絶賛応援逃避行 無人だと寂しいからとかいうよくわからん理屈でこの駅に一人赴任して早三ヶ月。九時五時勤務、一日の平均乗降者数は三〇人。まあ給料は出るしお偉いさんが飽きるまではゆるくやっていこうと思っていたんだが――参ったな。こんなことは初めてだ。
「……だから僕は言ったんだ。夏はやめないかと」
「……」
「やはり春か秋、最悪でも冬だ。夏なんて絶対にあり得ない! まったく、君って子はいつも思い付きで僕を振り回して――」
「……」
「……何か言ったら?」
「……そっちも乗り気だった」
「――!」
ホームと呼んでいいのか微妙なところの小さい乗り場。そこで喧嘩が起きている。
無視したいな、でもなあ。
「そこの君」
ああ見つかった。
「何ですか、と……」
驚きを顔に出さないようなんとか堪えた。近づいてみれば男達の容姿のなんとまあ目立つこと。数度行っただけの東京でもこんな美形は見なかった。そのうえ背も高い。いつも話に来るアイドル好きの婆ちゃんがこの場に居ないのが本当に残念だ。
聞きたいことがあると言う片方の男は同い年くらいに見えるけど絶対に年収は段違いに向こうが上だと確信できる。明らかいい服、いい靴。それにタッパがあるとはいえこの道に入った見下し方。間違いなく俺みたいなのを使う側の人間だ。
「近くに休めるようなところは?」
「いやあ……人が居ないので……」
「そうか」
一瞬でこちらに興味を無くした男が「なら次が来るまで待とう」と呟いた。思わずこちらから声をかける。
「それはやめといたほうが」
「……どうして」
「次、一時間半後だって」
申し訳程度に置いてある黄ばんだ時刻表を覗いていたもう一人の男が俺のかわりに答えてくれた。
「なんだと……」
信じられないって顔。これは都会者確定だな、もしかしたら芸能人かもしれない。こっちの男がアナウンサーか司会者で
「すごいね」
あっちのがモデルか何かだ、多分。適当に考えていた頭に
「はー……」
男のやけに刺々しい溜め息が届いた。
「君は暢気すぎる」
「……そんなことない」
「ならもう少し焦ったりしたらどう」
「焦ったって何もならないだろ」
ぴりついた嫌な空気だ。
「仕方ないから待とうよ」
「一時間半、ここで!?」
屋根もないんだぞと言われるとまあ申し訳ない。うちの鉄道、金がないからなあ。
「直射日光で干からびろというのか、この僕に」
「言ってない」
「言ったようなものだ!」
男が何度も床を蹴る。芝居がかったこの動き、役者の可能性も出てきた。
「大体僕は最初から反対だったんだ! こんな暑い時期わざわざ選ばなくても良かっただろう!?」
「……俺だって!」
ばかでかいどなり声か、はたまた熱気にあてられてか。ついに向こうのも叫びだした。
「夏がよかったんじゃない! 春でも秋でも冬でも、俺はよかった!」
「なら何で」
「――あなたが!」
びりびりと生温い空気を伝わって叫び声が響く。セミの大合唱なんて目じゃない馬鹿でかさ、もしかしたらばあちゃんとこの牛みんなにだって勝っちまうかも。
「あんな顔してたから……!今じゃなきゃ駄目だって、今そうしなきゃあなたが」
向こうのが声を急速にしぼませる。
「もう無理だって、思ったから……」
「……」
よく解らんが二人が黙った。チャンスだ。
「あのー」
うわあ睨まれてる。とても気まずいがホームに二人放置して倒れられでもしたら困る。まだまだ俺はここでゆるく働きたいのだから。
「あっちに掘っ立て小屋があるんで、そこで休んでかれます? アイスもありますよ」
「……」
「アイス!」
男がまた何とも渋い顔をして、向こうのが目を輝かせた。とりあえず救急騒ぎは避けられそうだ。
「美味しい!」
「そりゃよかった」
惚れ惚れするほどいい食いっぷり。都会の若者は胃も強いらしい。隅に座った男もちびちびとは食べている。
「食えますか?」
「……悪くない」
こっちも軽くだけど笑顔を見せる程度には気に入ったようだ。さっきより雰囲気が大分話しかけやすい。もしかしたら日射病なりかけだったのかもなあ。危なかった。
「その顔見たら婆ちゃん喜びますわ。毎日来て置いてくんで」
「……民家があるの?」
「いんや、牧場です」
「牧場? どこに?」
なにやら興味があるらしい。地図を出してやる。
「ここです、ここ」
「……わりと近いな」
「牧場主さん良い人なんで、言ったら車くらい出してもらえるかもしれないですね。ああでも歩きだとちょっと遠くて、それに」
坂なんですと言うと
「坂?」
二人の声が揃い目がぐりんと俺を見た。思わず気圧されつつ頷く。
「はい、下り坂で。かなりの急坂なうえ細いわぐねるわ……ガードレールもろくにないから車だって通ろうとしない、そんな道です。ひょいひょい往復するのなんてほんと、婆ちゃんくらい」
「よし、行こう」
「うん」
すっくと男達が立ち上がる。
「連絡しておいてもらえる?」
「いいですけど、歩くのはホントに薦めませんよ?」
「大丈夫」
揃って大事に抱えていた大きな荷物を男が顔に寄せる。
「僕らにはこれがある」
「……おおー」
やっぱりこの二人はよく解らんが少なくともこっちは芸能人に違いない。なにせウィンクができるんだから。
二人を送って数日後、これまた都会的なスーツの男が一人駅に来た。この男を知っているかと見せられた写真は確かによく似てたけど。
「こんな顔見たことないですねえ」
よく見ろと突きつけられても無駄だった。俺が見た彼は怒って、睨んで、笑って、ころころ表情が変わって、そんでとなりにもう一人居た。わざわざ来てもらったところ申し訳ないけども、そんな辛気臭い顔をした一人ぼっちの男など少しだって知りはしないのだ。