おかえりなさい「ほんとにだらしないなぁ」
依頼された仕事を久しぶりに受けたテツさんは、帰宅の挨拶もそこそこにバスルームへ向かった。
ソファには無造作に放られた着慣れたジャケット。それをハンガーに掛けようとして、内ポケットが不自然に膨らんでいることに気づいた。
「なんだろう」興味本位で指をいれ半分に折られた封筒を引っぱりだす。視界に入ったそれを見て鼓動が急に早くなった。
経年のせいかくたびれている封筒は見覚えのあるものだった。
アメリカへ発つ前にあの人の車に忍ばせた封筒。それをこのタイミングで見つけるとは思わなかった。
人のものを勝手に見るのはルール違反だ。それが喩え気心知れた特別な関係になった相手でも。
でも。
十数年ぶりでなかの手紙を開く。
自分で書いたものだから内容は知っている。
開いた便せんに十数年前の自身の文字を認めた。
気のせいか、文字の一部が少し掠れ滲んでいるように見えた。
あの人への気持ちを何と綴れはよいのか解らず、ようやく書いた二行の想い。
たった二行の文章を書くために何枚の便せんを無駄にしたか解らない。
この言葉でちゃんと伝わるだろうか。
それよりこの手紙を見つけてくれるのだろうか。
見つけてくれたとして、無かったものとされないだろうか……。
いろんな想像が頭のなかでぐるぐると廻って、それでも、と僅かな可能性に賭けた。
「じょーすけ、晩メシどうする」
あの人の声が僕の名前を呼ぶ。
シャワーを終え濡れた髪をタオルで拭いながら、僕のいる場所へとやってくる。
いま、あの人がいる日常がある。
それだけで僕は。