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    20210512 愛抱夢誕生日記念お祝いかこつけプールデート話 人魚姫すき(人魚パロでは無い)

    ##明るい
    ##全年齢

    泡にならない秘密を作る 誕生日。何を贈ればいいのか悩み続けて二週間、もう直接聞いたほうがいい気がする。ので聞いた。
     結果二人プールに来ている。
    「きれい……」
     そして広い。ひたひたに水の入ったプールと、すぐ向こう側どこまでも続く海との境には、透明な板しか存在していないから尚更そう感じられるのだろう。
    「俺たちだけで使うの、勿体ないね」
    「そんなこと。ここの定員は二人なんだからプールだって当然僕らだけの物だよ」
     そもそもそれが不思議だ。プールだけでなく部屋もベッドも、この家のようなホテルのような一階建ては二人きりで過ごすには広すぎる。
     連れてこられた先に謎の建物が並んでいた時は一体ここで何をするのかと首を捻ったがこんな施設があるとは。山奥から出て一年と少し、知らないことはまだまだ多い。
    「眺めるのに飽きたら準備をしようか。ああ、楽しみだ……」
     後頭部に乗った頭がウキウキと揺れる。ご機嫌で何よりだ。いやいや付き合ってもらうのも心苦しいので。
     それにしても本当にいいのだろうか。
    「いいに決まってる」
     口に出す前に返事をされるとビックリするのでやめてほしい。
     
    「秘密が欲しい」
     そう切り出すと、愛抱夢はとんと踵を鳴らした。
    「秘密?」
    「ああ。僕の知らない、もっと言うならあのお友達にさえ話していない君の秘密。どうかな」
     組んだ両手に傾く顔。年齢職業不詳のSのカリスマは何故かねだる仕草がうまい。
    「小さなことでいい。それで満足してあげる」
    「秘密……」
     親友にも話せず、しかし恋人には言えてかつプレゼントになるような。
    「……難しい。愛抱夢が知らない俺なんてあるかな」
    「可愛いことを言うね。そう思う?」
    「うん」
     彼は自分について驚くほど詳しい。知り尽くしていると言っても過言ではないだろう。前日の昼食からバイトでのレジ打ちミスまでその場にいたかと疑うほど事細かに把握する姿はエキゾチックな衣装も相まって絵本に出てくる遠見の魔法使いのようだ。以前そのまま本人に言ったことがある。喜んでいた。
     思い頷くと、愛抱夢は肩をうずうずと動かし伏せた顔の下で堪えた笑いを数度。そしてアピールする観客も居ないのにその両手を天へ高く掲げた。
    「……その通りだ!」
     くるりとターンして縮まった距離、
    「愛するランガくん。君について僕が知らないことなんて何もない。君の知っていること、君自身さえ知らないことも全て。それにね」
     わずかに見える仮面の奥で男が片目をつぶる。
    「実はもう思い付いてるんだ。君からもらうとっておきの秘密だって」
     
     ばしゃばしゃ、ばちゃん、ぶくぶく、ぼこぼこ。ひっきりなしに響くのは全て自分が起こしている音だ。必死な動きに相応しいめちゃくちゃな水音、それにさえ紛れることのない溌剌とした声が上手い上手いと褒めそやす。顔をあげれば勢いよく水滴が飛び跳ねきらきらと光った。
    「……っは、ほんと?」
    「本当だとも。初めより随分上達している」
     沈まないようにと繋いだ手が強弱をつけて握られる。
    「きっとあの太陽が落ちるより早く君は一人で泳げるようになる。そしたら余った時間で早めの夕食でもとろうか。お肉は好き?」
    「好き……!」
     彼の言った通りその手を借りずともよくなるまで三〇分とかからなかった。足は補助でメインは手、基本とコツさえ解れば恐いものはない。水は風や吹雪より空気に似ている。立ち向かうのではなく受け入れてもらうイメージでただ飲み込まれてみれば不思議なほどすいすいと泳ぐことができた。
     ランガくん、と自分を呼ぶ声に合わせ浮上する。傾き始めた太陽はそれでも明るくプールサイドに座る男の背を縁取っていた。
    「おいで」
     男の言葉と彼の手が持つグラスに牽かれるまま隣に座り差し出されたストローに口をつけた。疲れた身体に染み渡る、果実の酸っぱさ。
    「……それでどうかな。泳げるようになった感想は」
    「すごく楽しい。好きなように動けて、どこまでも行けそうで……海の中でスケートしてもきっとこんな感じだと思う」
    「なるほど。君らしい表現だね。……ふ」
     グラスを置いた愛抱夢が背中を倒す。
    「ふふ、ふ……ふふっ……」
     身体を軽く左右に揺らしながら何度も含み笑いをこぼす様は酔っぱらいか、機嫌のいい時の小動物みたいだ。
    「……どうしたの?」
    「いやなに、喜んでいるだけだよ。……本当は君も喜んでほしいけれど」
    「何を」
     ゆるい運動はこちら向きで止まった。口元を押さえていた手はその形を変え、一本だけ残した指をそっと立てる。内緒のポーズ。
    「僕らの秘密がうまれたこと」
    「……ああ」
     そういえばそんな話だった。
    「あの」
    「いいんだよ」
     再び問う前に止められた言葉は、けどもう我慢できそうにない。
    「どうしていいの?」
     誕生日プレゼントに秘密が欲しいと愛抱夢は言った。「君が泳げるようになるまで二人で特訓しようか」それを秘密にするのだと笑顔で押しきられ頷いたものの、やっぱり心のどこかで引っ掛かっていた。
    「これじゃ逆だ」
     俺ばかりもらってる、そう呟くともう一度男がいいんだと繰り返す。
    「君は子供だから貰う側で当たり前なんだ……それとも、今からでも別の秘密をくれるかい?」
    「……」
     実のところ考えて来なかったわけではない。彼にも、生きている誰にも話していない事は確かにあって、けれどそれは二人だけの。
    「……そんな顔しないでほしいな」
     愛抱夢が起き上がりこちらにストローを向ける。頭を冷やせと遠回しに諭された気がした。
    「奪い取りたい訳じゃない。君の秘密は君だけのものだ、少なくとも今はね」
    「知りたくない?」
    「勿論知りたいけど……いつかの君に自分から話してもらうほうがずっといい」
     口を離すたび彼が丁寧にかき混ぜるから、グラスの中身はいつだって冷たい。
    「約束したろ? 小さな秘密で満足してあげるって」
    「……あなたは甘い」
    「もちろん。僕は君を甘やかしたくて仕方ない」
     君だけをね。念を押されて日陰側の首筋が火照った。ずるい人だ、こっちがやっとの思いで出した言葉をあっさり上回ってくる。
    「そっか」
     つまり彼はやりたいようにしているだけで、それがたまたま今は『馳河ランガに何かしたい』なのだろう。恋人に一人負担を強いているわけではない。そう思えば大分心が軽くなった。
    「ねぇ、もう一度」
     ねだる声へ返事をする代わりに立ち上がる。一から教わった通り、姿勢を正して、フォームを作り。
    「見てて」
     頷いたか、笑ったか。確認もできないまま視界が水しぶきに埋め尽くされた。
     戻りかけの体温を奪われながら揺らめく世界を進み、行き止まりでくるりと宙へ翻ればぼやけた太陽が目をくらませる。目が自然と細くなっていた。ああやっぱり、似てるなあ。
     広く見えたプールも学校の備品やそれこそ目の前の海と比べれば小さいものだ。すぐに身体は飛び込んだ場所へ戻り着いていた。
    「ただいま。どう?」
    「おかえり。素晴らしい、人魚のようだ」
    「……褒めてる?」
    「ああ。どうかその蠱惑的な歌声で僕を誘っておくれ」
    「歌わないけど」
     水槽のすぐ縁から見下ろす男へと、両手を伸ばす。
    「来て。気持ちいいよ」
    「……くらくらしちゃうな」
     水の中へ入ってくる彼からわざとらしく逃げてみれば、手をとられ肩を抱かれ、すぐに上半身も捕えられた。そのまま腰を支えて抱きあげられるまであまりにあっさりだったのがおかしくて、彼の首に手を回すと声をあげた。
    「あはは……」
    「……もっと、もっと笑って」
     腰の手がぎゅうぎゅうと密着してくる。心臓の音まで聞かれてしまいそうだ。
    「少し上を見てくれる? ……ありがとう、もういいよ」
    「何?」
    「ただの下準備。君を存分に独り占めできる間、夏までの短い楽しみのために」
    「夏……あ」
     あと数ヵ月しないうちに暑い季節がやって来る。また海だって行くだろう。
    「そっか。わりとすぐバレるんだ」
    「暴かれるのも秘密の醍醐味だよ。ああでももちろん、ずうっと二人だけの物であるなら何より幸福だろうけど」
    「幸せ、ならそっちもいいかも……」
     浮かびかけていた提案は「それはダメ」彼の声に弾けて消えた。
    「……また先回り」
    「すまない、つい解ってしまうんだ。僕の魔法は万能だから」
     以前した会話の続きか。気に入ってるのかもしれない。
    「夏が来る頃には別の秘密を作ろうね。誰も知らない、僕らだけの」
    「作れるの?」
    「それはもう簡単に。今すぐだって」
     手を片方外され丁度揃った視線。彼がまばたきするたび長い睫毛に乗った水滴がちかちか光る。
    「望むまま全て君の魔法使いが叶えてあげる」
    「……じゃあお試しで、お願いします」
     得意気なウィンクは太陽に後押しされ圧倒的な眩しさ。これを拒否するなんて多分誰も。
     パチンと指が鳴り、
    「応えよう」
     言うなり唇が合わさった。
     触れていたのはごく短い時間。それでも衝撃は計り知れない。だってこれが彼とのはじめてだ。
    「ふふ、声を奪ってしまった。代償がこれでは本当に――」
     何でそんなにと思うほど愛抱夢はきれいに笑って、けれどすぐ「……ん?」と首を傾け、
    「……待て……ラストどうなるんだったかな。王子と結ばれる?」
     驚きで喋れないこちらを完全に放置して一人頷くと、
    「君の王子様も当然僕であるべきだ。うん」
     またビックリするほど簡単に二回目のキスも奪っていった。なんて秘密を作ってくれたのだろう。確かにこんなの夏が来たってきっと誰にも明かせない。
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