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    20211127 おかしいいとしい
    ワンドロお題「ハンバーガーを食べるアダランで、ハンバーガーを大きな口で頬張る愛抱夢に対して「愛抱夢が美味しそうに食べる姿、初めて見た。愛抱夢の食べる姿って凄く可愛いんだね」ってハンバーガーを食べながら微笑んで言うランガ」でした。天才のお題だ!!!

    ##明るい
    ##全年齢

    愛しい変 色々あって肩書がたまに会う人から恋人へ変わっても愛抱夢が俺に見せる顔といえば笑っているか楽しそうにしているかあとは時々ふっと覗かせる気持ち全てどこかへ預けてしまったみたいな無表情くらい。当然口も、それなりに開かれたところしか俺は見られていなかった。不満だったわけじゃない。けど、いつかの記憶がぼやけて思い出せなくなっていくのは少し寂しかった。
     だからだろう。
     体力の底まで滑って、ろくに動かせない手で用意しておいた紙袋を引っ掴んで、二人もたれ合うように座り込んで、食べたらまたと短い約束を交わして。
     慌ただしく包み紙を剥がして。一口かじって飲み込んで。続けて二口目を口に入れ、飲み物を取るがてら彼を見て。目を。
     心ごと、目を奪われていた。
     押し込むように、飲むみたいに、ハンバーガーへかぶりつく横顔をじっと追い続けた。があっと大きく開いて閉じる口。その度に見え隠れする白。押し上げられる頬、さかんに上下する喉。それらをもっと近くで見たいと願う心をそっと抑えながら。
     けれど。ひたすら食べていく愛抱夢。その瞳が真っ直ぐ前、さっきまで二人が滑っていたコースばかりに向けられていたから――もしくは彼の、自分達の身体に休息と栄養が必要な事への不満を隠さない表情がいつかぶつけられたものと似ている気がしたからか。
     ともかく動き出した心が命じるまま俺は水分を口へ注ぎこんで、呼吸が戻って来るのも待たずに彼の名前を呼んだ。
     愛抱夢は最後のひとかけを喉へ放ってからぱっとこちらへ顔を向けた。
    「何?」
    「ううん、えっと……俺。愛抱夢が美味しそうに食べる姿、初めて見た」
     俺の言葉に愛抱夢が唇を曲げたのは仕方のないことだろう。俺達はそれまで結構な数食事に行っていたし、彼と俺がそれぞれ気に入ったところへ再度足を運ぶこともあったから。
     けれどその時の俺は本当にそう思っていた。
     確かに愛抱夢の口へ丁寧に食べ物が運ばれていくところは何回も見てきた。あれもきれいだと思う。けれどこの時彼が見せた雑どころか乱暴と呼んでもいいような食事風景にはそれより遥かに強い引力があった。一心に、必死に。目的のため、もう一度高く速く滑るために欠片ひとつ余さないで栄養を取り込もうとする姿は生そのものって感じで、見ているだけで風に揺らされ高低差に痛めつけられた俺の胃に食欲がわいて彼の食べているハンバーガーどころか彼さえなんだかとってもおいしそうに見えるほど。そして知ってはいるものの彼へなんて一切使ったことの無かった言葉が俺の喉にぷかりと浮上してくるほど。
     だからまあ、言った。言ったらどうなるかなんて考えずに。言ってしまった。
     愛抱夢の食べる姿って。
    「凄く可愛いんだね」
     
     間違えたんだろうなあと思えるようになったのはごく最近、あれから大分時間が経ってからだ。
     けれどその間二人に何もなかったわけじゃない。むしろ逆。とにかく大変――ではないけど、すごくやりにくかった。
     というのも、愛抱夢が俺の前で一切食事を取らなくなったのだ。
     昼夜どころかちょっとした菓子類とかまさかの飲み物まで口に入れる様子を徹底的に見せてくれなくなった。誘われても基本俺だけが食べて愛抱夢はただ見ているだけ。なので連れて行かれる店の種類によっては、俺は手本の無いテーブルマナーと格闘しなければいけなかった。
     訊けば答えは返してくれる。だけど一緒に食べてはくれない。どうしても食べる必要がある時は俺が見られないタイミングで完食してしまうとかすごく速く済ませてしまうとか。それなのに誘ってくる回数は減らないから何考えているんだか分からなくてくらくらする。
     おかしな食事はけっこうな間続いていて、そうでなくなればいいのにと思う気持ちは俺の中でどんどん大きくなっていた。早くあの『いつも』が戻ってきて欲しい。賑やかなのにうるさくなくて、楽しいのに時間がゆっくり流れる不思議な時間。俺と愛抱夢でなければ成立しない、わけじゃないだろうけど、それでも彼と同じものを食べてお互いの合うところも違うところも言いあうのは嫌じゃなかった。
     ううん。多分、好きだった。
     自覚したらもう止められなかった。何度目か数えるのをやめた一人と一人のテーブル、相変わらずこっちを見るばかりの愛抱夢へと、口を開く。
    「なんで?」
     向こうから二つ三つ答え『っぽい何か』が返されたけれど全然頭まで届いて来ない。それは俺にとってはとても優しい、信じれば楽になれるだろう答えで、けれどっぽいだけだった。違う。そうじゃない。
     嫌だったかと訊いて、嫌ではないと言われて、全然安心できなくて、ごめんを言って、受け止められて、それでも満足できなくて尋ねた。
    「じゃあ何で食べないの」
     愛抱夢が口を結ぶ。悪いけど理由があるならはっきり言って欲しい。無言から何かを読み取れる程俺は敏くないから。今もうっすらとしか開いてくれない口の内側をそれよりもっと深いところまで愛抱夢の方から全部見せてもらってもようやく少し分かるかどうかだと思う。だから理由を知ったところで無意味かもしれない。二人にとって良い結果になるかも勿論分からない。
     けれど見たい。今まで見たこの人の内を覚えているから。
    「愛抱夢」
     がむしゃらに開かれた口も、赤く染まった唇も、それ以外も知りたくなった。
    「俺は愛抱夢とまた一緒にご飯を食べたい。どうしたらいいか、教えて」
     訊いてしまえるのが君らしいと彼は呟いて、それからしばらく黙っていた。その間俺はずっと食べていた。とても美味しく食べられた。彼は食べず俺は食べる変わらない筈の時間が何故か少しも苦しく感じられなかったから。
     結局愛抱夢は俺が食べ終えるまで、彼の話だけに心を向けられるようになるまで話そうとしなかった。待っていたのかもしれない。
    「……僕も訊いて良いかな」
    「うん」
    「どこが?」
    「何が?」
    「だから……」
     両唇は触れあわされ一度噛み合ってから、我慢するのを止めたみたいに一気に動き言葉を吐き出した。
     僕が食べる姿の。
    「どこを可愛いと思ったの」
     やや早口のそれが質問だと気付くまでに少し。質問の意味を理解するのにもう少し。
     そうしてようやく取り戻した呼吸、身体へ入れた空気は、さっきまでとまるで違う味がした。
    「……可愛いのが、嫌だったってこと?」
    「言っただろう。嫌じゃない。君の言葉なら何だって受け取るさ。ただ分からなかった」
     一瞬揺らいだ視線がまたこちらを捉える。
    「僕の仕草にも表情にも可愛げは無かった筈だ。一体何故あんな事を言ったのか答えてくれないか」
     本人は気づかないものなんだなあと思いつつグラスを取り。別に、なんとなく。そう潤した喉から続ければ「本当に?」と愛抱夢は眉を歪めた。
    「何となくで君は、僕へあんな顔を?」
    「顔?」
     あの時俺はどんな顔をしていたんだったっけ。全く覚えていない。
    「俺の顔がどうしたの」
    「いや、いい。覚えていないなら」
    「教えて」
     乾いたままだろう口元が何故か拭われる。その後俺の耳にも届かないような囁きを二言ほどこぼしてから、いかにも渋々という遅さで口は動いた。
    「笑っていた」
    「……それだけ?」
    「……とても、とても笑っていた。良い笑顔だった」
     違いが分からない。
    「初めて見たと言っていただろう。あの時僕も初めてあんなふうに君が笑うのを目にしたんだ。……今でも鮮明に思い出せる。君の顔も、その時僕が抱いた感情も」
     願わくはもう一度見たいと語る口調はやわらかい温かさを含んでいるのに、それを発する愛抱夢の表情は渋い。これから何と尋ねられるか分かっているのだろう。そう俺にも察せるほど彼の話はおかしかった。
    「……だったら尚更食べた方が良くない?」
    「……確かにね。だが」
    「そういえば結局何で食べなくなったのか聞けてない。愛抱夢。何で?」
     露骨に視線を逸らしたまま愛抱夢は先程より強く口元を拭った。仕草の表す感情の先を俺が掴んだ瞬間二人の間に声が落ちる。
     ……可愛くないから。
    「やっぱり嫌なんだ」
    「嫌ではない。嫌では。だが僕はどちらかと言えば格好いいとか、好きとか……そういう言葉を君からは聞きたいと思っていて……」
    「分かった。これからはそっちにする」
     言えば「しなくていい」と強く止めが入った。
    「『可愛い』とあの笑顔がセットの可能性が高い以上無理に変える必要は無いよ。むしろランガくんには自由に感情を表して欲しい。だからこの場合変わるのは僕だ。君にああ言われても動転せず受け止められるようになれば」
    「できそう?」
    「……勿論」
     視線が逸らされたままなのが答えだった。
    「ただもう少し時間は欲しいかな……大丈夫、じきに慣れるから……それまで寂しくさせてしまうが埋め合わせは必ず……」
     顎に手を当て指先で唇をなぞる愛抱夢はその動きを俺がずっと見ている事に気付いていないのかもしれない。
     俺の言葉ひとつでこんなに困って悩んで、受け止め方を考えてくれて、それ全部誤魔化すみたいに何か沢山呟く彼を俺がどんなふうに思っているかって事も。
    「……食べる姿が可愛いんだと思ってた」
    「だから可愛いは……待て、君それは」
    「でも違うんだね」
     焦る顔は大人のそれで止めようとしてくる手は大きくちらっと見えた時計は重そうで、どれも似合わないように思えるのに。なんでかな。
     今俺、すっごくこの人のこと。
    「愛抱夢って、可愛いんだ」
     突如とても苦いものでも食べたかのように変化した顔にデザートは食べられそうかと尋ねられた。頷くと、愛抱夢は俺のデザートと、それ以外にも何か頼んだらしい。やめるのと訊けば「やり方を変える」と。とにかくこれからはまた一緒にご飯を食べられるようだ。嬉しい。
     運ばれてきた皿へ食器を向けて、愛抱夢は真面目な顔で言う。
    「見ていて。可愛くないから」
     そういうところも可愛いって言ったらこの人どうなっちゃうんだろう。
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