ウエディングライブ 『U』にログインする感覚は、スカイダイビングに似ている。
視界を埋めつくす雲海の中に飛び込み、落ちていくのだ。けれども、恐怖という感情は芽生えない。それは、落下速度が本当のスカイダイビングよりもずっとゆっくりだからかも知れないし、好奇心が感情の大半を占めていて他のことを感じる余地がないからかもしれない。
雲海がひらけた先にあるのは、超高層ビル街だ。
そのビル街で、絵にかいたような小花が紙吹雪のように舞っている。華やかな街だ。現実世界ではおおよそ味わう機会が少ない空気だった。
大通りを泳ぐようにしてまわる。空があるはずの場所にも、逆さになった超高層ビルがひしめいていて、間違いなく世界の中心を感じさせた。
超高層ビル群の隙間から、三日月が見えた。
アナウンスが響く。
《『U』はもうひとつの現実》
《Asはもうひとりのあなた》
《ここにはすべてがあります》
アナウンスが言葉を紡ぐ度に、胸が高鳴った。
《現実はやり直せない。でも『U』ならやり直せる》
《さあ、もうひとりのあなたを生きよう》
《さあ、新しい人生を始めよう》
《さあ、世界を変えようーー》
不意に、街のざわめきが途切れる。
ザァ、と波から上がるような音がして、そちらを見た。
そこにいたのは、クジラだった。無数のスピーカーを身に纏った巨大なクジラが、ゆったりと遊泳している。その鼻先に、人影がみえた。
「いたわ!」
「ホントに竜といる!」
「ベル!!」
人影は、白いドレスを纏っていた。足先まで隠れるドレスは、後ろのフリルから総レースのトレーンが流れている。特徴的な桃色の髪は、赤いバラをいくつも差し込み編み込まれていた。
どこからともなく現れたスクリーンか、人影の姿を大きく映した。
Asたちから上がる声が大きくなる。
「ベル!」
「おめでとう!」
「おめでとう!!」
祝福の声があがる。その声に、ベルと呼ばれた女性Asが幸せを詰め込んだ笑みを浮かべ、横にいる誰かを見上げる仕草をする。
スクリーンに、隣の人物も映った。突き出る二本の角に、長い鼻面。襟のたてたマントこそ赤いが、その下のスーツは白い。モンスター型のAsは、表情こそわからないが、金色の瞳を細めて愛おしげにベルを見下ろしていた。
彼女が何かをモンスター型Asに告げる。モンスター型Asはひとつ頷いて、彼女から後ろへ数歩下がる。それをきちんと見た後、ベルはまっすぐに前を向き、唇を開いた。
こぼれたのは、歌声だった。
幸せを謳う歌が、彼女の口から紡がれ、クジラがのせたスピーカーから伴奏が鳴り響く。
『U』の隅々までいきわたるであろう歌に、誰もが笑みを浮かべる。
歌にあわせて体を揺らしていたベルが、不意に後ろのモンスター型Asを振り返った。謳いながら、彼女は彼に手を差し伸べる。その手を彼がとり、クンッと引く。ふわりと、彼女の動きにあわせてドレスの裾がふくらむ。ウエストの位置にあるリボンを崩さないように、彼の手が彼女の腰にまわる。そうして二人、ゆるやかにステップを踏む。
歓声が、響く。その歓声に負けない歌が、『U』に響き渡った。
絵にかいたような「幸せ」な光景に、胸がいっぱいになった。ほぅ、と熱のこもった息を吐きながら、どこか冷静な頭で思う。
「いったい、なんのイベントなの?」
ぽつりと呟いた言葉に、近くにいたAsたちが笑顔で答える。
「結婚式よ!」
「歌姫と竜の!!」
「あなた、こんな最高の日に初ログインなんて、ツイてるわね!」
ーー今日が『U』で一番盛り上がるイベントの日で、サイッコーに幸せな日よ!!
名前も、顔もみたことのない初対面のAsの言葉と笑みが、その言葉がいかに真実であるかを物語っていた。