「入るか?」
杉元が親指で指し示したものを見て、尾形ははっと声をあげた。指の先には、ネオンが光っている。ショートタイム四千九百八十円~、宿泊八千九百八十円~と書かれたそこは、どう見てもラブホテルだった。
「なに言ってんだ」
「いや、入るかって」
東京の桜が咲いて、春の夜はすっかりあたたかい。久々に外で酒を飲んで、先程から杉元は上機嫌だ。酒に頬を赤く染めて、へらへらと笑う。そして妙なことを言い出した。
「なにしに」
「なに、しに」
照れ臭そうに笑い、杉元が後頭部を掻く。尾形は視線を泳がせた。最後に杉元とラブホテルに入ったのは、何年前のことだろうかと考える。すぐには思い出せない。それほど前だ。まだ狭いアパートに無理矢理二人で住んでいた頃で、確か飲みすぎて終電を逃したのだ。それで泊った。記憶が正しければ、もう十二年も前だ。
「家で、いいだろ」
反応に困り、尾形はごく平凡な事を返した。拒絶するのもおかしく、しかし今更ラブホテルというのもピンとこない。そもそもセックスなどここ最近はあまりしていない。付き合いだして二十年、二人で暮らしてもう十九年だ。今更がっついて求めあうほど、若くはなくなっている。
「たまには、気分を変えて?」
杉元はへらへら笑っている。尾形はなんだか恥ずかしくなって、ため息をついた。これだけ長く付き合うと、もうさほどセックスなどしなくなる。二か月に一回。多くても一か月に一回。若い頃とは比べ物にならない。若い頃は、それはよくした。三日に一回は当然で、酷い時期など毎日二回していた。尻の穴が擦り剝けて、毎日オロナイン軟膏と友達だった。それでも杉元に抱かれたかった。
今となっては、どうしてそんなに抱かれたかったのかわからない。多分、あの頃にあった切実が、薄らいだからだと思う。二十年、じわじわと積み上げた時間は、体の中でしっかりと重くなっている。
「ほら、入るぞ」
杉元が腕を引く。強く拒否する理由もなく、尾形は引きずられる。繁華街の裏路地にあるホテルは、ピンク色のネオンに彩られて、ぴかぴか光っている。四十を過ぎた男二人が入るには、少し恥ずかしい。杉元も同じことを思ったのか、やたらに早足で進む。強く握られすぎた腕が、少し痛い。自動ドアを通り抜け、パネルの前で杉元はようやく足を止めた。
「おっ、スイートルーム空いてる」
ここでいいか、と杉元が訊く。その顔はなんとなく赤い。尾形はいたたまれなくなって、さっさとしろと言った。杉元が落ち着かない様子でパネルを操作する。フロントで支払いを済ませエレベーターに乗り込むと、ようやく息をつけた。
なぜだか初めてセックスをした時のように、心臓が早くなっていた。
シャワーを浴び終えた途端、杉元は無口になった。すっかり酒の抜けた横顔に、奇妙なほどの強張りがある。ベッドに投げ出した足が落ち着かなく動いていた。
「なに緊張してんだ」
バスローブを羽織りながら、尾形はくっくっと喉を鳴らした。なんか、と言って杉元が唇を尖らせる。
「照れくせえ……」
「また童貞に戻っちまったのか」
「なんか照れねえか。今更こんなよ……」
「お前が言い出したんだろう」
「まあそうだけどよ」
「じゃあゲームでもするか」
尾形はベッドに腰を下ろした。ラブホテルとはいえ、流石にスイートルームの設備は立派なものだった。キングサイズのベッドには天蓋がかかり、広さも二十畳ほどある。内装は銀とベージュをベースに纏められており、壁には大きな花がひとつだけ描かれている。ピンクのネオンに彩られていた外観とは違う、シックで高級感のある部屋だ。ベッドの横には白いソファと、ガラステーブルが置かれ、その正面に百インチはある大きなテレビがある。テレビの下にはカラオケのセットと、最新のゲーム機が並んでいた。
「ここまで来て、ゲームしてどうすんだよ」
「欲しがっていただろ、なんとかいうゲーム機」
「いいから、するぞ」
後ろに座っている杉元が腕を引いた。体を捩り、尾形は杉元に向きなおる。少しだけ口元を緩めた杉元の顔がそこにあった。
「笑ってんじゃねえか」
「それぐらい許せよ」
「やっぱりゲームのほうがいいんじゃねえか」
「うるせえ。久々だから照れてんだよ」
「いつぶりだ」
「最近お前が忙しかったから、二か月ぐらいしてねえな」
「そんなにか」
「寂しかったぜ」
「適当なこといいやがって」
「ほんとだよ」
杉元が少し拗ねた顔をする。ふっと短く笑い、尾形はベッドの上に乗りあげた。杉元の腿を跨ぎ、投げ出した足の上に乗る。杉元が腰を抱いた。ゆるく引き寄せられ、尾形は杉元の胸に体重を預ける。よく知った男の体温は、いつもと同じようにあたたかい。心地よさにふーっと息が漏れる。
「尾形」
低い声を出して、杉元が呼ぶ。尾形は杉元の肩に埋めていた顔をあげた。杉元がゆっくりと顔を近づけてくる。唇が重なった。杉元の手がそっと頬を包む。少しがさがさとした手の平がゆっくりと撫でる。尾形は目を閉じた。
「かわい……」
今更かわいいもねえだろ、と思いながらも、尾形は少しとろんとした。こんな甘い空気は久しぶりだ。そういえば、仕事の忙しさにかまけて、ディープキスをするのさえ忘れていた。
「ん……」
キャンディのように唇を舐められると、ぞわりとしたものが走った。ふっと鼻から息を吐き、尾形は背筋を伸ばす。くすぐってえ、という声が少し震えた。
「舌、出せ」
尾形の腰をぐっと引き寄せ、杉元が言う。その力強さに尾形はぴくっと小さく跳ねた。体の奥を支配される感覚が、急に蘇ってくる。はあっと湿った息を吐き、尾形は舌先を突き出した。杉元が唇でそれを挟む。くにくにと軽く歯まれ、それから舌が絡みついてくる。尾形は唇を開いた。
「尾形……」
唇を触れ合わせたまま、杉元が呼ぶ。ゆっくりと舌が口腔に入り込んでくる。ぴちゃぴちゃと音を立てて、杉元が口の中を舐めてくる。粘膜の擦れ合う感覚は甘い。ふーふーと鼻息を荒くしながら、尾形は杉元の舌に答える。杉元の舌に吸い付くと、口の中へ唾液を流し込まれた。
「う…んっ、んっ」
鼻を鳴らして、尾形は唾液を飲み込む。たったそれだけのことなのに、杉元に支配されている感覚が強くなる。腰が甘く溶けて、充血しだした性器がぼってりと重くなる。触って欲しいと思うのに、杉元の舌は止まらない。何度も歯茎を舐めて、それから舌と舌を擦り合わせてくる。もう次が欲しくなって、尾形は杉元の着ているバスローブを握った。
「すぎ、もと」
唇を外し、尾形は呼んだ。口の中のぞわぞわする感触が腰へ降りてきて、待たされている部分が苦しかった。
「もうちょい待て」
だが、杉元の声にはまだ余裕があった。もう一度唇を被せて、口の中を舐ってくる。執拗に続きキスに、尾形は杉元の背中を叩いた。先程、あんなに照れていたのが嘘のようだ。事がはじまった途端、杉元は強引で力強い。それにまた、ぞくぞくする。
「も、しつこ……」
「いいだろ。キス好きなんだよ」
「べろべろ、べろべろ、犬め……」
尾形は杉元を睨む。だが、さして効果がないのはわかっている。既に息し湿って乱れてしまっている。重なり合った腰では、ペニスが存在を主張しているだろう。案の定杉元は、ニヤリと笑った。
「もう欲しいんだろ」
杉元の手が背骨をゆっくりと伝う。ぞわりとする感触が手と共に下へ降りてくる。尻の肉をぎゅっと掴まれて、尾形は内腿を強張らせた。
「うるさい……」
「ったく、いくつになっても素直じゃねえな」
杉元の唇が鎖骨に落ちる。手がバスローブの前を開き、肌を辿っていく。少し上目遣いに見つめてくる杉元は、酷く男臭い。普段の杉元はもっと間の抜けた顔をしている。二十年も一緒にいればそんなもんだ。こんな顔を見るのは久々だった。
ああセックスをするのだな、と尾形は思う。杉元が胸に触れる。筋肉のふくらみを撫でられて、乳首を弄られる。感じさせ方をよく知っている杉元の愛撫は、やはり気持ちがいい。何度も何度もこうやって抱き合った。若い頃は早く繋がりたくて、愛撫もそこそこにひとつになった。懐かしいなと思う。気が付けばもう二十年も経ってしまった。あの頃の若さはもうどこにもない。擦り切れるような、ずっと生傷が疼いているような痛みも、もうない。ただ目の前の男だけが変わらない。同じように愛しい。
「はは……」
尾形の目の前にある杉元の頭を抱いた。すっぽりと包みゆっくり頭を撫でる。杉元の髪は太く、少しごわごわとしている。
「なんだよ。急に」
「薄くならなくて、よかったな」
「なにか」
「髪」
照れくさくなり、尾形ははっと鼻で笑う。なんだよ急にと、杉元が不満そうな声を出す。尾形は頭を撫で続ける。二十年、この男をずっと好きだと思う。
「ほら、続きするぞ。離せ」
「はは、したいか」
「チンポ勃ってるくせに、今更なんだよ」
「させてください、は」
「はいはい。させて下さい」
昔はこうやって揶揄うと、杉元は反抗した。お前だってしてえくせになんだよ、と意地を張って、絶対口にしてなかった。それがこんなにも素直だ。すっかり扱いを覚えられてしまっている。少し悔しいなと思う。こんな簡単に人をあしらって、生意気だ。かわいい杉元が、すっかり大人になってしまった。
「しょうがねえな、特別だぜ」
せめてもの抵抗に、フンと鼻を鳴らしてから、ゆっくりと後ろに倒れる。ベッドに転がると、引っ張られた杉元がそのまま体を被せてた。両足の間に腰を差し込まれ、尾形は期待に肌を震わせる。杉元の勃起したペニスが、尻の谷間に押し当てられていた。
「う……」
ペニスの感触を感じた途端、腹の奥が疼きだした。尻の穴がきゅうと締まって、足が強張る。両の膝が寄って、杉元の腰を挟み込む。
「すぎもと」
尾形は呼んだ。杉元が目を細める。反応早くねえか、と小さな笑い声を漏らす。
「久々、だからだ」
声は妙に言い訳がましい響きになった。なにか悔しくて、尾形は唇を尖らせる。その唇を杉元がちゅっと吸った。
「手と口、どっちがいい」
内腿を撫でながら、杉元が訊いてくる。手、と尾形は答えた。口でされるのは粘膜の感触が気持ちいい。だが今は、抱き合っていたい気分だった。わかったと答えて杉元が、その部分へと触れる。先程シャワーを浴びてから、下着を付けていない。杉元の手が何度か腿を撫で、それからペニスを掴んだ。
「はっ…!」
直接的な刺激を受け、尾形は顎を突き出した。杉元に握られたペニスがどくどくと脈打つ。久々の快楽は強い。喉の奥に空気の塊が詰まったみたいになって、体が細かく震える。上下に扱かれると更に感覚が強まる。あ、あと短く声を漏らし、尾形はシーツを握りしめた。
「うっ、ん…ん、はあっ、あ」
押えた喘ぎ声が喉から零れる。杉元が満足そうに目を細める。きもちいいか、と熱を帯びた声が耳元に囁かれる。尾形はんっと声をあげて頷いた。だんだんと愛撫の手が早くなる。ぐいぐいと根元から絞られ、尾形は息を乱していく。
「ふっ、う、ふうっ、はあっ…! あ」
腰が男の動きで前後に揺れる。杉元の手の平で作られた円に、ぬこぬこと抜き差しをしながら、尾形は声を漏らす。単純でわかりやすい快感が、体中の筋肉を強張らせている。はあはあと荒くなった自分の息がうるさい。気持ちがいい。だが、まだ足りない。腹の奥がじくじくして、早くこっちにも快楽を寄越せと強請る。二十年、抱かれることばかり教えられて、すっかり体が変わってしまった。腹の中が杉元の形になっている気がする。
「すぎもと」
「ん、どした」
杉元が額に唇を落とす。もっと、と尾形は言った。杉元の目が細くなる。なにか悪だくみをしているときの少し意地悪な顔だ。もっとってなんだよ、と杉元が言う。尾形は少しだけむっとした。本当に杉元は生意気になったと思う。昔は抱くだけで必死で、肌が触れるだけで切なくて仕方ないという顔をしていたのに、くだらない小技を覚えた。
「ケツも触れ」
出来るだけ平然とした顔をして、尾形は返した。それぐらいなんでもないという風を装い、フンと鼻を鳴らす。杉元がつまらなそうに、唇を尖らせた。
「お前なあ~もうちょい恥じらえよ」
「別に今更……」
「盛り上がらないだろ」
杉元が尾形の足を割り開く。潰れたカエルのような体勢を取らされ、尾形は顔を背けた。尻の谷間に視線を落とし、杉元がニヤリと唇をあげる。
「これはちょっと恥ずかしいか?」
「やめ、ろ。遊ぶな……」
「足開いてろ」
杉元がぺろりと唇を舐める。明らかな雄の顔を見せられ、尾形はドキリとした。二十年も見慣れた顔なのに、ふとこういう顔をされると未だに弱い。見惚れてしまう。杉元が枕元に置かれていたローションのパックを取った。指に絡めて、尻の間に塗りつけてくる。
「う……」
ローションの冷たさに、尾形は小さく呻いた。杉元の指が一本、ぬるりと入り込んでくる。腹んなか熱い…と杉元がため息をつく。ゆっくりと指が動き出す。指先が前立腺を捉えた。
「んっ」
甘い感覚が腹に広がり、尾形は鼻を鳴らした。久々に感じる粘膜を刺激される快感に、内腿の筋肉に力がこもる。あっ……と声を漏れた。
「お前のここ、やわらかくなったよな~」
なぜだか嬉しそうに、杉元が言う。
「なんだ。緩いと言いたいのか」
「バーカ、ちげえよ。俺が育てましたって」
「なんだそれは」
「顔写真貼っときたい」
「なに言って…る」
「かわいいって事だよ」
へへっと笑い、杉元が指の動きを大きくした。とんとんとリズム付けて前立腺を叩いてくる。尻から来る快感が強くなり、尾形は息を乱した。じんっじんっと痺れがくる。だんだんと指一本では足りなくなり、尾形は尻を揺らしはじめた。杉元の指先に擦り付けるように、腰を動かしてしまう。
「はあ、…ふうっ、ふ…」
すぎもと、と尾形は呼びかける。もっと欲しくて、体の芯がうずうずしている。欲しいな、と言って杉元が二本目を埋めてくる。圧迫感が増し、尾形ははーっと息をついた。
「ん……、ふっ、ふっ、はあっ」
杉元がペニスを思わせる動きで、指を抜き差しする。前立腺を押し上げられるたびに、尾形の足はびくっびくっと小さく痙攣する。しかしまだ足りない。もっと強く満たされたくて、尾形は杉元を見つめる。だが、杉元はまたもニヤニヤするだけだ。
「お、い……」
「ちゃんと欲しがれよ」
上体を折り曲げ、杉元が頬にキスをしてくる。尾形は唇を尖らせた。今まで何度も欲しいと言わされてきた。杉元はそれを言わせるのが好きだ。欲しいと言ってやると、嬉しそうに笑う。しょうがねえな、と思いながら尾形は、くれと言った。
「もうちょい可愛く」
「なん…だ、その、リクエストは」
「名前呼んで」
ちゅっちゅっと唇を吸い、杉元が強請る。尾形はふーっと息をついてやった。
「ため息つくなよ」
「たまには、お前が…欲しがれ」
ニヤリと唇の端をあげ、尾形は言った。杉元がへっと声をあげる。したいんだろう、と笑い尾形は手を伸ばした。杉元の股間を下着の上から撫でる。そこは完全に勃起し、びくびくと脈打っていた。
「なんだよ」
「入れたい、ん…だろう」
「入れてぇよ」
「なら、欲しがれ……」
尾形は目を細める。誘うように足を開いてやると、杉元の目がギラっと欲望に光った。いい気分で尾形はははっと笑う。杉元の顔が悔しそうに少し歪んだ。わかったよ、と言った杉元が後頭部を掻く。そして尻に入れていた指を抜くと、ペニスを押し当てながら抱きしめてきた。
「尾形……好きだ。すげえ好きだ」
「なん、だ。急に」
「好きなんだよ。お前が一番、ずっと、好きでしょうがねえ」
「おい、やめろ」
「愛してる」
「おい」
落ち着かなくなって、尾形は身を捩る。杉元は真顔だ。真剣にまっすぐと見つめてくる。真正面から見合うと、やはり杉元は男前だ。歳をとった分だけ乾いた色気が増して、どうしようもないくらい尾形好みの男になっている。
「可愛くてしょぅがねえ、抱きたい」
「やめろ」
「入れていいか」
「も、このバカ」
「大好きだぜ、抱かせくれよ」
「やめ、ろ」
「お前を感じたい……」
低い声が耳元で囁いてくる。あまりの恥ずかしさに、尾形はじたじたと暴れた。しかしきつく抱きしめられてしまい、逃げられない。もういいからさっさとしろ、と尾形は悲鳴をあげた。
「へへ、いいのかよ」
杉元の顔に、俺の勝ちと書いてある。尾形は悔しくなって、チッと舌打ちした。適当なこと言いやがって、と言い返す。杉元が小首を傾げた。
「バーカ、本心だぜ」
「なに言って」
「好きだ」
杉元の目が本当に愛しそうに細められる。つい顔が赤くなってしまい、尾形はぎゅっと目を瞑った。うるさい、と返す声が少し震えた。二十年付き合っても、未だに好きだと言われるのは慣れない。普段は揶揄い合ってばかりの関係だから、余計に真剣な言葉が突き刺さってしまう。柄にもなくドキドキして、顔が赤くなる。それが嫌だ。
「いいのか」
「いいから、さっさと」
「ん……」
図生酛が押し当てていたペニスを進めてくる。ぐっと腹の中を開かれて、尾形は息を詰めた。杉元が体のいっぱいになってくるこの瞬間が、やはり好きだと思う。杉元だけが世界のすべてになる気がする。
「あ、あ、あ……」
内側がどんどん杉元の形になっていく。尾形は震えた。根元まで埋め込み、杉元がふーっと息をつく、全部入ったと満足そうな声が言った。
「ああ……」
男の背を抱き返しながら、尾形は深々と息をついた。二か月ぶりなせいか、少しきつい感覚がある。腹の中がいっぱいでたまらない。けれどもっと欲しい。たくさん杉元を擦り付けられて、頭が真っ白になるあの感覚を味わいたい。
「動け……」
「大丈夫か」
「ん」
頷くと、杉元が律動を開始した。ゆっくりと半分まで引き抜き、ゆっくりと根元まで戻す。ずるりと体の中で男のものが動き、尾形は肌を震わせた。まだ始まったばかりだというのに、もう気持ちがよくてクラクラする。体の中に馴染んだ肉の棒が、蕩けるように喜悦をくれる。馴染ませるように二三度抜き差しし、杉元が律動を開始した。
「はあっ、あ、んふっ、うー、んっ! あ」
突き上げる動きに合わせて、尾形は短い喘ぎを放つ。お腹の奥を押し上げられるたびに、じんっじんっと快感の電流が上がってくる。足の筋肉に力がこもり、指先がぴんと伸びた。
「はあーっ、あ、うう」
杉元の動きがだんだん早くなっていく。リズムよく腹の中を擦られ、尾形は気持ちよくてたまらない。前立腺を亀頭がごりゅごりゅと抉っていく。その度にペニスからとろとろと先走り汁が溢れた。
「強くするぞ」
杉元が尾形の腿裏に手を入れ、尾形の体を半分に折りたたむ。その体勢のまま上から叩きつけるように、ペニスを送り込みはじめた。
「あっ! んんっ! あ、あ、あ」
ゴスゴスと奥まで入り込まれ、尾形は高い声を放つ。結腸の入り口にペニスが当たっている。狭い場所に少しだけペニスが入り込むたび、腹の奥でぎゅぽっぎゅぽっと音のする気がする。
「はっ、ああ、あっ、すぎも、つよ…いッ!」
急な快楽に、尾形は身悶える。だが、杉元はニヤリと笑って叩きつける動きを止めてくれない。それどころかスピードを上げて、奥を叩いてくる。尾形はひっと息を詰めた。
「あ、だめ、やっ…すぐ、すぐ、きちゃ…」
「ここ好きだろ~、奥の口、チンポ嬉しくてくぱくぱしてる」
はあはあと息を乱し、杉元がパンパンと肉を打ち付ける。その度尾形は、全身をびくつかせた。あっという間に性感が高まり、腹の中に絶頂への波が生まれ始めている。まって、と尾形は訴えた。だが、動きは止まらない。
「どした」
「も、だめ…」
「早くねえか」
久々だからかな、などと言いながら、杉元がストロークを大きくする。根元から先端までを使って、腸壁全体を擦りあげてくる。入り口、前立腺、奥、と気持ちのいい部分を一気に攻められ、尾形はあーっと高い声を放った。
「だぁめ、杉も…と!」
「イキそうか? 出る?」
「ちが、ああ、中、中が、イ、く」
尾形はきつくシーツを握りしめた。我慢のできない絶頂感が、腹の奥からきている。腹筋がびくびくと痙攣し、全身が強張る。もうキツいと思っているのに、もっと欲しくて腰が揺れ出してしまう。杉元がニヤと笑った。
「ほら、イケよ。ケツでイっちまえ」
肉を打つ音が大きくなる。杉元の体重をかけた一撃が、腹の中を抉りこんでくる。あーっ、あーっ、と声を上げながら尾形は、いやいやと首を振る。もう全身が気持ちよくて、訳が分からない。あまりに杉元がいっぱいで、頭の芯まで杉元に犯されている気分になる。
「あ、あ、イク、なか、おなか、いっちゃ……」
「見せろ、中イキしちゃうところ、見せろ」
「すぎもと、イクの、なか、イクの」
幼い口調で訴え、尾形は波にのまれた。腹がびくびくと痙攣し、指先までピンと強張りが走る。頭が真っ白く飛び、尻穴がぎゅむぎゅむと締まった。
「あ、あ、あ……」
口の端からよだれを垂らし、尾形は脱力した。久々の絶頂は壊れそうなほど深かった。しかし杉元の動きは止まらない。達したばかりだというのに、ずりずりとペニスを擦りつけてくる。まだ射精していないので、前立腺はごりごりに硬くなったままだ。そこを擦られると、新たな快感がわき出してくる。尾形は悲鳴をあげた。
「ま、て…ッ!」
「なんでだよ。好きだろ」
「やらぁ、きつい、イッた…っひ、も、イッた」
「中イキした後、ごりごりされてチンポ汁お漏らしするの好きだろ~」
下品なことを口走り、杉元がニヤニヤ笑う。尾形はいやいやと首を横に振った。だが、杉元の指摘は事実だ。無理矢理に連続で絶頂へ持ち上げられると、気が狂いそうなほど気持ちがいいのを体はよく知っている。
「ほら、今度は前でイこうな」
はあーっと息をつき、杉元が律動を浅くする。前立腺を狙って、ごつごつを亀頭を当ててくる。今度は射精への欲求が湧き出し、尾形はぶるぶると震えた。
「あ、あ…だめ、だ、め…ッ!」
どうすれば感じるのかを、杉元は知り尽くしている。気持ちいい場所を的確に刺激され、尾形は次の絶頂が迫っているのを感じた。ペニスが勝手にびくびくと跳ね、先走り汁が止まらない。杉元のペニスが前立腺をする度に、尾形はびくびくと跳ねさせる。
「俺も、そろそろ出そ…」
杉元の動きが早く、大きくなる。パンパンと肉を叩く音を響かせ、ペニスが尾形の肛門を出入りする。
「ああ、あ、だめ、でちゃ、ああ、ぅうう」
尾形は必死で射精を堪える。だが、もう既に精液のおもらしは始まってしまっている。鈴口からとろりと漏れ出すものが、白濁液になっていた。
「すぎ、ずきもっ、あああ、すぎも」
「ん~、イこうな…ッ!」
「イグ、ううう、ああ、いっちゃ、ああああ」
もう堪えることが出来なくなり、尾形は体の感覚を手放した。その瞬間、とろとろお漏らしをしていたペニスから、びゅっと精液が吹きだした。杉元の突き上げる動きに合わせて、どぷっどぷっとあふれ出してくる。尾形は弓なりに背を反らして、絶頂の強烈さに震えた。
「あ、俺も…っ、う、くっっっ」
杉元が尻肉をびくつかせて、尾形の中に精液を吐き出す。腹の中に熱い奔流が生まれ、尾形は更に深い快感に飲まれた。雄汁を種付けされる感覚が、眩暈のするような陶酔を生んでいる。ああ…と尾形はため息を漏らした。
「信じられん」
盛大に舌打ちを鳴らし、尾形がため息をつく。えへへっと小首を傾げて、可愛らしく笑う杉元が、憎たらしくて仕方ない。だいだいどうしてお前はまだ元気なのだと言いたい。
「だってよ、久々にしたらお前が可愛くて」
「言い訳するな」
ベッドにうつ伏せたまま、尾形は杉元を睨みつけた。へへっと言いながら、杉元が視線を泳がせる。
「たまには良かっただろ。セックス」
「ああ、一回ならな」
掠れきった声で、尾形は言った。隣に寝転がっている杉元が、気まずそうに目線を泳がせる。
「それは、その、あの、お前がかわいいから」
「お前のチンポが元気すぎるだけだろう。三回もしやがって」
「バカ、お前のかわいさに元気になったんだよ」
「性欲も知能も猿のままか」
「怒んなよ。そんなよ」
「うるせえ。俺はもう寝る」
尾形は目を閉じた。全身が重く、尻の穴と腰が痛かった。いくらなんでも、三回もねえだろと思う。二十代のあの頃ではないのだ。身が持たない。
だが一回気持ちよくなって、それで満足できるというのは、やはり自分達の間から切実が消えた証拠だろうと尾形は思う。二十年の時間をかけて、杉元は自分に空いていた穴を埋めてしまった。擦り切れたままだった傷をいやしてしまった。
杉元に見えぬよう、尾形はこっそりと笑う。愛されている。その自覚が当たり前のものになったのは、いったい何時の頃だったのだろうか。もうわからない。失われないものがあると、尾形はその時はじめて知ったのだ。
はは、と尾形は笑った。久々のセックスが感傷的な気分にさせているようだと思う。体の芯にまだ男の感覚が残っていて、少しだけ切ない。若い頃はこの切なさが喪失に繋がっている気がして、ずっと埋めていて欲しかった。
それが今、どうしようもなく満たされている。そして、この男を息も出来ぬほど愛している。尾形はくっくっと喉を鳴らした。ガラじゃねえなあと思う。
「なに笑ってんだよ」
「なんでもねえよ」
尾形は杉元の頭をぽんぽんと撫でた。自分の世界そのものになってしまった男は、不思議そうに首を傾げていた。