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    20210423 趣味に走った 世界が終わっている
    滅亡の危機すら恋愛成就のチャンスに変えるのはこの男~~

    ##明るい
    ##全年齢

    終わったところで愛してる この世が終わった。ニュースキャスターがそう言っていたからまあそうなのだろう。
     結論が適当になってしまうのは仕方ない、実感がないのだから。「終わってから三ヶ月かあ」「え、もっと前に終わった気がしてた」前を行く中学生のずれた会話から逸れて左の道へ。この世はもう何もかも終わってしまったはずなのに未だ大人がそうあれと願うので残った子供は皆普通のまま生きている。自分も特に変化無く生活していた。教室の席も同じ、苦手な授業も同じ。悩みも以前と変わらない。お腹が減ること。物流が減った分物価が上がってしまったせいで食糧確保に一時はひどく苦労した。今は問題なく腹を満たせているがそれもどうなるか。
     ごっそりと人の減った街を抜け少し奥、静かに存在する元何かの事務所現自分達の秘密基地。うっすら汚れたドアに鍵をさす。ここの合鍵を持っているのは自分と今室内に居るだろう男達。この三人だけだ。
    「来たよ……うわ」
     開いたドアの風圧がすぐ側に置かれていた書類を空中へ飛ばした。こうなるから床全域に広げるのはやめてくれと昨日言ったばかりなのに。はらはらと落ちる紙の隙間から覗く惨状を見るにきっとそんなこと忘れてしまったのだろう。
     ソファに全身預けた男が視線のみ動かしてこちらを認識した。しなくていいと止めたくなるほどよろよろと肘から下をあげて遅い動作で口を開く。
    「……いらっしゃい……」
     声の掠れが酷い。見事に先週の演説行脚が効いている。服も薄い髭も昨夜別れたときのまま、さてはまた徹夜かつ今の今まで作業していたに違いない。
    「こんにちは。無理して喋らなくていいよ」
    「……無理? 僕がそんなこと……」
     起き上がろうとした身体は疲労した腕では支えきれなかったようだ。男は陸にあがった魚のようにずるりと身を滑らせ、ソファから落下した。彼に続けとばかりに落ちた荷物やファイルが沈黙した身体に降り注ぐ。
    「あー……今行くから」
     窒息する前に救出しなければ。前を塞ぐ物の山に適当に手を突っ込んでかき分けようとしたが、何かに掴まれ動けない。
    「……まて……」
    「……こんにちは。そこに居たんだ」
     驚きで心臓が止まるかと思った。姿がないと思ったら既に埋まっていたのか。
     三人目の住人はぎこちなく首をあげ「私がするから」と指を伸ばす。
    「だから君はあちらで支度を」
    「……いつから?」
    「昨日君が作ったのが最後だ」
     呆れた。不眠不休に加えほぼ一日飲まず食わずか。
     もうひとつの部屋へと促す男、こちらもまた下まぶたにくっきりとくまが出て限界そうだ。そんなへろへろでどう主人を助けるのかは解らないが本人がやると言っているのだからお願いしよう。彼の言うとおり、自分には自分にしかできないことがある。
     部屋の中はシンプルだ。シンクに換気扇、IH、どこにでもある普通のキッチン。そしてどどんと主張する業務用冷蔵庫。
    「よし」
     調理開始だ。
     
     両手に器を持って部屋に戻る。
    「……ご苦労……」
    「そっちもね」
     相変わらず物の散乱具合が異常な部屋だが、椅子すらまともに座れずぜいぜい息をしている男の尽力によってどうにか通れる程度の道と何もないローテーブルは確保されていた。それと向かいのソファ。本当に綺麗になっている。相変わらずの忠誠心だ。肝心の主人には雑に寝転がられているのが少し可哀想なくらい。
    「ねえ、できたよ」
    「……ああ」
    「面白い寝方やめて食べよう」
    「……面白い」
     言葉にピクリと男が反応して「おい」向かいの部下に声をかけた。
    「言われたことがあるか? 彼に、面白いと」
    「……ありません」
    「だろうな。ふふ……僕だけか……」
     頭がふらふらと揺れている。かなり来ているようだ。とりあえず何か胃に入れさせないと、これでは話も通じそうにない。
     器を置き彼の隣へ座る。
    「ほら。こっちに体重かけて」
     ずりずりと身体を寄りかからせ腰を抱いて固定、もう片方の手でスプーンを持ち器から少量すくう。軽く冷まして「口開けて」「……」開いた口に放り込んだ。
    「閉じて、食べて」
     咀嚼音、そして喉がごくんと鳴って男の目がわずかに光を取り戻す。
    「もっと食べる?」
     言葉のかわりに口が開いた。
     この状態の男にも、行う作業自体にもずいぶん慣れた。
     あの終わりの日から数日後のことだった。胃をさすりスーパーを巡っていた自分に「食糧を融通するかわりに手伝ってほしい」と自分以上にやつれきった顔をした彼が声をかけてきたのだ。
    「ごっそり消えた人間達の事後処理が全部回ってきてね。比喩ではなく死んでしまいそうなんだ」
     軽口ではないのではと思うほど弱りきった姿に同情したが、自分は一介の高校生でありできることなどたかが知れている。何をさせるつもりかと尋ねた。
    「簡単だよ。僕の世話を焼いてくれればいい」
     彼の説明はこうだ。
     長距離移動もしづらくなったのでしばらくこちらに留まることにした。作業に集中するためには誰かに生活管理を任せるべきだが普段それをさせている部下は自分同様多忙だし使用人はほとんど居なくなったから連れて来れそうにない。なので君にその間様子を見に来るなどしてもらいたい。報酬は出す。
     食糧はとても欲しい。家事なら経験もある。だが。
    「なんで俺なの?」
     素朴な疑問を受けた男が血管の浮き出る首を撫でた。
    「この天変地異には僕も振り回されている。どうしたらいいか皆目見当も付かないなんて生きてきて初めてだ。いつ彼らのようになるかも解らない。……けれど逃げることは許されない。僕は僕なのだから」
    「……」
    「ただせめて終わりまで傍の誰かに見届けてほしいと思った。できるなら君にと」
     こちらをじっと見つめ願うように呟く。
    「ランガくん。頑張るから一緒に居てくれないか」
     常に凛々しかった男の眉がへなと崩れたのを目にした時心は決まった。あっさり。
     無事半分ほど器の中身が減ったのでスプーンを置いた。やめるのかと不満げな目が見つめてくる。あの真摯な誘いと同じ人間がしているとは思えない幼さだ。
     宣言の通り男はあれからずっと頑張り続けている。それはもう本当に頑張って頑張って、頑張りすぎてしまうから毎度この有り様になってしまうわけで、原因の一端を担っている気がして若干申し訳ない。
    「もう大丈夫だろ」
    「……気づかれたか」
     離れると思ったら逆にかかる体重が増した。挟まれるままソファにめりこんだ身体が更なる押しの気配に慌てだす。
    「いたい、いたいって」
    「あは……」
     ようやく退いた男がかくりと顔を傾ける。乾燥した唇がねえランガくんと囁いた。
    「どうかな、僕は。頑張れてる?」
    「……うん。すごい頑張ってるよ」
     かさついたそれに触れたいと思う程度、自分か彼かもしくは両方に終わりが来るまで一緒にいたい程度には。
    「なら労ると思ってもう一度」
    「……」
     はいと差し出されるスプーン。どうやら今日は完食まで付きっきりがご希望らしい。残しておいた自分の分は温め直していただこう。
    「あーん」
    「見ろ。彼にこうされた経験は?」
    「ありません」
    「そうだろう。お前はない。僕はある。この違いが何かわかるか? 愛だ」
     ふふんと満足げに男が笑った。あながち間違っていないから困る。
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