そしていつかは二人きり 亡霊は決まって夜現れるものだ。
少年のまぶたがゆるく開かれる。わずかな視界からこちらの表情を認識し、途端大きなまばたきを一回。完全に眠りから覚めた瞳は天窓からさしこむ月明かりにも似ている。何もかもを見透かす青。
「……眠れないの?」
否定したかった。けれど言葉を駆使したところで彼相手では無駄だろうし。
「……ああ」
結果として少年を起こしてしまった罪悪感以上に、彼が自分を気にして声をかけた事実に心が喜んでいた。
このまだ大人には程遠く頼りがいのない救いの手を自分はずっと待っていたのかもしれない。
「今眠るとね……何だか悪夢を見そうで」
「悪夢……どんな?」
「さあ……とにかく恐ろしい夢に違いない」
言えるものか。自分が壊した人間達が復讐に来るのだと、この少年にだけは、とても。
夢は記憶の整理だ。膨大な過去の罪と向き合わせられる取調室だ。
後悔などしない。自分は当然の権利として自由に生き、他人を使い潰す。きっとこれからも当たり前に。ただ何もかもが幸せでたまらないこんな夜だけは、己の罪と向き合わなくてはいけないと主張する心中の幼い正義感から目を背けることができなかった。
「恐ろしい……」
しばし考えた少年が「俺だったら」と眉を下げる。
「遅刻する、とか」
「……ふふ」
あまりに愛らしい発想に毒気を抜かれた。
幸せな子供。彼のもとへ亡霊が訪れる日などきっと永久に来ない。君のようになれたらと願う人間がこの醜い世にはどれほどいることか。
「いいね、僕もそうしよう。遅刻する悪夢、ふふ、そんなのちっとも恐くない」
少年の身を軽く引き手足を絡ませる。
「抱き枕も居ることだし」
「……そう」
胸元で軽いあくびが聞こえた。
「よかった」
眠れそうでよかった、だろうか。それとも恐くなくてよかった、か。
「こうしていれば僕と君、同じ悪夢を見るかもね」
「ええ……やだな」
「そんな悲しいこと言わないで。二人で遅刻しよう。それで一緒に怒られるんだ、僕は君となら──」
「夢でまで怒られたくない」
少年の手が頬に触れた。
「せっかくなら、楽しいのにしようよ」
再び睡魔が襲ってきたのかしょっちゅうあくびをしながら、少年は途切れ途切れに言葉を作っていく、
「遅刻したらさ、あきらめてどこかいこう。そしたら、たのしい夢になる……」
「……どこかって?」
「ん……わかんないけど、どこか」
「遠くかな」
「かも……ふたりで……いこうよ……」
眠りに落ちる彼を妨げないよう、抱きしめるかわりにその背に回した腕同士をきつく握った。
「そうだね……二人どこかへ、逃げてしまおうか」
目を閉じる。悪夢を見るだろう。罪を償わない限り何度だって亡霊は現れ続ける。けれど逃げてしまえばいい。自分が生み出した不安から、やましさから逃げて少年とどこまでも行こう。そうしてやがて朝が来れば何者も自分達を追って来れやしない、きっと。