それも家族というものなのでヒュンケルどのに初めて会ったのは、ダイが行方知れずになってしまった後だった。
ダイのもたらしてくれた、大魔王の脅威も呪縛もない世界が訪れてからだ。
モンスターであるワシもデルムリン島を出ることが叶い、ダイの剣がパプニカの岬に掲げられて皆だ集まったその日だった。
ポップ君が島まで送ってくれると言うので、その前にとダイの為に尽力してくれたレオナ姫や剣を作ったという御仁にも挨拶をして回っていた時だった。
「お久しぶりです、ブラスどの」
白い髪の剣士然とした体躯の若者が、静かにワシに声をかけてきた。
初めてお会いするはずの御仁じゃったはずなのに、向うはワシの旧知のようであった。
「はて?どこかでお会いしましたじゃろうか」
「覚えていないのも無理はない」
俺の父の名は……
その名とその傍らに常にあった白い髪の子供には確かに覚えがあった。
それから数週間後のことだ。
賑やかな酒宴も終わり、頃合いをみて一人住処へ戻ろうと腰を上げた時だった。
「ブラスどの、送ろう」
そうヒュンケルどのが見送りをかってでてくれたが、このデルムリン島は元々ワシらの島で迷うわけでも危険があるわけでもない。丁重にお断りをすると彼はすまなそうに笑いこう言った。
「言い方が違うな。俺が、少しあなたと話がしたいのだ。明日旅立つ前に」
ヒュンケルどのは、明日ラーハルトどのとダイを探す旅にでるという。
その前にと、今はこの島の住人の一人でもあるオリハルコンの戦士ヒムどのに請われて手合わせ、という名目でしばしの別れを惜しみにこの島を訪れていたのだ。
そういう事であればと住処へと連れだって歩く道すがらにヒュンケルどのが、あの大戦のおりにダイと過ごした日々を語らってくれた。
きっとワシが知りたいと思っていたことを察してくれたのだろう。
その話を聞くにつれて実感をする。
"ああ、あの子は本当にいないのだ"と。
モンスターの身でありながら、乳飲み子の頃より育てた人間の子。
自分の中には大魔王と打ち破った勇者などはいない、ワシにはいまだに手のかかるメラも出せない子供の顔したダイしか思い浮かばぬというのに。
「ブラスどの…」
「もうしわけない、この涙はヒュンケルどののせいではない。あの子の活躍や成長の話は、とても、とても嬉しいんじゃ…が」
ワシの中ではまだダイは小さな子供なんですじゃ。
そうモンスターには似つかわしくない涙をぬぐうワシの目の前に、小さなアイテムが差し出された。
「ブラスどの、今日はこれを渡そうと思っていた」
そう言ってヒュンケルどのが渡してくれたのは、ワシがダイに持たせた魔法の筒だった。ダイが大魔王とともに空へ駆けあがる前にポップ君に託した道具袋の中に入っていたものだそうだ。
「ポップからあなたに渡してほしいと託されたものだ」
「中身は…」
「ポップもわからないらしい」
そう言うと、ヒュンケルどのは少しだけ口元を綻ばせ「だが、俺には心当たりがある」と言う。
「世界サミットの最中、俺とダイは負傷のためしばらく療養していた時期があった、その時に俺はダイに文字を教えたことがある」
「文字ですか」
「人の文字はレオナ姫が教えていた、俺が教えたのは魔族の文字だ」
「…魔族の?」
ワシの問には何も言わず、ヒュンケルどのは再度筒を開けるように言う。
再度手の中の筒を見つめてみるが、ワシには中に何が入っているのか見当もつかない。モンスターは入っていないと言われて意を決して呪文を唱える。
「デルパ!」
中から出てきたのは、わずか1枚の紙片。
何か文字が書かれている。
「これ…は、ヒュンケルどの」
「あなたへの手紙だ」
そう、言われて慌ててその紙を拾い上げるとそこには文字が並んでいた。
『じぃちゃんへ
元気かい?島のみんなも!
大魔王を倒したらデルムリン島へ帰るから待っていて。
あと、島に帰ったらまた魔法を教えてよ。
今後はまじめにやるからさ! ダイ』
拙い魔族の文字で綴られた短い手紙。
ダイからの初めての手紙。
「ダイは、いつもあなたを想っていた」
あなたはモンスターだから魔族の文字の方がいいかと思ったそうだ。
もちろん人間の文字が読める事は知っていたけれど。
どうやって渡すのかと聞いたら、魔法の筒なら必ずじいちゃんに返すし、もし何かあっても、あなたの持ち物としてポップからあなたの手元に戻るから…とその中に詰めると言っていた、と。
「そうですか、これをあの子が、ワシに」
ヒュンケルどのが居なければ大声で泣いてしまいそうじゃった。
あの子がワシを忘れずにいてくれた、家族として大切に思ってくれておった。
手紙は嬉しい、だが生きているなら、こんな手紙よりも早く帰ってこんか!
嗚咽を耐えるワシの肩に膝まづいたヒュンケルどのの手がおかれた。
「ブラスどの、おれはバルトスの養い子だったから、人でなき父を持つ子の気持ちは知っている。だがバルトスの気持ちはどのようなものだったのか知らない」
教えてほしいと思っていた。
俺の父と同じ、人の子をもった家族の気持ちを。
そのかわりに俺は人でない父を持つ子の気持ちを教えよう。
「ダイの変わりにはなれない、とは思うが」
思い出したのは、あの地底魔城を出立した日にバルトスどのの隣で手を振っていた幼き頃のヒュンケルどの。
ダイと同じ溌剌とした子供の笑顔じゃった。
今もきっと地底魔城にいたころから変わらない、素直な人なのであろう。
人でない父を持った子と、人の子を持った人でない己。
互いの気持ちを語り合ってみるのも良いじゃろう。
「ダイの話の続きを聞かせてくだされ、ワシもバルトスどのの話をしよう」
互いにしかわからぬ話もあるじゃろうし。
そう言えばヒュンケルどのは静かにほほ笑み、ワシらは再び家路を共に歩き出した。
出立の夜明けまで、まだ時間はあるのだから。