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    20210508 ワンドロ薔薇

    ##明るい
    ##全年齢

    二日短縮プロポーズ もしかしたらとは思っていた。ああでもまさか、本当にそうなのか。
    「……ありがとう」
     両手で受け取れば対面の恋人が満足そうに頷く。確かな重みを感じる赤の群れ。数えるまでもなく解る計五〇本の薔薇達が腕の中激しく主張していた。
     付き合いだして知ったこと。どうやら彼は自分に花を贈るのが好きらしい。幾度も花束を渡されておいて何を今更と仲間からは即突っ込まれたが、自分としてはああいった衆人環視での行為はパフォーマンス、他称愛のマタドールこと愛抱夢らしい演出の一つなのかなと受け取っていたのでなかば彼の楽しみに協力させてもらうような気持ちで感謝を述べていたのだ。
     けれどこうして二人の関係に特別な名前が付き、S以外でも積極的に会うようになり。ギャラリーが居なかろうと完全に二人きりだろうと毎回差し出される大きな花束を目の前にして、鈍い心もようやく理解した。一心に贈られ続けたそれは花であり彼の愛情そのものであったと。
     あなたってずっと前から俺のこと好きだった? そう聞けば愛抱夢は「遅すぎる」と実に嬉しそうに笑った。
    「いいね。ぜひこれからも僕の愛を受け取るときは、その顔で」
     頬がじんと熱かった、どんな顔かは尋ねるまでもなく。
     更にもうひとつ知ったこととして、確かに彼は薔薇を好むが季節感や風情といったものも大切にしたいらしい。おかげで自分が時候の変化に気づく切欠はすっかり最高気温から彼の花束になった。それに花言葉に誕生花、花占いなどにも精通しているようで渡された時の解説だけで一冊本が書けるだろう。
     それ以外にも珍しいもの、サプライズ。何でもありだ。驚かせるのも喜ばせるのも彼にとっては似たような物なのかもしれない。
     だからある日その手に花束がなく、代わりに
    「これを君に」
     愛抱夢のお気に入りである真っ赤な薔薇を一本だけ贈られた時は正直身構えた。トランプでも出てくるんじゃと恐る恐る受け取ったそれはしかし本当に普通の薔薇。ただ、戸惑う自分とは対照的にあからさまなほど彼がご機嫌なことからおそらくこれは下準備で後に本命が来るのだろうと恋人の行動パターンにほどほど慣れた脳は判断した。
     そして後日。渡されたのは薔薇二本。それでも彼の企み顔は消えないまま、三、四……日毎少量足されていく薔薇に、理由は解らないが一本ずつ増えていくのかなと立てた予想はその矢先大きく外れることとなる。始まって一三回目。手の中のそれは何度確認しても一四本あった。そして更にその次には一気に一八本。一体これはと考えても答えは出ずその間にも薔薇は続々と仲間を増やしては懐に飛び込んでくる。
     やがて贈られるそれが花束らしいボリュームになったころ、彼が奇妙なことを言った。
    「もうすぐだね」
     何がと聞いても楽しそうに踊るだけ。こうなればと詳しそうな仲間を頼るといくつかURLが送られてきた。『いかがでしたか? 薔薇の本数に意味があるなんて驚きですね! 』そうですね。本当に。
     本数の意味増える薔薇。立てた予測は今日受け取った五〇本を前についに確信へと変わった。
     ぱちんぱちん。小気味いい鋏の音が響く。
    「終わった……」
     完成した数個の花瓶を前に息を吐く。すっかり慣れた作業もこの量では一苦労だ。だが次に贈られる本数はほぼ確実にこれの二倍、次の次には間違いなく三桁だ。それを全てこうして飾るのが他ならぬ自分であると思うと少し、少しだが――困る。
     止めてくれと言えば愛抱夢はあっさり止めるだろう。けれどそれはこちらが嫌だった。何せ……の可能性があるのだから。ならば――。
    「……よし」
     もう一度深く息を吐いた。今ではなく、これから起こるだろう未来の落ちつかなさに。頑張ろうと気合いを込めて。
     
     空から愛抱夢が降ってくる。着地点を見計らってさっと左へ、予想通りギリギリ激突は免れた。
    「会いたかった」
     そう言って差し出される尋常でないサイズ感の花束。しみじみ予想しておいて良かったと思う。覚悟も無しにいきなりこんなの見せられたら絶対思考停止で終わっていた。
     受け取り待ちの揺れる赤に指をさす。
    「愛抱夢。これ九九本で合ってる? 」
    「……ああ!気づいてくれたんだね! 」
     良かった。何もかも外れていなかった。
     ぱあと手に持つそれに負けないくらい華やいだ愛抱夢の顔が、動かないこちらにゆるく曇る。
    「どうしたの?」
    「いや……」
     片手しか使えないからどう受け取ろうか悩んでいただけ。言ってネタばらしになる前に、隠していたそれを真っ直ぐ突きつけた。
     笑ってるか閉じているかばかりの彼の口が小さく、まるく開く。
    「……待てなくてごめん」
     見つめる先。仮面に隠れて見えないけれど目も丸くなっているはずだ、彼の好む薔薇達が開花する瞬間のように。
     彼は完璧主義者だから、こんなことされるのは段取りを乱された気がして嫌かもしれないけど。連日来られて部屋が薔薇に埋まるのはちょっとアレだし、知ってしまった以上ただ待ってなんて居られない。だって自分達は二人で付き合っていて、何より自分は愛抱夢が――。
    「でもこれで一〇八本だ」
     彼のそれと比べればささやかな、九本分の花束。それなりに自分の、具体的には財布の中身の精一杯を胸を張って贈る。
     受け取ってもらおう。
    「言わないなら俺から言う……わ、っ」
     ぐいと腕を引かれ、花束越しに抱きしめられた。
    「ランガくん。君って子は……強引だ!」
     喜んでくれたらしい、破顔した愛抱夢が器用なことに九本と九九本、更にはこちらの背中まで持ってくるりと回る。
    「もちろん僕から言わせてもらおう。待たせた分とびきり素敵な愛を……。ね、受け取って」
     突風が吹いた。花弁が舞い上がり辺りに匂いがぶわりと立ちこめる。けれど続く彼の言葉はそれよりずっと甘く鮮烈に、胸の内をそれこそ薔薇色に染め上げるだろう。
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