったならいいけど解せない。
「ハルは弓が苦手なんだな。刀は握れるようになってるけど」
「ち、ちがうって。なんか……なんか、弓が当たらない呪いにでもかけられてるのかも知れないじゃん!」
「下手なだけだろ……」
パイモンひどい!俺がショタだからって!!
でも俺TUEEEEでもよくない???なんで弓下手なの???想像力が足りてないのか?弓だって浪漫があるのに!
弓キャラだと甘雨が好きなんだよな。時折出てくるお姉ちゃん感が良いと思います。
その時だった。兵士の一人がこっちに駆け込んでくるのに、俺はなんだろ、と振り返る。
「大変だ!幕府軍の奇襲だ!」
「えっ」
そういやそんな展開あったな!?
どうしようと空君をみると、険しい顔をして兵士と話をしている。
「ハルはここに居て」
真剣な顔でそう言われて俺はぐ、と言葉を探す。ついていきたい。空君の活躍が見たいしすごく心配だ。俺のこと守ってる余裕なんてないだろうし、今は先生が……。
「心配ない」
そう言ってやって来たのは、鍾離先生だった!先生!タイミングが完璧です!
「俺も一緒に行こう。離れたところから状況を見て、必要なら加勢に行く」
「先生が居てくれるなら安心だね。わかった、行こう!」
駆け出した空君を追いかける。戦争しているところに行くなんて不安だったけど、なんだか行かないといけない気がした。
空君たちと敵の一騎打ちに興奮したのも束の間、正面からのぶつかり合いが始まってしまって、俺は物陰に先生と隠れながらはらはらと見守っていた。
明らかに抵抗軍が劣勢で、練度の低さがよく分かる。
怪我をして倒れ込む兵士をなんとか後方に下がらせる人たちに、それくらいなら手伝えるかも、と思った。
心海たちが加勢に来てくれるのは知ってるけど、でもその間も苦しんでる怪我人が居る。俺が行けば、もっと、
ふいに手を掴まれて俺ははっと先生を見上げた。いつの間にか戦場の方へ伸ばしていたらしい。
「ハル。お前には難しいことだ」
「……うん……」
空君が味方を庇いながら敵を倒してるのを見つめる。
もっと俺が強かったらな。もっと回復能力があったら良かった。なんでこんな半端な力なんだろ。
悔しいな。
ぎりぎりと拳を握る。
早く、心海、早く……!」
明かな劣勢に陥ろうとしたその時、ふわりと地面から泡が浮かび上がり、空中へと舞い上がる。
幾つもの泡が生まれ、天へと上がっていく。
「あ……」
こんな血生臭い戦場の中で、その光景は美しかった。
「……良かった……」
飛び出してきた万葉と北斗が敵を倒していくのを見て、俺はほっと肩に入ってた力を抜く。
もう大丈夫だ。
「先生、行こう!」
後方に怪我をしている人がいっぱいいるはずだ。手当てと軍営に連れていく手伝いをしたい。
俺は物陰から飛び出すと、先生の返事も聞かずに駆け出した。
心海たちが戻ってきたのと、万葉たちの登場で、軍営は活気を取り戻していた。
やっぱ心海はすごいな。すごいかわいいし。後ちょっと近寄ると服装があの、目のやり場に困るけど今の俺はショタ!邪心なんてないです!俺にも冥想が必要かもしれない。
心海の力で重傷者たちはかなり回復したので、俺がちょこちょこと歩き回ってハグ会を開いている。
先生には無理をするなって言われたけど、体調悪くなったらすぐ分かる、はず!なにせね、バイト連勤のスタミナ捻出は伊達じゃねえのよ。
並んで3分ハルくんをハグできるイベント!金が稼げそうだった。いやしないけどね!!!!
頑張ってハグして回るショタは可愛いらしく、俺はお兄さんやおじさんたちにめちゃくちゃ可愛がられてポケットがお菓子でいっぱいになった。ってか饅頭とかももらったのでポケットが重たい。あとでパイモンと食べよう。
楽になった、ありがとうとといっぱい感謝をされて、気分がマシになってきた俺は、そろそろ空君たちと合流しようと、姿を探す。
確かこの後は海祇島に行くんだよな。すげえ綺麗だろうな。めちゃくちゃファンタジーな色してたし、初めて行った時は感動したのを覚えている。
すげー楽しみ!と思いながら歩いていた俺は、ふと地面がぐらぐらしている気がして足を止めた。
「……あれ?」
遠くからおーいハルー!というパイモンの声が聞こえるけど、なんか目の焦点が合わなくてうまく見えない。
「うう……」
立っていられなくなって床に膝をつく。
「ハル!?どうしたんだ!?大丈夫か!?」
パイモンがすぐ近くに飛んできてくれたのが分かったけど、返事もできなずに俺は床にぐったりと倒れ込んでしまった。やばい……頑張りすぎたかも。
「ハル!」
空君の声と、先生が俺を呼ぶ声も聞こえたけど目を開けられない。
「うわ、すごい熱だぞ……!」
「ハル、しっかりして!」
また空君に心配かけちゃうな、と思いながら、俺の意識は闇に飲み込まれていった。
次の日、目が覚めてもあんまり体調が良くなかった。
いや、マジで加減が分かんない。次から気をつけよ……。と思いつつ、パイモンがずっとそばにくっついているのが可愛くてにこにことしてしまう。
「ハル!おまえ病人なんだからな!」
「うん」
「ちゃんと寝てるんだぞ」
「うん、ありがとうパイモン」
「こいつずっとにやにやしてるぞ。まったく……」
呆れたように腰に手を当てるパイモンが可愛い。へへ、大学生で一人暮らしだからこうして心配してもらうの久々だな〜〜〜。というか寝込んだことがほとんどないので新鮮だった。
「ハル、起きていたのか」
やってきた先生が手に湯気の立っている器を持っていてなんだろうと先生を見上げる。
「熱冷ましの薬草を使って茶を入れてきた」
「そ、それ不味い……?」
「ああ、苦いだろうな。お前のために作ってきたが、嫌なら無理をしなくても、」
「飲みます!!!!!!!」
食い気味に言ってしまった。先生にそう言われたら飲むしかないだろ!!
なんか抹茶みたいな匂いするな、と思いながらあったかい器に息を吹きかけて温度を計り、それからそっと口をつけてみる。
にっっっっっっ
想像以上の苦さに顔が我慢できずにうえええとした表情になってしまう。
「ハルすごい顔してるぞ……どんだけ苦いんだよ……」
一気飲みしないと怯むやつ。ううううう、行け!そこだハル!飲み込め!!
目を瞑ってぐっと一気に煽ると、そのまま俺は口元を両手で押さえた。苦すぎる!!!
「せ、せんせ……にがい……」
「ああ、そういうと思ったので杏仁豆腐も作っておいた。口直しに食べるか?」
用意周到だった。さすが先生!ポジティブにそこに痺れる憧れるう!そんなことを考えた俺より、早くぱっとパイモンが目を輝かせる。
「杏仁豆腐!」
「お前たちの分しか作っていないから静かにな」
途端に静かになったパイモンが可愛すぎて俺は余計ににやにや顔になってしまった。
っていうか、璃月だと薬の後の杏仁豆腐って定番なんだろうか?
「何してるの?」
「空君!」
ちょうど空君が戻って来たので、みんなで杏仁豆腐を食べる。
甘さが控えめだけどしっかりと香りがついてて、スーパーとかファミレスで食べる杏仁豆腐とは違った味わいだった。すげーうまい。
「海祇島に行く話をしてきたけど、ハルは体調どう?」
「ちょっと熱っぽいけど、でも歩けると思う。体調悪かったら言う」
「ハルは鈍いから、気をつけないと」
なにおう!?っと思ったけど確かに鈍かったわ。ごめん心配かけて……。馬鹿は風邪ひかないって話、風邪引いても気づかないからって聞いたことあるけどこれ俺じゃん!!
「滋養や熱冷まし、体力増進の薬草茶を飲ませた。薬草の成分として苦味がつよい物が多く、数口しか飲めないだろうと思っていたが、全部飲み切ったので改善はするだろう」
えっ、それってもしかして全部飲まなくても良かったの????
と思ったけどお残しはいけまへんでえ!と頭の中で声がしたので飲み込むことにした。
「軍営の補修の手伝いをして明日出発しよう。海祇島で哲平と待ち合わせることになってるから」
「分かった。じゃあ今日はのんびりする」
「うん、ちゃんと寝ててね。あちこち駆け回ったり、人に抱きついたり、知らない人について行っちゃ駄目だよ」
幼児か!?と思ったけど幼児だった。
「はーい」
返事をすると本当かなあ、みたいな顔で俺を見てくる。なんで!信用がない!
パイモンが空君じゃなくて俺のところにずっといてくれたし、先生と空君も代わる代わる来てくれたので退屈はしなかったけど、俺はずっとうとうととしていた。
なんかずっと熱っぽいというか、マジで遊び疲れみたいな感じだ。
一日中ごろごろしていたのに、夜はまたしっかり眠りに落ちていくのを感じる。
そろそろ目覚めなきゃ。
誰かがぽつりとそう言った。
翌日の朝、目が覚めると元気いっぱいだった!最高!今日から海祇島旅行だぜ!ヒュー!
めちゃくちゃ楽しみにしてたんだよな、と空君に熱を測られてから異常なし、と出発の許可をもらう。
いやショタの振る舞いに慣れて来ちゃったけど、俺ショタじゃないから俺さんにはしっかりして欲しかった。いやでもショタって良いよな。
出発の支度をしていると、ハグして回った人たちが見送りに来てくれて、ちょっとしたお別れ会みたいになる。
「坊主、気をつけて行ってくるんだぞ」
「また張り切りすぎて熱出すなよー!」
「本当に助かったよ。ありがとう」
いや、めちゃくちゃ見送ってくれるじゃん……。酒でも入ってたら泣いたてたに違いなかった。うるせー!原神でもすぐ感動して潤むんだよ放っとけ!と居もしない揶揄い相手に思ったけどこれ原神だったわ。そりゃ感動もする。
「またなー!」
軍営兵士とサヨナラバイバイ!俺はこいつと旅に出る!(パイモン!)
馴染みのある歌が頭で流れ出すのをそのままに、歩き始めてから、パイモンはそれにしても、と俺の隣にふわふわと近寄って来ながら口を開いた。
「ハルが元気になって良かったぜ。小さい子はよく熱を出すって言うもんな」
「俺そんなに小さい子かなあ」
「熱を出してるから小さい子だろ」
そうかあ?
「でも看病してくれてありがとう、パイモン。空君と先生も」
「ハルはちゃんと見てないと駄目だって今回はっきりと分かった」
「加減を学ぶ必要があるな」
二人揃ってダメ出し!!俺だってさすがに二回も熱出したら学習するわ!多分!
「ハルが元気ないなら、旅の途中で地脈の花芽に行ってみるっていうのはどうだ?鍾離と一緒に行ったって言ってたよな?」
「あ、確かに。もっとパワーアップするかも」
どうだろう、と思って先生を見上げると、ん?と先生は首を傾げる。
「お前がそうしたいならついて行こう」
先生の台詞がなんだかちょっと違和感があるけど、問い返すほどのものじゃなくて俺も首を傾げる。
「はは、そんなに見られても、お前のような状況に出会ったことがない。予測は出来なくもないが、口に出せるほどの確信もない」
「大丈夫だよ。どっちにしても試したいって言ったと思うし」
先生に頼ってばっかりいるのも良くないもんな。先生は余暇を過ごしているわけだし。
海祇島まで船を使って到着した俺たちは、上陸してからわあ、と声を上げた。
マジでこの世とは思えない光景だな!
現実じゃ考えられない感じの色合いをした島が何度見ても本当に存在していて、俺は口を開けて周囲を眺めてしまう。
「すご…………」
ふわふわと湧いてくる泡もめちゃくちゃ幻想的だ。
「ハル、ちゃんと足元を見て」
「え?うわわっ」
石に躓いたところを空君が助けてくれた。へ、へへ……。そろそろ本当はショタじゃないんですと言っても信じてもらえない気がするぜ!
「これはまた見事な光景だ。一見の価値がある。旅の醍醐味は故郷にない光景の中を歩くことだと聞くが、確かに璃月に居ては海祇島の美しさを本当に知ることは出来ないだろう」
「あ、そうだ。写真撮らない?」
空君が言い出した台詞に、俺は撮る!と口に出していた。
セルフィー用の道具なんかあるはずもなく、俺たちは交互に写真を撮りあう。
俺と二人で撮る時は先生はしゃがんでくれて、俺と目線を合わせて撮ってくれた。パイモンは頭に乗ってくるし、空君とピースするのも楽しい。撮れた写真はめちゃくちゃ良かった。何の変哲もない構図だけど、写ってる人がみんな楽しそうで良い。
これ持って帰りてえな〜〜〜!!!と思いながら、空君に眺めていた写真を返した。
俺セルフィーも写真撮るのも好きなんだよね。スマホのカメラ機能年々高性能になってるのが結構嬉しい。
パイモンが時々高く飛んで行く先をサポートしてくれるのが優秀な案内人過ぎる。普段画面でふわっと出てくるけど、あれって案内してるってことだもんな。
『────』
「え?」
誰かの声が聞こえた気がして足を止めかけた俺は、パイモンの声に振り返る。
「あ、あっちに地脈の花芽があるぞ!」
指を指してる方をみながら、現在地がよく分かんないけど、こんなところに地脈の花って出たっけ?あ、でも今って地脈異常なんだっけ。
近づいてみると、青いもやもやが出ている。経験値だ!
「ハル、どうする?」
「やってみたい」
空君の問いかけに頷いて、俺が刀を出して、両手で握ると空君の背にも剣が現れる。
「病み上がりだから何かあったら俺の後に下がって」
「はい!」
返事だけは良いんだよね。なんて言われながら、昔、その台詞、結構言われたわ、と懐かしくなる。
空君がモヤに触れた瞬間、ぱっと周囲が晴れて、現れたのは──。
「なんだこれ……」
敵として覚えのない、人の形をした黒いもやの塊だった。
「な、なんだこいつ!みたことないぞ!」
パイモンが驚いてる声に続けて先生の声が飛んでくる。
「ハル!その影に触るな!」
「え…………」
気づいた時には目の前に影が居た。
『そろそろ目覚めなきゃ』
手を伸ばしてくる影から目が離せない。
だって、だってその形、その声……。
俺じゃん。
目覚めないと駄目かな。俺はゆっくりと手を伸ばしてくる俺に問いかける。
目覚めないと、駄目かな。
影は返事をしない。もやだから表情も分からなかった。
空君を見る。
必死の顔で俺に駆け出してくる空君に俺は笑った。
大丈夫だよ。空君。
多分、起きないといけないだけだから。
「ハル!!」
叫んだ目の前で、影に掴まれたハルの体が金色の粒子になってさらさらと消えていくのを見た。
抱きついた腕の中にはなんの感触もなくて、ただ最後の粒子がきらりと光って消えていった。
「ハル…………?」
返事はない。あの『空君!』という声が聞こえなくて、俺は顔を上げて助けを求めるように鍾離先生を見る。
「先生……」
先生はいつも通りの静かな表情で、俺は戸惑った。
ハルが消えたというのに、先生は驚いた様子はなく、ただ、なんだか……。
「ハルは……どうなったんだ……?鍾離は知ってるのか?」
不安げなパイモンの言葉に、先生は俺たちに向き直る。
「お前たちが心配しているようなことはない。彼は還っただけだ」
「かえった……?」
どういう意味だ?と呆然とした声のパイモンに、先生はゆっくりと続けた。
「奇妙には思わなかったか?秘境から突然現れた幼い少年。彼は神の目を持たないのに、回復の力を持っている」
「そりゃ……おかしいとは思ったけど、でもハルは良い奴で……」
「ああ。彼に悪意はないだろう。そして彼も彼自身が何者であるか知らない。お前たちを騙そうとも思っていなかったはずだ。ほんのひと時を共に楽しく過ごせたらいい。彼はそう思っていただろう」
語る先生の言葉には疑問の気配がなく、先生がハルを信頼しているのが伝わってくる。それだけじゃなく、ハルをよく知っている、そんな声音だった。
「鍾離……、なんだか、詳しいな。何を知ってるんだ?」
パイモンの問いかけに、先生は一つの呼吸の間を開けた。
「地脈異常により溢れた力の奔流。遥か昔に命が潰えた、とある魔神の残滓。それが彼の正体だ」
「魔神!?」
パイモンの声に、パイモンと俺と同じ気持ちなのが分かる。
立ちすくんだまま、嘘だ、と先生には言えなくて俺は黙って咲かずに蕾のまま佇んでいる花芽を見つめた。
人じゃないだろうとは思っていたけど、そこまでは辿りついていなかった。
「彼の逸話はもうほとんど残っていない。春を呼ぶ花嵐。春来華の主。魔神ハルシオン。そして彼は、かつて俺の友だった」
そう続けた先生は、表情は変わらないのに、ちょっとだけ寂しそうに見えた。
なんだか、仲いいなってずっと思ってたけど、友達だったからなんだ。
「……もう会えないの?」
「俺にも分からない。だが、彼が現れる理由となった地脈異常はまだ続いているようだ」
「そっか」
一度目を閉じる。最後に笑った顔が焼き付いている。
目を開いた。
「じゃあ、探しに行くよ、俺」
「空……」
パイモンの少し潤んだ声に、俺はパイモンを振り返る。
「だって、ハルは俺の報酬だしね」
本当の名前を知っても、俺にとってハルはハルだ。
というか、自分の正体も分からないまま楽しそうに俺の後をついて来ていたのがちょっと間抜けでハルっぽいな、と思って、大事にしたい気持ちが浮かんでくる。
両手を腰に当ててそう言うと、パイモンは目を見張ってからそうだな!と元気を出すような声で同じく腰に手を当てた。
「勝手に居なくなっちゃうなんて、ずるいって言ってやるぞ」
「ああ」
先生は目を細める。かつての友へなのか、それともハルへの感慨なのか、俺には分からないけど。
「さすがに、あれを永遠の別れにするのは、情緒が足りないようだ」
先生の言い方が不満そうな響きがあって、俺は余計に気が晴れた。
「あいつは昔からそうだ。陽気にやって来ては何もかも花びらまみれにして勝手に去って行く」
本当に仲の良い友達なんだ、と思って俺はちょっとだけ先生が羨ましくなる。
「先生とハルがどんな友達だったのか聞きたい」
「オイラも気になる!」
すると先生はわずかに笑みを浮かべた。
「ああ、話す機会はたくさんあるだろう。だが今は、お前たちは抵抗軍へ協力を続けると良い。俺が調査を進めよう。何か分かればすぐにお前たちに知らせに行く」
俺もついて行くって言いたかったけど、体調を崩してまで抵抗軍の人たちを心配してたハルのことを思い返して踏みとどまる。
ハルは稲妻の旅を楽しんでいた。戻って来た時に、この状況が良くなっていたらきっと喜ぶ。
「分かった。先生、ハルのこと、よろしく」
「任された。また会おう。旅人」
頷いて去っていく先生を見送って、俺とパイモンは顔を見合わせる。
「一緒に居なくて残念!って言うくらい活躍してやろうぜ!」
「うん。まずは心海に会いに行こう」
パーティは一気に半分の人数になったけど、でも不思議とまた会える気がしている。
ハルが海に落ちた時もそうだったけど、ハルの気配がずっとそばにある気がする。
「美味しいものもいっぱい食べてやるんだからな!」
意気込んでるパイモンがまだ少し空元気なのには気づいていたけど、笑って俺たちは海祇島の中心へと、歩き始めたのだった。