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    NyGiToRo

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    バハ時空。なんか色々あって、お付き合いしている。もう一度言おう、お付き合いしている。

    マンスリーお題「煽る」で書いた奴 壁ドン ドン。と鈍い音を立てて、部屋全体が揺れた。
     壁に立て掛けられていた剣や槍や盾や、そのほかの重そうな金属たちが、揃ってがしゃんと音を立てる。居合わせた者が皆一瞬身構えたほどだから、これは渾身の力を込めて壁を叩いたのだろう。

     妙に冷えた思考で、アルベールはそう判断する。
     抱えた荷物で両手が塞がっている。背後は壁だ。そして、目の前には壁を叩いて部屋中に音を響かせた張本人、ユリウスが見下ろすように立ち塞がっている。

     珍しいな、とアルベールは思う。
     二人が並んで立てば誰にでもわかるくらい、二人の身長は、ユリウスの方が高い。なのに、ユリウスは滅多にアルベールを上から覗き込むような真似はしない。真っ直ぐ、目線は対等にアルベールを見て話をしようとする。……もっとも、口から出てくる言葉の方は、人を食ったような揶揄っているような、誠実とは些かかけ離れた話し方だから、真っ直ぐなのは本当に目線だけだけれど。
     きっと、ユリウスは誰かに見下ろされるのが嫌いだから、誰のことも見下ろすような真似はしたくないのだろう。アルベールは勝手にそう思っている。
     そのユリウスが、今日は上から押さえつけるようにアルベールの前に立ちはだかっている。

    「……団長殿。どうも最近、私は君に避けられているような気がするのだけれど?」

     壁に突かれたままの右手が、もう一度壁を打った。乾いた鋭い音が空気を震わせる。居合わせた者たちが、息を飲んでこちらの様子を窺っているのがわかった。
     騎士団長となるべく育てられた性なのか、生来の気質なのか。アルベールはこういう緊迫感のある場面になると、自分でも奇妙に思うほど冷静になってしまう。
     もしこれが怒り任せなら、今頃ユリウスの周りには触手がのたうっているはずだ。だがあのニュルニュルは一本も見当たらず、ユリウスは自分の掌で壁を叩いた。ユリウスは、怒り任せではなく、意図的にこんな振る舞いをしているのだ。
     だとしたら。

     粗野で品のない振る舞いを嫌うユリウスには、とても珍しいことだ。
     とても珍しいことで、異常事態であり、よく考えるべき、なのだけれど。
     アルベールは冷ややかに、ユリウスを見つめ返した。

    「避けられているような、じゃなくて、本当に避けているんだ。」

     喧嘩中、なのである。

     かれこれ一週間ほど、アルベールとユリウスは喧嘩中なのだ。
     事の発端はいつもの、ちょっとした言葉の掛け違いだった。ユリウスにとってはおそらく、いつもの他愛ない一言だったのだろう。だが、アルベールにとってみれば『ちょっとした』ではすまなかった。
     あんなに必死に口説き落として、この性格が拗れまくった手のかかる男に自分達は相思相愛の恋仲であると認めさせた。もっと踏み込んで言えば、ユリウスが頑なに認めようとしなかった、彼の中のアルベールに対する感情を自覚させた。
     その感情をユリウスが好意と分類したのか、まさか愛や恋なんて名を付けたのか、それとも友情か執着かもっと別の名前だったのか、それは教えてもらえなかった。けれど、それでもようやく一言、ユリウスに「わかった」と言わせた。
     たしかにあの時、アイツはあんな顔して、俺に「わかった」と言ったんだ。なのに……

     なのに、それでもまだあんな素っ気ない態度を取るのか?

     アルベールは不服だったのだ。大変に大変に不服だったのだ。いつものことだと受け流すことは到底できないくらい。

     かくして、アルベールはユリウスを冷ややかに見上げる。

    「わかったなら、そこを通してくれないか。」

     行く手を阻むユリウスの腕が、ゆらりと下がった。ブーツが小さく足音を立てて、半歩後退する。
     思ったより簡単に通してくれるんだな、とアルベールが拍子抜けした次の瞬間、もう一度、今度は音もなく静かに、ユリウスの右手がアルベールの行き先を塞いだ。
     小さく、息を飲む音がする。次いで発せられたユリウスの声は、ひどく掠れていた。

    「そんなに露骨に避けられたら、謝るものだって謝れないだろう……?」

     ユリウスの表情が歪む。
     自分が何か大きな過ちを犯したらしいことにアルベールは気付いたが、しかし、強烈な驚きがそれを追い越していった。

    「ユリウス。お前、もしかして、これは謝ろうとしているのか?」

    『これ』とアルベールは壁に突かれたユリウスの掌を指差す。
     あのユリウスが『謝る』? 言ってもどうせ煙に巻かれるだけだろうから、怒っているなんて言わずに、ほとぼりが冷めるまで距離を取ろうとしていたのに。

    「……っ。そういう、わけでは……」

     ユリウスが口籠もる。目を伏せる。長い睫毛で瞳が翳る。
     俯いて、細い髪が肩口にさらさらと落ちる。
     縮んだな、とアルベールは思う。別に背伸びしていたわけでもないだろうに、最初に壁を叩いた時から発せられていた、あの上から押さえ付けてくるような威圧感が霧消した。

    「おい、ユリウス。『そういうわけ』じゃあなかったら、いったい俺になんの話があるって言うんだ?」

     ユリウスの右手が壁から離れる。壁から離れて、そのまま自分の顔を覆い隠す。

    「……団長殿。」
    「うん?」
    「話をしてくれる気があるのだったら、場所を変えてくれないか?」

     ユリウスは、壁に向かって顔を隠してそう言った。ひらひらと長い髪に隠れているけれど、耳が赤い。ここでやっとアルベールは、このやりとりを、団員一同に固唾を飲んで見守られていたことに気がついた。





    後日。アルベールの居室にて。

    「ユーリーウースー。わかった。悪かった。俺が悪かったから、もう二度としないから、だからちょっとだけ離れてくれないか」

     ベッドに腰掛けたアルベールは、肩越しに振り返るようにしてユリウスに語りかける。
     ユリウスは、両腕をアルベールの胴に回し、額を首筋に押し付けるようにして、黙ってアルベールの背後に抱きついていた。幼い子供のように、背中にぴったりくっついて離れない、と言った方が正確かも知れない。

    「ユリウス。本当に悪かったと反省してるんだ。反省はしてるんだが、今日はどうしても外に視察に行かなきゃならないんだ。だから、な。もういい加減離れてくれないか」

     困り果てた声でアルベールは語りかけるが、ユリウスの返事はない。聞こえていないんじゃないかというくらい、ピクリとも動かない。

    「おい、ユリウス……いいな? これ、外すぞ」

     アルベールが、自分の腰のあたりに巻きついたユリウスの腕を引き剥がす。
     一瞬だけ抵抗するものの、思ったより素直に腕は引き剥がされていく。右腕が外れて、左腕が外れて、もう巻きついてこないようにそれぞれの腕を掴んだまま、そろりとアルベールは立ち上がる。
     よしこれで、自由の身か。そう思った次の瞬間、

    「ユーリーウースー……」

     音もなく湧き出した触手が、するりと一本、アルベールの足首に巻きついていた。そのままもう一本伸びてきて、こちらの触手はアルベールの脚を膝のあたりまで這い上がってくる。
     腕二本同士ならともかく、腕二本に対して相手が腕と無数の触手たちでは勝負にもならない。諦めて、アルベールはもう一度ベッドに腰を下ろした。ややあって、背中にユリウスがもたれかかる。

    「本当に、悪かった。ユリウス。ああいうことは、もう二度としないから」

     アルベールは上半身を捻って、俯いたユリウスの頭を撫でる。足に絡み付いていた触手がするすると退いていく。もう腕は伸びてこない。けれど、相変わらず、ユリウスの返事はない。
    『団長殿は弁解の語彙も貧困だね。少しは本でも読んだらいいんじゃないか』なんて憎まれ口は、到底言ってくれそうにない。

     お前だって、似たような事をするじゃないか。
     と、アルベールは最初の頃こそそう思ったのだ。けれどよくよく思い返してみれば、ユリウスはこういう時、すっぱり姿を消してしまう。
     いつだってアルベールは、せめて話をしたいと姿を消したユリウスを探し回っていた。同じ屋敷にいるはずなのに会えないとか、目があったのに会話がないとか、足早に立ち去られるとか、そんな経験は一切したことがなかった。
     ユリウスは、どうだったんだろうか。
     彼と、彼の育った環境のことを考える。
     そうか。ユリウスは、俺には、いや、きっと他の誰にも、自分がされて嫌だったことはしないようにしていたのか。ものすごくわかりにくいけれど、こいつはそういうやつだ。
     すごく好きだな、と、胸の奥がくすぐったいみたいな気持ちになると同時に、後悔がアルベールの脳裏を氷漬けにする。
     一番、してはいけない事をしてしまった。どうして俺は一番間違っちゃいけない判断ほど間違ってしまうんだろう。
     ユリウスには、昔のことなんて忘れて幸せになって欲しいと思うのに、俺が思い出させるような事をしてどうするんだ。

     ここ数日、アルベールはマイムに頼んで執務室でできる仕事を回してもらっていた。視察すると約束していた支部には悪いが、代理の者を向かわせて、今日もアルベールは騎士団本部から出られなさそうだ。

    「…………それともユリウス、お前、一緒に来るか? 行き先は騎士団支部の視察なんだが。」

     これは、完全にただの思いつきで、なんの深い考えもなかった。
     ユリウスは、半ば無理矢理アルベールに連れ戻されたようなものだ。団員たちは団長であるアルベールには何も言わないが、騎士団内でのユリウスの立場は非常に曖昧で、ユリウスだって、戻ってきてよかったと思っているのかどうか、アルベールにはさっぱりわからない。それを主張するかのように、戻ってきてからは揃いのマントだって身につけていない。

     誘ったところで、一緒に来るはずがなかったか。

     また判断を誤ってしまった。アルベールが内心打ちのめされていると、もぞりと背後で動く気配がした。

    「ユリウス……?」

     ユリウスが顔を上げていた。ずっと俯いていたから、らしくもなくひどく髪が乱れている。反射的に手を伸ばして整えてやろうとしたら、ユリウスはアルベールの手をするりと掻い潜って逃げてしまった。そのまま抱きつくようにして、アルベールの耳元にキスをする。

    「……マントを、取ってくるよ。団長殿。」

     左腕が解けて、右腕がそれに続く。ユリウスが立ち上がる。片手で髪を整えながら、靴音を響かせて部屋を出ていく。
     本体の動きとはまるで反対に、いつの間にかまた触手が一本アルベールの足首に絡み付いていたが、足音が遠ざかるとそれもやがてするりと解けて、ドアの隙間から本体へ帰っていった。

     このままずっと離れてくれなかったらどうしようかと困っていたのだが、いざ離れられると、少し寂しい気もする。あんなに意地を張らずに甘えてくるユリウスなんて、初めてだった。次にあんなに素直になるのは、いつになるだろう。

     ……なんだ、一緒に来るのか。

     簡単なことだったんだな、とアルベールは一人で笑う。身支度を整え終わったのだろう、小気味良いブーツの足音が近付いてくる。
     今日は、楽しい一日になりそうだ。



    おしまい
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