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    薙沢ムニン

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    薙沢ムニン

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    【GAIA】六章 幕話〈或る村人の追憶〉

    #星と死の記録
    recordOfStarsAndDeath
    #クロイツとルーナ

    【GAIA】六章 幕話〈或る村人の追憶〉 本筋とは関係のない話です。


    ー------------------------------

     当時の僕はまだ幼くて、 何もわかっていなかった。
     覚えている記憶もほとんどが朧気だけれど、あの時の記憶だけは今でも鮮明に、昨日のことのようにはっきりと思い出せる。
     村の外からやってきた、 知らない女の子。
     黄昏色の髪と瞳を持った可愛い女の子。
     誰とも違うあの子に、僕は一目で恋に落ちた。
     それが僕の初恋だった。

     あの子は村の皆から忌み嫌われていた。
     村の外、一度足を踏み入れたら二度と帰れない不気味な森に、あの子は住んでいるらしい。
     魔物が巣食う場所で暮らしている人間はまともじゃないと、災厄を呼び招くと、皆は口を揃えて言う。
     僕の住んでいた村はどこの村とも大体同じで、自分達の食い扶持を稼ぐのに精一杯な暮らしをしていた。
     いつ起きるかもしれぬ魔物や人ならざる者達の襲撃に怯え、太陽が沈めば家に閉じこもり、鍵をかけて扉を固く閉ざした。
     僕らには定期的に巡回に来る 〈中央都〉の派遣兵からの支給品、〈防魔石〉を加工した魔物除けの香やタリスマンだけが頼りだった。
     魔物が田畑を荒らせば僕らは飢え死に、魔物に襲われれば僕らは食い殺される運命だ。
     ただの魔物ならまだいい。もっともっと凶悪で、残虐な心を持つ人ならざる者は平気で虐殺を行う。
     当時はあちこちで竜による蹂躙が起きていたから、風の噂で届く悲惨な出来事の詳細が、常に僕らを苛んだ。
     遥か古の時代では人間が世界の頂点に立つ種族であったというが、到底信じることができない。
     僕らは奴らの食糧で、 玩具に過ぎない。
     辛うじて絶滅していないのは他の種族よりも子孫を残しやすいのと〈防魔石〉の恩恵にあやかれているからであり、人間個人に強い力が備わっているからではない。
     〈中央都〉のほうは対抗しうる力を蓄えているのかもしれないが、辺境の村々などいつ滅んでもおかしくない風前の灯火だ。
     だからこそ僕らは普遍を望み、異端を拒んだ。
     だからこそ僕らはあの子を拒絶した。
     あの子は何か月かに一度、村に物々交換をしにやってくる。
     もっと前まではあの子の母親も一緒だったらしいけれど、母親は病で亡くなったらしい。
     あの子は森の木の実や薬草を、村でしか採れない小麦や野菜に引き換える。
     だけど村人は皆、あの子のことを毛嫌いしているから、毎回あの子は傷を負わされていた。
     やっとの思いで目当ての物を手に入れて、 傷だらけで帰るあの子の姿は、いつも痛々しかった
     僕よりも少し年上だっただろうけど、それでも子供に変わりない。
     可哀想だと思っていた。
     もしかしたら僕以外にも何人か、あの子を憐れんでいたかもしれないけれど、誰もあの子を助けはしない。
     あの子の存在はとても危険だから、助け舟を出しても何の得にはならないと、わかっていたから。
     だけど僕は、次こそは勇気を出して助けてあげようと決意していた。
     次にあの子が来た時には、皆に止めるよう叫んでみせると、 決心したんだ。
     若気の至りというやつかもしれない。
     あの子のことが好きだったから、 少しでも近づきたくて、関わりたかったから。
     だからあの日僕は建物の影に隠れ、喧騒に向かって声を上げようとした。
     あの子が殴られている、今。
     あの子が髪を引っ張られた、今。
     あの子が蹴とばされた、今。
     今、今、今。
     そうしていたら、黒い髪の男がやってきた。
     ぞっとするほど鋭い赤い瞳で僕らを睨んだそいつは、とても恐ろしい竜だった。
     皆は怯え、僕も竦み上がった。
     だけどあの子だけは竜の傍で、竜を見つめていた。
     綺麗な眼差しは竜だけに向けられていて、決して僕を見つめることはないだろう。
     そうしているうちにあの子は竜に連れていかれた。
     やっぱりあの子は災厄を招く子だった。
     だけど僕は間違いなくあの子のことが好きだった。
     僕の恋は永遠に実らないだろう。
     
     あれから何十年も経つけれど、今でも昨日のことのようにあの子を思い出すんだ。
     おばあちゃんには内緒だよ。
     僕は運よくこの歳まで育ち、孫の顔も見れているけれど、あの子はどうだろうか。
     あの子は今頃、どうしているだろうか。
     竜と共に空の彼方に消えたあの子は、生きているのだろうか。
     生きていたとしても、きっと僕はまた話しかけられない。

     僕はあの子の勇者には成れなかったのだから。
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