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    20220312 モブ視点モブ→受け要素と機嫌は良いけど性格がよくない攻め 好きな子には気付かれないようにモブくんの青春を応援したり心を折ったりしよう!

    ##暗い
    ##全年齢

    青春を磨り潰す やってみろよなんて笑っていた仲間はいざ本当に俺が動き出した途端肩を鷲掴み止めろと怒鳴った。
     矛盾した行動を咎めようとは思わない。気持ちはよく解る。俺だって誰か仲間がこんな馬鹿な真似をしようとしていたら力尽くで止めるだろう。だから掴む手は正しく、それを振り払ってステージ前の人だかりへ走る俺は多分間違っていた。
    「愛抱夢!」
     振り返った男がこちらを認識するかどうかで急いで言葉を足したのは、そうされたら何も言えなくなりそうだったからだ。
    「俺とビーフしてくれ」
     Sで最も倍率の高いだろう抽選に俺が当たった理由は分からない。だがともかく俺は愛抱夢の相手に選ばれ、当然ボロ雑巾と化すまでのされた。しかし一方でコース途中で完全に潰されることもなく、大分遅れてではあるがなんとゴールを果たせたりも。
     生きていてよかったと誇張でなく号泣する仲間を慰めながら脳内を疑問符で埋め尽くした。
     愛抱夢と滑って多少の怪我で済む、悔しいがそこまでの技量は持っていない。今俺の意識が残っているとしたらそれは間違いなく加減されたからだ。
     愛抱夢が何故そのようにしたのか解らない。なら訊かなければ、気が済まない。
     そんな訳でファンを残しいつの間に消えた派手な背を探し探してどうにか人気のない暗がりに見付けた迄は良かったが。愛抱夢は誰かと会話の真っ最中だったらしい。
    「……君か。何か用?」
     冷たい視線に身がすくむ。どうやら今は適切なタイミングでは無さそうだ。約束だけ取り付け出直すかと思った矢先、愛抱夢の背後彼が話していた相手を目撃した瞬間。緊張に自然と伸びていた背筋が一層伸び人体の限界を超えた。
    「あ。さっきの」
     愛抱夢を迂回しこちらへ近付いてくる男の片腕にはボード。知っている、彼もプレーヤーだ。それも愛抱夢と同じで自分より遥かに上手い。証拠に少し前にはここで一番速い称号も手にしていた。
    「ビーフ見てました。えっと」
    「待った。ひどいじゃないかスノー、感想なら彼より僕へ伝えてくれなきゃ」
    「伝えたよ。いいビーフだったって」
    「たった一言ね」
     こちらとの距離あと数歩分のところで止めたスノーを更に引き寄せ愛抱夢は話し続ける。
    「つれない君も嫌いではないけど。答えて。さっきのビーフ勝利したのは?」
    「愛抱夢」
    「そう僕だ。そんな僕へ送る称賛がその程度でいいのかい?もっとあるだろう、まずそちら全て僕に聞かせて。敗者に何か言いたいならその後でね」
     子供の我儘じみた要求に何とも言えない気持ちになったのは敗者こと俺だけではなかったのかもしれない。動き回る愛抱夢の中心でスノーが僅かに眉尻を下げたように見えた。
    「二人きりでないのは不満だけど今僕は機嫌が良いんだ、誰より近くで聞くだけで我慢してあげよう。さあどうぞ」
    「タイム」
     そして愛抱夢からぱっと離れ数歩の距離を詰めると。
    「いいビーフでした」
     それだけ言ってすぐ身を翻した。俺はといえばその背に向けどうもと返すだけで精一杯。くぐもった声はきっとまともに届かなかっただろう。
    「ごめん。これ言いたくて他のこと考えられなくなってたから」
    「構わないがしかし両方に同じ発言とはなかなか君って小悪魔だな。そんなに気に入った?コースアウトも派手な事故も起こらない、刺激に欠けたありきたりな僕らのビーフは」
    「うん」
    「そうか。ならまあ良いさ」
     再び元の位置で立ち止まったスノーは横顔を少し上げ、合わせるように愛抱夢もまた少し顎を引く。
    「今から改めてさっきのこと思い出す。感想はそれから。いい?」
    「もちろん」
    「じゃあ待ってて」
    「いくらでも。沢山考えて、どんな愛でも受けとってみせるから。……ところで君いつまで其処にいるのかな」
     急に振られたので“君”が“俺”を指していることさえすぐに気付けなかったが「彼を待ってる間だけなら」と話を聞くことは出来た。だが。
    「どうして潰さなかったか、ねえ。単に君が想定よりしぶとかっただけじゃない?」
     あんぐりと口を開いた俺を気にすることなく愛抱夢は次々同じスポーツが好きな仲間宛てとは思えない言葉を放った。
    「何度か転ばせてやっただろう?あの内のどれで終わりでも僕は別に良かったんだ。それなのに君ときたらすぐ立ち上がって追いかけてくるものだから呆れたよ。怪我人志望ならもっと乱暴な奴らへ挑んだ方がいい」
     わざとらしく肩をすくめる愛抱夢へ返す言葉など思い付ける筈もない。少なくとも俺には不可能だった。
    「でも愛抱夢待ってたよね」
    「おや。考えるのは終わり?」
    「まだ」
    「堂々と……けど良いね。流石僕のスノー」
     スノーの声が耳のなか何度も繰り返される。
     待ってた。愛抱夢が俺を。
     思いきり突き放されたこともあり信じられなかったが愛抱夢は一向に言葉を否定しない。それどころか嬉しげにスノーへと顔を寄せる。
    「君の言うとおり僕は彼を待っていた、どこまで食らいついてくるか興味があったんだ。何故だろう」
    「もっと一緒に滑りたかったとか」
    「まさか。有り得ない」
    「そう?楽しそうに見えた、愛抱夢も……」
     ふいにしぼんだ言葉尻。気付けばひんやりした眼差しを向けられていた。
    「楽しかった?」
     問い掛けは間違いなく俺へ宛てられていただろう。
     ただ一言うんと言えばいい、声が出せないなら頷けば良い。解るのに寒さで強張っているかのように顔を動かせない俺と返答を待つスノーの間に壁が現れた。笑ったままの口からふうんと漏れた声が鼻先を掠める。
    「まだ代償を払ってないこと覚えてる?別に無くて良いかと思っていたけど気が変わった。決めたよ」
     勝者からの命令は唐突かつ突飛加えて予測不可能で、代償という言葉に青ざめた敗者だけでなく無関係である筈の第三者の表情をも揺らがせた。
    「君には彼とビーフしてもらおう」
     言葉と共に動いた手の行き先は正しく“彼”の、スノーの肩へと。
     
     俺に拒否する権利は無いが一日二戦しかも両方相手が相手となると流石に厳しい。という逃げの言い訳は日の目をみることすら無く、あっという間に一月と数週後俺とスノーのビーフは確定していた。そしてこれは何がどうなってそうなったのか一切解らないのだがビーフまでの間俺にコーチがつくことになった。俺専属、仮面付きで。
     拒否権は当然無し。あれで初めて己の選択を悔いたのだと思い出しながらイヤホンのボタンを押せば、すっかり慣れた声が耳へ入ってきた。
    『やあ。見たよ』
    「どうだった?」
     訊いた途端幾つも飛び出した駄目出しを慌てて脳に叩き込む。俺が滑っている最中だと知らないとはいえどうなんだと思いかけた心をそっと宥めた。知ったとしても絶対に相手は俺が止まるのを待たない。
     自分から言い出したわりに俺に会う気も無いらしいコーチへ撮影した練習映像を送り続けること一月弱。度々電話越しに指導を受け知ったが愛抱夢はそちらの才能も持っていたらしい。二三言われた事を忠実に守るだけで馬鹿みたいに滑りやすくなる。前と比べられない程俺のスケートは形を成し俺らしさと呼ばれるだろうそれを獲得しつつあった。
     速く上手くなったのだから素直に喜ぶべきだ。解りながら出来ないでいる。正直な話都合が良すぎて怖いのだ。何かあるのではないかと無い裏を探してしまうほど。
    『君は幸運だよ。コーチなんて僕は滅多にしない。ましてこれ程の長時間ともなるとおそらく初めてだ』
    「へー……スノーにも?」
    『無い。してあげたくとも彼の周囲は邪魔が多くてね』
     そういえばパークの方で二人が滑っているところや他所での目撃情報は目にしたことがないかもしれない。
    『大丈夫かい?』
    「何が」
    『がっかりしてるだろ。彼とお揃いではなかったから』
     ボードから落ち、受け身にも失敗し、スマホは地面を転がり遥か彼方。いいとこ無しの俺を声が笑う。
    『解りやすいな』
    「……いつから気付いてた」
    『さてね。当ててみる?』
     浮かんだ悪い想像は生憎外れていないのだろう。
    『君こそいつから彼を?見ていたんだろう、ずっと。おそらくはあのトーナメントよりも前から』
    「答えたくない。放っておいてくれ」
    『そうはいかない。一時とはいえ僕は君のコーチだ。共有する情報は多ければ多い程良い、隠し事なんて以ての外。解るよね』
    「解らなくはないけど、しかし」
    『いいからさっさと話しなよ。それとも無意味な押し問答でこのまま時間を食い潰す?』
     言うまで訊くのを止めないつもりらしい。仕方ない。誰にも言う気は無かったが。
    「多分スノーにとって二度目のビーフ。廃工場でMIYAと競ってたあたりだ。これでいいか」
    『いいや全然。それで?』
    「……それで、とは」
    『その後アプローチは?想いは伝えた?君がスノーへ何をしたか全て聞きたいな』
    「無理だ」
     求める声を撥ね付けることに躊躇いはなかった。
    「今のが全てだ。俺は彼に話しかけた事さえない」
    『なら今度のビーフは君にとって一発逆転のチャンスか。勝ちたいだろうね。そうすれば君は労せず彼を手に入れられる』
    「いや、俺は……」
     確かに勝ちたい。だがそれは愛抱夢が言ったような動機からでは無かった。対戦相手だろうが人を賞品にするなんてどうかしているし、そんなやり方で自分の物にしたとして心までは手に入れられない。彼が俺を見ないことには変わり無いだろう。むなしくなるだけだ。
    「……それに、そもそも俺は彼に勝てない」
    『身の程を弁えるのはいいが悲観はよくないな。始まる前から勝敗は決まらない』
    「そうであって欲しいよ。だけど実際決まってるとしか思えない。毎日昨日より速くなるのに彼に勝つビジョンは一向に見えないんだ」
    『そんな事解りきっていただろう。それでも選んだんじゃないのか。僕へ挑み彼へと挑むことを』
     上下の唇が強く合わさる。そちらまで気付かれていたとは。
     あの日命令されなくとも俺はいずれスノーへビーフを申し込んでいた。愛抱夢との一戦を糧にして。しかしこうして偶然得た成長の機会と比べれば微々たるもの、何も出来ず敗北する可能性の方が遥かに高かった筈だ。
    「そうだな。解ってたよ」
    『では何故?』
    「決まってる。勝ちたいからだ。それで……スノーに初めて勝ったプレーヤーに俺はなりたい」
    『どうして』
    「だって残るだろ」
     引きずり出されるかのように考えることなく口が動く。
    「勝った時より負けた時の記憶の方が頭に残るし初めて負けた相手ともなれば一生忘れられない。きっと同じだ。誰だって」
     だから彼の“それ”になりたい。なって。いや例えなれなくとも、うっすらだとしても構わない。その記憶にひとつ傷を。
    「想いなんて要らない。ただ俺を覚えていて欲しい」
    『ああそう』と声は言い『君気持ち悪いな』と続けた。平坦な響き。何故かと訊けば予想していたからだと。
    『僕の愛しいスノーは魅力的だからね。何を惹きつけたっておかしくない』
     愛しい。
    「なあ、その愛しいってどういう意味」
    『当然愛だ』
     回答について何かしら解釈する必要があっただろうか。
     イヤホンの向こう側から聞こえる声はある特定の人物について話す時だけ柔くなり、やけに幼いものを纏わせる。それが何を意味するか恥ずかしくなる程度には知っていた。
     理解しながら改めて確認したのは、理解してなお解らなかったからだ。だとすれば何故俺を助ける。俺達は一応ライバルになるのだろう。邪魔だと思わないのか。
     運命のスタート数分前。スノーを待つ間隣に立っていた愛抱夢へ問いかければ返ってきたのは笑い声だった。
    「邪魔なものか。むしろ君達みたいなのは歓迎したいくらいだ」
    「でも負けるスノーが見たい訳じゃないんだろ」
     負ける、と繰り返し愛抱夢はまたわらった。滲む感情の名は嘲り。なる程。俺を叱咤激励しここまで背を押した愛抱夢はしかし俺が勝利するとは微塵も信じていないらしい。
    「スノーは負けない。だがつまらない勝利は彼を汚す」
    「だから対戦相手をマシにする?」
    「どうだろう。マシになっていれば良いけど」
     なったさ、と内心だけで呟く。少なくとも愛抱夢とのビーフ時よりかはマシな勝負が出来る筈だ。加えてスノーは俺の成果を詳しく知らない。僅かにも油断してくれればあるいは。
    「ゴールで待っててくれ。勝てたら礼を言いに行く。愛抱夢のお陰で俺はスノーの忘れられない一人になれたって」
    「はは」
     不意に愛抱夢が手を出した。握手かと思えば俺の方から出した手は無視され。
    「今になって訊いてくるだとか君のそういう小狡いところ嫌いじゃなかったよ。だからひとつ教えてあげよう」
     掴み上げられた襟元。耳の近く声は囁く。
    「僕は最初からだ」
     一瞬で離れた俺達を不思議そうに見る者は少ない。多くの視線はある一点へと向けられていた。来たか。喧騒の中柔く呟くと愛抱夢はとってつけたような笑みを浮かべ、そして。
    「そうそう。このビーフ君達が何を賭けるかだが面倒が無いよう僕が決めておいた」
    「……は?」
    「既に彼には伝えてある。それじゃあ期待してるよ」
     止める間もなかった背中に代わり近付いてくるスノーへつい話しかける。
    「スノー、俺達が賭ける物って」
    「聞いた」
     頷いた彼が口にした賭けの内容に脳が揺れた。
     勝った方が来週愛抱夢と滑る。
     負ければ二度と愛抱夢と滑れない。
     すぐ側で両足が止まる。目が合ってからここまで彼と接近するのは初めてだと思い出した。そういえば会話も先程のあれが初めてか。あんなものが。
     疑いようもなく、狙われていたのだろう。
    「よろしく」
     青の奥小さくつめたい炎が燃えていた。涼しげな顔の中唯一負けないと主張するこの輝きをずっと前から間近で見てみたかったのに少しも喜べない。何故ならそれを灯したのは俺ではなく、これからビーフするとしてその間さえも俺が薪をくべられる訳では。
    「そうか。相手にする気もなかったんだな」
    「……なに?」
    「ああ悪い、気にしないでくれ」
     最初から全部間違えていた、それにようやく気付いただけだ。
     何だやはり裏があったんじゃないかと笑うしかない俺を置いて時間は進んでいく。周囲にも賭けの話は広まったようで次々騒ぎ立てる声があっという間に今夜の演目を書き換えた。
     始まるのはもう俺とスノーのビーフではない。周囲も彼も、そして認めたくはないが場の空気に呑まれつつある俺も理解している。これは勝利者を捧げる為の儀式。言ってしまえばただの。
    「前座だろ」
     誰かが呟いた暗く弱々しいそれが今度こそスノーにも届かずひとり消えたなら耳の奥で声が聞こえた。
     今夜君は彼に負ける。その様子は誰の記憶にも残らない。唯一可能性があるとすれば彼。頼めば覚えていてくれるかもしれないね。“その他大勢”として。
     赤いライト。鳴る合図。全てが俺のもので無くなった記憶の中、良い思い出にもしてやらないと去っていった悪人はわらう、嗤う。
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