さいつよメイドは監禁にも負けない される側になってみれば監禁とは至極退屈なものだった。しなければならない事は無く、して良い事も無い。室内には最低限の家具と監視カメラのみ。当然暇を潰せる物は用意されておらず特定時間以外は手足を椅子に括られるから軽い気晴らしさえままならない。
体感ではまだ二十四時間程度しか経っていないが既に飽きた。従えば解放すると言われてもこれで従いたいと思う者が居るのか甚だ疑問だ。自分ならもっと対象の心を刺激するような何かを与える。監視役も機械でなく話し相手を兼ねた人間が望ましい。部屋外、特に階下で何が起ころうとも今のように対象を長時間一人で居させるなど論外だ。
静かに近付きつつあった車輪と足音が扉前でぴたりと――勢いが良すぎたか多少雑音をたてながら――止まった。丁寧だがぎこちないノック。流れるように扉が開く。ワゴンを引き連れ入って来たメイドの所作はど今まで部屋へ来た使用人達と比べどれも明らかにこなれていない。新米だとしても要練習、少なくとも現在絶賛監禁中の自分に近付けるのは誤りだろう。
伸びするふりでカメラ位置を示してからしばらく。細工を終えた知らせでも来たらしい、インカムを着けなおすと息を吐きメイドは頭に手を添えた。外したウィッグをワゴンへ置き近付いて来る彼へ思うままに一言。
「よく来られたね」
「俺もそう思う」
照れるでも怒るでもなく真顔で頷くランガの装いはこの屋敷のメイドが纏っているものと相似している、が何分彼は二十歳間近のアスリート。こっそり忍び込んだとしても小柄なメイド達に紛れられるかと言えば。
「誰とも会わなかったから何とかなった。会ったら多分駄目だったな」
違いない。会わなくて良かった。彼が捕まっても姿を何処ぞの誰かに見られたとしてもおそらく自分は監禁どころではなくなってしまう。
紛れられない原因は体格ばかりでは無い。ランガ自身が思うより彼は目立つのだ。見目もだが独特の存在感、多少の変装では隠せないそれのせいで今も彼の姿には配役を間違えた劇でも見ているかのような違和感がある。これを正したいと好事家ならば多くが思う筈。事態は更に面倒なことになっていたかもしれない。
衣装自体は称賛に値する出来栄えだ。窮屈そうな箇所も見当たらないし裾や袖の丈も充分足りている。
「どこで見付け……違うな。間に合わせたか。準備していた訳でも無いだろうに」
「それがしてたんだって」
「準備を?」
「うん。この前一緒に採寸したとき。あれで試しに作ってたやつの形が似てたから、あと細かいところだけ直したって言ってた」
「聞いてないぞ」
「俺も昨日聞いた。他にも幾つか作ったらしいから帰ったら見といて」
ワゴンから丸めた布、その中身の危なっかしい道具を次々取り出していくランガを見るうちに気付き「それも?」と訊けば当たり前に肯定が返ってきた。僅かに感心する。凡その家で目にするものよりワゴンは二回りほど大きくよくよく見ればカモフラージュとして乗せられた小物類も。これなら押しているランガを遠目で見かけたとしてそのサイズ感に疑問を抱きにくいだろう。
「こっちは作れないから結構大変そうだった」
運ぶのを手伝ったのだと語る顔は苦労話をするそれではなくこころなしか楽しげにすら感じられた。暇を持て余していた身としては聞いていてあまり気分の良いものでもない。
「君達、僕が捕らわれているのに楽しく支度していたのか」
「別に。全然楽しくなかった。愛之介こそ閉じ込められてるって聞いてたから元気ないかと思ってたけどそうでもなさそう。その椅子座り心地いい?」
「乱暴な真似は趣味では無いそうだ。悪くないよ。交代する?」
「遠慮しとく」
破壊専門だろう道具を両手に持つとランガはゆっくりと膝をついた。右足の拘束具から外していくつもりらしいが早速狙いが定まらない様子。揺れるつむじへやり方は知っているのかと訊けば「さっき教わった」と、若干不安だ。
「でも大丈夫と思う。できたら奇跡だけど、ここまで来られたのも奇跡みたいなものだから」
珍しい。冗談だろうか。しかしそれにしては声が明るさに欠けているような。
「愛之介と居るようになってからいつもこうだ。信じられないことばかり起きる」
「退屈しないだろ」
言うなりゾッとするような音が足元で鳴った。遅れ片足の拘束がきれいに外されていることに気付いたが、だとしても著しく高まった心拍数はなかなか下がらない。何て勢い任せな、あまりにも雑過ぎる。足首ごと持って行かれたと一瞬本気で錯覚した。助けられる側とはいえど流石に一言言いたい、言う、言っていた。下を向いたそのとき何とも言えない色の両目を彼がこちらへ向けていなければ。こんな声で訴えて来なければ、絶対に。
「心配した」
見て聞いた以上は言える筈も無いが。
「ランガくん、今のは僕が悪かった。謝る。だから残りも外してくれないか。出来る限り急ぎで」
「……なんで?」
「しばらく会ってなかったからかな。君が可愛く見えて仕方がないんだ。今すぐ抱きしめたい」
しばらくじゃなくたったの一日だろうとぼやきながらランガは次々拘束を外していく。最後のひとつが床へ落ちると同時に立ち上がりその身へ腕を回した。
数秒もしないうちに押し退けられたが、
「時間無い、から。後でたくさんして」
顔を見る限りでは悪くは無かったようだ。
「歩けそう?」
「急ぎで無ければ。走るなら慣れてからが良い」
目を僅かに光らせたかと思うとランガがスカートとエプロンを纏めて掴み、ぐいっと。
多量の布を持ち上げた先。色薄い腿に取り付けられたものに内心納得する。筋肉があるとはいえやけに足回りが固く見えていたのはこれのせいだったか。
「ワゴンに入れるとカチャカチャ鳴ってうるさかったから括って持ってきた。ここ押すと長さが伸びる、オートも出来る」
「……やっぱり君楽しんでない?」
「これはまあ、面白かったかも」
言ってから思うところがあったらしい。「ごめん」ぽつりとランガは呟き、
「ちょっとだから見逃して。こんなことでもしてないと変になりそうだった」
続けたそれを言うつもりは無かったのか、しまったとばかりに眉をぎゅっと寄せる。もっと言っても構わないのに。彼が自分の安否で心乱されたようにあなたが居なくて心乱れたと訴えられて喜ばないほど冷静ではいられないのだ、自分だって、彼からなら。
「いいよ。使う機会はありそう?」
「脱出経路に階段がある」
「今の今まで拘束されていた僕にさせることかな」
「出来ないの」
「出来る」
売り言葉に買い言葉ではあったが己を過信している訳では無い。体調はまずまずだ。ストレスも動けば発散されるだろう。ワゴンの中の物を使うのが丁度良さそうだ。
「僕の分の変装は?」
「ああそれ、ちょっと話したんだけど用意が間に合わなそうだし、耐えられないって言うから無しになった。俺は良いけど愛之介はメイドになっちゃダメらしい」
「待った。何故僕もメイドなんだ」
「え?」
二人して、もしくはそれ以上の人間が顔を合わせて誰も突っ込まなかったのか。色々あるだろ。執事とか運転手とか。言えばランガがそもそも何故自分はこの格好をと言いたげに首をひねり始めたので深く追及しないことに決めた。改めて振り返るまで計画のおかしさに気付けない、その状態には覚えがないこともない。
「疲れさせてしまったようだね。帰ったらゆっくり休むといい」
「そうしようかな、まず何か食べてからだけど……作戦会議が長くて……愛之介も食べる?休むのも一緒に」
「良いね。ところで君、その恰好はいつまで続ける予定?」
こちらを向いた目がすっと細く、内に小さな光がいたずらっぽく散る。
「要らなくなったらすぐ脱ぐつもり。でも急いではいない」
「じゃあ僕が後始末をすませるまで待っていてよ」
「わかった。あ、でもどうだろ。汚していいかスネークに聞かないと」
「後で良いさ。今は忙しいだろうから」
未だ階下で響く重く派手な音。絶えず大量の足音は聞こえるがそちらへ向かうものばかりだ。
影も見えない彼等の耳に遠い部屋の扉が人知れず開く音が届く筈もない。
「早く帰ろう」
来ると知っていたから待っていたのだ。来た以上もうここに用は無かった。
「しなければならない事を終わらせて、そしたら君と食事だろ、その後で休んで、ああけれどそこで楽しむのも捨てがたい、そうだ撮影会もしたいな」
「撮影、って撮るの?」
「撮ってはいけない?」
「残すのは……愛之介大きく映しそうだし……」
嫌そうに唸っていたランガだったが、突然ぱっと目を輝かせ、
「愛之介も着るならいい」
「構わないよ。僕の分のサイズがあるなら」
これなら断られるだろうと期待していた顔がみるみる無になっていく。良い反応に思わず笑えば、ムッとしつつもまなざしはどこか安堵に近い。やわらかな光をそこに見つけた。つられて今すぐ眠ってしまいそうな、背を押され何だって出来てしまいそうな眩しさに己があるべきところへ戻って来たことを知る。
「ねえランガくん。今度休みが取れたら監禁しようか」
「……は?」
「一度してみたくなったんだ。準備はこちらでしておくから、君はするのとされるのならどっちが先が良いかだけ決めておいて」
しばらく沈黙したのちランガは長く息を吐くと、よっぽどつまらなかったんだね、と言った。それはそうだだって君が居ないんだから、と返したところ彼はまたしばらく黙り込み、それからのろのろと「わかった」と告げたのだった。