セノは周囲の自分を見つめている奇縁の者たちに視線を向け、それから腕を組む。
アアル村にて、要注意人物として調査していたアルハイゼンと、旅人に出会い、砂嵐の中、避難の宿を得た。
事情を隠す必要もないと口を開きながらも、セノは未だ残る動揺を抑え込む。
あの時、セノが自己追放を選ぶきっかけとなった大賢者との会話。
照合申請を却下され、目を見開いたセノに、アザールは関心の薄そうな視線を向けてきた。
いつも穏やかで、砂漠出身のセノに何かと便宜を図ってくれた聡明で尊敬していた大賢者のものとは思えなかった。
椅子に座っていたアザールは、セノに向き直ると足を組む。それから頬杖をついてセノを見返した。
「君が何を調査しようと構わないよ。君が得た真実は、誰になんと報告しようと何の力もないからね」
アザールのその仕草は、大抵セノが険しい調査や困難な捜索を行うと報告した時に見られるものだ。アザールはマハマトラに一切の介入を行わず、最終的には全て大マハマトラとなったセノの意思を尊重した。大マハマトラの地位を得た時は、アザールへの恩を返せるとまで思っていたほどに、アザールは砂漠の民に冷たい教令院の中でそっとセノの場所を用意してくれていた。一変したアザールの様子は、セノを動揺させるには十分過ぎるものだった。
「『大マハマトラの君は、この教令院では今や何の価値もない』、と言ったんだ」
セノの言葉に、旅人とパイモンが顔を見合わせるのが見えた。
2人とも、セノの言葉に憤るというよりも、困惑と悲しみが混じっているように見えた。
追求は後にして、アルハイゼンへと行動原理を問う。
アルハイゼンの話から伺える賢者たちの疑惑の行動に、旅人とパイモンの顔が更に曇っていく。
「どうも、噛み合わない気がするんだよな」
パイモンがふと言った言葉に、部屋の視線がパイモンに集まった。
圧を感じたのか、慌ててパイモンは両手を振る。
「あ、違うぞ!アザールが怪しい、というかもう首謀者なのは分かってるんだけど……、でも、オイラたちが出会ったアザールとはまるで印象が違うというか……」
「出会った?」
アルハイゼンの問いかけに、おう、とパイモンは頷く。
「ほら、前にエルネって学者を知ってるか?ってお前に聞いただろ?実はそのエルネって、アザールだったんだ。アザールは名字で、本名はエルネスト・ヴァン・アザールって言うんだって」
「「何?」」
セノとアルハイゼンの声が重なる。
その声がどちらも初めて聞いた響きをしており、セノとアルハイゼンはお互いをちらりと横目で確認した。
「オイラたちはエルネから、魔鱗病の人たちの生活を助けてあげてくれって依頼をしてきて、モラもたくさんくれたんだ。それに、いつも優しかったし……、美味しいお店の地図もくれたのに……」
パイモンは徐々に俯いてしまう。
「だから、こんな事件を起こすだなんて、信じられないんだ」
パイモンに、旅人がセノたちに視線を向ける。
「2人はアザールとは知り合い?」
アルハイゼンは何を思ってか息を吐く。
「俺が唯一、師と思っているのは彼だ」
その返事に似たようなものだと思いながら、セノも口を開いた。
「俺にとって恩人と言っても過言じゃない。彼は砂漠出身の俺の教令院への在籍を認め、立場を築く足がかりをくれた」
「そっか……。じゃあお前たちのほうがショックだろうな……」
沈んだ声を出すパイモンに、いや、あとアルハイゼンは口を開く。
「ショックを受けてはいない。どんなに実績がある学者でも、些細な発見や好奇心で愚かな選択をするケースは少なくない。だが、彼ほどの天才が屈する好奇心が何かは気になる」
アルハイゼンの反応はセノには簡素すぎるように思えたが、その内容には一理ある。
「確かに、アザール先生は1000年に1度の天才だと呼ばれている。彼が稀に見ない天才であることは、その思考力、知識量、どの学術的才を見ても明かだ。……原因となった人物の心当たりはあるが……今の所確証とは言えないか……」
戻ってきた追放社の話を思い返しながら、セノは確証のない考えを一旦保留にした。
「しかし……、先生の本名は初めて聞いた。俺が知らないと言うことは、おそらく教令院の誰も知らないだろう」
何故、アザールだけの名を名乗っていたのか。
「彼はあれで芝居が上手い。人心掌握も得意だ。何らかの意図があり隠していた可能性もある」
アルハイゼンのセリフに、セノは考え込む。
アアル村での合同調査をする流れにひとまず身を任せながら、セノはアザールとの出会いを思い返した。