猫 歴史の先生が動物を飼い始めた。らしい。
いつものようにピシッと着こんだスーツに茶色の毛を見つけたのは私の友人だ。せんせー動物とか飼ってましたっけー、なんてちゃっかりさりげない探りを入れたのも。友人は先生に惚れている。不毛だ。
だが、いつもは不毛な片思いを冷めた目で眺めている私も、今日ばかりは一緒になって教卓を囲んでしまった。
「何飼ってるんですか!?」
「写真! 写真ないんですか!?」
だってお堅くて生真面目な鍾離先生が動物を飼い始めたなんて予想外だ。ついに寂しくなったのだろうか。確か友人調べで妻も彼女もいなかったはずだし。
私たちの一斉攻撃を受けて、いつも真顔の先生が眉を寄せる。続いて、はぁと大きなため息。
「……猫だ」
そして、少しの間の後に観念したように吐き出したのだった。
鍾離先生はもういいだろうとばかりに振り払う仕草をしたが、乙女の好奇心にガソリンを注ぎ込んでおいて逃れられるわけがない。特に友人が大暴走を始め、いつにも増して早口で質問を浴びせた。
「品種は!?」
「知らん。拾った」
「目の色!」
「青」
授業で使うプリントを仕分けながら、淡々と鍾離先生が受け答えをする。なんだかんだ優しい彼の返事一つ一つにきゃあきゃあと二人ではしゃいだ。柔らかそうな猫と堅物先生、意外と絵になるかもしれない。そんなことを言ったら友人に小突かれた。はいはい、盗る気はありませんよ。
と。プリントの枚数調整を終え、机に紙束の角を打ち付けた鍾離先生の手の甲に、赤の線を見つけた。
「それも猫ですか?」
明らかな傷痕。ふと彼は目線を落として、そうだと頷いた。
それに、一つ疑問を覚える。猫を飼う経験は私にもあった。
猫にしては少し、太いような。
その疑問はウエストミンスターに握り潰されてどこかへ行く。こんなところで先生に油を売っている場合じゃなくて教科書の準備しなきゃいけなかったのに!
「せんせーが猫ちゃんと仲良くなれるように祈ってますね!」
教卓から離れざまに友人がかけた言葉にありがとうと返した笑顔が、やけに印象に残った。
喜ぶような悲しむような、複雑な感情の笑顔だった。一応笑顔の形をしているものの、その向こうには私が見てはいけないような何かが隠されたような。
顔を上げて出欠確認を始めた鍾離先生はいつも通りの真顔をしていた。