新開はモテる。
そりゃ、こんだけツラが良くて、人当たりも良けりゃモテない訳がない。どっかの自分で自分のこと美しいとか言ってるバカと同じくらい、女子にキャーキャー言われてる。しょっちゅう呼び出されてるし、手紙らしき物を持ってるのを見かけたことだって数え切れない。
だからいまさら、こいつがバレンタインチョコを山ほど貰ったくらいじゃ妬いたりなんかしない。全部断ってるのも知ってるし、ヤバそうな手作りは絶対受け取らないのも知ってる。何より女どもが必死な想いでチョコを渡してるこいつが、オレに本命チョコをくれるって事実はデカいよな。
ちょっと照れくさそうに笑って、チョコを差し出す新開の可愛さを知ってるのはオレだけ。まぁ、それ以外にも新開を好きだって言うヤツらは見たことないこいつの顔を、オレはたくさん見てる。新開が告られる度に感じるのは、『こいつはオレのなんだよね』って優越感。
なのに何でオレは今、こんなに面白くない気分でいっぱいになっているんだ。
いつものように部屋を訪ねてきた新開が、手に持っていたのは紙袋。ニコニコと笑いながら隣に座った新開は、中身をテーブルの上へと広げていく。次々と出てくるチョコの山に、思わず眉をしかめてしまう。
「なに、これ」
「チョコ」
「んなの見りゃわかる」
「靖友も一緒に食べよ」
数日前のバレンタインの名残を山盛りにして、ヘラリと笑う新開は何を考えてるのかさっぱりわからない。
「あのさァ、おまえが貰った本命チョコをオレが食うっておかしくねェ」
「おかしい? なんで?」
まったく悪びれることもなく首を傾げる新開に、正直呆れてしまう。さすがにこれには、こいつに告ったヤツら全員に同情する。
「高そうなのもあるからさ、靖友と一緒に食べたかったんだけど……ダメだった?」
不安そうにこっちを窺う瞳を見つめながら、心の中で新開にフラれたヤツら全員に謝った。
――悪いけどさァ、こいつオレに夢中らしい。ごめんねェ。
緩んでしまいそうな口許を押さえながら、新開の頭を軽く撫でてやる。
「わーった。一緒に食えばいいんだろ」
とたんにパッと顔を明るくした新開が、テーブルの上からピンクと紺色の箱を手に取った。
「これ、箱も可愛いんだけど開けたらもっと可愛いかったぜ」
ふにゃりと嬉しそうに笑う新開が、蓋を開けて中身をオレに見せてくる。中にはキャンディみたいに包まれた、まん丸のチョコとハート形のも少し混ざってた。
「おまえ、これもう食った?」
「まだ、靖友と食おうと思ってとっといたんだ」
ずっと新開は楽しそうにしていて、その姿は可愛い。可愛いけど、この顔ははたしてオレとチョコが食える喜びなのか、それともただ美味そうなチョコを食える喜びなのか。
前者だとしたら何も文句はない、たげど後者だとしたら話しは変わってくる。このチョコをオレが、こいつにあげたなら問題なんかひとつもない。だって新開を喜ばせてるのはオレだから。でもこのチョコは、新開を好きな誰かがこいつにあげた物。それでこんなに嬉しそうにされると、やっぱり面白くない。だから、こんな考えが浮かんでくるんだ。
「なら新開、食わせてヨ」
あ、と口を開けてねだると、新開はいそいそと包装を取ってまん丸なチョコを食べさせてくれる。口の中に甘さが広がるよりも早く、新開の後頭部に手をやってその顔を引き寄せた。
「え、やすと、もっ」
靖友の、もの形に開いた唇に自分の唇を合わせる。そしてオレの口の中のチョコを新開の口の中へと移動させて、舌を絡ませながら溶かす。少しビターなカカオの味、それに混じってイチゴの味も溶け出して新開の咥内はすっかりチョコ一色だ。
「ん、んンっ」
小さく吐息を漏らした新開は、ふるりと体を震わせ舌を引っ込めていく。その舌を逃がさないように絡めとって、執拗にチョコと一緒に擦り付けた。完全に口の中で溶けきって、チョコがなくなってからゆっくりと唇を離すと、とろんとした瞳と目が合う。自分の唇を舐めると仄かにチョコの味がして、新開の唇に付いているチョコも舌先で舐めとった。そして、顔を覗くようにして問いかける。
「チョコ、うまかったァ?」
一瞬ぽかんとした新開が、次には顔を真っ赤に染めた。唇を手で隠すように押さえて、すぐに恥ずかしそうにうつむく。
「……あんなんされたら、わかんねぇよ」
ポソリと小さく呟いた新開に、オレの口角はゆるゆると上がっていく。
「しんかァい」
箱の中から今度はオレンジ色に包まれたチョコを摘まんで、新開に呼びかけた。そろりと見上げてくる瞳に、チョコを振って見せる。
「もいっこ、食う?」
新開の視線が左右に何度か動いて、オレの顔の前で止まった。頬をまだほんのりと赤く染めたまま、新開はおずおすと口を開いていく。どういう意図で言ったのかは伝わってるらしい。理解した上での、これだもんな。
最高に可愛い恋人の口の中にチョコを放り込んで、オレはその唇をもう一度塞いだ。