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    yowailobster

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    POIPOI 175

    yowailobster

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    20210420 嫉妬させられて混乱させられて情緒めちゃくちゃにされたまま離れられなくなる
    実は電話中聞こえてたのはランガの声を素材にした合成音声という設定でした 自分自身の声でしんどくなってるの愛抱夢的にも可愛いだろうなって

    ##暗い
    ##全年齢

    そして門が開く 夜が嫌だ。電話が来るから。
     寝るか寝ないかのところで聞こえた電子音にああまたかと心が冷えた。最初こそまちまちだった時刻は一度もう眠るところだからと伝えてからほぼこの微妙な時間に固定されている。嫌がらせではないはずだ。どちらかといえば、選択させられている気分になる。
     重い身体を起こし、とうに電気を消した部屋の中ぼわりと主張するスマホを手にとる。見る前から解っていた名前にため息をついて指を動かした。
     ――こんばんは。
    「……こんばんは」
     ああ、またやってしまった。
     良いことはないとわかって電話を繋ぐ自分が嫌で、嫌で――きっと今夜も眠れない。
     
    「眠そうだな」
    「……うん」
    「最近ずーっとそんな感じだよね。たまに返事もしないし」
    「……ごめん」
    「別に。僕は謝ってほしいんじゃなくて、ただ……」
    「……ただ?」
    「心配なんだとよ」
    「スライムーッ!」
     ボードを振り回す実也と逃げ出す暦をぼんやり見送る。
     確かに睡眠は不足していた。原因はやはり、数日に一度かかってくるあの電話に違いない。そして。
    「ようランガ。……はは、なんだあの二人。楽しそうにして」
     肩を叩かれて一気に目が覚めた。彼の力加減だとその辺の目覚ましより効き目がありそうだ。
    「どうだ最近。その……会ったか?」
    「……ううん」
    「そうか……まあ忙しいんだろ」
     くしゃくしゃになるまで人の頭をなで回し、ジョーが笑う。他人を安心させるための明るい笑顔だ。彼はその乱暴にすら見える走り方と裏腹に他人の心情を細やかに気づかうところがある、以前指摘したところ「料理には繊細さも必要だからな」とウィンクされた。
     つまり自分は二人だけでなく彼にも心配されるほどの顔をしているらしい。そして暦や実也と違い、ジョーはその理由すら看破してしまったようだ。
    「そのうちふらりと顔を出すさ。いつもみたくお前宛の花束でも持って」
    「……そうだといいな」
     優しい言葉を素直に信じられないことを知られたくなくて言葉を濁した。
     愛抱夢がSに――自分に会いに来なくなってから二月ほど経過していた。
     
     音が響く。暗闇のなか掴んだそれを適当に押して耳に当てた。
    「こんばんは……」
     ――こんばんは
    「……今日、少し遅いね」
     ――すまない
    「……いいよ」
     ――ありがとう。愛しているよ
     彼の声はいつも優しい。低く、甘く、独特の揺らぎがある。だから
    「……誰かいるの」
     それ以外の声が向こう側にあると、とても目立つ。
     小さくて輪郭はぼやけているが確かに人の声だ。聞き覚えはなかった、最近までは。
     ――いいや。僕一人だ
    「……そう」
     あからさまな嘘をどう糾弾すればいいかも解らない。受け入れる他に道はなかった。
     ――今週は?
    「行かない」
     急に発表された週明けの学力テスト。一定点数以下は今後日曜返上で補習が待っているらしい、流石にこちら優先だ。
     ─そうか。僕もなんだ
    「もしかして、最近忙しい?」
     ――君と滑りたいとこんなにも願っているのにね。ままならない
    「……わかるよ」
     強くスマホを耳に押し付ける。どうしても無視できないあの声を感じながら、それを内から追い出すように声量を上げた。
    「俺もあなたと滑りたい」
     彼がひとつ息を吐く。喜びから来るものであると信じたい。
     
     愛抱夢が会いに来なくなったのと、電話の向こうでもう一人知らない誰かの声がするようになったのはほぼ同時。勘は働かずとも背後からひたりひたりと近寄る不安の影は感じていた。振り向いてしまえばこの寝不足は解決され、かわりに全てが終わるだろう。きっとこのまま、何も解らないまま。
     
    「はよ!金曜の、覚えてるよな?」
    「おはよ。わかってる」
     先週のことだ。相変わらず寝不足でぼーっとしていた自分は見事に曲がる道を間違えしかしその結果よさげな練習場候補を発見した。登校前にそこの下見に行く約束は勉強漬けだった週末の心の支えになってくれた。
    「Sには行かなかったのに当日スケートしてるの、変だね」
    「朝運動すると頭良くなるらしいからいいんだよ……よっと」
     さらりと段差に乗った暦がわざとバランスを崩しボードをふらつかせる。上がって真似ると「お前も?」と笑った。
     まだ乗り方もろくに決まらなかった頃のように二人動かす。軽くこづいて、大げさにはしゃいで、馬鹿になるのは楽しい。けらけらと笑えば朝の空気が喉を清々しさで埋めた。
     こういう気分は久しぶりだ。ずっとこんなふうに、晴れやかな心持ちであれればいいのに。
     遊びながら目的地に近づいていく。前を行く跳ねた赤毛に不思議な寝癖を発見してこっそり笑ったときだった。
     暦が言った。
    「まあ行かないで正解だったかもな。昨日はすげー騒ぎだったらしいし」
    「へえ」
     何かあったのだろうか。
    「あーでも見とくべきだったか?……けどアイツはなあ……そりゃあすげえスケーターだけど……でも……んー……」
     後頭部をかき回し暦が首を揺らす。他の髪に巻き込まれるように寝癖が消えた。心に靄がさしていく。
    「……誰の話?」
    「決まってるだろ」
     振り向いた暦の口が呆気なく形を作る。
    「愛抱夢だよ」
     心の奥で心底嫌な音がした。
     重心が崩れる。手を伸ばされるより先に尻が地面にぶつかった。少し先に進んだボードは大したことのない障害物にぶつかってその動きを止めた。
    「大丈夫かー?」
    「うん……」
     転倒は付き物だ。尻餅の痛みの程度なんて身をもって知っているから暦もたいして心配しないし、自分だってこれくらい気にしない。いつもなら。
    「何でもない」
     本当に何でもないのにどうしてだろうか。一瞬だけ身体が言うことを聞かなかった。立ち上がりたくない、全て拒否したいと確かに訴えていた。
     
     電気も点けずにいつまでも発信中から動かない画面を見続ける。目を悪くするだけの不毛な行為だ。
    「……出ない」
     日数は何度も数えた。今日が電話のかかってくる日で間違いない。だが来るものは来ず、思わず初めて自分からかけた電話すら繋がらない。
     意味がないと解って耳に当てる。
     仮に彼が出たとしてこの眠れない日々に答えをくれるとは思わない。けれどもう、一人で考えて夜更けまで頭を抱える日々から自分を解放してくれてもいいだろう。
     どうして嘘をつき続けるのか。自分が立てた仮説が正しいかどうか。直接彼の口から教えてほしい。
     例え背後でまたあの声がしたとして、それでも今彼の声が聞きたかった。
    「……あ」
     握りしめたときに指が押してしまったらしい、通話が終了している。繋がらないのも当たり前だ。情けなくて、誰に見せるわけでもない誤魔化し笑いが出た。
     もう一度だけかけて終わりにしよう。
     そう決めて画面を見るため腕を伸ばせば
    「……ったぁー!?」
     握力に裏切られスマホが降ってきた。勢いよく額に当たりバウンドして足元に落ちる。
     あれを取るのは少々面倒だ。きっともう電話をかけるなという暗示だろう。諦めて布団にくるまり─しかし思い直して起き上がり、じんじんと痛む額を擦りつつスマホを回収した。
    「うぅ……痛い……」
     布団を頭まですっぽり被せて目をつぶる。
     片手に収めたスマホについ意識が向いてしまう。もしかしたら鳴るかもしれない、遅くなってすまないねと優しい彼の声だけが聞こえるかもしれない。絵空事だと解ってなお自分に言い聞かせる。
     痛みが治まらない。額を擦る。彼に一度だけそうされたことをつい思い出して嫌になった。
     電話は来ない。おそらくこれからずっと。彼が自分に会いに来ることもない。
     それ以外何も解らないけれどひとつだけ解る。終わったのだ。
    「うー……」
     とっくに痛みの消えた額を、いつまでも擦っていた。眠れるまで。
     
    「うわあ……」
     えぐい土砂降りがろくに睡眠をとれなかった頭に響く。カーテンを閉めて振り返った暦の眉はきれいにハの字だ。
    「笑えるくらいひでぇな。ランガ、傘は?」
    「ない」
    「だよな……こりゃあやむまで――なあ」
     暦がこちらの一点を注視している。目線を追うと自分のスマホがあった。
    「鳴ってんぞ」
     電話が来るのは決まって夜だった。けれど今、画面に映る名前は。
     ゆっくりとスライドして、震えてもいいように両手で支え持つ。
    「……はい」
     待ち望んだ声が鼓膜を揺らした。
     ――
     声は簡潔に用件を伝え一方的に通話は切れた。手元にあるものだけ適当にバッグに積めて、教室の扉へ駆け出す。
    「ごめん!先帰る……!」
    「帰る……って外雨だぞ、おい、ランガ!」
     
     何もかも冷たい。制服の下まで雨が染み込んで気持ち悪い。何度も水溜まりに突っ込んだ靴は踏み込むたびに水を溢す。
    「……は……っ、……っ……!」
     髪からつたう雨が目に入る。息が苦しい。心臓も爆発しそうだ。
     それでも走った。
    「――ッ、は、」
     指定された交差点が見えた。気が緩んだのか息が変な方向に詰まりげほげほと何度も咳をする。満身創痍の早歩きでなんとか角を曲がれば、彼が居るはずだった。
    「――」
     喉がヒュッと音をたてる。誰も居ない、彼どころか人影すら見えない。
    「どうして……!」
     自分から出たと思えない大声も雨音にかき消された。
     
     ひどいむせの名残が喉をじくじくとしめ付ける。それを痛いと思った瞬間、身体から一切が抜け落ちたような喪失感と共に身動きがとれなくなった。
     したたる水が体温と思考力を奪っていく。
     もういい。
     雨が止まない。彼が居ない。
     どうでもいい、全部。
     そのはずだった。
    「やあ」
     強く殴られたような衝撃が全身を襲う。
     声の出所、背後へ振り返ればいつのまにか大きな傘をさした長身の男がそこに佇んでいた。
     傘に隠れて顔は見えない。着ているのもただ高そうなだけで普通のスーツだ。それなのに、解ってしまう。
    「そんなに濡れて……風邪をひいてしまうよ」
    「――ぁ」
     数歩近づいた男が手を伸ばす。抵抗なんてできないまま頬を撫でられた。
     声が降ってくる。優しくて甘い、彼の─愛抱夢の声が。
    「会いたかった」
     關を切ったように感情が溢れ出した。どろどろした何かが小さな器を満たし、心まで飲み込んでいく。這い上がるそれをもう閉じ込めておけそうにない。
    「――あなたのことがわからない」
     吐き出すように言葉を放った。
    「わかんないんだ……あなたの考えてること、俺の気持ち、全然、ひとつも……っ!」
     愛抱夢が黙ったままなのをいいことに感情を爆発させていく。いっそ刃になれと願うほど、自分はずっと苦しかった。
    「俺のこと愛してるって言ったり、誰かと一緒なこと隠したり……何がしたいのかわかんないよ。電話も出てくれないし、俺がいない時にS行くし!」
     寒い。頭痛い。喉嗄れそう。
    「教えてよ……!じゃなきゃ何もわからない、あなたから話してくれないと……」
     こわい。寂しい。何か言って。
     連鎖して弾ける想いがたどり着いた先は、悲しいくらい予想通りだった。
    「……どうして嘘つくの……俺はあなたをどれくらい信じたらいいの……?」
    「悩んでくれたんだね」
     傘の内側からくぐもった愛抱夢の声がする。
    「言っておくが僕は君と別れる気も無いしましてや他の人間に心変わりなんてする事もない」
     彼がこちらに触れるため伸ばした腕が雨を避けられずにぐっしょりと濡れていく。それを気にするそぶりも見せずに男が言った。
    「君を愛している」
    「っなら、どうして」
    「逆だよ。愛しているからこそ、僕は君のその顔が見たくてたまらなかったんだ。――ランガくん」
     愛抱夢に名前を呼ばれるのはいつ以来だろう。
    「君と恋がしたい」
    「……ずっとしてるだろ?」
    「いや。確かに僕達は恋人同士で君は僕が好きだけど――気がつかないかな。君の気持ちは僕から君へのそれと比べるとあまりにも、幼い」
     彼の親指が唇を拭うようになぞる。
    「子供っぽいみたいな話じゃない。君が与えてくれる可愛くて穏やかな恋情はとても素敵で――けれど僕はそれだけじゃとても満足できそうにないんだ」
     声が暗く、しかし熱を帯びていく。
    「同じ想いを抱いてほしい。愛から来る苦しみを、恐怖を、嫉妬を――醜い恋心を君の腹に宿らせたかった」
    「……全部そのために?」
    「ああ。何もかも、きっと今君を悩ませているすべてが嘘、これが真実」
    「……嘘……」
     今なら解る。彼の願望は数か月前の自分には間違いなく叶えられなかった。こんなことになるまでの自分はただ彼を気楽に愛していたから、言われたところで理解さえできなかっただろう。
    「僕が教えたんだ。今度は君の番だよ」
     だけどそれでは本当に駄目だったか。気楽なまま彼を愛するだけでは。
     だって自分はそれで、とても幸せだったのに。
    「どうかなランガくん。今の気分は」
    「……嫌だ」
     涙が落ちる前に、頬の腕を振り払って傘の中へ飛び込んだ。愛抱夢の胸を何度も拳で叩く。反撃は来ない。
    「こんなに頭がぐしゃぐしゃになったことない。むせるくらい走って、なのにあなたが居なくて、息ができなくなるかと思った」
     吐露する言葉に嗚咽が、口に流れてくる水滴に塩辛い味が混ざっていく。
    「凍えながら燃えてるみたいだ。こわくて寂しいのに、熱くて辛くて、苦しくて――こんなのいやだ……こんな気持ち、知らないままでいたかった……!」
    「そう」
     声が機嫌良く背中を抱いてくる。
    「僕と同じだ」
     その何もかもに耐えきれなくなって、スーツに顔を押し付けてひたすら泣いた。
     夜が嫌だった。電話が嫌だった。何よりもその二つに怯えながら心待ちにしている自分が一番嫌だった。
     今の自分も嫌だ。彼に怒りをぶつけながら、背中を撫でる手に安心している。身勝手な願いに翻弄されたばかりだというのに。
     見上げればすぐそこに愛抱夢の顔がある。謎に包まれた昼間の彼が少し上を向くだけで簡単に見れてしまいそうだ。けれどそうして少し彼を知ったつもりになればまた突き落とされるだけなのだと思うと到底そんな気にはなれない。
     愛していた。愛されていた。今だって愛している――けれどこんなにも恐ろしい。
    「嬉しいなあ……君がまたひとつ、僕のもとに落ちてきた」
     背中に触れる温もりが心地よくてどうしようもなく吐き気がした。
     きっとこれから自分はこの男の手で丁寧に狂わされていく。髪の一筋までその手中に落ちたと彼が判断するまで、ひとつひとつ心の大事な部分を磨り潰されるだろう。それを理解しているにも関わらず彼の胸のなか、背の腕から抜け出せないのは傘の外がどれほど寒いか知ったせいだ。
     この安息の地を出れば再び自分は冷ややかな雨と一人きりで向き合わなければいけなくなる。来てくれるだろうか、来ないかもしれない――不安を抱えて彷徨い続けるあの日々に戻るなら、ずぶ濡れの体と錆び付いた心をやがて孤独に瓦解させるくらいなら、愛していると言ってくれた彼のその手に壊されてしまうほうがずっといい。そう思った、だから終わりだ。自分はもう愛抱夢から離れられない。彼のそばに居たいと願う限り、この恋がどれほど醜く変貌しようとも逃げることは許されなくなってしまった。
     泣きすぎたのか頭がじっとりと重い。それに疲れた。帰ったらすぐにベッドに行きそうだ。
     今夜は必ずよく眠れる。夢も見るだろう。
     未来の夢、正夢だ。これから起こる全て。腹に宿した恋の末路。愛しいほどに甘美な地獄の夢が自分が来るのを待っている。
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