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    20210331 付き合ってる二人と愛抱夢の失言 ちゃんと正しく愛せなくてもやっていけるよ話

    一つ残すとしたら多分これ それくらい満足していて、これと同じものを書くためにずっと頑張っている気がします

    ##明るい
    ##全年齢

    おかしいなりに恋をする ランガは体温計が正確に三八度を計測するのを諦めた気持ちで眺めスマホに手を伸ばした。暦にはLINEを、そして着信履歴の一番上を押す。
    「……急にごめん。熱出た。……うん、流石に今日は外出ちゃダメって母さんが……うん、うん。ごめん、ほんとに」
     いいよ。
     電波の向こうで男が言う。
     早く治して。滑れない君には――。
     一方的に通話が切れる。
    「……は?」
     ランガがただ呆然と天井を見上げるなか機械音だけがツーツーとむなしく響いていた。
     
     数日後、ランガから一部始終を聞かされた暦はみるみる顔色を変え強い怒りを示した。
    「何だよそれ、お大事にくらい言えねえのかよ」
    「そんなに怒らなくても」
     いいのにとパンを食べるランガの肩を揺さぶり叫ぶ。
    「だってお前ら付き合ってんだろ!?」
     愛抱夢とランガがいわゆるお付き合いを初めて数ヶ月が経過している。始めこそ動揺していた暦だが、度々ランガから「今日は一緒に滑った」「今日はご飯を食べに行った」などと友達の延長線上のような日常を話されて、相棒はどうやら悪い大人に騙されているわけではないらしいと納得を重ねていた。それだけに電話の内容は受け入れがたく、彼は二人が、自分が思っていたような関係ではないのかもしれないと疑いの目さえ向けていた。
    「好きなやつが弱ってたら優しくしてやりてえもんじゃねえの」
     高校生らしく恋愛に夢をもつ暦には信じられない。一方で同い年にも関わらず淡白なランガは「そうなんだ」と未知の話でも聞くように相づちを打った。
    「ランガ、大丈夫か?」
    「うん。平熱」
     今夜はS、それも先日お流れになったビーフを行う。やる気に燃える身体を鼓舞するように新しい菓子パンを取り出すランガへと暦は不安をあらわに顔を近づける。
    「そうじゃなくて、落ち込んだり悲しかったら言えよ。俺も話くらいは聞くから」
    「……ありがと。でも本当に大丈夫」
     ショックを受けなかったわけではない。だがそれも数度寝れば消えてしまう程度だ。何より初めからランガは――親友を混乱させてはいけないので胸に留めたが――わずかたりとも愛抱夢へ負の感情を抱かなかった。理由はとても簡単だが暦にはおそらくわからない。そう直感で理解しているランガはただただ微笑んで、もうひとつ菓子パンの袋を開けた。
     
     
    「それは――……」
     運転席の男が言葉を迷った。何てことを、か謝った方がよいのでは、か。どちらにせよ気分のいい答えではない。
    「言うな。俺だってわかってる」
     忠と目を合わせないように視線を窓の外に向け、愛之介は苛立ちを散らすため数度踵で床を叩いた。数日前の自身の失言は何度も蘇り、彼の頭を痛いほど悩ませている。
     忙しい日々が続くなか恋人からの誘いが愛之介の心の支えになっていたのは事実でそれだけに当日反故にされた怒りは少なからずあった。だが、だからといってあんな言葉を吐く気はなかったのだ。
     愛之介はこれまで命令下での正しい恋愛もしくは一夜の火遊びしかしてこなかったが恋人の機微というものがわからないわけではない。熱に苦しむランガにかけるべき言葉も理解していた。にもかかわらず、結果はあれだ。嘆きたくもなる。
     前髪が崩れるのも気にせず頭をかき回し、愛之介は再び今夜こそ会えるであろうランガに想いを馳せる。彼は一体どんな表情で自分の前に現れるのだろうか。怒っていたら、有り得ないがもし別れでも切り出されたら……恐ろしい想像に身をかき抱く愛之介が、しかし何より恐れているのはそんな事態になったとしても謝罪ひとつできないだろう己の自尊心の高さ、そしてあの夜の己は決して嘘をついていないということだった。
     
     
     廃鉱山。轟音響く裏スケート場、S。
     そこで今最も観客が熱望するレースがはじまろうとしている。
     雪色の少年と燃える赤の伝説。幾人ものギャラリーが彼らの対戦の火蓋が切られるのを今か今かと待っていた。
     マタドール風の衣装を纏う愛抱夢が前哨戦代わりの会話を仕掛ける。
    「やあスノー……身体の調子はもういいのかな」
    「……」
    「無理ならそう言ってもいいんだよ。弱いものいじめは趣味じゃない」
    「……もう治った」
    「本当に?」
    「試してみればいい」
     両者退かないやり取りに観客が沸き上がる中、後方から二人を見守る有名プレイヤーの姿があった。
    「……愛抱夢のやつ妙にピリついてやがる。おい暦、アイツら何かあったのか」
     筋骨隆々の美丈夫が赤毛の少年に問いかける。問われた暦は若干言いづらそうに話し出した。
    「この前ランガが熱だした日、ビーフの約束してたらしい。……愛抱夢のやつなんて言ったと思う?滑れない君には興味ない、だとさ!」
    「そりゃあ少し……ひでえな」
    「だろ!なのにランガは大丈夫だって、俺、そう言われると何も言えなくて」
     昼間の怒りを思い出して露骨に語気を強める暦をなだめつつ、ジョーはスタート地点に並ぶ二人の、特に愛抱夢の方がどこか落ち着かなそうにしているのを目ざとく捉えていた。
     シグナルが点灯する。
     歓声に押し出されるように二人がスタートした。
     風すら圧倒して走り抜ける男達を言葉を止め食い入るように見つめていた暦はあることに気づいて首をひねった。
     病み上がりかつ急ぎでコンディションを整えたランガの動きが悪いのは当然だ。しかし本来ならそんなランガを突き放してもよさそうな愛抱夢が一定の距離を保つのみに留め、果てには後ろを振り返り確認までしている。不可思議な状況にギャラリーからも次々と疑問の声があがってきた。
    「なあ、なんかおかしく……何笑ってんだ?」
     暦が頼りを求めてジョーを見れば、男は自慢の腹筋を震わして必死に笑いを噛み殺している。
    「いやなに……他人の心配しながら滑るあいつなんて、初めて見たからよ」
     叫び声が会話を遮る。ランガが一気に愛抱夢へ向けてスピードをあげたのだ。突っ切るつもりだ――誰もが浮かべた予想を覆すように勢いのついたボードが岩山をかけ登り、ランガの身は宙を舞った。跳躍は大きな弧を描き愛抱夢を越えた先へと乗り手を送る。
     間一髪着地を決めたランガが次のコーナーを気にもせず振り返った。その顔がモニター全域に映し出される。
    「愛抱夢!……俺も!」
     俺もなんだ、とランガは笑った。
    「俺も本気のあんたにしか、興味ない!」
     言いたいことは言ったとばかりに再び前を向き、更に速度を増した滑りで危険地帯へと突入していく。
     その姿にギャラリーは熱狂し、唯一事情を知る男達はがくりと項垂れた。
    「あ、あいつ……あれでいいのか……」
    「いいんだろうな……やれやれ」
     暦は腹部を抱えへなへなと座り込み、ジョーすら苦い顔を浮かべている。
    「愛抱夢……あいつようやく人らしい感情が芽生えるかと思ったが、そうだよな……相手があのランガじゃなあ……」
     
     
     愛抱夢はひたすらランガの言葉を反芻していた。
     俺も、と言った。スケート抜きではランガを見れない――愛抱夢が投げつけた薄情にも聞こえる言葉を本心だと見抜き、あっさり肯定した。手探りの配慮を察して逆に愛抱夢を突き放した。
     自分もそうだからお前もそうでいいのだと、ランガは一瞬で愛抱夢の心を掬い上げてしまった。
     ごく小さな声が愛抱夢の口から漏れる。
    「……そうか」
     僕らはそれでいいのか。呟くと同時に納得が全身を包み、じわじわと高揚感が込み上げてくる。ボードを踏みつける足がひとりでに弾んで愛抱夢を急かす。
    「行かなきゃ……待たせたら可哀想だ」
     愛抱夢は腰を低くとり乱暴にコーナーを曲がった。近くに居た数人が悲鳴をあげ、ギャラリーが逃げ惑うが知ったことかと強引に進む。
     きっとここで追い付けなければ今度こそ愛抱夢とランガはおしまいなのだ。正しい人の愛しかたなんてこれっぽっちも知らない、スケートでしか通じ合えない二人に残された想いを伝えるただひとつの方法は、互いを感じられるまでずっと隣を滑ることだけなのだから。
    「ああ――早く君に会いたい」
     待ち合わせでもしているかのような気軽な台詞は、確かに愛抱夢なりの恋心で満ちていた。
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