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    yowailobster

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    20210716 ワンドロ「海」借りるだけ借りた 毎度恒例迷惑カップル
    モブ視点が好きなのでちまちま書いてますがどうしても自カプが薄くなる気がしてインターネットにはあげながち。でも楽しいです

    ##明るい
    ##全年齢

    注意無敵カップル出没中 青い空光る海眩しい太陽輝く砂浜には色とりどりのパラソルと同じくカラフルな水着の人々、そして中心にでんと存在する――。
    「……お前。アレ、声掛けてこいよ」
    「アレに? ハードル高過ぎだろ」
    「さっきから目で追ってんのバレバレだぞ。一緒に行ってやるから」
    「わかったよ。あの、すみません」
    「……」
    「すみません」
    「……はっ」
     他と一線を画す巨大パラソルの下、ひたすら焼きそばを食べていた青年がようやく反応を見せた。向けられた顔は驚くほど整っているが――それ以上のインパクトを与えてくるのが、彼を中心にぐるりと置かれた大量の空容器だ。海の家で購入した物だけではなさそうな、とんでもない量がそこかしこに積まれている。
     そう、今このビーチに居る人間は皆空も海も太陽だって目に入っていない。誰も皆この青年の食いっぷりばかりに注目している――かく言う自分だって。
    「脅かしちゃってすみません。すごいですね」
    「……えっと」
    「やっぱ撮影ですか? チャンネル名は? 大食い系って作って食べる人多いと思うんですけど食べるだけでもファンって付きますか?」
    「バカ、一気に話しすぎだよ! すみませんコイツすぐこうなっちゃって」
    「いや……」
     確かに少し勢いをつけすぎたかもしれない。すっかり青年は戸惑っているようだ。何か言おうとしては口を閉じ、目線を下げるさまに罪悪感を覚えていると、「急で驚きましたよね」と連れがすかさずフォローに走った。
    「見てる感じ何か言いたそうだなって思うんですけど、どうです? 合ってますか?」
     こういうときこの男が居て良かったと思う。
    「良かったら聞かせてもらっていいですか? 何でも大丈夫なんで」
    「何でも……」
    「はい! 何でも!」
    「じゃあ、あの」
     青年が口を開き告げた言葉の奇妙さに思わず連れとアイコンタクトを取る。聞き間違いでなければ、今確かにこう尋ねられた。ナンパですか? と。
     意図はよく解らないが、こちらの出方を伺うようにじっと見つめてくる青年のなかでは重要なことなのだろう。ここは慎重に――。
    「ナンパです!」
    「お、おい」
     即座に返した連れを慌てて止める。
    「なに考えてるんだ」
    「それはお前の方だろ、自分から言うってことは何かあるんだよ。乗ってあげようぜ」
    「何かがなんなのか解らないじゃないか」
    「なんだ、心配性は良くないぞ」
     小声で話すのに集中していた我々には向かいの彼の行動は一切目に入ってなかった。入っていたとしても、止められたかは解らないが。
    「迷惑かけたお詫びだと思えよ」
    「それは、しかし……って」
     気づき、驚く。いつの間にスマホを耳に当て青年は誰かと話していた。
    「うん。ナンパだって」
    「……なあ、アレ誰と話してるんだと思う?」
    「知らねえけどもしもの時は全額お前が払えよ」
    「わかった。待ってる。……ちょっと待っててもらっていいですか」
    「それはいいけど……金取ります?」
    「おい!」
    「取らないと思う。そういうのは多分全然興味ない」
     これどうぞと勧められるまま食べた焼きそばはそれなりに伸びていたが濃い味つけが汗をかいた身体には丁度よかった。
     今から来るのは青年の恋人で、話を聞くに少々変わった性格をしているらしい。
    「一度やってみたかったんだって」
     ナンパされている恋人を颯爽と助けてみたい――海に来るなりそう言い出したかと思えば、あっという間に青年をここに座らせ自分は何処かへと消え去ったのだという。これ程の量の食事とセットだ。きっと前もって計画を練っていたのだろう。あの人急に思い付くから、と焼きそばをほおばる青年はどうやらそれに気づいていないようだが。
    「無理だよって言ったんだけどダメだった。いくらでも食べていいのは嬉しかったけどずっとこのままも嫌だったから、二人が話しかけてくれてホント助かった」
     気が抜けたのかすっかり敬語の抜けた青年は、それだけで随分若く見える。聞けば高校生なのだとか。確かにそう思うと眉を寄せるさまが何とも子供らしい。
    「折角二人で来てるのに一緒に居られないのは、なんか違う。さみしい」
     脇腹をつつく肘に目だけで同意を示す。率直で拙い言葉はあまりに初々しく、聞いてるこちらが照れてしまいそうだ。
    「良いなあ青春! どうする? 俺らもっと悪い感じになっとく? 柄シャツ買ってくっか」
    「それよかタイミングだろ。恋人さんが見てなきゃ意味ない」
    「それもそうだな。あとどれくらいで来そうか解る?」
    「いつもの感じなら、そろそろ」
     その言い方だといつもこんな事をしているように聞こえるがと問えば「してる」とだけ返ってきた。更に興味が湧いてきた。一体どんな奇人が来るのだろうか。
    「でも解らないかも、今日は」
     言葉を切って見上げる空には雲一つない。どこまでも真っ青だ。
    「あっちじゃないらしいし」
    「あっちって」
     どういうことかと尋ねる声に被さるは。
    「……エンジン音? どこから――」
    「あ、来た」
     青年につられ顔を沖へと向ける。白い飛沫の中を走るのはモーターボート。そしてその後ろを、詳しくはないが確かウェイクボードと呼ぶのだったか、同速度で追う人影があった。手を振る様子からしてどうやらあれが青年の恋人らしい。何とも派手な登場だが。
    「……?」
     不思議そうに青年が首を傾げた。沖を旋回するばかりで一切近づいてこないモーターボートは、しかし当然だ。それなりに客の泳ぐ岸近くへ突っ込むわけにはいかない、まして自分達の居る砂浜のそばまではとても。彼の人は完璧な計画を立てられる程海には詳しくなかったのかもしれない。
     何とも言えない空気の中、軽い電子音が響いた。
    「……そう。残念だったね。……わかった、頑張って」
     スマホを置いた青年がこちらに頭を下げる。
    「もう少し待ってもらっていいですか」
    「それは平気だけど……その、恋人さんは大丈夫?」
    「大丈夫。仕切り直すって」
    「強いな」
    「すごい強いよ。俺くらいなら、片手」
    「そういう意味じゃ……いやそれは本当に強いな」
    「うん。……ふふ」
     気のせいだろうか、表情変化に乏しい青年だが、この時は少しだけ楽しげに笑ったように見えた。連れもそう思い、そして興味を持ったのだろう。伸びた焼きそばを、冷めたフランクフルトを食い、クーラーボックスから適当に取ったジュースを飲みながらお茶を濁していた我々だが、気づけば話題は青年と恋人のあれこればかりとなっていた。そこには連れによる巧みな誘導があったに違いない。
    「じゃあ、二人とも付き合うとか慣れてないんだ?」
    「向こうは知らない。俺は、まあ」
    「やーでも話聞くと二人ともって気がするけどなあ。ナンパ待ちとか、めちゃくちゃそれっぽい」
     知らないからそういうのできんのよ、と知った顔で連れがのたまう。
    「優越感とかヒーロー気取れるとかで一度は妄想するもんだけど、実際好きな子がそんな事されてんの普通に辛いかんね」
    「そう?」
    「そう! 俺も経験あるけどもう全然駄目、嫌すぎ。あんなの二度とゴメンだわ」
    「お前が独占欲強いだけじゃなくて?」
    「かもしれんけど……そうだ、恋人さん独占欲どのくらい? 強い? 弱い?」
     うまく逃げた連れからの問い掛けに、青年は「わからない」とまばたきした。
    「独占欲が強いって、どんな感じ?」
    「束縛しがちとか」
    「束縛って?」
    「ええと、縛ったり」
    「しば……縛らないよ」
     どうして手首を見ているのだろうか。
    「まあつまり、こうやってさ」
     言いつつ連れが突如青年に抱きついた。
    「こういうので怒る、みたいなさ。どうよ?」
    「んー……どうかな……」
     解らんのかいと青年を揺さぶる連れを止めようとした瞬間、じわりと背中に汗を感じた。続けて焼け焦げるような熱さを。そしてやけに明るくなった視界へ水滴が、上から。
    「――ひ」
     連れの首でも絞められたかのような叫びが聞こえた。直接確認はできないがさぞ真っ青な顔をしていることだろう。かく言う自分も今すぐ卒倒してしまいそうだ。
     無言で立つずぶ濡れの大男の手には、先ほどまで我々を日から守っていたパラソルの柄が握られていた。
    「……」
     濡れ髪の間から覗く目にそこはかとなく感じるものは、怒りではないと信じたいが。いきなり振りかぶりでもして来られたら。戦々恐々する我々を余所に、青年は立ち上がる。
    「お疲れ」
     その第一声はどうなのか疑問に思うものの、しかしそれだけで随分周囲の空気が和らいだ気もしなくもない。
     遠慮のない手が男の髪を掻き分けていく。
    「いま教えてもらった、普通に嫌になるんだって。なった?」
    「……なった」
    「じゃあやめよっか」
    「ああ」
     何やら丸く収まったらしい。再び突き刺さったパラソルの横、青年が手を上げた。
    「紹介します。恋人です」
     これはどうもご丁寧に、ありがとうございますと頭を下げた我々の声はさぞ震えていたことだろう。
     
     折角だからと四人で会話する機会まで設置された時は正直どうしようか絶望したが、ここで嬉しい誤算があった。
    「やあなるほど、それはすまない事をしたね!」
     パラソルを固め直すのも面倒だからと移動した海の家。ちゃちな椅子に堂々腰掛け溌剌と謝罪する青年の恋人は、先程のあれと同一人物にはとても見えない。むしろ数度言葉を交わした感じかなりの好人物のようだ。サングラスでは隠せない愛想のよさで、男はかなり明け透けに語る。
    「しかし失念していたな。もう少しうまくやる予定だったんだが」
     そこまでだよ、と登場するつもりだったんだという説明にはジェスチャーまで付いていた。
    「この辺慣れてないんですか?」
    「この辺というよりも、日本の海にあまり縁がなくてね」
    「へえ! 海外住みとか?」
    「まさか」
     連れの際どい質問に笑って返し、男は「それは彼の方」と隣の頬をつつく。つつかれた青年からは反応無し。かき氷に夢中らしい。
    「可愛いだろう?」
    「はは……」
     惚気というのは誰発であろうと反応に困る。
    「彼ならすぐナンパされるだろうと予想していたんだけどそれも外れてしまった。ここいらは美醜の感覚が違ったりするのかな」
    「どうですかねー、でも注目はすごいされてましたよ」
    「そうそう。顔だけならどうにかなったかも」
    「なら何故?」
     清々しいほど理解していない男を前に思わず顔を見合わせる。お前が行けよと連れが顎を動かすので渋々口を開き
    「食べ物、ですかね」
     精一杯遠回しに言えば、男は納得したらしい。
    「ああ、そうか。確かに彼の望む量食べさせられる自信がないと声掛けすら難しいかもしれない」
     そういう話ではないが自分にはこれが限界だ。あえて頷いておく。
    「参考に……はしないな、うん。もう二度としない。あんな愚行」
    「キツいですよね!」
    「ああ。君達に酷いことをしてしまうところだった」
     絶句する連れの顔はやはり青かった。ガラス容器の底に残ったブルーハワイの残骸よりも、なお。
    「ごちそうさまでした」
    「それじゃあ早速、と言いたいところだが……さて困ったな。世間一般のいわゆる普通の恋人同士というものは海で何をするんだろう?」
     取って付けたような言い回しに暗い予感が忍び寄る。同じく感じ取ったらしい友人に目配せし、それじゃ俺達はと席を立とうとしたが
    「そうだ」
     肩にみしみしとのし掛かる重みにその場で縫い止められた。
    「誰かに教えてもらおう……ああ、丁度いい。君達が居る」
     男の声はあくまで陽気なまま、それが逆に不安を煽ると理解している。人を縛る術を熟知していなければできない芸当だ。その影響は我々以外にも及んでいる筈だが少年はぼんやりと海を眺めているだけで何も気づいていないようにすら見える。一体どんな心情なのだろう。
    「君は? 何かしたいことはある?」
    「別に……あ、ボール。前にやって楽しかった」
    「ビーチバレーか、いいね。二対二でいこう」
     それは恋人同士の遊びではないと盛り上がる二人を前に言えはしなかった。あながち連れの言っていたことも間違ってはいないらしい、おそらく本当に彼らは何も知らないし、そのうちの片方は本気で知りたいと思っている。
     思い違いをしていたようだ。杜撰に見えた計画はその実男が仕掛けた二重の罠に違いなかった。自分達のようなお人好しの一般人、それも少々奇抜な振る舞いに抵抗のない人間をいぶり出すための。まあ最後のは偶然だったかもしれないが。
     楽しもうねと押される肩。反発する力なんてある筈もなく。
     結局その日は日が暮れるまで、暮れてからも振り回され続けた後夜更け過ぎに解放された。食事や解放後のホテルなど待遇自体は悪くなかったが、マリンスポーツ殆ど制覇の代償に自分が手に入れたのは史上最高レベルの筋肉痛と消えない日焼けあと。そして今シーズンの海の予定を全てキャンセルする羽目となった。連れも同じだったらしくしょぼくれた顔で「あれ以上に楽しめる気がしない」と言うので、来年の夏には記憶が無くなっているはずだと慰めたが正直望み薄だろう。
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