内緒のI 記念日とは言いつつ別に安くなるわけでもましてや高校生男子の夢が現実になるわけでもない。というかなったら逆に困る。どうしていいかわかんねえもん。
「それなのに買うんだ」
「これは別、お前もひと箱買っとけよ」
何でと言いつつ素直にレジへ行く後ろ姿は少しだけ心配になる。店員に渡しているその箱の中身がほぼ自分の口に入らないと知れば年中食べ盛りの親友はどんな顔をするだろう。代わりに色々な味が食べられる筈だから結果的には喜ぶとして、間違いなく不思議には思うだろうな。
中学の頃は菓子類一切持ち込み禁止だったので自分もこういう遊びは去年知った。名前も知らない他クラスのやつから突然一本、渡し合うクラスメイトの姿に交換だったかと気付いたのは苦恥ずかしい思い出。今年もう一度会えるかはともかくそれ以外、例えばランガに何か渡したくて仕方ない連中がついでに渡してくる可能性は十二分にある。用意しておくに越したことは無い。
「あ、開けんなって」
「なんで」
沢山もらうからだよとは言わず「俺のやるから」と袋を開く。答えになってない、と眉を寄せつつ拒否する気もランガは無いようだ。多分この無表情ながらもぱっと明るくなり感謝を表す顔があればお返しなんて無くとも皆貢ぐ勢いで渡すだろうけど。どうせなら一番賑やかな中心へ飛び込ませてやりたい。その方がきっと楽しいから。
「……食わねえの?」
「んー……」
指先で支えた菓子を、ランガは四方から眺めるものの一向に食べようとしない。初めて見るわけでも無いだろうに何を気にしているのかと問えば淡々と「昨日のと違うなって」と答えた。昨日?軽く話を聞いたところ、どうやら昨日この類の棒菓子を食べたらしい。それも大量に。
「沢山貰った」
「そっか。良かったな」
何て微妙なタイミングだと思うけども本人がほくほくしているので自分から言える事は無い。
「……どう違うか?あんまり覚えてないけど、もっと太かったような……?あとはチョコの下に何かあったり……」
「あー」
それはただの変わり種だろう。さっき自分達が買った一番普通のパッケージ、その横にも並んでいた。
「美味しかった……多分」
「多分?」
ゆるゆると速度を落とし止まったランガが小さく「おぼえてない」と呟く。
「沢山貰ったんだろ」
「そうなんだけど……」
チョコレートのついた先端をてしてしと口元にあてたのちランガは強く地面を蹴った。一瞬で遠くなった背が振り返る。咥えたそれをあっさり飲み込んで。
「こっちも美味しい」
何か誤魔化されたようにも思えたけど、まさかこいつに限って無いよなあ。
袋一つ分で良い感じにイベントは終了。結局昨日食べたのと同じ一本には巡り合えなかったそうなランガは残りもう一袋を開けずに持ち帰るつもりらしい。
「今度は俺からあげようと思って」
でも足りるかなと何やら楽しげな親友に足りるって何だよとは訊かない。お前があげようとしてるのって昨日貰った相手にで合ってる?ともそれって誰なんだよと問いただす気にもならない。もし万が一こいつが高校生男子の夢を叶え、はあり得ないけどその一歩を踏み出していようものなら。困るどころではなくなってしまう。